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話をしましょう ~はばたきの日~

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話をしましょう ~はばたきの日~

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 シャンバラで最も風光明媚であることで知られる、湖上の都ヴァイシャリー。
 シャンバラ女王の血を最も濃く引くと言われるヴァイシャリー家によって治められているこの都市は、地球人を受け入れてからというもの、時代の激動の中にありました。
 ここに一人の、青年がいます。彼は建国時には闇龍とその内部から現れたモンスターの襲撃で、壊滅の危機にさらされ、街から避難していました。
 ここに一人の、雑貨屋の主人がいます。東シャンバラの首都となってから、闇龍の復活の原因となったエリュシオン帝国と総督府に援助を受けて、損壊した屋根を直しました。
 ここに一人の、百合園に通うヴァイシャリー出身の少女がいます。エリュシオンから宣戦布告され、一時は空母、龍騎士、そしてイコンが頭上を通りました。かつての学友は、帝国の皇女でした。
 ここに一人の、地球出身の契約者の少女がいます。パラミタ大陸の滅びを知り、シャンバラと帝国は今、ニルヴァーナを共に目指しています。下宿先の女主人は遅く帰ると、毎日好物を出してくれます。

 それはまるで、岩にぶつかり砕けながらも、流れ続ける川のように。船に風を運びながら、静かに水をたたえる湖のように。



第1章 白百合会運営本部


 大運河沿いには、貴族の別邸が立ち並ぶ場所がある。その中にある、古い白い石造りの建物が、ヴァイシャリーの名門貴族バルトリ家別邸──今日の感謝祭運営本部だった。
 解放された三階には光がよく入るようにと、大運河に面した壁一面に大きな窓が取り付けられている。白いバルコニーからは大運河に浮かぶゴンドラと両岸に色の洪水を見下ろし、にぎやかさを聞きながら、白百合会の役員たちは忙しくも優雅に働いていた。というより、優雅になってしまうのだ。
 百合園のいつもはお転婆な少女も、ここに入る時は自然と立ち振る舞いがお嬢様のそれになってしまう。
 何故なら天井に掘られた神話モチーフの彫刻に豪奢なシャンデリア。この建物が作られた当時から飾らているとおぼしき絵画と生花、真っ白なソファ。当主夫妻もあまり利用せず、来客を迎えるために造られているせいか、部屋はホテルのように整っていたからだ。
 ここを仕事場とする白百合会の役員の一人、書記の稲場 繭(いなば・まゆ)は、そんな部屋の片隅で、早朝からずっと机に向かっていたが──、
「できました!」
 その声に、書類を整理していた前書記山尾 陽菜が、繭の机へとやってきた。
「見せてくれる?」
 陽菜は彼女から一枚の、A4サイズの紙を受け取る。
「えへへ、以前やったチャリティバザーの時にも似たような物作ったことありますので。頑張って作ってみました」
 ヴァイシャリーは水路に加えて曲がりくねった道や小道、裏道が多い。それら複雑な道も描かれた地図には、繭が苦心して付けたマークが散りばめられていた。
 陽菜はひとつひとつ確認するように指を差した。
「この百合の印が本部と、救護・迷子センターね。この印はゴンドラ乗り場で、こっちは飲食店、それに屋台と……ごみ箱にお手洗い」
 一目で分かると感心しながら裏を見ると、マークに付けられた番号に対応して、店の紹介と今日のイベント内容、スケジュールが書かれていた。
「『おかあさんおとうさんとはぐれたら、ここでまっててね』、ね。ふふ、小さい子にも分かりやすいわね」
「しっかりとできてるといいんですけど……どうですか?」
 先輩に対して、少しだけ緊張した面持ちの繭に、陽菜は笑いかける。
「ありがとう、これなら他校の生徒さんにも、小さい子にもよく分かるわ。コピーを取らせて貰うわね」
 陽菜が置かれたカラーコピー機に原稿をセットし、紙が全て排出されるまでの間、繭は、周囲を見回してから、念のため他に仕事がないか尋ねた。
 書記の一番忙しい時間は、色々なイベント・備品関係の申請書類などなどの作成と受領、整理分類で、むしろ感謝祭の開催直前がピークだった。感謝祭が始まったばかりの今の方がむしろ落ち着いている。
「大丈夫よ。写真撮影のついでに、パンフレットの配布もお願いね。一部は本部にも置きましょう」
「はい。それじゃ、行ってきまーす」
 繭は首からカメラを提げると、陽菜からできあがったパンフレットの束を受け取って、白百合会の仲間たちに手を振った。
「はい。生徒会長や白百合団団長のコメントも掲載する予定ですから、その時はお願いしますね」
「いってらっしゃい」「気を付けてね」
 仲間の声を背に繭は本部を出ると、自身も<はばたき広場>へと向かいながら、
「広場に行くならこちらをどうぞ。店の配置など確認しやすいと思いますので」
 行き交う人にパンフレットを渡しながら、良い画を探す。
「あっ、鳩」
 時計塔と青空を背景にはばたく鳩をぱちり。
「済みません、撮っていいですかー?」
 ゴンドラに乗り込む老夫婦も、ぱちり。
 丸焼きのブタの横でポーズを付けてくれた焼き肉屋台のおじさんに、指編みのたわしやシュシュを、フリースペースで広げてちょこんと顔を上げた女の子とお母さんも。
 救護・迷子センターや、とこどろころ、寄ったお店にパンフレットを置かせてもらったりしながら、繭は笑顔をカメラに収めていった。
「大切な思い出を記録しておくのも大事なお仕事ですからね。……あっ、あれは大道芸でしょうか?」
 良く知っている街も今日は特別にぎやかだ。背の低い彼女は人波をかいくぐって泳ぐように、空に上がる丸い球を追いかけた。