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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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開幕――邂逅




 時間は、クローディス達調査団がコンロンに到着した時点に遡る。


「ナッシングはなぜ秘宝を暴走させたのかが謎ですね……いえ、何故暴走させ続けているのか、ですか」
 巨大な龍の形をした遺跡が、巨大遺跡群の間を縫うようにして暴れ狂っている様子を遠巻きにしながら、御凪 真人(みなぎ・まこと)は難しい顔で眉を寄せた。
「暴走状態を継続しているわけですから、この状況、あるいはこの状況から発生する何かが「目的」と見て良いんでしょうか」
 その言葉に、スカーレッド氏無大尉らと遺跡の資料を眺めていたクローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)は振り返ると「恐らくな」と頷いた。
 クローディス達が、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)から調査の依頼を受けたのは、ここに到着する数日前。以前から頻発しているアンデット事件とこの遺跡とが関連していることが突き止められてからだ。
「アンデット事件の発生時期を思えば、かなり以前から、この遺跡は暴走状態を続けている、ということになる」
 この遺跡と事件との因果関係はまだ不明だがな、とクローディスは溜息をついた。そもそもそのアンデット事件の原因を探りに訪れたのだが、辿り着いた場所で遺跡が暴走している以上、その原因とアンデット事件の原因、二つの目的は切り離しては考えられない。
「ただ、それにしては、今まで遺跡が暴れたって報告も受けていないんだよねぇ」
 ということは、暴れ始めたのはつい最近、ということだろうか。氏無が何か腑に落ちない様子で言ったが、いずれにせよ早々に遺跡を止めなければ、調査のしようもない。
「となればさっさと”あれ”を何とかするしかないわけだが……」

 そう言って、クローディスは視線をちらりとセルウス達にやった。
「見てのとおり、”あれ”は近付くのさえ危険な状況だ。君等には、イコンも無ければパワードスーツも無いんだろう?」
 それはその通りなので、セルウスとドミトリエは仕方なく頷くと、クローディスは子供を諭すように苦笑した。
「だから、ここで待っていろと言うんだ」
「だから、そういうわけには行かないんだって!」
 途端に言い返してくるセルウスに、クローディスはツライッツと顔を見合わせて溜息を吐き出した。
 遺跡の調査は、まずはその暴走を止めない限りは何も出来ない、ということで調査団は待機することになっているのだ。暴走を止める手段はまだ判っていないが、少なくとも生身だけでどうこう出来る問題では無いからだ。それ故に、生身でよりによって暴走する遺跡の中へ入ろう、などというのは、とてもではないが許可は出せない。秘宝については、状況が終了すればここへ持ってくるからここで待機していなさい、とスカーレッドも言うのだが、当然、セルウスもドミトリエも引く気配は無かった。
「頑固だな……大体、何なんだ、覚醒……というのは」
 思わずクローディスが溜息をついていると、見かねたようにして騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がひょい、と間に入った。
「そうですね、今までそんな話は聞いたことがないですが、詩穂たちにナイショにしていたの?」
 ここまで手引きしてきた仲じゃないですか、と誌穂が首を傾げながら促すと、セルウスとドミトリエは何故か困ったように顔を見合わせると、セルウスはしゅんと眉を下げ、ドミトリエは溜息をつくように肩を竦めた。
「判らないんだよ」
「それを知ってる相手が”こう”だからな」
 そう言ってドミトリエが振り返ると、そこには首の無い骸骨が、肩を怒らせて何か抗議をしているようなジェスチャーをしたが、なにしろ頭部が無いので声は無く、何を意図しているのかがよく判らない。
「ソレは何じゃ、アンデットか?」
 清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)が首を捻ると、慌てたようにセルウスが首を振った。
「違うよ。オレの師匠……の、体なんだ」
「師匠……ってことは」
 その言葉で首を傾げた者、思い当たる存在に目を瞬かせた者と反応は様々だったが、その中でもルカルカ・ルー(るかるか・るー)夏侯 淵(かこう・えん)の二人は思わずと言った様子で顔を見合わせた。その二人が次に向けた視線の先で、事前に受けていた報告の件かと悟って、氏無は迂闊な言動を避けるかのように、頷くだけでそれを承諾した。
「セルウス、一応確認するけど……師匠、ってことはこれが”本体”ってことなのね?」
「そうだよ。首だけを外に預けて、本体はずっとコンロンで待ってたんだって」
 なるほどね、と頷くと、ルカルカは何を思ったかするりと首に指を這わせてペンダントを引き出すと、そこに入れていたペンダントを取り出して、ウエストポーチの鍵を開けた。その中に手を入れた淵が中に入っていた”それ”を取り出すと、セルウスが「あっ!」と声を上げた。
「師匠!?」
 淵の手にあったのは、クトニウスの頭部だ。驚きに目をぱちくりさせるセルウスに「一度会いたいと思うておったよ」と笑いかけると、大事そうにその頭蓋骨をセルウスへと差し出した。
「我が殿、曹操孟徳から託された。セルウス殿の手で、在るべき場所に」
 そういって渡される頭蓋骨を、神妙に受け取ると、既に膝を落としてスタンバイしていた骸骨の首にそれを載せた。途端。
「ふう、生き返ったナ」
「いや、死んでるだろ」
 聞き覚えのある声が息をついた瞬間に、ドミトリエがさっくりと返した。そのやり取りを見ながら、黒崎 天音(くろさき・あまね)が思わずと言った様子でくすっと笑いを零す。
「お帰り、お師匠様」
「早速で申し訳ないが、説明してもらえるか」
 語る手段を取り戻したクトニウスに、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が問うのに、うむ、と頷いたクトニウスは口を開いた。そのやや脱線気味に長い話を、要約するとこうなる。

 セルウスは、クトニウスが見込んだ”資質”の持ち主であり、次期皇帝候補となるにふさわしい人材……となり得るはずなのだが、まだその”資質”に完全に目覚めきっていないという。本来であれば、長い目でその目覚めを待てばよかったのだが、アスコルド大帝が臥せていることや、風の噂に聞く新しい皇帝候補の出現があまりに突然であったこともあり、その”資質”の顕在化を急がねばならない……ということらしい。

「つまりそれが……」
「”覚醒”ということなのですね?」
 誌穂と共にセルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)が確認するように言うと、クトニウスは頷いた。
「そう、ジャからこんなところで悠長に待っている場合ではないのジャ!」
 そう言って、何としても遺跡の中に入らなければならないと主張するクトニウスに「待て」と声をかけたのはジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)だ。
「エリュシオンの皇帝は、選帝神と世界樹ユグドラシルによって承認されると聞く。となれば、セルウスや荒野の王のほかにも、選帝神によって皇帝候補が現れはしないのか?」
 そうであれば、無理に今覚醒を急がずとも、現時点で荒野の王が有力とは限らない。最悪、それぞれの候補が出揃うまででも構わないのではないか、とジャジラッドは続けたが、クトニウスは「そもそも選帝神とは、皇帝を承認する存在であって、推挙する存在ではないのジャ」と首を振った。
「複数の候補者が立つこと自体が非常に稀でナ。異常事態とも言えるのジャ」
「……それなら、失礼ですが、彼が実は候補者ではない、という可能性もあるのではございませんか?」
 僅かに申し訳なさそうながら言ったのはサルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)だ。複数の候補者、とは言っているが、資質が表になっていないということは、そういうことなのではないか、という一応の問いにはクトニウスはやはり首を振った。
「ワシらスパルトイの間では既に、二人の候補が現れる時代は予期されておるのジャ。不吉だという者も居たがナ……ワシは、それは「宿命」であると思っているのジャ」
 その為に、候補者を正しく導く存在として、クトニウスの本体はコンロンへ預けられたのだという。その時代が来た、というのに候補者の一人が今だ目覚めず、その為に必要な遺跡が暴走しているのは、セルウスに与えられた試練に違いない、と熱を込めた物言いに、クローディスは溜息をついた。
「事情は判ったが……」
 言いながらも、まだ表情の渋いクローディスに「まぁまぁ」と氏無が割って入った。
「もしかしたら、だけど”これ”もひとつの解決法、かもしれないよ」
「遺跡の暴走を停止する条件に、セルウスくんの覚醒があるかもしれない、ということですね」

 はっと悟って後を継いだルカルカの言葉に、うん、と氏無は頷いた。

「正直に言ってしまえば、こちらとしては「遺跡を破壊して」からの調査の方が安全で手っ取り早いんだけどね」
 あっさりと言いつつ、ちらりと視線を眉根を寄せるクローディスに向けて「怖いお姉さんが居るからこれは最終手段だし」と付け加えて肩を竦めるのに、叶 白竜(よう・ぱいろん)が神妙な顔で後を継いだ。
「あくまで「最悪の場合」ですね。情報を失う恐れもありますし、古い時代の遺跡に迂闊に手を出すのは危険ですから。少なくとも、覚醒に必要な遺跡であると判明した以上、それが遺跡を止めるひとつの要素である可能性は、否定できない」
「セルウスが覚醒したら、遺跡を止められるかも、ってことだよな?」
 世 羅儀(せい・らぎ)が確認するように言うのに白竜が頷くと、セルウスは「それじゃあ」とぱっと顔を輝かせた。
「少なくとも”あれ”を何とかするまでは、猫の手も借りたいぐらいだし、ねぇ?」
 もちろん見逃してあげるという意味じゃないけど、と、意味深に言いながら、氏無は周囲をぐるっと見回してにっこりと笑った。
「とはいえ、あくまで可能性として捕らえているってことはご理解いただけるかな?」

「そうですね。我々の目的はあくまで「アンデット事件の原因究明と解決」ですから。邪魔はしませんが、全面的に協力は出来ませんよ」
 と暗に教導団側としては「任務外なので捕縛はしないが、守っている余裕は無い」と以前捕縛に動いていた者として、含んだ物言いで白竜も続けたが、セルウスは余りその辺りは良く判っていないようで「遺跡の中に入ってもいいんだよね!」と張り切っているのに、ドミトリエのほうが疲れたように溜息を吐き出していた。
「ま、そういうことで……一応聞いておくけど、自分の身ぐらいは守れるんだよね?」
「それは、大丈夫だと思うのであります」
 氏無の確認に手を上げたのは、休暇中のところを合流した大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)だ。
「彼らの実力に不足は無いはずです」
 と、パートナーのヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)も、セルウスの実績を並べて後を続けると、それに、と振り返った。そこには、セルウスを囲み、彼と同行を望む幾人もの契約者たちの姿があった。これまでの旅路で、セルウスが培ってきた絆とでも呼ぶべき力が、そこにあるのだった。
「これだけ味方がいれば、同行に不足はないと思われます」
 丈二の言葉に、そうだねぇ、と氏無は少し笑った。


「しかし、問題が振り出しに戻るぞ……どうやって中へ入る?」
「問題はそこなんだよねぇ……」
 クローディスの問いに、氏無とスカーレットも難しい顔をした。元々は「暴れている遺跡の中へ入る」ことは想定しておらず、適切な装備は用意できていない。遺跡の全長は相当なものだが、龍の胴体にあたる部分は最大でMサイズイコン程しかない。となれば内部はもっと狭いはずだ。
「かといって生身じゃ……ん?」
 氏無が呟くように言ったその時、その端末が機影接近を告げた。と、殆ど同時。猛スピードで接近した一機のイコンが、セルウスたちの目の前に停止した。
「な、んだこのイコン……?」
 エリュシオンのイコン、ヴァラヌスに似ているが、その背中の形状などは違っており、全体が奇妙な形をしている。武器を向けてくる様子は無いようだが、唐突な出現に、敵か味方か皆が図りかねている中、ドミトリエだけは「まさか」と呟いた。その時だ。
「…………いた」
 ぼそりと呟くような小さな声が、そのイコンから聞こえてきた。それで確信を得たらしいドミトリエが、僅かに眉を寄せる。
エカテリーナ、か?」
「知り合いなの?」
 セルウスの問いにドミトリエは頷くと、再びイコンを見上げて続ける。
「何でお前がこんなところに居る? ”それ”まで引っ張り出して」
「…………だって」
 ぼそぼそ、と力の無い声が反論しようとしたが、ドミトリエは構わず被せるように続ける。
「どういう心境の変化だ。食事の時だって、一歩も外へ出たがらないくせに」
「…………ぅー……」
 責めているのではないのだろうが、畳み掛けるような言葉に、消え入りそうな少女の声が小さく唸ったかと思うと、突如ヴゥン、とヴァラヌスの前へと半透明のモニターが表示されると、眠たげな表情の少女が映され、その上にまるで洪水のように一気に文字が打ち込まれていった。
『用事があるから来たに決まってるのだぜ。でなきゃボクがこんな所まで来るはずないでしょjk。馬鹿なの?死ぬの?』
 先程までの口調とはまるで別人のように怒涛に表示される文字に、皆が状況を忘れてあっけに取られている中、ドミトリエは盛大に溜息を吐き出した。
「……で、何の用だ」
 先の会話の通り、普段殆ど口を開かないようなこの相手が、わざわざ話しかけてきた上「いた」ということは自分を探していたのだろう、と、ドミトリエが先を促すと『迎えに来たのだぜ』と拡大赤色に強調された文字がモニターに躍った。
『直ぐにカンテミールに引き返すのだぜ。空白の選帝神の座を狙って、名乗りを上げてるスイーツ()を追い出して欲しいのだぜ。あんなのが選帝神とかww認められるわけがないしww』
 その後もずらずらと文章が続いたが、スラングがきつくて理解し辛いものが多く、早々に目で追うのをやめたドミトリエは首を振った。
「悪いが、それどころじゃない。少なくとも今は」
『どういうことなのだぜ?』
「オレたち、あの中にどうにかして行かないといけなくって……」
 セルウスが言葉を添えた、その最後まで聞かぬまま「そういうことなら!」と今度はしわがれた声がそのイコンから流れてきた。
「わし等の出番じゃの。あの中に入る手段なんぞちょちょいのちょいじゃ」
「そうと決まれば早速じゃ、工房の準備は既に万端じゃ!」
 そんな声が七人分、喧しく響いたと思うと、ガンガンガン、と槌打つ音さえ聞こえ始めた。
『というわけで、ボクの下僕もとい”七人のドワーフ工房”が突入手段を「作る」から、オマエラは突入口を確保するのだぜ』
 それで、とっとと行ってとっとと帰って来い、と、セルウスたちの話も聞かず、ヴァラヌス型のイコンに搭載された工房は、慌しく動き出したようだった。
 あまりに唐突な展開に、あっけに取られる面々の中、最初に我に返ったドミトリエが「じいさん」と声をかけた。
「それは、この人数でも乗れるものなのか?」
 そう言ってドミトリエが振り返ると、号令をかけるまでもなく搭乗希望者が手を上げている。その人数を確認して「当然じゃ」とは答えたものの、ううん、と唸る声は重い。
「……じゃが参ったの、この人数分となるとちいっと時間がかかるぞい」
「けれどあまり、猶予はあげられなくてよ」
 ドワーフの言葉に、スカーレッドが遺跡の方を見たまま目を細めた。先程より土埃の距離が近い。巨大な遺跡の目線が、こちらを向いてるのが見て取れた。どうやら、こちらに向って来ようとしているようだ。
「俺たちを敵だと思ったのか?」
 羅儀が顔色を変えたのに、ルカルカが眉を寄せる。
「暴走してるんじゃなかったっけ?」
「暴走していても、本来の判断基準は継続している、ということでしょうか」
 その言葉に白竜が言えば「それはそうだわね」とスカーレッドが苦笑気味に声を漏らした。
「狂っていようがいまいが、ここまであからさまな「戦力」に向ってこない筈もないわ」
 そうしてスカーレッドは肩を竦め、しかし。
「それならそれで、こちらからもお相手するまでだけれど」
 と、挑戦的な目で、笑った。

「一番槍、貰ったぜ……!」
 その声を合図にするように、ごう、と音を立てて発進したのは南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)の駆る、チェヴギャーンだ。パートナーの気性を察してチェーンナップされた機体は、その機動をフルに生かして遺跡へと強襲した。遺跡のわき腹を抉るような掘削用ドリルの一撃に、龍の体が大きくたわんだかと思うと、その頭がぐぐっと振り返ってチェヴギャーンを見た。
「よっし、攻撃には反応してくるみてーだな」
 確認と同時に離脱すると、光一郎は距離を開けつつ、ドリルを当てた部分へマジックカノンの一撃を叩き込む。
 続けて、上空でもその動きが開始した。
「第一部隊、射程範囲に入りました。任務開始します」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)HMS・テメレーアを母艦とした、大型飛空艇の部隊だ。地形把握の為の高度から、射程範囲内まで降下したテレメーアに、キャロライン・エルヴィラ・ハンター(きゃろらいん・えるう゛ぃらはんたー)トーマス・ジェファーソン(とーます・じぇふぁーそん)アウクトール・ブラキウム葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)伊勢がそれに続く。
 彼らの配備を確認して、ホレーショ・ネルソン(ほれーしょ・ねるそん)が声を上げる。
「ホワイトエンサイン旗一旒! 私は各艦がその義務を尽くすことを期待する。第一戦隊、我に続け」
 そうして次々と前線へ出て行くイコン部隊は、すぐさま戦闘を開始した。
 彼らの声を代表するように、光一郎がにやりと笑う。
 
「突破口は先に確保しておく。出来るだけ早く、準備を終わらせてもらおうか」