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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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【帝国を継ぐ者・第二部】二人の皇帝候補 (第1回/全4回)

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狼煙――突入



 一方。
 洋が橋頭堡を確保したのと同時、ジョン・オーク(じょん・おーく)の操縦するハーポ・マルクスが突入組をのせて、ポイントに接近していた。
「交戦地点を避けて、上空から接近するっ。総員、小型龍の接近に注意!」
 多少ぎこちないながらも指示を出すカルに、夏侯 惇(かこう・とん)はどこか満足げに頷いた。
「「戦う」だけが「戦う事」ではない、と気がつきだしたようだのう」
「そうですね」
 その呟きに、ジョンも心なしか嬉しげに笑んだ。補給や援護もそうであるが、味方兵力を無事に戦場に送りこむのも、立派な軍務である。それを少しずつ学び始めている様子に成長を感じているようだ。だが、その感慨に浸っている余裕も、余り無かった。
「……! 左舷後方、敵機接近」
 ジョンの声に、飛び出したのは高崎 朋美(たかさき・ともみ)ウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)が乗り込んだウィンダムだ。ハーポ・マルクスに乗り込んだ高崎 トメ(たかさき・とめ)の弾幕を抜けた小型龍に接近し、相手が攻撃態勢をとる前に、ビームサーベルで斬りつけて撃破する。だがいざ攻撃を受けても、ウルスラーディは僅かに苦い心地があるようだった。小型の龍が守っている、巨大な龍を象った遺跡。それを攻撃すると言う行為が、とんでもないことをしようとしてるんではないか、という罪悪感めいたものが脳裏をかすめるのだ。だがそんな思いも、直ぐに首を振って打ち消す。
「これは「任務」だ」
 任された役割を自分にできる範囲内でこなすのが、イコン乗りとしてのプロフェッションだろう、と、意識を改めたウルスラーディの心を、精神感応で受け取って、朋美はこくんと頷き、向ってくる小型龍と向き合うようにして前を見据えた。
「やらせないよ! そこは、みんながまた戻ってくる場所だからね!」
「その意気どすえ!」
 朋美の言葉に、トメが力強く答えるのに、ウルスラーディもつられるように「ああ」と頷いて、サーベルを構えなおした。




 同時刻、ハーポ・マルクス甲板。
 最前線中の最前線であるその場所で、エカテリーナのイコンを守るように身構えるサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の搭乗するシュヴェルト13の傍らで、遺跡の中へ向う面々が身を寄せ合うようにしながら、それぞれ魔法や能力の発動等の、最後の準備を行っているところだった。
 実際の時間経過は十数分といった所のはずだが、前線特有の空気が肌を撫でていく感覚が、じりじりと焼け付くようにあせりをにじり寄らせ、随分と長い間のことのように錯覚させる。
「ぅう、まだ準備終わらないのかなぁ」
「焦って食べると、喉詰まっちゃうよ」
 焦燥を顔に浮かべながらも、その両手からドーナツを離さないセルウスに美羽はくすっと思わず笑い、「大物だな」とアルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が顔を緩ませた。
「息災だったかね? こんな時で無ければ、ゆっくり話でも聞きたいところだが」
 待機中とは言え、すぐにでも行動とに移せるようにと突入に備えて前線まで寄ってきた今、気を抜いてはいられない状況だ。
「それは後の楽しみとしておくか」
 アルツールの言葉に、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)も「そうだね」と付け加える。
「ドーナツでも食べながら、お話ししよう」
「うんっ! それじゃあ、ぱっと行って、すぐ帰って来ないとね」
 嬉しげに目を輝かせるセルウスの頭は、既にドーナツの方に意識が偏りかけているようだ。
「全ク……エリュシオンの命運を左右するというのが判っているのカ……?」
 そんなセルウスの様子に、最小限の人数で突入した方が良い、ということで居残ることとなったクトニウスは、はあ、と溜息を吐き出した。
「体が付いたちゅうのに、相変わらずじゃのう」
 少年らしいといえば聞こえは良いが、大事な局面にあるというのに相変わらずのセルウスの能天気ぶりに、些か心配そうにしているクトニウスの頭をぺしぺしと叩いたのは光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)だ。
「俺がきっちり守っちゃるけん、安心せえ」
「そうそう、ノリかかったヤキソバもとい乗りかかった船ってやつだ、もう少しお手伝いするよ☆」
 そう言ってどんと胸を叩いた翔一朗に続いて、ぐっと拳を握って、セルウスとドミトリエににこっと笑いかけたのは、ナラカ人物部 九十九(もののべ・つくも)を憑依させ、インナー型の魔鎧であるドール・ゴールド(どーる・ごーるど)を纏って、意識がすっかり戦闘モードの鳴神 裁(なるかみ・さい)だ。そんな中で一人、戦闘時のそれではない、少女の形状を保ったポータラカ人の
蒼汁 いーとみー(あじゅーる・いーとみー)は、何を思ったかひょいと二人の後ろから声をかけた。
「い〜とみ〜☆」
「……え?」
 その聞き覚えのある声とセリフに、セルウスとドミトリエは振り返り、周囲をきょろきょろと見やったが、二人の覚えている目玉の姿はない。聞き違いかな、と思ったところに、いーとみーはにこにことしながら、自分を指差した。
「い〜とみ〜!」
 その声の発生源を今一度見やって頭に盛大にクエスチョンマークを浮かべる二人に、裁はあはは、と笑っていーとみーの頭をぽんぽんと叩いた。
「やだなあ、忘れちゃったのかな? この子、あの時の”あの子”だよ?」
「……っ!?」
「え、えええ!?」
 流石に驚愕に目を見開くドミトリアスと、セルウスの驚きに裏返った声に、裁は満足げに笑い転げたのだった。 

 一方で、「通信状態は問題なしだね」と理王が機器の調子を確認すると、それにのせて永谷が「足りない物があったら、今の内にリストアップしといてくれ」と継いだ。
「可能な限り手配する。万が一の時は、無理せず一時後退してくれよ」
 との永谷の言葉に「了解」とルカルカが応じる。軍事訓練で慣れのある者達は、突入の準備に余念が無いようだ。そんな彼らの傍で、こちらはこちらで準備を終えたらしいクローディスが、ツライッツの肩を叩いた。
「足手まといが何人もついていく訳には行かない。こちらのことは頼む」
「わかっています。くれぐれも、無茶はしないでくださいよ」
 心配げな様子のツライッツの言葉を耳に挟んで、突入準備中だった白竜がその足を止めた。
「ご心配なく。皆様のことは、我々教導団が必ずお守り致しますので」
 安心させるように軍人然とした口調で敬礼し、けれど直ぐマリーとの通信確認等の作業に戻った白竜に、羅儀は呆れたように肩を竦めた。
「そっけないなあ。挨拶でもしてくりゃ良かったのに」
「任務中ですから」
 そんな状況では無い、と言う意味での白竜の言葉だったが、それを「照れている」と思い込んでいる節のある羅儀は「キリアナさんのことなら、黙っといてやるのにさあ」と、勘違い故の妙な事を口にして、白竜に首を傾げられたのだった。

 一方でグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は、目の前に広がる遺跡に何かを探すように意識を凝らしていたディミトリアスに「無理を言ってすまない」と頭を下げていた。
「不謹慎なのは判っているんだが、な」
 セルウスの行動を共にする者や、護衛の任務でやって来た者達と違い、グラキエスが調査団についてコンロン行きを志願したのは、純粋に遺跡の興味故だ。ウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)の提案で、ディミトリアスに同行を願った際にその話はしてあったが、遺跡を前に、思わず口が開いたようだった。ディミトリアスが返答するより前に、アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)が、「主よ、どんな時でも知的好奇心を持つ事は素晴らしい事です」と大げさに感慨を示す。かと思えばすっとその表情を引き締めてディミトリアスに向き直ると、騎士の姿勢で頭を下げた。
「主には思うが儘、楽しみのため行動して頂きたいのだ。危険への警戒と防御は俺とウルディカがやる」
 迷惑はかけないようにする、と告げるその隣では、ウルディカが別の思惑を秘めた目でディミトリアスを見ていた。
「…………」
 今のグラキエスは、記憶を失っているのだ、という。体の衰弱に反して、彼自身の持っている魔力は失われていない分、その扱いに苦心しているようで、ウルディカが術士であるディミトリアスとの同行を勧めるのは、そこに理由があるようだった。それを何とはなしに悟った上で、ディミトリアスは「気にする必要は無い」と少し笑みを向けた。
「俺もさして動機に違いはないからな……力を貸してもらえるのなら、有難い」



 そうやって、各々が焦りを飲み込み、着実な準備を進める中、ブシュウ、と盛大な蒸気が吹き出す音が響いた。
「よおおし、完成じゃ!」
 その声に、皆が一声に振り返ると、先程まで響いていた喧しい音は止み、エカテリーナのイコンが腰を下ろすようにして体を屈めていた。まだしゅうしゅうと隙間から蒸気を漏らす工房の扉が、ガギンと音を上げてロックを解いていく。
『それではご紹介、今週のどっきりビックリメry』
「姫、ちょっらめぇええ……!」
「言わせねぇよおおううう!?」
「ええい、やかましいわい」
 エカテリーナとドワーフ達の、なにやら騒がしい声は、幸いにも扉の開く音に紛れたようだ。そうして工房から現れたのは、スタイリッシュなマシン……ではなく、何故かかなりレトロ感あふれる大型のトロッコだった。
「何でトロッコなんだよ!?」
 思わずと言った様子でドミトリエが声を上げたのに「何が可笑しい」とドワーフが鼻で笑う気配がした。
「遺跡の移動手段と言えば、トロッコと相場が決まっておるんじゃい!」
「あの教授のシリーズ映画は最高じゃよのォ」
 どうやら地球の映画に相当影響された結果がこのトロッコらしい。かなり動機の不純な製作理由のようだが、そんな突入手段に頼っていいのか、と言わんばかりの空気が流れたが、はあ、と先に諦めたように溜息をついたのはドミトリエだ。
「……見た目は兎も角、出来は信用できる筈だ」
『当然でしょjk。見た目はただのトロッコだけど、工房からの射出で初速はロケット並。レールの自動生成とオートバランサーetcの最新ドワーフ技術搭載で、どんな状況下でも脱線断線無しの安心設計。その上操作は命令系統を単純化して集約したワンボタン式コントロールシステムを採用して……』
「要するに”凄いトロッコ”ってことだよね」
 延々と続きそうな説明をあっさりぶった切って、セルウスはトロッコへと飛び乗り、ドミトリエ達もその後に続いたのに、エカテリーナはふう、と息をついて、イコンの腕をトロッコへと伸ばした。
『これがコントローラー。ついでに、頼まれてた蹄鉄も新しいの作っておいたのだぜ』
「ありがたい」
 自らのペガサスヴァンドールの蹄鉄の代えを受け取って、ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)は顔をほころばせた。
「礼はあとで必ずさせてもらおう。白雪姫にちなんで『リンゴのキャラメリゼ』で良いかな」
「賛成なのだ。ついでにパイもあると嬉しいのだ」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が割って入ってきらきらと目を輝かせるのに、エカテリーナはわざわざイコンの肩を竦めさせて息をついた。
『出撃前にその台詞は死亡フラグなのだぜ……楽しみに、しておくけど』
 最後のぼそりと小さく吐き出された声は、どうやら肉声のようだ。そんな中「すまないが急いでくれ」とバルムンクから、僅かに焦った声が通信に混じった。
「そろそろ、こっちが限界だ……っ」
 自分の邪魔をしようとするバルムンクを噛み砕こうと、遺跡の龍が、その口を閉じようとするのを、のたうつその頭部の中でずっと支えていたのだ。その声に「おう」とコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が応えてガシン、と遺跡の口に向って剣を構えた。
「では行くぞ、こちらの攻撃と同時に離脱してくれ」
「了解」
 ハーティオンの言葉に勇平が頷くと、トロッコから離れる間際に馬 超(ば・ちょう)がセルウスに声をかけた。
「これをお前に預ける」
 そう言ってセルウスに渡したのは、ドワーフの宝だ。
「昭烈帝陛下から、お前に渡すようにと承った物だ……お前は少々無鉄砲ではあるが信頼に足る男だと私は知っている」
 だから、これはお前に託す、と、神妙に言った超の横で「まったくもう」と肩を竦めたのはラブ・リトル(らぶ・りとる)だ。
「折角コンロンについたらこの有様、とはねえ。セルウス、あんたホントタイミング悪いわね〜」
 そう言ってぽんぽんとその頭を叩くと、ラブぱちんと目をつぶってみせる。
「ま、いいわ! 今回もこのラブちゃんが手伝ったげるから、あんたが『覚醒』とやらが出来たら、たっぷりお礼はちょーだいよね♪」
 言うや否や、びしっとその指が遺跡に向って突き出された。
「それ行けハーティオン! 馬超! ドラゴランダー! あたしは応援してるからね〜♪」
 それは手伝い、というのか? という何人かの疑問が浮かぶ中、コアは剣を振り上げて構えを取った。入念に勇平らとポイントの確認を行いながら、ぐっと剣を握り締める。
「タイミングは一度。必ずあの頭を止めてみせる。その間に突入を!」
「準備は良いかの皆の衆!」
 ドワーフ達の声に、全員が言葉無く頷く。それを合図に、コアはばっとその手を突き出した。
「行くぞ、龍心咆哮! ドラゴランダー!」
『ガオオオオン!!』
 応えるように龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)の咆哮が木霊する。
「来い! 龍帝機キングドラグーン!」
 コアの声に応えて、黄金の機体が龍から人の形へと変じていく。
『黄龍合体! グレート・ドラゴハーティオン!!』
 そうして二人が乗り込んだ機体が、その大剣を翳して、遺跡龍へ向って勢い良く跳躍した。
「グレート勇心剣……彗星、一刀両断斬り――ッ!!」
 飛び掛り、振り下ろされた剣が、龍の上顎に激突する。上がる土煙と共に、悲鳴のような唸りが遺跡を震わせた。そのままバランスを崩した龍の頭が、隣り合った遺跡に凭れる様にして倒れる。
「今だッ!!」
 その攻撃と同時に離脱した勇平が叫んだ、次の瞬間。
「ほい、ぽちっとな」
 いまいち気合の入らない音がした直後、金属音と共に射出されたトロッコのレールが一直線に龍の口の中まで伸びた。それに驚く間もなく、最後尾に接続された発射用装置ががごうっと音を立て、まるでジェットコースターのようにトロッコは発射された。

「行っけえええええッ!!」

 シュヴェルト13やHMS・テメレーアの援護射撃を受けながら、レトロかつ最新鋭のトロッコは遺跡の内部への突入を成功させたのだった。