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リアクション
【鏡の国の戦争・決戦前夜】
幾度かの戦いに瓦礫の山が広がる都市は、かつての繁栄すらも思い出せぬ程の暗闇に包まれていた。
その中で、僅かな明かりを発する地点があった。できる限り光が漏れ出すのを押さえて行われているのは、先日の戦いで損傷したイコンの修復、あるいは部品取りとしての解体、そしてできる範囲での強化作業である。
強化とは言っても、ここにはそんな設備も機材も無い。
最低限の作業、例えば持たせるとか出来合いのものをくっつけるとか、その程度でできる作業だ。果たしてそれが強化改良と言えるのかといえば悩ましいところで、換装といのが妥当かもしれない。
それでも、貧弱と称された旧式の機体にとっては、確かな戦う為の力となるだろう。
「数を揃えられるか心配だったけど、とりあえず何とかなって助かった」
相沢 洋孝(あいざわ・ひろたか)とシャレン・ヴィッツメッサー(しゃれん・う゛ぃっつめっさー)と浜田 鬼麿(はまだ・おにまろ)はウィッチクラフトライフルをかき集める事に奔走していた。許可そのものを取るには苦労しなかったが、数をかき集めるのに奔走しただけに、是非とも活躍して欲しいものである。
「持ち込んだイーグリットの装備は白兵武装だけ、バランスをとるために射撃武装も追加した方がいい。ウィッチクラフトライフルなら火力も射程も十分、装弾数もケタ違いに多い。戦力の底上げには持って来いだ」
「マシンガン装備時に比べて、火力と射程はほぼ倍増する計算になりますわ。加えて、装弾数は1000、ほぼ無尽、と言っても過言ではないでしょう」
「バズーカは、火力支援に用いるには少し射程が短いんじゃない? ウィッチクラフトライフルを装備すれば、バズーカ装備時に比べて、火力は2倍弱、射程も約1.5倍になるよ。苦労したぶんの活躍はきっとできるはずだよ」
かくして三人の苦労のかいもあり、イーグリット・焔虎・鋼竜には全期にウィッチクラフトライフルが換装された。
要望された数に対し、目標数を揃えられたという点ではウィッチクラフトライフルは幸運だったと言えるだろう。
幸運と呼ばれるものがあるのは、不幸に苛まれたものもあったというわけだ。それが、ソニックブラスターである。
サオリ・ナガオ(さおり・ながお)とサミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)の方では、苦労ではなく問題になるまで発展していた。
両者共に、陳情したのはソニックブラスターであり、希望した数を揃える事は事実上不可能だったのである。
数が揃えられないのは事実であり、覆しようが無く、サミュエルの提出した書類に不備も見つかり、結果としてサオリにソニックブラスターが優先して配備される事になった。
「どうしても無理になっちまう事もあるさ。作業いっぱいあるんだろ、オレも手伝うぜ」
「すみません、助かります」
夜通しの作業が行われ、アンズーにソニックブラスターの換装作業は夜明け前に何とか終了し、各部隊に配備される事になった。
汎用的な装備が優先される中、一風変わった装備を陳情した者も居た。カスケード・チェルノボグ(かすけーど・ちぇるのぼぐ)だ。
彼が要求したのは、冷凍ビームである。
「敵の指令級は強力な熱を使うと聞いたのじゃ……なら、これほど有用な兵装もあるまいて」
コームラントに装備された冷凍ビームを見上げ、カスケードは満足した様子で頷いた。
彼が呟いたように、これは情報にあった敵の司令級用の支援装備として注目されており、数ある陳情の中でも最優先で揃えられている。その為、換装作業に手早くとりかかる事ができ、誰よりも早く作業を終える事ができた。
とはいえ、自分の分が終わったので休みます、なんて口にできる状況でもないため、カスケードはこのまま別の作業員の応援に走りまわり、朝日を迎える事になった。
「全く、病み上がりなんじゃから少しは労わらんかい」
一方、同じ頃―――空港の一角をセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)を、なんとも表現し難い表情で眺めていた。
「本当に、やったのか」
煌々とした光を集めて聳え立つのは、全高129mを誇る黄金に輝くド超級巨大大仏型、カイザー・ガン・ブツである。
カイザー・ガン・ブツに集まる光は、威光などではなく人為的なものだ。空港にあった照明の予備などを拝借して、ライトアップされているのだ。
「光の当てかたとか、気にしてるんだな」
巨大なガン・ブツの周囲をゆっくりと見て回ると、そのライトアップがただ光を当てたものではなく、自身の影で暗いところができないように計算されているのがわかる。
「なにしてるの!」
突然聞こえた声に、セリスは足を止めた。
声の主、エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)はどこからともなく姿を現す。
「あ、なんだファーランドさんだ」
「今度は何やらされてるのさ……?」
彼女エメラダは、ガン・ブツ御威光を発揮するための作業を手伝うためにやってきてくれた善意の協力者である。これを、マネキ・ング(まねき・んぐ)の言葉に直すと、信者であるらしい。だから何の遠慮もなく空港から照明を盗み出す仕事をやらせ、無事完遂させている。
「お賽銭箱を設置する場所を考えてるの、罠もいっぱい仕掛けてあるから、お参りする前に吹っ飛んじゃったり、タライを被ったりしちゃうからね」
ガン・ブツを護る為、周囲には罠が仕掛けられている。機雷や、タラや、トリモチなんかがそうだ。この罠は決して空港を守るためのものではなく、ガン・ブツのために設置されている。
「本当にお参りなんかしないだろうし、普通に正面に置いておけば……」
エメラダの影に隠れていた賽銭箱に、セリスは何となく近づいた。
突貫工事で作られたらしい賽銭箱は、ちょっと文字が歪んでいたり、継ぎ目が雑だったり、よく言えばハンドメイドの味がある。
「ん、何か書いてあるな」
セリスは底の近くに小さな文字を見つけた。
「あ」
「何々……甲斐の貯金箱?」
セリスは少し考える。
なるほど、三船 甲斐(みふね・かい)はエメラダを派遣し、賽銭箱とは名ばかりの貯金箱を設置させ、お参りの際に参拝客が落としていくであろう賽銭を回収しようと目論んでいたのか。
何と狡猾で恐ろしい陰謀だろうか。
「待て待て、色々おかしいだろ」
「あの、それは……」
「いや、いいよ。見なかった事にするから」
そう、何も見なかったのだ。何も見なかったので、突っ込むべきところはない。
賽銭箱は、エメラダが大事に抱えて持っていった。どこかに設置するのだろう。
「目立つなぁ、これ」
ライトアップされた大仏は大変目だっているが、誰かに邪魔されたりはしなかった。放っておかれているのか、これが何かの戦略行為であると誤解されているのか、難しいところである。
「考えても仕方ないし、少し休むか」
一応、今できる限りの事はしておいた。
あとは、明日だ。明日、何をするつもりなのかはよくわからない。
まだか細い朝日が、遠い海の向こうに線を描くのをレジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)はぼうっとした顔で眺め、日が昇ってきたという事実を認識するのに、少し時間がかかった。
「あ、朝ですね。報告は、あと何が残っていましたっけ?」
部下の一人に尋ねると、部下がいえもう終わらせておきました、と答えた。
彼女が最も優先したのは、一時的に空港に非難させていた一般市民達だ。もともとここの従業員もいれば、先日の作戦でやってきた人たちも居る。少しでも民間人を危険から遠ざけるため、避難場所を確保したり、許可をもらいにいったりと先日の夕方頃から行動を行っていた。
救出作戦に参加してから、休む間もなくである。
だが、そもそもここは軍事拠点ではないただの空港である。考えれば考えるほど、安全という言葉はスキップで逃げていく。ただ彼らを引率して奥まったところに配置するだけでいいのだろうか、その疑問に答えてくれる人は居なかったが、代わりに別のところから手段がやってきた。
海上自衛隊の艦船が、民間人の一時引き受け先に申し出たのだ。
羅団長補佐からその話が伝えられ、さっそくレジーヌは引渡しのための手続きや、行動を開始した。
色々やって、民間人の子ども達に挨拶して、今やっと見送りが終わったところである。民間人を乗せた船は、朝日の中に溶け込んで、目を細めてみると薄っすらとその位置を確認できる。
「これで、半分ですね」
民間人の脱出はひとまずこれで完了だが、民間人を脱出させないといけなくなった原因は、何一つ取り除かれてはいないのだ。
主要な部隊は国連軍を助けるためにここを離れ、残された者達でこの状況をなんとかしなければならない。半分も、もっともっと遠くにあるのかもしれない。
レジーヌは朝日が昇りきる前に背を向け、歩き出した。
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