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リアクション
【鏡の国の戦争・千代田基地3】
瓦礫の隙間に飛び込んだ大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)は、銃剣銃のマガジンを交換するためにベストに手をあて、予備のマガジンがもう無いことに気が付いた。
「こんなに使ったっけ」
一人ごちる。銃剣銃は銃としてより、槍として使っていた記憶の方が丈二には強かった。弾丸をばら撒いて弾幕を張るような使い方はしていない。もう一度ベストのポケットに手をあてるが、穴などは空いておらず、自分で使い切ったのは間違いないようだ。
同じ隙間に先に身を潜めていたヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)は見かねて自分のマガジンを一つ差し出した。
「まだ予備のマガジンは一つあるから大丈夫よ」
ヒルダは丈二にマガジンを押し付けると、遮蔽物から飛び出していった。
すぐ近くからは、アサルトライフルの銃声が響いている。一緒に戦ってくれているアナザーの兵士達だ。彼らの攻撃は牽制以上の効果は望めないが、その隙にこうしてマガジンを交換する一瞬を得る事ができている。ただ、彼らは契約者ではない普通の人間であるため、ザリスが向かっていけば一たまりもないだろう。二人して休憩する時間はまず作れない。
ザリスが仕様している銃剣は、セミオートライフルで、弾幕を張るような戦いはできない。瓦礫に背中を預けて、呼吸を整えつつ他の銃とは違う銃声が聞こえたところで、丈二は瓦礫から身を乗り出して銃剣銃を構えた。一発、ザリスに向かって撃った弾丸はすぐ近くを通り過ぎていく。その場に留まらず、瓦礫を踏み越えて間合いを詰めていく。六熾翼は少し前にザリスの銃弾を受けて壊れたため、今は走るしかない。
ヒルダは丈二の気配と、兵士達の位置に気を使いながら動く。
銃撃も刺突による攻撃も、ザリスに対して中々届かない。だが、機動力と仲間との連携で立ち回る二人も、一撃で動けなくなるような攻撃を受ける事なく、なんとか対等の状態を保っていた。
「もともと、最前線で立ち回るスタイルじゃないのね」
セミオートライフルといい、千代田基地から見れば離れたところに待機していたところを見るに、銃剣のザリスは近接戦闘よりも、中距離での支援を役割としているのだろう。
「割と万能選手だとは思うんだけどね」
身体能力は他のと変わりはしないので接近戦もこなせはするが、多数を相手にずっと攻められ続ける戦いにおいては、連射ができず槍とはいえない長さと重さの武器は、むしろ足を引っ張る要因だ。
もしもここに現れたのが、長刀だったり双剣だったり、他のタイプであったらここまで喰らい付いていくのは難しかっただろう。どんな武器にも一長一短があり、状況によって武器を切り替えたりなどしない彼らには、総じて避けようのない隙があるという事でもあるのだ。
「いつまで戦い続けるつもりだい?」
少し疲れたよといったザリスの言葉に、二人からの返答はない。
立ち回りと連携で、じわじわと千代田基地から遠ざけながら戦い続けてここまで来た。だが、それもそろそろ限界だろうと二人は感じ始めていたからだ。
体力気力はまだあるが、先に弾薬が底を尽き始めている。意識をすれば、二人は長持ちさせはできるだろうが、一緒に戦ってくれている兵士達には、節約は難しい。帰り道の事を考えれば、ここで全部使い切らせるのはそもそもできない。
逃げるか最後まで戦い抜くか、そろそろ決断する猶予が迫ったその時。一際重たい、お腹に響くような銃声が聞こえた。
誰よりも早く反応したのはザリスで、丈二の突きの回避を途中で止め、わき腹の横を銃剣銃を抉って抜ける。三センチ程の傷だったが、今日で一番の大ダメージだ。
「痛っつ」
ザリスの奇妙な動きの理由は、疑問を口に出すのも必要なかった。すぐ近くの地面が、破裂したからだ。傷口を気にしつつ、ザリスは一旦離れて遮蔽物の影に隠れた。
「今のは」
「振り返らない、今が攻撃のチャンスです」
「ちっ、気付かれたか」
世 羅儀(せい・らぎ)はアンチマテリアルショットの薬莢を排出する。
次の弾薬を薬室に装填しつつ、インカムに手を伸ばした。ここは外なので通信を邪魔するものはない。
「遅れて悪い、ここまで離れてるとは思わなかったんだ」
通信相手は、彼の前方で戦っている丈二とヒルダと、アナザーの兵士達だ。救援要請をキャッチしたのはもう少し前だが、場所の特定と狙撃地点の確保に少し時間がかかった。
「オレも今から手伝うよ。こいつを倒さないとオリジンに帰れないからね」
羅儀の目からは、十分に勝ちは見込めていた。
狙撃のタイミングを計りつつ、ザリスとの戦いを観察していたが、ザリスとしてもそこまで余裕がある状態には見えなかった。二つの天秤が釣り合っている状態に、アンチマテリアルショットと自分は決定的な差になるだろう。自惚れではなく、冷静な分析の結果だ。
その判断は実際に間違ったものではなく、ザリスは今まで以上に立ち回りを制限され、じわじわと追い詰められていった。
だが、戦いの決着はこの場の誰も想像してない形で訪れた。
薄暗い遺跡の中で、しかも防衛戦で、さらに敵の規模も、あとどれぐらい頑張ればいいのかもわからない。
(今勝ってんのか、それとも結構やばいのか?)
国頭 武尊(くにがみ・たける)は考える。テレパシーで奥の奴らと情報をやりとりしているが、全容はいまいち見えてこない。
この戦場の全体図については、奥で指示を出している奴らもよくわかっていなのだ。ただ、いつ頃からか敵の攻勢の勢いが弱くなり、そのまま今まで来ている。
(このままだったら、結構耐えられるよな。けど、オレんところだけ手を抜いてきてんのかもしんねぇ。こんな訳のわからねー異世界で死ぬ気はね〜んだぞ、こっちは)
何かしらのきっかけも、真新しい情報も特に無いまま、何度か現れた少数のワーウルフ部隊を蹴散らした。変化は味方からの連絡でも、やってくる敵軍でもなく、地面の揺れとなって現れた。
立っているのも厳しい大きな揺れだったが、ほんの数秒で収まった。
「地震、いや、今のは近くに砲弾でも落ちたような、にしてはそれっぽい音は何も無かったな」
爆発しなかったという事は、単に重いものが降ってきたか。この戦場にありそうな重いものというと、思いつくのはイコンぐらいしかない。
(おい、今のは本当に地震だったのか?)
テレパシーで何人かに呼びかけてみるが、反応が無い。返事ができない状態なのか、それとも別の奴とテレパシーでもしてるのか。
「いっきにきな臭くなってきやがった」
「おい、敵が来たぜ、総員攻撃開始だぜ!」
猫井 又吉(ねこい・またきち)がいち早く暗闇の向こうに敵影を見つけると、さっそく攻撃指示を出した。アナザーの部下達が一斉に攻撃を開始、通路は弾丸で満たされる。よほど頑丈な奴でない限り、この時点でお陀仏だ。
銃弾の壁が形成されている間に、武尊は3―D―Eで天井の方に一旦移動し、この弾幕の中でしぶとく生き残った相手にトドメをさすべく、銃弾が途切れるタイミングで飛び込んだ。
生き残りは一体、ミノタウロスでもワーウルフともシルエットが違う。ダークビジョンが鮮明に映し出した敵の姿は、見た事無いものではなかった。
「司令級、かよっ!」
何度か資料としてみた事のある相手、ザリスだった。外をうろついているらしいという話があったので、出現した事に疑問は感じない。ただ、それが特に報告の無いまま自分の前に現れた不幸を呪った。
どちらにせよ、今から回避行動しても隙をさらすだけだ。両手に持った双剣で、当初の予定通りに切りかかる。
ソード・オブ・バンズはザリスの身に届かない。銃剣で防いだからだ。だが、ザリスの獲物もこれで使い物にならなくなった。3―D―Eのワイヤーで地面に着地せず、距離を取る。
「なんだ、なんか変だぞ」
ザリスの動きはおかしい、五月蝿いくらいに喋るという話だが終始無言のまま、それに動きそのものも、どこかギクシャクしているように見える。
「調子が悪いのか?」
正直やりあいたくない相手だが、部下達の手前率先して逃げ出すのも様にならない。もう一度、確かめるために二度天井付近で軌道を変えてから、再び仕掛ける。
だが、攻撃を与える前にザリスは突然その場に倒れた。
「なん……っ」
美しい手の平が、武尊の前を塞いだ。
白く小さくしなやかなその手は、女性のもので間違いなかった。指と指の間から、その手の持ち主の顔が見える。
「リファ……」
その名前を最後まで言い切る事なく、全身をバラバラにすような衝撃が武尊を吹き飛ばした。
「こんなとこに、嘘だろ」
吹っ飛ばされた武尊は、ひとまず死んでいないようだ。だが、あの受け方はどう考えても危険だ。いつでも使えるようにしておいた目潰し用の信号弾を天使に向かって放つ。
「てめぇら、ここは無理だ。下がってヤバイ奴が来たって伝えろ。俺は時間を稼ぐ、いいな!」
部下達にそう叫びつつ、信号弾の煙幕の中に飛び込むと、そこで向きを変えて吹っ飛ばされた武尊の元に急いだ。もとより、戦うつもりなどない。
「……いったか」
気配が無くなったのを待って、又吉は胸に詰まっていた息を吐き出した。こちらに興味を向けず、下がっていった兵士達とすぐに戦闘した様子も無い。又吉にあの天使が攻撃を自らしてこないことに何の疑問も無い、正面から天使の目を見たからこそわかるのだ、あれは何も眼中に無い時にする目だ。
「どっちにしろ、リタイアだな、こりゃ」
息はしてるが、頬を叩いてもうんともすんとも言わない武尊を頑張って担ぐと、警戒を強めて移動を開始した。千代田基地に残っている安全な場所には心当たりはないが、抜け道には一つだけ心当たりがあった。
天使発見の報告を最初にしたのは、羅儀からだ。
報告によれば、ザリスとの戦闘に割って入り、ザリス・丈二双方を巻き込む攻撃を行ったという。狙撃地点から彼らの所に駆け寄った羅儀の報告によれば、ザリスと天使の姿はなくなっていたという。周囲の兵士とも負傷者が多数出たため、しばらく動けないというのが最後の報告である。
次の報告は、それから三分も立たずに遺跡内部の部隊から届いた。
話によれば、消えたザリスを弾除けとして使い潰し、今は一人で悠々と奥に向かって進んでいるらしい。
「ここまでに配置していた部隊の数、トラップ、少なくはないのだがな」
叶 白竜(よう・ぱいろん)は目の前に現れた天使は、言葉を全く聞き入れた様子はなく歩みを止めない。
「いくらなんでも、早すぎますわね」
倒せなくとも、少しぐらいは足止めはできたはずだ。沙 鈴(しゃ・りん)の目に映る天使は負傷どころか、衣服に汚れ一つ見当たらない。
「ここに現れた以上、目標はアナザー・アイシャに他ならない。護衛にすぐに脱出するように伝えてくれ、私は少しでも時間を稼ぐ」
「天使? どうゆう事?」
騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は突然入ってきた天使襲来と、退避指示に驚きを隠さなかった。今まで、噂以上には姿を現さなかった天使が、何故今になって現れたのだろう。
「チャンスを伺っていたって事?」
情報は少ないが、こちらに攻撃を仕掛け、防衛ラインを突破してきているという事実は確かなようだ。何を考えているのかはわからないが、ここは素直に指示に従い退避する事を優先する。
「あ……あ……」
「アイシャ様、説明は後ほどおこないます、今は―――え?」
こちらを見ていないアナザー・アイシャの視線を追った先には、既に天使の姿があった。
「そんな、連絡はたった今……」
セルフィーナ・クロスフィールド(せるふぃーな・くろすふぃーるど)も驚愕する。天使が現れた道の先では、白竜や鈴達が全体の指揮をしていたはずだ。彼らは指揮官であるともに、契約者でもあったはずだ。
目の前を素通りでもしてこなければ、ここまで早く姿を現すわけがない。
「シリウスちゃん、アイシャ様を連れて早くここから逃げて!」
天使についての連絡があったのは、鈴からだ。彼女と白竜が天使を見逃したり、素通りさせたとは考えにくい。早く逃げろという指示は、既に今の自分達と同じ状況だったのかもしれない。
「お、おう」
シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、名前を呼ばれて半ば放心状態だったところから、意識を一気に現実に引き戻される。天使を見た瞬間、圧倒されると共に忘れられない懐かしい気持ちを思い起こしていたのである。
「……天使さん、あなたがアイシャ様を傷つけるというのなら、私はどんな事をしてでもあなたを止めるわ。あなたが、誰であったとしても!」