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リアクション
【鏡の国の戦争・決戦9】
最前線がダルウィとの死闘を繰り広げている頃、そこからしばし後方では大型怪物と国連軍主力イコン部隊が激突していた。
国連軍の主力は決定的な火力こそ持たなかったが、多くの契約者達と、それに続くアナザーのパイロット達によって、じりじりと怪物達を押し返し、ダルウィの炎の花を肉眼ではっきりと確認できる程の距離まで近づいていた。
「ここが踏ん張りどころだ」
「あと少しで射程に入ります、もう少しだけ我慢してください」
斎賀 昌毅(さいが・まさき)とマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)が操縦するフラフナグズは、この時既にかなり損傷していた。
左腕の荷電粒子砲は集中攻撃を受け機能不全に陥り、
「ちっ、ダメになっちまった」
使い続けたバスターライフルはたった今、応答しなくなった。銃身が熱で歪んだが、電子機器に何かあったのかもしれない。修理どころか原因を確かめる前に、向かってくるレッドラインの槍を、そのバスターライフルで受ける。近接武器ではないので、一回で全損するも、盾を開いたレッドラインが手の届く距離に入った。
「落ちろっ!」
デュランダルがレッドラインを切り裂く。
「次、来ます。ライオンヘッドです」
「少しは休ませろっての!」
確認できたライオンヘッドは二体、ちょくちょくこいつらを見るようになったという事は、だいぶ敵の内側に切り込んできている証でもあった。
内側に配置されているだけあってか、ライオンヘッドは手ごわい。装甲、機動力、判断力、どの部分でもレッドラインを上回る。レッドラインは対処法さえ叩き込めばアナザーのパイロットでも何とか対応できるが、こいつらを相手にするには機体の性能と純粋な操縦技術や判断力を求められる。
姿を現した時から、肩のキャノン砲を外していたライオンヘッドは、二体揃って駆け出した。一体は真っ直ぐフラフナグズへ、もう一体はその横を素通りし、その後方のイコン部隊を狙う。
「させるかよっ!」
もしも自分の身だけ案じて戦っていれば、フラフナグズもここまで損傷はしなかっただろう。彼の背後のコームラント隊に損害を出さないために、囮に盾にと立ち回った結果が今の姿なのだ。
当然、フラフナグスが狙うのは素通りしようとするライオンヘッドだ。
最大速度で接近し、デュランダルで切る。
「出力を」
「はい!」
僅かに届かない距離を、デュランダルに過剰なエネルギーを送り込む事で強引に解決する。これで、ほんの数十センチの刀身を稼いで、ライオンヘッドに刃を届けた。
致命傷には遠く及ばないが、足を止めるさせる事に成功する。
だが、横からこちらを狙っていたライオンヘッドのとび蹴りが肩に入り、フラフナグズは近くのビルに叩きつけられた。もともとボロボロだったビルは崩れて瓦礫の仲間入りをする。
「大丈夫です、任せてください!」
おおかぶさった瓦礫を弾き飛ばして、フラフナグズは飛び出し、まずこちらを蹴っ飛ばしたライオンヘッドに迫った。
「こいつならどうだ」
左腕の荷電粒子砲を突き出す。危険を感じたライオンヘッドは横に飛んで回避する。
「かかった」
荷電粒子砲はとっくにおしゃかになっている。近くのビルに肩を擦りながら、無理やり向きを変えて先ほど手傷を負わせたライオンヘッドに肉薄、デュランダルを心臓の辺りに突き立てた。
そして、加速。剣は抜かずにそのまま、先ほどびびって大きく回避行動をしたライオンヘッドに突進、敵の着地地点はブレス・ノウの予測任せだったが、寸分の狂い無い予測を叩き出していた。
ライオンヘッドの背中から出ていた刃が、もう一体も貫く。二体をまとめて、串刺しにして倒した。
「っ、どうだ!」
「周囲の敵影……消えました」
「よし、お前ら待たせたな……出番だぜ!」
後続のコームラント隊が、平らで安定した地面を選び砲撃地点とする。
「ちゃんと狙えよ、距離はあるが的もでかい。焦る必要はないぜ、機体はちゃんと応えてくれる」
ここまで、戦闘にほぼ参加せずにやってきたコームラントは、フラフナグスとは対照的に綺麗なままだ。エネルギーも移動にしか使っていない。
お膳立てとしては最高だ。
「フラフナグスも限界ですね」
「まだ少しは動けるさ。一回盾になるぐらいならな」
すぐに、部下から射撃準備が整った報告が入る。
思えば、これから放つ一言の為に必死になってここまで駆け抜けてきたのだ。だからせめて、今ある気力をその言葉に注ぎ込んだ。
「目標はでっけぇ炎の花だ。全機最大出力、冷凍ビーム、撃てぇぇぇ!」
ゴスホークはエナジーバーストを展開すると共に、リミッターを解除した。
ダルウィとゴスホークは互いに直線の上を進むように、互いに高速で接近した。
「どっちが強いかってより、どっちが耐えられるかだな、これは」
ダルウィに対して、真司のゴスホークが攻撃が可能なのは一手が限界だ。周囲の熱気によって、ゴスホークが動かせる時間は極端に短く、また中途半端な回避をすれば、装甲を溶かされる事になる。
中途半端は、危険極まりない。
ファイナルイコンソードによる神速の斬撃、これが通るか否か、勝負を決めるのはこの一点だ。
「アブソリュート・ゼロ」
マイアが氷の壁を一人と一機の間に三枚張る。防御壁としては、障子紙ほどの効果も無いが、目的はそこではない。イコンのレーダーは既にいかれて役目を果たせない代わりに、この三枚の氷の壁が割れるのを確認して、タイミングを計るのだ。
氷の壁が一枚砕け、二枚砕け、三枚目が砕ける瞬間、何かがズレだ。
二人のディメンションサイトが、そのズレが何であったを教えてくれる。こちらを真っ直ぐ見据えていたダルウィの目が、それていったのだ。
ダルウィの視線の先から飛来したのは、新たなイコンではなかった。イコンの出力で放たれた、冷凍ビームだ。二つのビームは、それぞれ二つの炎の花に直撃し、冷気と熱気の入り混じった空気をぶちまける。
「ちぃっ」
その瞬間、ダルウィの速度ががくんと低下した。
この急減速に、真司は完璧に対応した。ファイナルイコンソードによる神速の斬撃はダルウィを捉えた。
「ぐおおっ」
防御は間に合わず、ダルウィは高く高く打ち上げられた。その下では、冷凍ビームの第二射が、さらに炎の花を打ち消していく。
「ちっ、ぬかったか」
ダルウィは空中で体勢を建て直す。眼下のゴスホークを睨む。第三射目の冷凍ビームが炎の花をさらに消す。せっかくの場が壊されていくが、その犯人との距離は遠い。まずは、目の前の敵を蹴散らす必要がある。
ダルウィが地上に降りる速度を上げようとしたその時、強い光がダルウィを飲み込んだ。
ダルウィとの戦いの報告を聞き、戦いを観察していたルカルカ・ルー(るかるか・るー)/ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は、イコンによるダルウィ攻略の難しさを痛感していた。
生身の人とイコンでは、イコンの方が圧倒的に強いのが普通だ。人がイコンに立ち向かうには、攻撃を回避できる俊敏さと、イコンの装甲に対峙できる手段が必要になる。そして、死角をついたり不意を打つなど一計を乗せて、やっとイコンと戦う事ができる。
一方のイコンは、そもそも人間サイズの相手と戦う事を想定しているわけではなく、人を敏感に察知できるレーダーは無く、またロックオンといった行為もできない。イコン側からしてみれば、そういった相手はそもそも眼中に無いのだ。
真正面からイコンをぶん殴って破壊でき、かつイコンの攻撃を受けても「痛い」で済ますような相手は、イコンにとって最も相性の悪い相手だ。
さらにダルウィ単体の問題として、彼の振りまく熱がある。あの高熱はイコンの稼働時間を制限し、強制的に短期決戦に相手を追い込む。ダルウィに対する対処法を組む時間はなく、イコン相手の戦術を無理やり合わせていくしかない。
数を投入したとしても、稼働時間の制限が重く圧し掛かる。連携を取れるかも疑問だ、一匹の蚊を複数人で追い掛け回すようなもので、恐らく味方同士で被害を出し合う事になるだろう。
部隊の長である二人は、方法を模索しながら機会を伺った。
ダルウィに対抗する手段、方法、きっかけ、そういうものが無いか戦いの中から見出そうとしつつ、同時に主砲のエネルギーを充填していった。
先に訪れたのは、閃きではなくチャンスだった。
ゴスホークの一撃を受け、高く高く打ち上げられたダルウィは、次訪れる事があるかわからない千載一遇のチャンスだった。ここまで打ち上げられれば、地上の味方に被害は出ない。
『撃てぇぇぇっ!』
全く別の位置の、全く違う部隊の二つの戦艦は、全く同じタイミングで艦載用大型荷電粒子砲を解き放った。
二つの砲火は、ダルウィを中心に交差し飲み込むと、光は風船のように膨らんで、破裂した。
「ザリス、ダルウィの両名撃破、これより残存勢力の掃討に切り替える―――だとさ」
三船 敬一(みふね・けいいち)は振り返らずに、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)達とエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)にカタフラクトの通信に飛び込んできた文言を口にした。
「へぇ、んじゃ俺達の前に居るこいつは一体誰なんだろうな」
少しおどけた様子で、エヴァルトは言い返した。
彼らの眼前、十メートルほど先には、ダルウィの姿があった。黄金の鎧は既になく、獲物のハルバートも途中で折れ、黒い皮膚も艶のあったものから、まるで石炭か木炭のようになってはいるが、それは紛れも無くダルウィであった。
遥か頭上で起こった大爆発の中心にダルウィが居た事を彼らが知るのは、これから少し後の事だ。今の彼らには、そんな事情は関係の無い話で、ここまで追ってきた敵をやっと眼前に捉えたという事以上に、重要な事は何も無い。
「投降、する?」
意を決して、美羽はそうダルウィに尋ねた。エヴァルトは何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じる。ダルウィの姿はとてもじゃないが戦えるようには見えなかった。
ダルウィはすぐに答えなかった。答えようとはしたが、咳き込み、息を整えるのに少し時間がかかっていた。
「悪いが、その提案は受け入れられん。まだ……戦いは、終わっていないのだからな」
ハルバートというよりは、戦斧といった姿になった獲物を構える。
ダルウィには戦う意思があり、そして
「皆気を引き締めろ、手負いの獣は古来より恐ろしいものだ」
コンスタンティヌス・ドラガセス(こんすたんてぃぬす・どらがせす)は、眼前の怪物がこの状態であっても、怪物である事を感じ取った。
「美羽さん」
「うん、力を貸してもらうね」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は美羽に覚醒光条兵器を預けると、自ら後ろに下がっていった。どの程度離れれば安全かの目安もなく、まだ敵もうろついているのならばと、戦いが見える位置で足を止め、近くの瓦礫に背中を預けた。
「レギーナ」
「わかりました。迷い込んだ獣ぐらいは追い払ってみせましょう」
敬一は身を潜めているレギーナ・エアハルト(れぎーな・えあはると)に、ベアトリーチェの警護を任せた。ダルウィが直接狙う事は考えにくいが、ここは戦場で何が起こるか予想はつかない。
「……僕も、いいかな?」
コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、レギーナの動きを感知し、一歩前に出た。目の前の敵は、こっちに来て最初に戦い手の届かなかった相手だ。ベアトリーチェを守るのが役目だと考えてはいたが、それはダルウィと戦いたくないという意思の表れではない。
「この数の差ですと、とても尋常な勝負をとは言えませんね」
「構わんさ、我が戦う時は常に一人だ。幾万の軍勢があろうと、我と共に歩める者はなし……我の戦に付き合ってくれるのは、何時であろうとも相対する者だけよ。故に、誰何人であろうとも、我は歓迎しよう」
白河 淋(しらかわ・りん)にダルウィはそう返すと、戦斧を水平にし腰を深く構えた。真っ黒の肌が、呼吸のように赤く光りを発し、それが消えてを繰り返す。
あまり時間は無さそうだ。
「……最初から全開で来い、でなきゃ負けるぞ、それくらいの策は用意してきた!」
「おうよっ!」
エヴァルトの言葉にダルウィが応える。
まず動いたのはダルウィだ。斧を横なぎに振るう、刃は誰にも触れることなく、熱風だけが契約者達の肌を通り過ぎていった。
戦い始まると同時に、淋は大きく下がり、ワイアクローで近くのビルの上に飛び上がった。そこで、ドラグーン・マスケットを構えた。
戦いは熾烈を極めた。
ダルウィは女王騎士の盾の上から殴り倒し、自分を中心とした水蒸気爆発を突き破り、機動力の要であったワイアクローを引き千切り、パイルバンカーを押し合って破壊し、ドラグーン・マスケットを受けて怯みはしなかった。
「なんとも、野蛮な戦いですね」
レギーナは呆れつつも、
「でも、なんだか楽しそうですね」
ベアトリーチェの言葉を否定はしなかった。
用意した策が、技術が、技が、一つずつ否定されていく。だが、誰もその事に絶望する事はなく、むしろ嬉々として向かっていっているような、そんな風に見えた。
勝利を得るための戦いだったはずだが、いつの間にか戦うためにその場の全員は戦っていた。
時間を忘れるような楽しい時間には、必ず終わりの時がやってくる。終わりを告げる鐘の音になったのは、美羽の大剣がダルウィに打ち込んだ一撃だった。
もう何十回当てたかわからないものだったが、この時だけは確かに手ごたえが違っていた。
「ここまでか……」
ダルウィはその場に膝を付く、だが倒れこむ自分自身を支えきれずにごろりと地面に仰向けに倒れた。
「悪くない。心地いい気分だ」
契約者達はそれぞれの武器を収めた。
今度こそ、間違いなく、勝敗は決していた。
既に倒れていた者も、身を起こし、勝者として並んだ。
「一つだけ、おぬし達に尋ねて、みたい事があった」
ダルウィの体からは、パチパチと火花が散るような音がしていた。
「仲間と肩を並べて戦うというものは……いや、忘れてくれ、言葉はなくとも、もう我にもわかったような気がする」
一呼吸。
その呼吸が何かのきっかけになったのか、ダルウィの体が炎に包まれた。もはや、自身の熱を制御する事ができていないのだ。
「願わくば……我に次の生があるのならば……誰かと肩を並べて戦える体で……」
炎はダルウィの全てを多い尽くし、強い風が炎をさらっていったあとには、真っ白な灰が僅かに残っているだけだった。
この時をもって、ダエーヴァとアナザー国連軍の日本における戦いは一つの区切りを迎えた。
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