|
|
リアクション
第四十一章:ルシアとサルとぬいぐるみ
人工衛星は消滅し、機晶石は太陽に向けて飛び去っていった。
事件は終わったように見えて、まだ残っていた。
解体作戦に参加していた笠置 生駒(かさぎ・いこま)のパートナーにして太古の類人猿の英雄であるジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)は、伝説になり損なった。
「なんか、変なおサルさん拾ったー」
勢いあまってロケットで飛び立ったものの行くあてもなく宇宙空間をさまよっていたルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)に捕まってしまったのだ。
「こいつ、どこから来たんだろ? 飼い主いるのかな?」
ルシアに付き添って一緒に宇宙まで来てしまった父母清 粥(ふぼきよし・かゆ)は不思議そうにジョージを見た。モヒカンになってるけど、パラ実生なのだろうか?
「うきっうききっ、うっほうほほほっぅ!」
ジョージは、宇宙空間を漂っていたショックでまたしても猿化していた。記憶を失っているようなので、誰なのかルシアも聞きだすことが出来なかった。
「迷子のお知らせしておいたほうがいいわね」
289 名前: るしあじゃないよ 2023/10/31 (日) 05:11:30
お前の大切なサルは預かった
返して欲しければ一億万円よういしろ
「これでよし、と」
ルシアは乙ちゃんねるに書き込むと、またしても暇そうにぼんやりとし始めた。
結局のところ、彼女たちは誰とも出会うことはなく何の事件も起こらず、どこへ行くこともなかった。ついでに地球へ帰れそうにもなかった。自分たちがどこにいるのかもわかっていなかったのだ。
「私たち、なにやってんだろ?」
「うきき〜」
粥は、ジョージと遊びながら情けなそうな顔になった。ルシアの保護者のつもりで来たのに何もしてあげることができない。
「見て見てー! このおサルさん、戦車のラジコン持ってるよ」
ルシアは、ジョージが持っていたアイテムの【神風シンクタンク】を見つけて遊び始めた。
「なんでやねん!」
もう一つ、【土星くんぬいぐるみ】もある。腹を押さえたら「なんでやねん!」と言うぬいぐるみだ。
「なんでやねん! なんでやねん! なんでやねん! なんでやねん! なんでやねん! なんでやねん! なんでやねん! なんでやねん!」
「あははははは!」
ルシアは、【土星くんぬいぐるみ】の腹を押しまくって一人で笑い転げていた。
「うききき〜〜!(返せ!)」
怒ったジョージが取り返そうとするが、ルシアはおもちゃを抱きしめたまま返そうとはしなかった。二人で引っ張りあいが始まる。
「やれやれ」
こめかみを押さえた粥は、ふとロケットの外装をコンコンと叩く音に気づいた。
「誰?」
「僕だよ」
なんと、ルシアたちより後から出発したコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、このロケットを見つけていたのだ。
彼は、宇宙服で宇宙空間を飛び回りモヒカンたちを探していくという離れ業をやってのけていた。重力のない宇宙空間ではスキルの【バーストダッシュ】を使えば長距離の跳躍も難しくないのだ。
分校のロケットで一旦宇宙空間へと出たコハクたちは、レーダーも手がかりにしてルシアたちのロケットまでやってきていたのだ。
ここは、場所的には機晶石を積んだ人工衛星から遠く離れた場所だったので、誰も気づかなかったのだった。
「無事だったみたいでなによりだよ」
コハクは、慎重に外装を開けて中に入ってきた。
「あれ、コハクじゃないの? どうしてここにいるの?」
「なんでやねん!」
ルシアはよほど気に入ったのか、【土星くんぬいぐるみ】を持ったままコハクに顔を向けた。
「なんでやねんじゃないよ。どれだけ心配したと思っているんだよ」
コハクはホッとして言った。見つかったのはよかったけど、コハクたちをはじめ、パラミタでもルシアの行方をみんなが捜していたのは言うまでもないことだ。
「まあ、とりあえずルシアたちが無事だった事をみんなに知らせておこう」
「なんでやねん!」
「美羽たちも迎えに来ているよ。今、他のモヒカンたちを探しているところなんだ」
「なんでやねん!」
「ルシアの気になるお面モヒカンも見つかったみたいだよ。今連れてくるから、会えるといいね」
「なんでやねん!」
「とにかく、一緒に帰ろう。僕たちが地球まで送り届けるからさ」
「なんでやねん!」
ルシアは、コハクの顔を見つめたまま、【土星くんぬいぐるみ】のお腹を押していた。
「なんでやねん!」
「ルーシーアー!」
コハクは、笑顔のままちょっと怒りマークを浮かび上がらせた。
「来てくれてありがとう、コハク。私大丈夫だよ」
ルシアは、急に大人びた顔つきになって礼を言う。
「心配かけてごめんね。ちょっと自分を見つめなおしたかったの」
「何も言わなくていいよ」
コハクは、微笑みながら小さく首を横に振る。ルシアが何を考えていたのか。ロケットが出発する前にゲルバッキーとも話したばかりだ。例え予想が違っていても、ルシアなりに思うことがあったのだろう。
「よかったー、やっと帰れる」
粥は安堵の息をついた。帰れないのではないか、と心細かったのだ。
「みつかったのね?」
程なく、、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とパートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が操縦する乙グラディウスが、このロケットを探し当ててやってきた。
「ルシア、無事でよかったわ」
「みんなに迷惑かけたみたいね。悪いことしたかなぁ」
ルシアはしおらしく反省しているようだった。
「そんなこと言わないでよ。他の人たちも結構楽しんでいたみたいよ」
まあいずれにしろ、ルシアを発見できてよかった、と美羽は一安心だった。
「ところで、連れてきたわよ。ルシアの思いの人」
美羽は、なんとなくにんまりした。
お面モヒカンは案外簡単に捕まえることが出来たのだ。彼らの乗っていたロケットは、宇宙の果てを目指していたのではなく、とりあえず地球を周回していたのだ。追いかけたら間に合わないが、反対周りに進めば出会えるのだ。
軌道上で待ち構えていた乙グラディウスは、正面からやってきたお面モヒカンのロケットを確保して、乗組員たちを保護していた。
「お、おおう、何事だ……」
捕まったお面モヒカンは戸惑っていた。ここに来るまでの間、美羽とベアトリーチェに散々問い詰められていたのだ。ルシアの恋の行方について。この男がどう考えているのか、本心を聞きたかった。
「あ、あの時のお面の人……」
ルシアは、連れてこられたお面モヒカンを見つめていた。彼らは、外見は同じなのだがルシアには区別がついているらしい。
ルシアは恥ずかしそうにしていたが、意を決して告げた。
「最初に会った時から運命だと思っていたわ。考えるだけで夜も眠れなかったの」
「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」
美羽とベアトリーチェ、コハクは叫び声をハモらせた。あと、粥はむしろ驚きに沈黙だ。
まさか、ルシアがこんなにはっきりと告白するとは思ってもいなかったからだ。しかも、言葉に仕草に熱が籠っていた。真剣な眼差しが、ルシアの本当の気持ちを表している。
「私じゃだめなの? 私じゃだめなの? どうして私じゃだめなの? こんなに想っているのに」
「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」
三人は再び声を上げる。
なんだこれ? ヤンデレまで入ってきているぞ。これは相当熱を上げているのかもしれない。宇宙まで追いかけていこうとするんだから、思いつめすぎるほどに思いつめているのかもしれない。断られたら自殺しそうな勢いだ。
「他の人ではだめなんです。だから、思い切って言います」
ごくり、と美羽たちは息を呑んだ。緊迫感が半端じゃなかった。男の返事次第ではえらいことになる。
「欲しいんです、そのお面。私に譲ってくれませんか?」
「「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」
今度の三人のハモりは、テンションが違った。↓↓↓↓これくらい下がりっぱなしだ。
どうしてくれようか。どっ白けの真相だった。
「そのお面、最初に出会ったときから素敵だと想っていたの。お金なら払うから、よかったら譲ってください!」
なんでも、ルシア的にこの男のお面が、角度といい陰の当たり方といい雰囲気といい、きゅんきゅん来るらしい。睨みつけるような無愛想な形相のお面が琴線に触れたのだった。
決闘委員会のお面は、スキルを元に生成されているので皆一様なのだが、よく見るとその中でもごく微妙にずれたり形の違っているものがあるらしい。
「え、なになに、何なの? 好きなのは人間のほうじゃないの? お面が好きなの? 人間じゃなくて?」
「人間だったら、私みんな好きよ」
ルシアは純粋な笑みで答えた。
何気にこまごましたものを集めるのが趣味のルシアは、委員会メンバーの中でも、この男のお面が欲しくなったのだった。
「で、でも。お面をくださいっていうだけのために、宇宙へ行ったの?」
納得できない粥は聞く。あれだけ心配して気を使って一緒に来たのに、恋ですらないとはやるせない思いだ。
「え? 宇宙に来たのは、月を眺めていてちょっと里帰りしたくなったからよ」
何の邪気もない声で彼女は答えた。
ムーンチルドレンとして生まれ育ったルシアは、ある日思春期をぶり返して黄昏れ、宇宙基地アルテミスへ数日間だけ里帰りしたくなったのだ。契約者として地球にすむことが出来るようになったが、彼女にとっては宇宙空間は結構快適だったりするのだ。リラックスのために、リラグゼーションを兼ねて、彼女はロケットに乗ったのだ。
だが、ルシアは途中で思い直したのだ。地球ですむと決めたからには、やはり地球へ戻ろう、と。ちょっと寂しくなったからって故郷へ帰っていてはこれからの人生やっていけない、と。だから、宇宙へ出たもののまごまごして漂っていたのだ。
「人工衛星も恋も全く関係ないなんて!」
美羽は驚愕した。これがルシアだ。そう、これがルシアなのだ。だから許される。
「?」
ルシアは、全員が注視している理由がわからずに首をかしげた。
「お父さんの予想、外れてましたね」
ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)は苦笑交じりにゲルバッキーを慰める。あのロケットに乗り込む前の意味ありげな会話はなんだったのか。今となっては全て空しい。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ」
負け惜しみではなく、ゲルバッキーは笑った。ルシアが元気だったらそれでよかったのだ。
「っつーか、僕やることなくね?」
ゲルバッキーは、ベアトリーチェにドーナツを食べさせてもらうだけで、何もせずにごろごろしていた。全部美羽とベアトリーチェがやってくれているのだ。
「私もやることなくね?」
真理子も何もせずにごろごろしていた。下級クラスを差別するわけではないが、トラベラーに活躍を期待している人はあまりいないのだった。
「まあいいじゃないの。これにて一件落着よね!」
美羽は、元気よく締めくくった。
意味もなく飛び出したモヒカンたちも、回収した。コハクが【大商人の無限鞄】に救助者を詰め込むという、荒業をやってのけたからだ。
「じゃあ、みんな地球へ帰ろう」
コハクが言う。
「キキ〜〜?」
「そこのお猿さんもね」
「ウキッ!」
ジョージは新たな生命体の礎にならずに地球へ送り返されることになったのだった。
乙グラディウスの飛行形態が、地球へと向かう。
こうして、事件もつつがなく終わったのだった。
「なんでやねん!」
ルシアがぬいぐるみの腹を押さえて笑っていた。