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リアクション
「先生、助けて、助けてください……」
ノーマル女子生徒のユリが泣きながらその部屋に来た時、臨時教師の沙 鈴(しゃ・りん)は、すでに勝負の準備をして待っていた。
「また、大変な騒ぎになっているようですね」
室内には麻雀卓が置かれ、鈴は椅子の一つに座っている。窓から外の様子を伺いながら鈴は言った。
分校内は、写楽斎の工作により大混乱に陥っていた。鈴はその件には関わるつもりはないが、もう少し別の重要な話があって、指定されたこの教室へ来ていたのだ。
ここは特に代わり映えのない普通の教室で、パラ実の例に漏れずあちこち汚いが使えなくもない。学習机は全て取り除かれ、教室の真ん中に一つだけ麻雀卓が置かれている。
この部屋で、これから分校の運命を賭けた勝負が始まるのだった。そのメンバーの一人として、勝負師の鈴が呼ばれていた。
「先生……、赤木さんが……」
ユリは、ぐったりと力を失っている桃子を肩に抱いて連れていた。多少のダメージでも表情を変えない桃子がここまでやられているのはずいぶんと敵に襲われたからだと想像はついた。制服のあちらこちらに血が滲んだ痕がある。
「まずは、保健の先生に診てもらってからですね。彼女がそんな状態ではこれからの勝負が成り立たないでしょう」
鈴は落ち着いて助言した。怪我人がいるのに、保健室へ行かずにこの部屋へ来たのはどういうつもりだろうか。ユリは相変わらずおぼつかない。
「大丈夫ですよ。これくらいパラ実の日常茶飯事ですから」
桃子は息を荒くしながらやせ我慢して言った。保健室は嫌いなので行きたくないらしい。
「桃子さん、私のこと助けてくれたんです。一緒に敵に襲われそうになったところ、かばってくれて」
ユリは、あの後もずっと桃子を追いかけ続けていたのだ。何度断れれてもお友達になりたいと、桃子の姿を見つけては交友を迫っていたのだ。
さらには、桃子が写楽斎の陰謀により標的になってからと言うもの、次々と迫り来る敵を倒すのにユリも時折手伝っていた。彼女はレベルも低く勝負事に強くないが、桃子と一緒に戦う決心をしたのだ。少しでも手伝えることがあれば、というユリの思いやりだった。
「桃子さんがどう思っていようとも、私にとってはお友達なんです」
「足手まといなんですよ。邪魔だから突き飛ばしただけです。私の闘いの邪魔をしないで欲しいですね」
桃子は、大丈夫だと言わんばかりにユリの手を振りほどき室内に入ってきた。雀卓の椅子に座ると、しんどそうにうなだれる。
「どれだけツンデレなのですか、あなたは?」
鈴は苦笑した。ユリと桃子がそんな間柄になっているとは少し驚きだ。
「自分から行かないなら、治療できる生徒を呼んであげます。治療して体調も万全にしておかないと、対決する相手にも失礼でしょう」
「お薬持ってますから」
桃子は、うつむいたまま錠剤をばりばりと食べ始めた。神経性の痛み止めらしい。応急手当ですらなく、感覚を麻痺させ痛みを和らげるだけのものだ。根本的解決にはならない。
鈴は構わずに、教え子を何人か呼んでいた。彼女の算数教室で学んでいた生徒たちの仲に回復スキルを使える生徒が何人かいたのだ。
「結構です。私、体質でスキルはほとんど効きませんから」
「それは、先日デビルイヤーで聞きました。ほとんど、でしょう? 10回に1回くらいは効くでしょうからスキル連発させますよ」
鈴がここまで世話を焼くのは、いい勝負を見たいと思ったからだ。
この後、この教室には新しく就任した分校長が来る。
なんと、今回は鈴とユリと桃子の他に、分校長の四人で卓を囲むのだ。
分校長は、決闘委員会をいい形で桃子から引継ぎたいと考えていた。
だが、桃子は果たして分校長にその器があるのか、勝負して決めたいと対戦を申し込んだのだ。
どうして麻雀なのか。他にも対決方法があっただろうに。
しかし、桃子は麻雀を選んだ。鈴が、一度彼女と一緒に遊んだ感じでは、あまり強くなかった。
決闘委員会の委員長と言えども、必ずしも自分での勝負には強いとは限らないのだろう、と判断していたのだが。他に理由があるのだろうか。
「あの人、麻雀などやりそうもないですけどね」
無茶を言ったものだ、と鈴は思った。受けた分校長も分校長だが。
「天命ある者、すべからく悪運強し」
薬で痛みの軽くなった桃子は、はっきりとした口調で言った。
「本当にその使命にふさわしい者は運も強いものです。それが悪運だとしても、成し遂げるための運やチャンスをものに出来る人でないと、分校は治まりません」
桃子は、この勝負で、その運が校長にあるのかどうかみたいらしい。
「ここで負けるようなら、ふさわしくない人と言うわけですか。ですが、麻雀は運だけでは勝てませんよ」
百戦錬磨の鈴は経験則から言う。麻雀はテクニックが大きな要素を占める。だから面白い。
「つまり、分校長と桃子さんが対戦するわけで、私たちは卓の数合わせと言うことですね」
それでもいいのだ、と鈴は頷いた。
卓合わせのメンバーは結構な腕前を要する。強すぎず弱すぎず、対戦者を大きく妨害しないでかつ盛り上げるように打たなければならない。熟練の打ち手である鈴が選ばれたのも無理のない話だ。
「私は嬉しいです。また赤木さんと遊べるんですもの」
ユリが気を取り直して卓の前に座った。
「私は遊ぶつもりはありませんので勝負の邪魔をしないでくださいね。あなたが余りにしつこいので卓に混ぜてあげますけど、弱すぎると場を荒らすだけですから摘み出しますよ」
ユリの他にもいい打ち手はいるのだ、と桃子は言った。
「私、桃子さんには負けませんから。あれからも、ずっと麻雀の練習しているんですよ」
ユリは対抗意識をむき出しにして、むむっと見つめた。ずいぶんと意識しているようだ。
「バカなのですか? 私と相手との勝負だって言ってるでしょう? あなたなど眼中にはありません。牌を掴んで捨てるだけの簡単な作業をやればいいだけですので、ミスしないように」
「むむっ、バカじゃないですよっ。数合わせだっていっぱい点数とってもいいんですから!」
桃子とユリは言い合いになる。
(もう仲良しじゃないですか)
鈴は、クスリと微笑んだ。
彼女が心配するまでもなく、ユリは桃子のために動いたし、桃子は邪険に扱いながらもユリを助けている。ただのクラスメイトというならユリはここまで熱心に桃子を追いかけなかったし、桃子が本当に冷徹無比な委員長ならずっと前にユリを何らかの形で始末しているか見捨てているだろう。
今はまだぎこちない関係だが、そのうちいいコンビになるだろう、と鈴は思った。
そう、桃子はユリを受け入れようとしている。でないと、ユリをここへは呼ばない。決闘委員会の行く末を賭けて分校長と戦う。それは、自分が決闘委員会の委員長だ、と明確に告白しているのと同じだからだ。
(残念な結果になりそうですね)
鈴は桃子を見つめた。
桃子が勝つと、決闘委員会の委員長を続けることになる。それは、ユリと友達になれないということだ。
桃子が負けると、多分委員長を辞めるだろう。すると、ユリと友達になれる可能性がぐっと増える。
(私が取るべき選択肢は決まっているじゃないですか)
やれやれ、面白い戦いになりそうです、と鈴は一人微笑む。
そんな会話をしている間にも、鈴が呼んだ生徒たちが桃子の傷を治癒していた。スキル耐性は非常に高いが、全く効かないというわけでもないようだ。なかなか効果が現れず、スキルを使いすぎた生徒たちは疲れて帰っていったが。
「ありがとうございます。私にとっていい日になりそうです」
桃子は素直に礼を述べた。
そこへ。
「またせたな」
分校長に就任したシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)が、パートナーのリーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)とサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)を連れてこの教室へとやってきた。
「え、校長先生がどうしてここへ?」
ユリは驚いているが、桃子は座ったまま目礼した。
「お久しぶりです、シリウスさん。その節はお世話になりました」
「会いたかったぜ、赤木桃子。麻雀するほど暇なら、挨拶くらいはしに来いよ」
シリウスはにやりと笑って言う。
「話は聞いてるぜ。オレが勝ったら決闘委員会を引き渡してもらうぜ」
「ええ、構いませんよ。私に勝つことが出来れば」
桃子はうっすらと笑みを浮かべて答えた。
「オレを甘く見るなよ。ルールブックは読んできたぜ。サビクとリーブラと、あとメルと一緒に麻雀の練習してきたからな」
シリウスは卓の前に座りながら自信ありげに言った。
「付き合わされた身になって欲しいよ」
サビクがポツリと呟く。
「よろしくな」
シリウスは、鈴とユリにも声をかけた。
「こちらこそ。校長先生と卓を囲めるなんて嬉しいですよ」
鈴はそつなく挨拶を返した。
「……ちょっと待ってください」
少しの間考えていたユリは硬直する。
「今、決闘委員会って言いませんでしたか? それを引き継ぐとか何とか……」
「ああ、言ったぜ。オレがこの勝負に勝ったら、決闘委員会は分校長の権限で責任を持って管理する。心配するな。いい方向に導くぜ」
「じゃあ、今は……、決闘委員会は、誰が……?」
ユリは何かに気づいたように、目を見開いて桃子を見た。
「ええ、私が今の決闘委員会の委員長なのです」
何を今更、と桃子は告白した。ここに来る時から決心はしていたのだ。
「え、ええええええええっっ!?」
ユリは驚いて立ち上がる。
「私と一緒に襲撃されたのに、今まで気づいていなかったのですか?」
桃子は苦笑した。
「だから、ユリさんとはお友達になれなかったのですよ。ただ、それだけのことです」
「……つまり」
ユリは、ペタンと椅子に座り直すと虚空を見つめながら何かを考えていた。
「桃子さんが負けたら、委員長はやめて私とお友達になれるんですか?」
「いや、辞めなくてもいいだろ。桃子が委員長のまま校長権限で委員会を運営するだけだ」
シリウスは、合理的に考えてそちらのほうがいいのではないか、と言った。
決闘委員会を引き継ぐと言っても、運営に慣れているこれまでの重要人物にいてもらったほうが動かしやすい。人員の入れ替えも組織に歪を作る。要は、指揮権限が桃子からシリウスに移ればいいだけのことだ。どんな委員会にも委員長はいる。権力を持っているかいないかは別として。名前だけの委員長になるなら、いてくれたほうがいいのだ。
「オレに任せておきな。お前の罪も業も全部引き受けてやるぜ」
「それは、今桃子に向かっている刺客が全部シリウスに来るってことなんだけどね」
サビクは突っ込んだ。
「だ、大丈夫だ。どこからでもかかってきやがれ!」
「……」
そんなシリウスを見つめながら、桃子はクスリと笑った。
「なにがおかしい?」
「いいえ、私の舞台に上がってくれた勇気を認め感謝の意を表明します。シリウスさんには、他にも戦う方法がありました。しかし、ここに来てくれたのです。恐らく、決して得意ではないであろう麻雀で、私と対戦するために。それだけで十分ですよ」
桃子は静かに言った。
「では、始めましょうか。公正を期すために決闘委員会を呼びましょう」
「お前、よくやるな。自分が決闘委員会だろう?」
シリウスは驚いて言った。
「いいえ、例え委員長であったとしても勝負する時には委員会メンバーを呼びますよ。もちろん、彼らは私情は挟みませんし贔屓はしません。私を一人の対決者として扱ってくれます」
桃子がこういっている間にお面モヒカンたちが登場していた。
「我々が勝負を見届ける。公平に判定することを約束しよう」
「つまりはね、シリウスさん。委員会はもう、委員長がいなくても動くのですよ」
桃子は少し寂しそうにセリフを口にした。
「なるほど」
シリウスが頷く。
こうして、委員会立会いの下で委員会の左右を決める勝負が始まった。
「……桃子さんが負ければ、お友達になれる」
とユリ。
「……まあ、ユリの成長を見届けたいですし、お友達が出来るのはいいことですね」
と鈴。
「もちろん、オレが委員会を引き継ぐ」
とシリウス。
三人の利害が一致した時、勝負は決まっていたのだ。麻雀は、三対一ではどんなに強くても絶対に勝てないゲームなのだから。