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【カナン再生記】 降砂の大地に挑む勇者たち

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【カナン再生記】 降砂の大地に挑む勇者たち

リアクション

 爆発の轟音がした時、ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は船底にいた。爆発は2度起きていた、1つは船内左腹部、そしてもう1つは船底後部だった。
 1つ目の爆発音が聞こえた直後、2つ目の爆発が目の前で起きた。
 強い衝撃と揺れを感じて身を伏せた、そして次に目を開けた時には船底は炎に包まれていた。
「そんな……」
 警戒はしていた、これほどの爆発を起こせるだけの爆薬を持ち込んだ者は居ないはず、となれば考えられる原因は戦艦内の弾薬を爆発させるという事。
 しかし左右腹部の砲室を見回った時には異常は無かった。不測の事態に備えておくと言って機銃を確認していた者もいた、彼女たちが居ながらに爆発を起こさせるなんて。敵はかなりの強行派ということか。
「ハンス」
 同じく難を逃れたパートナーのクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が、既に階上への階段に足をかけていた。
「応援を呼ぶ! 消火と現状確認だ! 急げ!」
 船外はワイバーンに囲まれている、甲板でもワイバーンと戦っている者が大勢いると聞いている、それほど手の空いている生徒がいるとは思えないが、それでも。
「行きましょう」
 2人は爆煙と混乱が渦巻く船内を駆け始めた。



「マルドゥーク!」
 爆発に気付いたフリューネが甲板に戻ってきた。
「何が起こったの?」
 左腹部での爆発をその瞳で見たようだ。マルドゥークは船底でも同様に爆発が起こった事を彼女に伝えた。
「船底も? 何なのよ一体」
 再びペガサスを舞い上がらせようとしたとき、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が駆け込んできた。
「た、大変ですマルドゥークさんっ!」
 上げた両手をヒラヒラと振りながら、散らかっている言葉を摘んで続けた。
「き、機体の損傷が大きくて、大きな穴もあいていて、ワイバーンも入ってきちゃいそうで……」
 先の爆発で船の左腹部にはワイバーンの巨体が楽に入れてしまう程の穴があいていた。アリアが駆けつけた時には樹月 刀真(きづき・とうま)が交戦していた。
 すぐ傍では横たわるザミエリア・グリンウォーター(ざみえりあ・ぐりんうぉーたー)クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)が治療していた。背の服は大きく破れ、赤黒く焼けた肌が露わになっている。爆発の際、とっさにパートナーのゾリア・グリンウォーター(ぞりあ・ぐりんうぉーたー)に覆い護ったのだが、そのダメージはやはりに大きかったようだ。
 爆音を聞きつけて集まった生徒たちに話を聞けば、船底とこの場所以外に爆発が起こった形跡はないという。
「あの、でも、このまま飛び続けるのは危ないって……」
 ワイバーンに囲まれている事、船内で爆発が起こったこと、そしてその原因がわからないことが何よりも皆に混乱を生んでいる。見えない敵を意識しながら外敵と戦い続けるのは状況的にも不利が過ぎる。
「不時着するわ! みんなに伝えて!」
 向かい来たワイバーンを薙ぎ払いながらフリューネが叫んだ。
 進路を西にとってから、しばらく経っている。船は広い砂漠の上空を行っていた。不時着する事も可能だろう。
 戦艦が高度を下げる中、アリアは『小型飛空艇』で飛び立った。
「と、とにかく着地の衝撃を……」
 『サイコキネシス』を使って機体への衝撃を和らげる! それが彼女の狙いだった。
 巨大な戦艦をたった一人の力で持ち上げる事など出来るはずがない。そんなことは彼女にだって分かってる、それでも自分に出来ることをしたいという想いが彼女をつき動かしていた。
「待てっ!!」
 マルドゥークの静止も聞かず、アリアは垂直に滑空していった。
 船底への最短距離。とにかく船底へ、一刻も早く。そんな思いが彼女の視界を大きく狭めていた。
 速度によるものもあるだろう。とにかくしかし今この時には、大きく開いた口が目の前に迫っていた―――
 右方から飛来していたワイバーン。彼女がそれに気付いた時には、瞳を見開く事さえも間に合わなかった。
 ――だめ……
 今度は瞳を閉じようとした、しかし一発の銃声にそれは無理矢理に見開かされた。ワイバーンの頭頂部に銃撃が成されていた、撃ったのは『マシンピストル』を操る漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だった。
 奇声を上げてワイバーンが頭を振る。目の前に見えるアリアの飛空艇に視点を定めて、怒りに目を血走らせた。
「そうはさせない」
 月夜は心静かにグリップを握りしめて、飛び急ぐ竜に瞳を向ける。
 狙うは一点、先ほどの箇所、銃弾は今も埋没しているはずだ。
「狙い…撃つ!」
 一撃を、そして続けてもう一撃を撃ち込んだ。
「むぅ…………外した」
 一撃目は寸分違わずに撃ち抜いた、しかし次の一撃は大きく逸れたが、竜の頭部は捉えていた。
 それでも衝撃は大きかったのだろう。ワイバーンは目の色を失って落下していった。
 アリアはその巨体をどうにか避けると、飛空艇を地表近くまで降下させていった。
 古代戦艦の船底は今にも地表に接しようとしている、船への衝撃を減らすなら、今だ。
「やあぁぁあぁぁぁあああ」
 両手を投げ出して彼女は船底に『サイコキネシス』を唱えた。
 彼女が想定していた通り、全長100m近い船体を彼女一人でどうにか出来るはずはなかった。
 一切に役に立たなかったのかもしれない。機体が風圧で弾かれる間際まで、彼女の想いを乗せた『サイコキネシス』は船体に当たり続けたのだった。
 衝突音をあげながら、戦艦は大地に積もった砂を大いに抉りゆく。
 フリューネがどうにか操ったのだろう、船は転倒する事なく砂漠を進み、程なく制止した。
 船底からは大量の砂が入ってきていたが、それ以外は船体にも、また生徒たちにも大きな被害は出ていないようだった。 
 アリアはようやく機体を立て直すと、恐る恐るに界下に瞳を向けた。
 するとそこには無事に、前のめりになって不時着を果たした戦艦の姿がそこにはあった。
 彼女が安堵の思いに胸を撫で下ろした―――まさに、その時だった。

出てくるがよい、マルドゥーク

 空から声が聞こえた。それは低く落ち着いていて、それでいて威圧的な声だった。
 ――この声は……
 マルドゥークは目を剥いて空を見上げた。
 いつの間に現れたのだろう、空には大量のワイバーンが群れ飛んでいた。そしてその中に、彼はいた。
「ネルガル……」
 ワイバーンの背に乗る男。 尖った髭は僅かに揺れ、鋭き眼光が2人を見下ろしている。いや、見下しているのだろう、口端はいやらしく歪んでいた。
「久しいな、マルドゥーク。いや、先日宮殿にて会ったばかりだったか?」
 豊穣と戦の女神イナンナに仕える神官の身でありながら、彼女に反旗を翻し国を奪った謀反者。自らを征服王と名乗り、国を支配した男、征服王ネルガルが今、彼らの目の前に現れたのだった。