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【カナン再生記】 降砂の大地に挑む勇者たち

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【カナン再生記】 降砂の大地に挑む勇者たち

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第三章 己が瞳を信ず

 古代戦艦ルミナスヴァルキリー。その船首付近に生徒とドン・マルドゥークが集まっていた。
「それじゃあ、行ってくる」
「待て」
 『小型飛空艇』に乗り込もうとする青葉 旭(あおば・あきら)マルドゥークが呼び止めた。
「これを持ってゆくと良い」
「これは?」
 渡されたのは手のひら程の板だった。牛をモチーフとした絵が描かれている。
「我が国『ウヌグ』の国紋だ。この紋を見せれば、民も信用するだろう」
「なるほど」
「ねぇ、訊いてもいいかぃ?」
 山野 にゃん子(やまの・にゃんこ)が細い声で訊いた。「その民ってのは、どんな格好をしてるのさ。みんながみんな武装してるなんて事はないんだろ?」
 彼の話によると、カナンの民は多くが白を基調とした布装だという。肌の露出は少なく、農耕がしやすい仕様になっているという。地上では中東の人々のそれにイメージは近いだろうか。
「それからもう一つ、民ってのはカナン人なんだろ? カナン人は『女王の加護』を持ってたりはしないのかぃ?」
「いや、そういったものは無い」
 だからこそ発見しだい、民を保護してほしいと彼は言った。ルミナスヴァルキリーにも定員はあるが、野宿や倒壊寸前の建物よりはずっと安心だろう。
 次いでセレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)が質問した。この内容は誰もが確かめておきたいものだった。
「つまり『連絡手段としては適していない』という事ですね?」
「あぁ。電波塔は各主要都市にあるが、ネルガルに掌握されている。電波を切られる、もしくは電波塔ごと破壊され可能性もある。電波の傍受程度なら、奴は何の躊躇いもなくするだろう」
「それは……厄介ですね」
「単独行動は避けて、細目に連絡しあうしかないって事だな」
 が飛空艇を浮上させた。彼らは上空から周辺の視察を行うという。
「私たちも行くですぅ」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)がパートナーたちに言う。彼女たちは主に戦艦付近の視察を行うつもりのようだ。『小型飛空艇』は戦艦内で留守番である。
「不謹慎ってのは分かってるんだけどさ〜」
 歩みだしてすぐにセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が言った。彼女の両肩は踊りに踊っていた。
「わくわくするよ〜、なんたってシャンバラの地を離れただけじゃなくて、パラミタの他国に来たんだよっ」
「えぇ、そうですわね」
 同意を求められてフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)は一度は優しく笑み返したのだが。
「ですが、本当に砂ばかりなのですね」
 いつもは温和な彼女が顔を眉根を下げた。不時着した所は砂漠だったのだろうか、いや違う、見渡す限りに田畑が広がっていたはずだとマルドゥークは言っていた。それが今や……。
「これだけ砂が積もっていては、作物も採れないでしょうね」
「……『3時のおやつ』なんて無いんだろうな……」
「えぇ、そうかもしれませんね」
 おやつどころか今夜の夕食すら儘ならないかもしれない。深刻な食糧事情が伺える状況が目の前に広がっているのだ。
「この辺りで良いだろう」立ち止まって、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が辺りを見回した。
「始めよう」
 彼の声に、3人のパートナーが準備を始めた。彼らは主に調査を担当すると名乗り出ていた。
 周囲の撮影を担当するヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)は、構えた『デジタルビデオカメラ』で自分の靴を撮影した。
 そこから体を起こしながら地平の先まで舐めるように収めてゆく。見ればわかる事を撮るは面白くない、彼女は『トレジャーセンス』を発動して周囲に気を配った。
「ヴェルリア」
 アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)ヴェルリアを呼びつけた。彼女は砂や動植物の採取を行っている。
「ここを」
 彼女は掘った砂の先を指さした。カメラを向けてもみても、それも砂だった。
「よく見るのじゃ、湿っておろう」
 ……それは『撮る』では分かりにくい。ヴェルリアは撮影した後に指で触れてみた。
「確かに、湿っていますね」
「田畑にひいていた水路か、はたまた水田の水が滲みておるのかのう」
 砂が降ってきて『田畑も水路も道路でさえも砂に埋まってしまった』とは言っても、ただ降らせただけでは砂漠のような光景にはならないだろう。
「田畑や水をひくような地域には局地的に多く降らせるなどしたのであろうのう。そうでなければ、こうはならん」
 それでも水は枯渇していない。窒息しかけているであろうが、厚い砂の下でカナンの土地は今も生きているのだ。
 掘った砂の中に真司は萎れた花を見つけた。ヴェルリアが撮影をしてアレーティアが保管する。調査は順調に進んでいるようだった。
 目つきを鋭く、傭兵の如く。いつもは眠そうなリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)も、この時ばかりは顔を強ばらせていた。
「異常なし」
「こっちもだ」
 トンガ・クルイースキー(とんが・くるいーすきー)も『アサルトカービン』を握りしめて顔を強めた。
「異常なし、敵なし、天変地異なしだ」
「ゴロが良いわね」
「……時間はたくさんあるからな」
「…………考えてたんだ。思いつきならもっと褒めたのに」
「すまない」
「謝ることじゃないでしょ。やることやってれば何を考えてたって構わないわよ」
 『超感覚』や『殺気看破』も発動している、地平の先まで目を凝らしている。
 ネルガルが操るモンスターが襲ってこないとも限らないし、砂が強く降り出すかもしれない。何が起こるか分からないという状況である事は間違いない。
 ずっとじっとに気を張っている、警戒している、眼球を動かしている、耳もすまして微風の匂いも嗅いでみたり。…………それでも、何も起きなかった。
「暇ね……」
 警護とはそういうものである。2人ともに分かってはいるし、願っている『このまま何も起きませんように』と。せめて視察が終わるまで……そう思うのは、エゴだろうか。
 2人の願いが届いたのか、視察中、特に異常は起きなかった。最後まで緊張感を保ったまま、一行は無事にルミナスヴァルキリーへと帰還したのだった。