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7.捕獲劇閉幕

 落ち着いたユベールは言った。
「顔洗ってくる」
 と、皐月とマルクスから離れて手洗いへ向かう。
「ここで待ってるからな」
 と、声をかける皐月だが、ユベールは何も返さなかった。不安になったマルクスが問う。
「逃げられたりはしないか?」
「え、あいつ逃げるかな?」
 顔を見合わせて、どちらともなく苦い顔を浮かべる。

 逃げるつもりはなかったが、顔を洗ってすっきりしたユベールはつい癖で、近くの教室を覗き込んだ。
 そこには、じたばたと落ち着きのない生徒と、真剣に悩んでいる生徒、そのそばにも生徒が一人いる。
「うぅー、勉強嫌いー」
 と、足をばたばたさせる鏡氷雨(かがみ・ひさめ)。宿題を終わらせるために蒼空学園へ来たのだが、噂の地祇が現れないことに少し苛ついていた。
 氷雨は勉強が出来ないわけじゃなく、大人しく席についていることが出来ないのだった。
 唸りながら宿題を見下ろす氷雨。最後の一問までたどり着いたところで集中力が切れ、悩んでいた。
「ああ、答えは――」
 と、背後から聞こえてきた声に従って問題を解き始める氷雨。
「え、ここの答えってこうなの? ほうほう」
 答えを書き込んだ氷雨は宿題をざっと見直してから、後ろにいた地祇に抱きついた。
「宿題終わったー。ありがとうだよ!」
 ぎゅっと抱きつかれたユベールは「どういたしまして」と、返してから次の生徒の元へ向かった。

 覗き込んだユベールは目を丸くした。
『心が休まるヒーリングミュージックを作れ』
 騎沙良詩穂(きさら・しほ)の問題は、すぐに答えの出る物ではなかったのだ。
 ユベールの姿に気づいた詩穂が振り返る。
「答えはいきなりでるものじゃない。ねぇ、そうでしょ?」
「……普段からこつこつやってれば出来上がるよ。それをやらないのが悪い」
 と、ユベール。
「それはそうだけど……だからこうしてみんな悩んだり、一生懸命その分を取り返すために勉強しているの」
 詩穂の返答に返す言葉が見つからない。
「しかも、それを取り戻すのは普段から勉強を継続することよりも大変なことなのよ」
 あからさまに不機嫌になったユベールは、詩穂に背を向けた。
「ボクはボクのやり方で行くっ」
「違うの、まだ話は終わってない!」
 すると、近くで様子を見ていたイナ・インバース(いな・いんばーす)が口を開いた。
「そうです。私たちはあなたを責めるつもりはないんですよ」
 しかしユベールは何を思ったか、教室の窓から外へ出てしまう。
「そんなにボクと話がしたいなら、追いかけてくれば?」
 と、走り出す。
 詩穂とイナはすぐに教室を出た。

 昇降口へ向かう二人を見て、敷地の外へ出ようとするユベールを見て、生徒たちが後を追う。
 外に逃がしてしまったら、もう二度と会えないかもしれない――。

 外はすでに真っ暗になっていた。日が落ちて、月明かりが眩しい。
 ふいに高笑いが聞こえ、ユベールは足を止めた。
「今助けに行くぞ! ノーブルファントム参上!!」
 と、満月を背に電柱から飛び降りてくる佐々木八雲(ささき・やくも)。その様子を影から見ていた佐々木弥十郎(ささき・やじゅうろう)が『精神感応』でこっそり呟く。
「兄さん……何やってるの?」
 弟の呟きには構わずに、顔の左半分にマスクを被ったノーブルファントムは言う。
「追われているようだな!」
「うん」
 と、特別興味も示さないユベール。
「ここは僕に任せて、逃げるが良い!」
 やろうとしていることは立派だが、ユベールは冷静に言う。
「すごい数いるけど?」
「……え?」
 向かってくる生徒は、詩穂とイナだけではなかった。恨みを持つ秋日子や、心配でユベールを探していた類、それから皐月とマルクス、勇人とユーリの姿まで。
 弥十郎が溜め息をつきながら出てきて、兄へ言う。
「とりあえず、降参した方が無難かも」
「……だが、万が一のことを考えてそばにいるぞっ」
 と、身構えるノーブルファントム。女の子は守る、が彼の信条だった。
 ユベールは疲れた様子でその場に腰を下ろすと、やって来た生徒達の顔を眺めた。
「で?」
 相手に敵対心がないことを知り、詩穂が言う。
「詩穂たちと、友達にならない? それでみんなで一緒に勉強すれば、助け合いの気持ちが生まれてくると思うの」
「助け合い?」
「そうですよ。地祇さんには先生になっていただいて、勉強を教えて下さるだけでも良いんです」
 と、提案するイナ。
 するとマルクスが言った。
「もし、教え方が分からないと言うのなら、俺が教えてやるぞ」
 少し離れたところで、類はそわそわとその様子を伺っている。ユベールが報復されるようなことがあれば、助けに入りたいと考えていたのだ。自分も最初は、保護するつもりで勉強する振りをしていた。
「それで何が解決するの?」
 尋ねたユベールに秋日子が言う。
「少なくとも、報復しようとする生徒は減るよね。だって地祇ちゃん、本当は悪い子じゃないんでしょ?」
 ユベールは少し考えて、マルクスに目を向けた。
「教え方、教えてくれる?」
「ああ、分かりやすく教えよう」
 一同が表情を明るくさせた。
「では、早速校舎へ戻って勉強会を開きましょう」
 と、微笑むイナ。
 座り込んでいるユベールに皐月が手を差し伸べる。
「その前に、みんなに謝らなくちゃな」
「……うん」
 その手を取って立ち上がり、ユベールはみんなのいる校舎に目を向けた。
「いろんな物ぶっかけたり、叩いたりして、ごめんなさい」
 ほっとしたように微笑んで、ユーリがユベールに近寄る。
「では、この問題だけ教えてくれませんか?」
 出されたのは世界史の問題だった。
『ローマ帝国、最後の五賢帝は誰か』
「ああ、マルクス・アウレリウス・アントニヌスでしょ」
 はっとした皐月がマルクスを見上げ、ユベールとユーリもつられて彼を見た。
 マルクスは妙な気分を誤魔化すように、歩き出した生徒たちの後を追う。
「ほら、行くぞ」
 彼のことを知らないユーリは首を傾げながらも、答えをささっと書き込んだ。これで彼女の宿題は終わりだ。
 ユベールも歩き出し、残されたノーブルファントムは弥十郎へ言う。
「これは、行くべきなのか?」
「好きにしたらいいと思うよ、兄さん」
 兄弟は顔を見合わせると、みんなの後を追った。
「まだ校舎内には危険が潜んでいるかもしれん!」

 後日、ユベールは問いかけにこう答えたという。
「答えが分かれば苦労しなくて済むし、教えてもらえたら嬉しいでしょ?」
 しかし、答えを教えることが必ずしも良いこととは限らないことを教えられた。ユベールはまた言う。
「まあ、今ではきちんと筋道立てて説明するようにしてるけど……え? 何で冬になると出てくるかって?」
 そしてにやりと笑う。
「冬になると村の人たちが誰も外に出てこなくなるんだ。ボクに気を遣って外へ出てくれる人もいるけど、やっぱり寒いのは嫌じゃない? だからボクは、冬の間だけ旅に出るんだ。村のみんなに気を遣わせたくないからね」

担当マスターより

▼担当マスター

瀬海緒つなぐ

▼マスターコメント

参加していただいた皆様、お疲れ様でした。
今回は初めて書かせていただく参加者様が多く、とても新鮮でした。お気に召していただけたら光栄です。
本当にありがとうございました!

あっという間に季節は過ぎてしまうので、ユベールに会えるのはまた一年後ということになりそうです。
もしも機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いいたします。

それでは、今回はご参加いただき、ありがとうございました!