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6.図書室ではお静かに

 棚の森から抜け出したユベールは、カメラを構えた人物から遠く離れたことを確認した。図書室は嫌いじゃないが、棚がたくさん並んでいると狭苦しくて嫌だ。
「そんな問題も分からないのですか?」
 アスタ・アシナ(あすた・あしな)の言葉にユベールトゥーナ(ゆべーる・とぅーな)はむっとした。
「悪いわね、何か文句ある?」
「別に文句はありませんけれど、そこは基本中の基本ですよ」
 険悪な雰囲気を漂わせる二人に夜月鴉(やづき・からす)が口を挟んだ。
「おい、図書室では静かにしろよ。集中できないだろ」
 口を閉じて宿題を再開させるトゥーナだが、すぐにまたアスタが言う。
「ユベールさん、計算間違ってますよ」
 近くを通り過ぎようとしていた地祇のユベールが反応し、トゥーナがついに怒って言い返す。
「うるっさいわね! いちいち口出さないでくれる!?」
「私はただ間違いを指摘しているだけです! それとユベールさん、声が大きいですよ」
 通り過ぎたいのに、通り過ぎることができない。
「アスタが口出すから怒ってるんでしょ! もう、口閉じててっ」
「だからユベールさんの方が大きい声じゃないですか」
 トゥーナとユベールが同時に口を開いた。
「うるさい!」
「うるさい!」
 被った。様子を見ていた鴉はピンと来て、こっそりユベールのそばへ寄った。
「真似しないでよ!」
「真似したのはそっちでしょ?」
 と、何故か睨み合うトゥーナとユベール。
「静かにしてっ」
「静かにしてっ」
 むむむ、と口を閉じる二人。そしてアスタは言う。
「ユベールさん、喧嘩してないで宿題の続きを」
「うるさいって言ってるでしょ!」
「うるさいって言ってるでしょ!」
 苛々するユベールに、鴉がそっと問題を見せる。
「なぁ、ここの答え、教えてくれないか?」
 ユベールはぷいっとそっぽを向くと、再び口喧嘩を始めたアスタとトゥーナに背を向けて行った。
「……ま、いいか」
 と、諦めて息をつく鴉。

 せっかくのおしるこ缶が冷めてしまった。飲んでも良いが、美味しくないのは明らかだ。
 溜め息をつきながら、ユベールはまた勉強している三人組を見つけて近寄った。
「うーん、分かんない」
 と、悩む漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)
 魔銃士である玉藻前(たまもの・まえ)に、科学と魔法を一つの技術として扱うための教えを受けていたのだが、出された問題はあまりにも難しかった。
「玉ちゃん厳しいな、問題が難しすぎるよ」
 月夜が文句すると、向かいに座った玉藻は言った。
「本で調べても良いのだぞ、月夜」
 はっとした月夜が『テクノコンピューター』を取り出すと、玉藻がすぐに『扇』で月夜を叩く。
「痛っ」
「本は良いが、コンピューターは禁止だ」
 不満げに月夜が『テクノコンピューター』を仕舞う。その様子を見守っていた樹月刀真(きづき・とうま)は、近づいてくる地祇に気がついた。
 問題を眺めて、ユベールは月夜の耳元に囁く。
「この選択肢、全部フェイクだよ」
「え、そうなの?」
 ぱっと顔を明るくする月夜だったが、玉藻はまた注意をする。
「こら、そこの地祇。答えを教えるでないよ」
 用意された選択肢の中に答えがあるという思い込み――固定観念――を崩すのが目的だったのだが、台無しにされてしまった。
 ちらっと玉藻を見たユベールに、玉藻は言う。
「お前のその行為は、学び得ようと努力している者からその機会を奪っている。手を貸したければ、別の方法にしろ」
「まあまあ、玉藻もその辺にして。君、名前は?」
 と、割って入った刀真が言うと、ユベールはむすっとしていた。
「良かったら俺と少し話を――」
 刀真の言葉を最後まで聞かず、その場から離れてしまうユベール。選択肢がないことを知った月夜は、それがどうしてなのかを考え始めていた。

 真面目に勉強をする南條琴乃(なんじょう・ことの)のそばに、笹奈紅鵡(ささな・こうむ)はいた。
 先ほどから図書室内をうろうろしている地祇および、地祇の持つおしるこ缶を気にしながら、勉強する振りをしている。
 ひたすら筆を走らせる琴乃の背後に、地祇が近づいてきた。
「計算、間違えてるよ」
 しかし琴乃は無視した。否、集中しすぎて天使の囁きにも気づかないのだ。
「ねぇ」
 もう一度声をかけるユベールだが、琴乃の耳には届かない。
 ついにむかっと来たユベールは、冷めたおしるこ缶をぷちっと開けた。琴乃の頭上へ持って行き、缶を逆さにしようとする。
「させないっ」
 と、おしるこ缶を取り上げたのは紅鵡だった。ほんの少しだけおしるこが床へ落ちる。
 はっとした琴乃は、すぐ後ろで地祇と紅鵡が対立しているのを見て状況を把握した。
「ねぇ、どうしてこんなことをするの?」
 と、優しい口調で尋ねる紅鵡。ユベールはそっぽを向くと、溜め息をついた。
「さあね」
 そして紅鵡の手にあったおしるこ缶を奪い取り、ばしゃっとぶっかけてから逃走してしまう。
「きゃあ、大丈夫!?」
 と、琴乃が立ち上がると、紅鵡は少し戸惑いながらも笑った。
「別にこれくらい……何となく予想はしてたしね」
「あ、あの、私のこと守ってくれたんだよね? ありがとう」
 と、琴乃もにっこり微笑んだ。
「あー! おしるこが!」
 ようやく追いついたトトが叫ぶと、桜子はすぐに二人へ頭を下げた。
「ごめんなさい。ああ、服がべたべたに……」
 紅鵡と琴乃は首を傾げた。ハンカチを取り出しておしるこを拭こうとする桜子と裏腹に、トトはユベールの消えた方向を睨む。
「次こそぶっかけてやるんだからっ」

 騒々しかった図書室を出ると、曲がり角でネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が待ち伏せていた。その手には炭酸ジュースのペットボトルと、ケース入りのメントールのタブレットが握られている。
「地祇、覚悟ーっ!」
 と、タブレットをジュースの中に投入するネージュ。
 嫌な予感を感じて後ずさったユベールに、炭酸ジュースが勢いよく噴射された。
「うわっ、うわわ」
 顔面にぶっかけられて視界が遮られてしまう。よろけるユベールの腕をネージュがしっかり捕まえる。
「大人しく捕まってよね」
「っ、嫌だよ!」
 抵抗するユベールを押さえつけようとするネージュ。
「少し拘束させてもらうだけよっ」
「嫌だってば!」
 小さい子二人がジュースの水溜まりの中で喧嘩を始めると、新たなちびっこがその場に駆けつけた。
「そこまでだ!」
 と、二人の間に割って入る『うさみみ幼女』こと日比谷皐月(ひびや・さつき)。その後ろにはマルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)が待機している。
「行くぞ、ユベール」
「え? え、ちょっと」
 と、困惑するユベール。
「ちょっとどこ行くつもり!?」
 とっさにペットボトルを投げたネージュだが、皐月の『ラスターエスクード』に跳ね返されてしまう。ネージュは地団駄を踏んだ。

 ようやくまともに目が開くようになったユベールは手を引かれながら問う。
「何なのさ、いきなり。まさかキミたちもボクを捕まえるつもり?」
 ちらっと振り返って皐月は笑う。
「いや、通りすがりのお人好しだ。怪しいもんじゃねーって」
「はあ?」
 しかし、校舎の静かな方へ連れて行かれていることに気づき、ユベールは皐月とマルクスをちょっと信用することにした。少なくとも、攻撃的に捕まえられたり愛でられたりすることはなさそうだ。