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家庭科室の少女達

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家庭科室の少女達

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【五 小休止】
 第二家庭科室で戦闘が発生している旨の報告が届いた際、組長正子は一瞬、それまでの余裕の表情から一変して、酷く真剣な面持ちを空中回廊から階下へと投げかけた。
 ところが、その戦闘に加わっている者達の様子を聞いた途端、急に興味を失ったように、ぞんざいな態度で適当に相槌を打つばかりになった。
 羽衣会側からその様子を眺めていたフィリシアは、怪訝な思いを胸中に抱いた。
 後方支援を担当している彼女は、前線で起こる全ての事象がよく見える。特に組長正子の巨躯と異貌はいやでも目立つ故、自然と視界に納まってしまうのだ。
(おかしい……ですわね)
 フィリシアが内心、小首を傾げたのも無理は無い。
 今回の騒動の発端は、第二家庭科室の覇権を巡っての争いにあった筈である。ところが、その第二家庭科室が外敵の脅威に晒されようとしているのに、それに対して組長正子のあの無反応ぶりは、常軌を逸しているといわれても仕方が無いであろう。
 その思いは、本棟でこの騒乱を注視していた和平交渉を望む四人にも共通していた。
「ね……何かおかしくない? 第二家庭科室が危ないかも知れないのに、正子さんのあの反応……」
 歩が日奈々に問いかけた。
 日奈々は日奈々で、戦いの場に流れる奇妙な失望感を敏感に肌で感じ取っていた。
「何て、いうか……第二家庭科室が、どうなっても、良い、みたいな……」
「だよね。あれは、本当に守り抜きたいって態度じゃないよね」
 理沙も気づいていたようである。
 単純に、ふたつの文科系クラブが互いに部室を奪い合って争っている、という構図ではなくなってきているのではないか。
 少なくとも、この場に居る四人には、そのように思えてならなかった。
「ヒアリングしてみる必要がございますわね」
 セレスティアが思案顔でいう。
 やがて空中回廊の激闘は、どちらの陣営からともなく、潮が引くように互いに引き上げ始めてきた。一旦小休止にでも入ろうというのだろうか。
 このチャンスを逃す手は無い。理沙はセレスティアと小さく頷き合ってから、歩と日奈々に若干、緊張した面を向けた。
「私達は、ちょっとお茶菓子でも持って、藤原さん達の方にいってみるよ。一応、和平交渉のお誘いをするのがメインだけど、少し様子を探ってもくるね」
 いい放つや否や、理沙はセレスティアを連れて駆けるような勢いで、羽衣会の陣営に向かってゆく。
 残された歩と日奈々は、逆に鉄人組の陣営に向かおうという話になった。
「一度、ちゃんとお話ししてみた方が良いみたいだね」
「そうですねぇ……いってみましょぉ」
 そんな訳で、歩と日奈々も鉄人組の陣営へと、足を向けた。

     * * *

 空中回廊から一時撤退し、本棟東側に位置する七階の階段踊り場に終結している鉄人組のもとへ、ふたつの人影が歩み寄ってきた。
 本郷 翔(ほんごう・かける)ソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)である。
 翔はきっちり着こなした執事服で誠実そうな態度で接しようとしているのだが、一方のソールはといえば、場に似つかわしくない程に豪勢な花束を抱えており、それが少女達の反感を買ったらしい。
 鉄人組の面々が、一斉に鋭い眼光を投げかけてくる。いずれ劣らぬ美少女達の、敵意剥き出しの視線に、ソールは心底悲しそうな表情を浮かべた。
「おいおい、何てこった……こんな可愛い子達が、目つきの悪い人相で人様を睨むもんじゃないよ。全くもって勿体無い限りだぜ……」
 不意に、大地を揺るがすかのような低い笑い声が響いてきた。組長正子である。
「ソール・アンヴィルか。その名は聞いておるぞ。中々のたらし技を駆使するそうではないか」
 正子にいわれて、ソールは苦笑しながら両肩を小さくすくめた。どうやら、全て見抜かれているような気配であった。
 そんなソールの思惑を承知して尚、組長正子はふたりを自身の前に通させた。ソールに落とされない自信があるのか、或いは器が大きいのか。
 ところが、口を開いたのはソールではなく、翔だった。
 当初の予定ではソールに交渉役を任せ、翔は交渉の材料となる情報の収集に徹するつもりだったのだが、組長正子の周辺を調べるにつれて、予想外の事実にぶつかったのである。
 その内容から、完全にソールひとりに任せるのは、却って事態をややこしくするだけの可能性が高かった。
 翔は腹を決めた。
 この際だから、自身の執事としての接待能力から導き出される対人能力に、全てを賭けるつもりである。
「正子様、もし間違っておりましたらご容赦願いたいと存じます……このたびの騒乱、もしかして、伊ノ木美津子(いのき みつこ)様の件が関係しているのではございませんか?」
 その瞬間――。
 組長正子は不意に翔との間合いを詰め、大きな掌をぐわっと突き出してきて、いきなり翔の形の良い唇を覆い隠すような形で、翔の口元を荒っぽく掴んだ。
 翔は別段驚いた様子もなく、ただ為すがままにされている。実のところ、組長正子のこの反応は、想定の範囲内だったのである。
 組長正子は、鬼のような形相で翔の真正面から見詰め返してくる瞳を凝視した。
「良いか。その名はまだ出すな。どうやら事情を掴んでいるようだが、この場は早い。もう少し黙っておれ」
 矢張りそうだったか。
 翔はこの時、確信を得た。鉄人組組長の本当の狙いは、別のところにある。だが、本人がいうように、ここで事実を明かすのは時期尚早に過ぎたというところであろう。
 勿論、翔としても組長正子がそう望むのであれば、べらべらと喋るつもりは無い。
 傍らのソールに目線で頷きかけてから、翔は再び組長正子を真正面から見詰めた。
 既にその大きな掌は、翔の口元から離されている。恐らくは、翔がそれ以上は何も口にしないことを、組長正子は何となく察したのだろう。

     * * *

 突然、周囲が騒々しくなった。
「おいお前ら、一体何だ!」
 組長正子の側近美晴が怒声をあげた。と思う間も無く、一団の人影が階段踊り場に飛び込んできた。
 南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)を筆頭に、オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)マリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)蘆屋 道満(あしや・どうまん)といった面々が、『横から審議団』、略して横審を結成し、鉄人組に対して美しい決着方法を打診しに来たのである。
 ……というのが本来の目的なのだが、どうにこうにも、顔ぶれが顔ぶれである。あまり真剣に取り合ってくれそうにない雰囲気が、既に最初から蔓延していた。
 だが、こんなところで屈していては、横審の名が泣く。
 まずは、組長正子に優るとも劣らぬ程のいかつい容姿を誇るマリーが、先頭に立ってぐわっと大きく口を開いた。
「蒼空学園の乙女たちの危機と聞き! 教導団憲兵科、転じて国軍の弁髪が、この争い預からせてもらうでありますぞ!」
 ところが、鉄人組の女子組員達はというと、ただただ冷め切った表情で、横審の面々を馬鹿にしたように眺めるだけである。
 誰ひとり、横審の主張に耳を貸そうとする者は居なかった。
 それでも横審メンバーは、声を大にして提案を投げかけるのだから、いじらしいという他は無い。
「例えばだ、興業を催してみるのは如何か。こうして他校からも野次馬が押しかける程だ。この争いそのものをショーアップして入場料を取り、集めた資金でもうひとつ部室を作ってしまえば良かろう!」
 道満の理屈にも、一理ある。
 ひとつの部室を二つの部活が奪い合うよりは、余程建設的な思考であるといって良い。
 更にカナリーが、恐ろしく刺激的な提案を口にした。
「いっそのことさ! 山葉校長にも手伝ってもらったらどうかな! 例えば男体盛りやクリームで盛りつけてみたりとか、コスプレさせるとか!」
 料理と服飾の共通項といえば、飾りつけである。
 そこに着目したのは良いアイデアだったが、恐らく山葉校長当人が絶対許可しないだろう。だが意外にも、カナリーのこの提案を最初に却下したのは、組長正子であった。
「校長は要らぬ。いや、でしゃばられては却って迷惑よ。あの校長には、連中は抑えられぬ」
 その意味深な台詞に、マリー達は互いに顔を見合わせた。どうやら、予想とは少し勝手が違うようである。少なくとも、興業やらショーアップやらで資金調達を、という思惑は通用しないらしい。
 むしろ逆に、横審は組長正子から思わぬ反撃を喰らう破目となった。
「興業になる程、この争いが魅力的に思えるのか? ならば、まずはあの連中を相手に回し、興業になり得るのか、うぬら自身で証明してみせい」
 組長正子が指差す先には、ふたつの人影が佇んでいる。
 屋良 黎明華(やら・れめか)キャンティ・シャノワール(きゃんてぃ・しゃのわーる)のふたりであった。
「ふふふふふ……パラ実の方から来ました、『人間魚雷』黎明華なのだ」
「おーほっほっほっほ! 有名な蒼空学園の鉄人組は、こちらの皆様かしら〜!」
 キャンティはマスク・ド・キャンティと名乗りを上げた。どうやらマスクマンのつもりらしい。しっかりルチャリブレのマスクを被っている。
「あの御仁達を相手に回して、興業になるかどうか試せ、と仰せでありますか」
 何となく、気が進まないマリーではあったが、いい出した以上は引き返せない。
 結局、一戦交えることとなった。