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【六 真なる敵】
「さぁ向こう正面の鯉ノ海さん、急な展開になって参りましたねぇ」
 どこかふざけた調子で、光一郎が妙に嬉しそうにオットーに語りかけた。対するオットーは、別に向こう正面の位置に座を設けている訳でもないのだが、光一郎の呼びかけてに期せずして応じる形となった。
「三対二の、変則タッグマッチのような形になってしまった模様だな」
 オットーのいうようにマリー、カナリー、道満組vs黎明華、マスク・ド・キャンティという組み合わせで、いつの間にか戦いのゴングが打ち鳴らされていたらしい。
 周囲の女子生徒達は、適当な声援を送っている。まるで場末の安プロレスのような雰囲気になってきた。
 ところが、である。勝手に戦う相手を決められてしまった当の五人は、ただただ当惑するばかりで、一向に手を出そうとはしない。
 それも当然といえば当然であろう。彼ら、或いは彼女達は、そもそもの目的も、目指す相手もまるで異なるのである。ここでいきなり戦えといわれたところで、そうそう手を出し合えるものではない。
 すると、突然組長正子が五人の間に割って入ってきた。
「どいつもこいつも、腑抜け揃いも良いところよ。ようく見ておけ。仕事で戦うとは、こういうことだ」
 いうや否や、まずその巨大な掌で黎明華の後頭部をがっしと掴むと、組長正子の岩のように固い膝に黎明華の額をぐっと押しつけ、その足を跳ね上げる。そして次の瞬間には、大地が震えるかと思える程の震動を伴って、床に足裏を強烈に叩きつけていた。
「おぉっ! これは!」
「知ってるのか、鯉くん!」
 光一郎とオットーは、もうすっかり実況と解説という役割分担が決まったかのように振る舞っている。横審というのは、色々な仕事を任せられて忙しいものである。
「聞いたことがあるぞ……鉄人組組長は、自身の膝を使って固いココナッツの殻を叩き割るそうだ……そう! これぞ組長正子殿の必殺技、ココナッツクラッシュだ!」
 いや、それは普通にプロレスの技なんだが……と、喉まで出かかった台詞を、光一郎は必死に堪えた。そんな彼の視界の中で、更に十六文はあろうかという巨大な足底が跳ね上がり、黎明華の顔面を豪快に捉える。
「みぎゃ〜っ!」
 黎明華は階段の踊り場から、ごろごろと転げ落ちていってしまった。
 次に狙われたのは、マリー達の陣営である。必死に逃げ回るマリーとカナリー、そして道満。有意義な方法を提案したまでは良かったのだが、鉄人組の組長がここまで実践主義であるなどとは、予想外だったらしい。

     * * *

 結局、マリー、カナリー、道満の三人も階下に転げ落ちる破目に陥った。
「おぉーっと! マリー組も蹴散らされたぁ! 恐るべし組長正子! その巨体は極めて脅威! ひとりと呼ぶには余りにも巨大過ぎ、ふたりと呼ぶには人口の辻褄が合わない! まさに人間山脈! 怒涛の攻勢だー!」
「我がツァンダ・ワイヴァーンズも、シーズンが始まればこのようにありたいものだぜぃ」
 何気に、自チームの広告塔を努めるオットーである。鯉だからといって、馬鹿にしてはいけない。
 さて、良い汗かいてややすっきりした感のある組長正子だが、いつの間にかマスク・ド・キャンティが姿を消しているのに、気づいているのか、いないのか。
 その代わり全く別の人影が組長正子の前に、漫然と佇んでいた。聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)である。
「お嬢様方、実は折り入ってお願いがあるのでございますが……」
「ほう、何だ」
 意外にも、組長正子は普通に取り合った。案外、常識人なのかも知れない。
 だが、だからといって何でもかんでも他者のいい分を聞いてくれる程、甘くはないのだが。
「実はお嬢様方に、我がキャンティお嬢様のキャラクターグッズを作って頂きたく、お願いにあがった次第でございますが」
「勝手に作れば良かろう」
 一蹴された。
 当然といえば、当然である。
 この直後、羽衣会が突撃を仕掛けてきた。聖はそれ以上は食い下がろうとはせず、淡々と戦いの場を去り、マスクを脱いだキャンティに事の次第を告げた。
 残念ではあったが、他人に頼る前に、まず自分で何とかせよ、という話であろう。

     * * *

 そして第二家庭科室では、異変が起きていた。
 三つ巴の戦いを展開していた紅凛、さくらんぼの会、椿といった面々の前に、それまでまるで見たことも無いような連中が、突然奇襲を仕掛けてきたのである。
「くそっ! また乱入かよ! 今度は羽衣会の連中かっ!?」
 椿が苛立った様子で吼えた。が、今度の相手は少し様子が異なる。
「干し首にするには、少々手間隙がかかりそうな方々ですわね」
 さしもの優梨子も表情が僅かに硬い。相手の力量を瞬時に見極めた彼女だが、その結論はといえば、決して芳しい内容ではなかったのである。
 恐ろしく強い。加えて、容赦も無い。
 例えば、全く戦闘行為には加わっていなかった健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)天鐘 咲夜(あまがね・さきや)などは、単純に第二家庭科室を二倍に増やす方策の為に頑張っていたのだが、そういう建設的な行為ですら、新参の勢力にとっては敵対行為として映ったのだろう。
 勇刃が、
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺達は何も争うつもりでここに居た訳じゃない!」
 と弁明しようとも、全く聞く耳を持たない連中であった。
「もっと、建設的にお話を……!」
 無言で襲いかかってくる相手に、咲夜も必死に説得を試みようとしたが、まるで相手にされない。結局、ほとんど為す術も無く蹴散らされてしまった。
 酷い話である。
「問答無用って感じだね」
 ハンマーを構え直した紅凛の表情に、緊張が走る。既に、守兵として残されていた鉄人組の女子組員達は、あらかた倒されてしまっていた。
 次なる標的は、三つ巴の戦いを演じていた彼女達であるらしい。
 だがそこに、全く別方向から、酷く落ち着いた声音が静かに響いてきた。
「やっぱり、そういうことだったんだね」
 現れたのは、ルカルカだった。
「なぁ、そういうことって、どういうことなのさ?」
 何をいっているのかよく分からない椿が、怪訝な表情で問いかけた。ルカルカは、謎の新勢力にじっと視線を据えたまま、凛と響く声音で応じる。
「こいつらは、NWF。New Woman’s Federationさ。羽衣会の会頭、伊ノ木美津子を退学に追いやった張本人ってところかな」