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リアクション
「うおぉ、危ない危ない……」
うっかり落とし穴を踏んだ滝川 洋介(たきがわ・ようすけ)が、壁を軽く蹴ってなんとか地上へ戻ってきます。
が、着地した瞬間に、目の前には火を吹く石像。
慌てて飛び退きましたが、見事にお尻に火が点きます。
「熱、熱ぅうう!」
「もう、何やってますのうきゃぁあああ!」
あわてふためいている洋介を冷ややかな目で見ていた、パートナーのシェプロン・エレナヴェート(しぇぷろん・えれなべーと)もまた、同じ石像に焙られて悲鳴を上げます。
「もう、何やってるのよ……」
「全くだな」
同じく洋介のパートナーであるミューセル・レニオール(みゅーせる・れにおーる)とナタリーユ・ハーゲンフェルト(なたりーゆ・はーげんふぇると)が呆れた溜息を吐きながら、石像と壁の間にあいた隙間をすり抜けます。
「熱いですわぁああ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてシェプロン……」
自分のお尻の火を消した洋介がシェプロンの火を振り払おうとしますが、パニック状態のシェプロンはわたわたと辺りを走り回った挙げ句に落とし穴へと落下していきました。
「ああっ、ちょ、大丈夫?」
慌てて洋介が走り寄ります。そして、躊躇なく穴の中へ飛び込むとシェプロンを抱え上げ、軽い身のこなしで落とし穴の壁を蹴って地上へ戻ってきます。
所謂お姫様抱っこの体勢に、洋介の腕の中でシェプロンが真っ赤になっています。
「ちょ、ちょっと……さっさと離しなさいよ……っ!」
地上に降り立つなりそう言って洋介を睨み付けますが、言葉に覇気がありません。所謂ツンデレを感じさせる頬の赤さです。
はいはい、と洋介がシェプロンを下ろしてやるのを見ながら、いいなぁ、と呟いているのはミューセルです。
「私もお姫様抱っこしてもらいたいなぁー……」
落とし穴に落ちたらしてくれるかなぁ、とミューセルは今し方シェプロンが填った落とし穴の方へふらふらと歩いていきます。
そして、ほっ、とかけ声ひとつ、穴の中へと身を躍らせました。
「あっ、ミューセル!」
それに気付いた洋介は慌ててミューセルを迎えに穴へと飛び込みます。
一連の遣り取りをみていたナタリーユは、やれやれ……と溜息を吐きました。
「もう……先に行くぞ?」
呆れた顔で歩き出そうと道の先を見ると――
そこに、バナナの皮がありました。
「これは……これは……踏めってことだよな……!」
何か熱く燃えたぎるものを押さえきれなくなったらしく、ナタリーユは一目散にバナナの皮目掛けて突っ込んでいきます。
そして――
右足で勢いよく踏んで――
綺麗に滑って――
右足が宙を舞い――
お尻から着地し――
背中までごろりと転がりました。非常に綺麗な、お約束通りのズッコケです。
「あ、あっちにも!」
誰かがまき散らしていったらしく、行く手には幾つものバナナの皮が転がっています。ナタリーユは目を輝かせ、その全てを踏まん、と駆け出します。
「勝利の美酒を味わうのは、この黎明華なのだぁー!」
こちらにも一人、あまり深く考えずにダッシュしている女性がひとり。
キマクから報酬目当てにやってきた、屋良 黎明華(やら・れめか)です。
黎明華は纏ったセーラー服を翻しながら、軽い足取りで罠を避けつつ奥へと向かいます。
事前に配布されていた地図は完璧に頭に入っています。
「お先に失礼なのだっ」
罠の有無を慎重に確かめながら進んでいく人々を追い越して、黎明華はぴょん、と高く跳びます。
落とし穴を避けるために空中で軽く一回転ひねり。
スカートの裾をきわどく踊らせながら、軽い音を立てて地面に着地した、その瞬間。
設置された感圧式散弾地雷が発動しました!
……中身はトリモチです。
とはいえ、ねばねばのトリモチが足にからみつくのですから、黎明華はその場にがっしりと足止めされてしまいました。
「なぁっ、これはなんなのだっ! とっ、取れないのだ!」
もがけばもがくほどトリモチが足に絡みつきます。ついにはバランスを崩してシリモチを着いてしまいました。いよいよ立てません。
「ギニャァなのだー、たーすーけーてぇー!」
こうなってしまってはもう、じたばた暴れながら叫ぶことしかできません。
さてもう一人、元気に――無鉄砲に――洞窟を駆け抜けていこうとする人影があります。
「ミーナは気がついたのです、わなが発動する前に通り過ぎればいいのですよ!」
葦原明倫館の制服姿のミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)です。
ここまではそこそこ慎重に歩いてきましたが、もとより面倒なことは苦手な性分。
よぉし、と腕まくりするフリをしながら勢いをつけて走り始めま――
ずぼっ。
一歩踏み出した瞬間に落とし穴に填りました。
が、それほど深いものではありません。精々膝下までが埋まる程度です。一瞬ひるんだミーナですが、なぁんだ、と安堵の息を漏らし、気を取り直して、と足を穴から引き上げようとしました。
しかし、足がびくともしません。
「な、何これっ?」
右足の裏ががっちりと地面に固定されてしまっています。
最初は少しだけ動いたのですが、ものの数秒でピクリとも動かすことが出来なくなってしまいました。
落とし穴の底に仕込まれた、瞬間接着剤の瓶を踏んでしまったのです。
「ちょっと、どうなってるのー!」
ミーナの叫び声が洞窟に響き渡るのでした。
「お、なんだこれ?」
ぽち、と獅子導 龍牙(ししどう・りゅうが)が壁のスイッチを押しました。
その途端、足場が崩れて龍牙は落とし穴に吸い込まれていきます。
「と、殿っ! それ罠の!」
龍牙のパートナーである荀 イク(じゅん・いく)が慌てて龍牙の腕を掴んで、なんとか落下は免れました。
「殿! いい加減に考えなしにあちこち触るのは止めて下さい」
荀イクが額に青筋を浮かばせながら龍牙を引き上げます。が、龍牙は悪い悪い、と悪びれずに笑っています。
「いいですか殿、我々には宝探しに向いているスキルがありません。ですからここは……」
「あ、あんな所にバナナの皮あああああああああっ?」
一生懸命作戦を語る荀イクの言葉を右から左へ聞き流しながら、ふと目に付いたバナナの皮を拾いに行こうとした龍牙が、その周囲の床に撒かれたエステ用ローションを踏みつけて思いっきり滑って転びました。
何とか後頭部を強打することは避けましたが、後ろで見ていた荀イクの目が点になります。
「あなたという人は……!」
荀イクの額に浮かぶ青筋が、その数を増します。
「あ、あははは、悪い悪い……」
「もう……いい加減にして下さいっ!」
そう言って荀イクは龍牙をものすごい目で睨み付けます。殺気立っています。さしもの龍牙もちょびっとたじろぎます。
そこへ。
「そこ、罠だ。気をつけろよ」
「危ないニクラス!」
「……さ、行きましょう」
わいわいがやがや、賑やかな声を上げるニクラス一行が後から追いついて来ました。
二十人を越える大集団ですが、そこそこまとまりよく罠を避けながら進んでいます。
「……あの方たちに着いていきますよ!」
「お、おう……」
殺気が恐かったのか、龍牙は大人しく首を縦に振ります。
「すみません」
「ん? 何だ?」
先頭を歩く赤い髪の女性に声を掛けると、彼女は足を止めました。
「よろしかったら、同行させて頂けないでしょうか。我々だけでは、この先を進むのは難しそうで……」
荀イクが丁寧に頭を下げると、列の中程からニクラスがおう、良いぜ、と気楽に答えます。
かくして龍牙と荀イクはニクラス一行に加わって歩き始めました。
が。
「殿?」
数歩と行かないうちに、龍牙の姿が見えません。荀イクは慌てて辺りを見回します。
すると。
「ばぁ!」
大所帯の影に隠れていた龍牙が、ひょっこりと顔をだして荀イクにいないないばぁの要領で手を広げておどけた顔を見せます。
――ぶちん
荀イクの、堪忍袋の緒が切れる音が龍牙にも聞こえました。
やべ、やっちまった、と龍牙が反省した頃にはもう遅い。
「ちょっとそこに座りなさい」
笑顔全開でそう告げられ、龍牙はその場に座りこみます。
ニクラス達が先へ進んでしまうのにもおかまいなしで、荀イクは切々と、長たる者の心構えに始まって、リスクマネジメントとはなんぞや、抑も自分たちの目的とはなんであっただろうかと続き、果ては明日の晩ご飯の話に至るまで、説教を続けるのでした。
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