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けれど愛しき日々よ

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けれど愛しき日々よ

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第6章


「……まったく……どうしてこう、落ち着きがないのかしら」
 軽いため息と共に、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は呟いた。

「不案内な野山の中だというのに、一人でズンズン進んでしまうのだから、行方不明になっても当然よね……仕方ない、食材は後回しにしましょうか」
 傍らのパートナー、エリシュカ・ルツィア・ニーナ・ハシェコヴァ(えりしゅかるつぃあ・にーなはしぇこう゛ぁ)に、にっこりと微笑みかける。
「はわ――りょーかい、なの。エリーはローザといっしょにまいごのこを、さがすの」
 その笑顔に眩しい笑顔で応えるエリシュカ。
 ちなみに、迷子になったのは典韋 オ來(てんい・おらい)である。


 その頃、匿名 某(とくな・なにがし)のパートナー、結崎 綾耶(ゆうざき・あや)は一人で山中をさ迷っていた。

「うう〜、どうしていつもみんなとはぐれちゃうんだろう……何か『はぐれ属性』とかいうのでもあるのかなぁ、私……」
 パートナーである大谷地 康之(おおやち・やすゆき)が山中でモンスターと乱戦するというので、フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)を含めた4人で山に来たのは良かったが、魔物の群れと遭遇した際、綾耶だけがはぐれてしまったのである。

「うぅ……早くみんなと合流しないと……あれ、某さん?」
 綾耶、は木の陰に見覚えのある背中を見て、駆け寄った。
「よかったぁ……こんなところにいたんですね……って某さん?」
 ようやくパートナーを見つけ、安堵のため息をつく綾耶であるが、すぐに某の様子がおかしいことに気付く。
「……」
 無言で体育座りをしている某。普段から特別明るい方ではないが、今の表情からはただごとではない気配がうかがえる。
「な、某さん……? どうしたんですか、そんな死んだ魚のような目をして?」
 狼狽した綾耶は、森の中で茫然自失したような某に近づいていく。

「――え」

 それは突然のことだった。綾耶の接近に応じて立ち上がったかと思った某が、突然抱きついてきたのだ。

「ちょ、ちょっと某さん……? どうしたんです、何があったんですか……?」
 綾耶は、突然抱きしめられながらも、某の頭を優しく撫でた。
 まるで捨てられた子犬のように、某は綾耶を抱きしめ、その頬に唇を寄せる。


「ちょ、ちょっと某さん……? あん、そんなとこ、ちょっと……やん……」


 森の中に似つかわしくない綾耶の声が響いた。綾耶と某は互いに抱き合っているので、綾耶からは某の表情を読み取ることはできない。
 と、そこにパートナーとはぐれて迷い込んだ典韋 オ來が通りがかる。

「あ、良かった誰か人が……って何をして……、いや待て!! 危ない!!」

「え?」
 その声に気付き、戸惑う綾耶。
 だがしかし遅い。その時には某の口元は大きく開き、妙にすらりと伸びた犬歯が垣間見えた。


 ――かぷり。


                    ☆


「どわりゃあぁぁぁ!!?」
「わっ!!?」


 突然、榊 朝斗(さかき・あさと)の前にブレイズ・ブラスが飛んできた。
 正確に言えば、湖のヌシとの戦闘中に弾き飛ばされ、湖畔の森のあたりまで吹っ飛ばされたのである。
「あら……大丈夫!?」
 その傍らにはパートナーであるルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)の姿。頭から地面に突っ込んだブレイズに、優しい言葉をかける。
「ああ。これくらいなんてことねぇよ」
 立ち上がったブレイズは、その場にいたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が自分をやや緊張した面持ちで眺めていることに気付いた。

「……ブレイズ……!!」
「ん、どうしたネェちゃん。俺の顔に何かついてんのか?」
 別に睨まれる覚えはネェけどな、とブレイズは自分の姿を見直す。
「いや、泥とか草とか血とか色々ついてるけど、特にいつも通りだよ、どうしたんだいアイビス?」
 朝斗も、アイビスを振り返り様子を見た。基本的に感情に乏しく無表情のアイビスが、明らかに狼狽している。

「ブレイズか何かしてると……必ずトラブルが起きます……朝斗、ルシェン。ここは、警戒が必要です」

 言われてみれば、かつてブレイズが関わった事件では、特に朝斗たちはロクな目に会っていない。数ヶ月前、この山を魔族が襲撃した事件でも、直接ブレイズの責任ではないとはいえ、アイビスはネコ耳姿で朝斗にじゃれつく羽目になったり、『似顔絵ペーパー』の事件では自分の偽者が大暴れしたりと、大変なことしか起きていないのだ。

「アイビス、そんな風に言っちゃあ……あれ、そういえば数ヶ月前、この山で何か事件があったような……そういえばアイビスがいててててて」
「消去が不完全でした、朝斗の不要な記憶を再度消去します」


 その時の記憶は、今のようにアイビスがアイアンクローで消去しました。


                    ☆


 数分後。

「――それじゃ、特にこの辺で人影は見てない、ってことだな?」
 偶然朝斗たちに遭遇した某と康之、そしてフェイは、行方不明の綾耶を見なかったか尋ねていた。
「うん、特に見かけなかったよ。綾耶さんってあの背の小さい可愛い子だよね?」
「ああ。ちみっ子だ」
 康之が答える。
「それはそれは綺麗で可愛らしいツインテールの持ち主だ」
 フェイも答えた。
 そこに、某たちと同様にパートナーの典韋を探していたローザマリアとエリシュカも言葉を挟む。
「……と、いうことは典韋も見かけてないわよね、まったく、どこ行っちゃったのかしら。せっかく美味しいフライドスネークを作ろうと思ったのに」
「うゅ、ゆくえふめー、なのです。ヘビといっしょにさがすのです。くねくね〜」

 その言葉を聞いて、康之が疑問を口にする。
「フライドスネーク……蛇のから揚げか、美味いのか、それ?」
「ええ、食べたことない? テキサス州の名物なのよ。鳥のような味がして美味しいの」

 そんな呑気な会話を交わす二人に対し、フェイは対照的に必死な表情を浮かべている。
「ええい、そんな話をしている場合じゃない! そもそも、こんなところに綾耶を連れてくるべきじゃなかったんだ……いや後悔してもしかたない……こんな無個性のほほん野郎や常春頭のアッパラパーなどあてにならん、綾耶は私が見つける!!」
 言うが早いか、フェイは単身森の中へと駆け込んで行ってしまう。
 その背中に声をかける某だが、フェイの耳には届いていないようだ。

「あ、おい待てよフェイ!! ――つか綾耶のことになると早いなおい!!」
 急いで連れ戻そうとする某だが、それを康之が制する。
「いや待て某、でかっ子にはまるで結いっ子センサーがあるようにちみっ子の場所を見つけることがある……なら、いっそそれを頼ってもいいんじゃないか!?」
「うん、まあ。言いたいことは分かるけどな。それもフェイを見失わなければ、の話だろ?」

「あ」

 康之が制したせいで、とっくにフェイの姿を見失っていた。
「やれやれ……この山の中で二人も探すのは大変だな」
 ため息をつく某に、めげない康之は親指を立てて見せた。
「よし、なら某のちみっ子レーダーが頼りだ、ちみっ子を想う力――愛の力で見つけてくれ!!」
 康之の理論の飛躍に軽い頭痛を覚える某だが、ふと考え直した。
「愛……そっか、俺と綾耶はパートナーだから、集中すれば何となくの方角くらいは分かるな、なら――」

 某は懐から携帯端末『ティ=フォン』を取り出す。
「これのGPS情報と組み合わせれば、比較的早く発見できるかもしれない。よし、行こう康之」

 そのやり取りを聞いてアイビスが口を挟んだ。
「GPS情報……確かに有効な手段ですね。……愛、使ってないですけど」

「……まぁ、そういう細かい話は後でしようじゃないか、うん」
 どことなくとぼけた様子の某を先頭に、一行は進む。

「なるほど、足し勘いこっちのほうから感じるわね」
 ローザマリアとエリシュカも同行するのは、たまたま方角が同じだから、だが。

「ところで朝斗。別に私達が同行する必要はないんじゃない?」
 ルシェンが尋ねる。確かに、それぞれのパートナーが探しているのだから、朝斗やルシェン、それにアイビスが行動を共にする必要はない。
「――まぁ、そうだけど。とはいえ、放ってもおけないしね……困ったときはお互い様ってことで」
 そこに、ブレイズも口を挟んだ。
「そうそう、ちいせぇこと気にすんなよ! でっけぇワリに細けぇな、ねえちゃん!!」


「――あ」
 朝斗は表情を硬くした。普段からルシェンは身長が高いことをコンプレックスに思っているので、その辺の話題は意識的に避けてきたのだが。


「……大きなお世話です……」
 思った通り、こちらも表情を曇らせるルシェン。ブレイズはそんなことにも気付かずにズカズカと先に進む。
「ル……ルシェン……? あんまり気にしないで……」
 さりげなくフォローしようとした朝斗だが、ルシェンの表情は暗いまま。
「気……気にしてなんかないわ……朝斗と身長差が36cmもあるなんて気にしてないわよ……」
 と、そこに。声が響く。その声は、アイビスの声だった。


『そうそう、気にしたって186cmもある大木女が可愛くなるワケじゃないしーっ♪』


「誰がたいぼくおんなですってぇぇぇぇ!?」


「――え?」


                    ☆


「ねーぇ、えりしゅかといいことしよぉ……」
 横から典韋に抱きついたエリシュカが、艶っぽく典韋の頬を撫でる。
「お、おいおいエリー? 今日はずいぶんとスキンシップが大胆だなぁ? 嬉しいけど今はそんなことしてる場合じゃ」
「うーううん、えりーの目をみて……ほら、きもちいいで、しょー?」
 綾耶に抱きついている某の様子がおかしいことに気付き、それを止めようとした典韋だったが、突然エリシュカに抱きつかれてその対応に戸惑っている。
「え……目……?」
 エリシュカと目を合わせた典韋、その深い緑の輝きに、意識を飲み込まれていく。
「本当だ……気持ちいい……エリー」
「うゅ、えりーときもちいいこと、しようよぅ……♪」

「やん……某さん……そんな、とこ、噛んじゃだめですぅ……でも、ふわふわする……あ、何……? うん、きもちいい……」
 一方、先ほど某の偽者に噛まれた綾耶も、その精神を蝕まれていた。
 綾耶は気付いていないが、その某の形をした植物は下半身を綾耶に絡ませ、密着してくる。

 それは、某の姿をした一瞬のキノコで、まるで冬虫夏草のように宿主にエキスを注入し、その身体を乗っ取ってしまうモンスターだったのだ。
 もちろん、そんなことを知る由もない綾耶は、某の心地いい抱擁と接吻の嵐にすっかり蕩けてしまっている。

 そして、典韋に絡み付いているエリシュカももちろん本物ではない。

「さぁ……えりーときもちよく……なろう……」
「ははは……そんなに強く抱きついたら苦しいよエリシュカ……つかマジで強い……いててててぐえええぇぇぇ」
 エリシュカの身体はヘビのようにくねり、典韋を身動きできないように絡めとっている。その姿はまるで大蛇のようだ。
 あまりの圧迫に苦悶の表情を浮かべる典韋の首を狙って、エリシュカが先の割れている舌をちょろっと出した。
 そして、かぱりと大きく口が開かれたかと思うと、やはり大きな牙が見えた。大蛇のよう、というか大蛇そのものだ。

「ぐあぁ……何だ……偽者か……ああ、でもこんなに可愛いのに……倒すなんて……出来ねぇ……」

 典韋の意識がさらに薄くなっていく。そこに、助け舟が現れた。


「――!!」


 突如森の中から飛び込んできた人影が、典韋に絡みつくエリシュカの首筋に匕首をブスリと突き立てたのだ。
「――あ?」
 口から奇妙な声を漏らすエリシュカ大蛇。気付いたときにはその匕首はもう自分の首を捉えている。抵抗する隙もなかった。
 その匕首の持ち主は、本物のエリシュカ。ローザマリアが突き止めた典韋の居場所で自分の偽者が典韋に絡みついているのを見て戸惑いはしたものの、偽者であることが分かったので始末にかかったのである。

「はわ、エリーはエリーなのね。ローザにぎゅーってだっこしてもらえるエリーは、ひとりだけでいいの。
 だから、エリーのにせものは、さーちあんどじぇのさいど、なの」

 特に表情を変えずに、いつもの可愛らしい微笑みを浮かべたまま、何度も何度も自分と同じ顔をした偽者の首といわず顔といわず匕首を突き立てるエリシュカ。
 とっくに絶命している大蛇に何度も突き立てる狂気のエリシュカに、そっと手をそえてローザマリアが制した。
「――あら、ダメよエリー。契約した時に、優しい貴方でいるって約束したでしょう?」
 そっと、エリシュカを優しく抱き寄せるローザマリア。
「はわ、エリーはローザがだいすき、なの。ふわふわして、あったかい、の」
 その腕の中、血塗れた匕首を落として、幸せそうな表情を浮かべるエリシュカだった。


「――何をしている、この!!」
 本物のエリーが飛び込むのと同時に、偽者の某に銃弾を叩き込んだのはフェイである。
「こんな人気のないところで綾耶に何をしているこの無個性名無しヘタレのモブ野郎!! 死ね、今死ね! すぐ死ね!! 瞬きしてる間に死ね!!」
 一呼吸の間にマガジンがカラになる勢いで銃弾を打ち込むフェイ。ただのキノコであった某の偽者はその銃弾で砕け散り、後には意識を失った綾耶が倒れこむ。
「綾耶、大丈夫か!! ――良かった、特に何もないな……何だ、こいつは偽者か」
 とはいえ、見知った顔の植物を食べる気もしないフェイは、某の偽者をその辺に放置する。
 そこに、ティ=フォンで綾耶の居場所を察知した某と康之が現れた。
「あ、いたいた! ちみっ子もいたか……ってどうした?」
 走ってきた二人を目視し、フェイは手に持った銃に、再び弾丸を装填した。
「いやなに……どうも偽者がはびこっているようなので……ちょっと本物かどうか確かめるだけさ……」
 ぎらりと黒光りする銃口が某と康之に向けられた。
 某は慌てて康之の後ろに隠れる。

「いやちょっと待てフェイ!! その方法だときっと本物でも偽者でも関係ないとかそういう――!!」

「ご名答だ!!だが異論は死んでから語れ!!」
 思わぬ某と綾耶のラブシーンを見せ付けられていらだっていたフェイは、思う存分本物の某と康之で八つ当たりをするのだった。


                    ☆


「――アイビス、今何か言いましたか」
 一方、姿を消したローザマリアと某たちの後、朝斗とルシェン、そしてアイビスの3人は微妙な空気に包まれていた。
 会話の途中に入り込んだ『大木女』発言にルシェンの周囲の空気が凍り付いてしまったからである。

「いいえ、何も」
 ことも無げにアイビスは答えた。しかしルシェンはじっとアイビスを見つめ続ける。
「お、なんだケンカかぁ?」
 まったく事態を理解していないブレイズは呑気な声を上げるが、朝斗な内心それどころではい。
「ル、ルシェン……落ち着いて、確かに何か聞こえた気はしたけど……」
 ルシェンの発する空気にやや怯えながらも、朝斗は何とか場を取り繕おうとする。
「いいえ朝斗。はっきりと聞こえました、あれはアイビスの声だったわ」
 あわや一触即発、という空気の中、ひょっこり顔を出した人物がいる。

 アイビス・エメラルドだ。


『やあねぇ、本当のコト言われたのがそんなに気に入らないの? ほんっとに図体ばっかデカくて小さいのは器ばっかりね、おばさん』


「……え」
 朝斗もルシェンもアイビスも、ブレイズも戸惑いの声を上げる。
 確かにそこにいたのは、アイビス・エメラルド本人だ。
 その一瞬の隙をついて、そのアイビスは朝斗に向けて突進した。
「え、アイビスが二人――ってうわぁ!?」
 普通の敵であればその突進を許しはしないが、パートナーと同じ姿ということに戸惑っている隙に、朝斗はそのアイビスに押し倒されてしまう。
「ア、アイビス……うむぅ!?」

 そのアイビスは某の偽者と同タイプのキノコで、より活発に活動して獲物を探す習性があったようだ。牙ではなく、口腔から分泌する唾液状の粘液を強引に摂取させることで、恍惚状態へと押し込んでしまう。
「……ん、あむ……ちゅ……はぁ……。ふふ、どうぉ? あのおばさんとスルよりずっと気持ちいいでしょ……?」

 もちろん、その光景は端から見ればアイビスが朝斗を押し倒して、唇で唇を塞いでいるようにしか見えない。
 そして、朝斗がそれを拒んでいないようにも。

「あ、朝斗……?」
 からん、とルシェンの手から如意棒が落ちる。
「これはどういうことですか、ブレイズ!?」
 アイビスはとりあえずコトの発端であろうと目したブレイズに詰め寄り。
「いやいやいや、今回のことに関しては、俺の責任じゃ――つかそんなこと言ってる場合じゃねぇ!!」

 見ると、アイビスの朝斗を抱え込み、そのまま森の奥へと逃走しようとしているではないか。
『ふふふ……朝斗ゲーット!! このまま奥に連れ込んでもっとイイコトしちゃうんだもんねー♪』

 はっと我に返ったルシェンが、如意棒を拾い上げてその後を追う。
「も、もももももっとイイコトって何をするつもりですか!! 待ちなさい!!」
 もちろん、それで待つわけもなく、アイビスキノコは朝斗を持ち上げて森の奥へと駆けて行く。


『え、やだ、決まってるじゃなーい、朝斗だってそんな巨大大木女よりもあたしみたいな可愛い女の子の方がいいわよねー♪』


「だ、誰がきょだいたいぼくおんなですかーっ!!!」


 森の中にルシェンの叫び声がこだまする。
「朝斗を、返してもらいます……!!」
 その後を、アイビスとブレイズが追った。