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リアクション
第7章
山のヌシとの戦いは、まだ続いていた。
「ちっ……数が増えてきたな……キリがねぇぜ」
ラルク・アントゥルースは疲れた様子もなく、呟いた。
山のヌシとの一騎打ちを楽しみたいラルクだが、アカーシャ・シャスカンスやエーギル・アーダベルトのように直接戦闘に向いていないメンバーがこの場にいる以上、自分ひとりの楽しみを追求するわけにはいかない。
とりあえずこの場の敵を何とかして、安全な場所を確保したかった。
「そうですねぇ、あまり長引くと不利になりそうな気配ですねぇ」
藤原 優梨子は対照的に緊張感なく答える。彼女にとってはこうしているだけで次から次へと敵は集まってくれるし、自分の身を守る分には不足はない。干し首の材料も手に入ることだし。
「とはいえ、このままですと状況を打破できませんわね。あまり無益な殺生も好みませんし」
リリィ・クロウとナカヤノフ ウィキチェリカはアカーシャとエーギルのガードをしつつ、山のヌシによって次々に集められる魔物たちの攻撃を捌いている。
「……何しろ、すっかり包囲されているからね。……どうにかして、一点突破といきたいところだけど」
ヴィナ・アーダベルトもエーギルとアカーシャを気にしつつ、周囲の状況から、安全圏を探していた。
多少強引であっても、どこか一点を打破して戦闘向きでないメンバーを脱出させるべきだろうか。
だが、そこにアカーシャが告げた。
「……大丈夫です……もうすぐ、この状況は変わります。突然の、来訪者によって」
その言葉が、やけに確信に満ちていたので、ヴィナはアカーシャを振り返った。
「分かるのかい?」
「ええ……」
アカーシャは、すっと森のある一点を指差した。
ラルクや優梨子が山のヌシを抑えているその向こう側。
その、次の瞬間。
確かに来訪者は現れた。
☆
少し前。
山の中のちょっと開けたところで、シオン・グラード(しおん・ぐらーど)は剣術の修行に励んでいた。
「よし、ちょっと休憩しようか」
「……うんっ♪」
修行と言っても、本人のものではなく、パートナーのレン・カースロット(れん・かーすろっと)の修行に付き合う形だ。
「のどかなところだなぁ……最近まで、こんな山があるなんて知らなかったよ」
休憩がてら、シオンは森の様子を眺める。確かに瘴気が充満して動物たちは魔物化しているものの、基本的にはのどかな森が広がる山なのだ。
「そうだよね……これなら、たまに修行に来ても楽しそう……それに、今日は夕方からパーティもあるんだよねっ♪ 楽しみだなぁ♪」
レンは表情を緩め、うっとりとしている。
「……楽しそうだな」
シオンの呟きに対しても、満面の笑みで答える。
「だってパーティだよ? きっと美味しい食べ物とかいっぱい出るんだろうなぁ……楽しみに決まってるじゃない……♪」
「いや、そっちじゃなくて……剣術の修行もさ。ずいぶん、楽しそうだったから」
その言葉に、やや戸惑いの声を出すレン。
「え? そうだった? えへへ……まぁ、剣術の修行も楽しいよ……それに……」
その後が続かない。何だかモジモジとしているレンに、シオンは尋ねる。
「それに……?」
「うん……今日の修行を見てくれるのって、ずっと前に剣術を教えてくれるって約束、守るためでしょ……?
ちゃんと覚えてくれてたんだなって……嬉しいから……」
少しだけ頬を染めたレン。その表情は素直に可愛く、愛らしいものだった。
だが、シオンはその微妙な変化には気付かない。
「ああ、約束だからな」
仮に時間がかかったとしても、シオンにとって約束は果たして当然のこと。
そっけないシオンの返事に、少しだけ肩透かしを喰らったようなレンはやや白けた表情を浮かべた。
「もう、シオンったら……あ、何か来た」
その言葉に、シオンが振り向く。いや、正確にはシオンはもう気付いていた。
木の陰に、数体の魔物がこちらを伺っていたことを。
「レンも気付いたか……でも、この距離まで気付かないのは今後の課題だな……さて、次は実践の修行といくか……
いいなレン、まずは基本を忠実に守るところから。慢心や焦りが最大の敵だ」
「う、うん……」
シオンという支障の前に、少しだけ緊張したレンの表情。
ブレイズが山の入口で貸し出していた『デリシャスブレイド』をレンと共に構え、シオンは魔物をきっと見据える。
「まぁ、見たところ動物が変化した半魔物にすぎない……数体狩ったら今日の修行は終わりだ。そしたら、パーティに混ぜてもらおう」
「……うんっ♪」
元気いっぱいの返事をするレン。なんだかんだ言ってちゃんと修行と自分の楽しみを平行して考えてくれるシオンは、やはり彼女にとって魅力的な存在なのだ。
「……ところで……」
「……うん……」
『あはははーっ♪ つかまえてごらんなさーいっ♪』
「こらーっ!! 朝斗を返しなさーいっ!!」
「ブレイズ!! 責任とってどうにかしてください!!」
「だから俺のせいじゃねぇって!!」
その半魔物の後ろを、榊 朝斗を担いで逃走するアイビス・エメラルドの偽者とソレを追うルシェン・グライシスと本物のアイビスとブレイズ・ブラスの集団は一体何事なのかと。
「……何アレ?」
「さあ?」
半魔物の群れを退治しながら、その光景を見送るシオンとレンだった。
☆
「はぁ……はぁ……やっと追い詰めましたよ……」
そのルシェンは、やっとのことで偽アイビスを追い詰めた。
「さぁ……朝斗を返して下さい……」
そのアイビスは、追い詰められつつもケロっとした表情だ。
『やーよぉ、そんなに返して欲しりゃ女の魅力で取り返してごらんなさいよぉ♪』
そこで、本物のアイビスが一歩前に出て、言った。
「……私の姿でそのような不埒な行ないをしないで下さい。全く不愉快です」
それにルシェンも同意する。
「まったくよ……いつもいつも人のことを大木とかおばさんとか!!」
その言葉が自分に向けられているような気がして、アイビスはルシェンに向き直った。
「待ってくださいルシェン、それではまるで私がいつもそのようなことを言っているようではありませんか」
「あ……そうね、確かにアイビスはそんな風には言わないわね……でも、内心そう思ってるんでしょ?」
何らかの事件のたびに小馬鹿にされたようなことばかり言われているルシェン、ひょっとしてこっそりと自信をなくしていたのだろうか。
「ルシェン……偽者の言葉などに惑わされてはいけません。冷静に考えれば、それが単なる陽動だと分かるはず」
「そうね……そうかもしれないわ。でも、やっぱり気にしないわけにはいかないの……そんな簡単に割り切れないわ」
そんなことをしていると、二人の肩にそれぞれ手が置かれた。ブレイズだ。
「取り込み中、悪ぃな二人とも……俺はちょっと行くところができた。あの兄ちゃんは二人に任せていいな……?」
その言葉に、ルシェンとアイビスの二人も気付いた。
アイビスの偽者の向こう側。少し離れたあたりに、魔物の集団がいる。そして、それと戦っている数人の人間。
「……わかったわ……朝斗を助けたら、私達もすぐ向かうから……」
如意棒をぐっと握るルシェン。向こうの戦闘も気にはなるが、ここで朝斗を見逃しては元も子もない。
だが、ブレイズは首を横に振る。
「いや……その必要はねぇよ。心強い味方が来てるからな!!」
がさりと、茂みが揺れ、そこから一人の少女が飛び出して来た。木之本 瑠璃(きのもと・るり)だ。相田 なぶら(あいだ・なぶら)のパートナーである瑠璃だが、彼はここには来ていない。
「よう瑠璃!! 魔物を追ってきたんだろ!?」
ブレイズは、懐から取り出した『正義マスク』を装着する。
「ブレイズ殿!! そうなのだ、修行していたら急に魔物たちが一箇所に集まっていくので、後を追って来たのだ!!」
その瑠璃に対して、ブレイズは森の奥のほうを指差した。そこでは、山のヌシと数人のコントラクターとの戦闘が続いている。
「!! あれは大物なのだ!! ブレイズ殿、我輩と共にあちらへ向かおうぞ!! 助けが必要かもしれないのだ!!」
「もちろんだ!! 行くぜ!!」
瑠璃とブレイズの二人は、山のヌシの方へと勇んで走っていく。
その後ろ姿に、偽アイビスが叫んだ。
『ちょっと、あたしを無視しないでよっ!!』
そこに、ルシェンの如意棒とアイビスが持つ『デリシャスナックル』が炸裂した。
「あなたの相手はこっちよっ!!」
「いい加減にしてくださいっ!!」
『あーれーーー!』
元はといえば偽アイビスもただのキノコ。戦闘能力はまったくない。
あっさりと倒されて、元のキノコに戻るアイビスキノコ。朝斗は、その場で目を覚まし、目をこする。
「……ああ……ルシェン、それにアイビス、おはよう」
とりあえず無事な様子を見て、安堵のため息を漏らす二人だった。
「まったく、おはようじゃありませんよ、もう」
「無事なようですね、よかった」
☆
「皆、大丈夫かぁっ!! 助けに来たのだぁっ!!」
正義のヒーローよろしく、瑠璃は戦闘の真っ只中に突っ込んでいく。
状況は一瞬で把握できた。とりあえず敵の数の多いあたりに突進して、敵集団の真っ只中へとその身を置く。
「とりあえず、数を減らすのだ!!」
スピードを活かした戦闘が瑠璃のファイティングスタイルだ。華麗に相手の攻撃をかわしながら、乱戦を潜り抜けていく。敵の足元を転がり、すれ違いざまに拳を叩き込んでいく様子を見て、ブレイズは舌を巻いた。
「お、腕を上げたじゃねぇか!! 俺も負けてらんねぇぜ!! 正義マスク、参上!!」
叫びつつ、ラルクと優梨子が相手をしている山のヌシに突進するブレイズ!!
「グアアォォォ!!!」
「――あれ?」
山のヌシがうなり声を上げたかと思うと、腕の一本に気合が集中しているのが分かる。何らかの大技がラルクに向けて発せられようとしていたその時、運悪くブレイズがその間に入り込むような形になった。
雷のようなスピードで繰り出された山のヌシの拳が、ブレイズの腹部を捉え、そのまま大きく吹き飛ばされるブレイズ。
「どおおおわあぁぁぁっ!?」
「ブレイズ殿ぉーっ!?」
ブレイズは星になった。
「お、おのれ! よくもブレイズ殿を!! かたきはきっと取るのだぁっ!!」
「何しに来たんだ、アイツ……」
「……さぁ」
という、瑠璃とラルクと優梨子の呟きを残して。
☆
「さて、あの二人の剣術の修行なんて、くっついて行っても野暮なだけだしなぁ」
と、ナン・アルグラード(なん・あるぐらーど)は独り言をこぼした。シオンたちと同時に山に入ったはいいが、一緒にいれも邪魔になるだけなのは目に見えて分かっていたので、気を利かせて一人で食材調達に別行動をしていたのである。
「ま、適当に大物狩っていければ……って、何だありゃ」
目をやると、ロングウェーブの金髪を振り乱しながら何かを追うように走る男が見える。シャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)だ。
「ユーシス、いたか!?」
そのパートナー、ユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)は、木の上から森の向こう側を目視し、シャウラに告げる。
「いました……あっちです。私は先回りしますから、追い込んでください。……しかし、絶景ですね」
「わぁー、見るな!!」
「見るなと言っても……追いかける対象を見ずに追うのは無理というものです、さぁ、急ぎましょう」
二人は、この森の中、何かを必死に追いかけている。
ナンはその様子を眺めつつ、ニヤリと口元を上げた。
「……面白そうだ。こっそりつけてみるか」
と。
☆
山のヌシとの対戦で、ブレイズが星になったその直後。
「……来ます」
と、アカーシャが確信に満ちた声で呟いた。
ヴィナは身構えた。確かに、瑠璃が敵陣の真ん中に突撃してくれたお陰で多少戦闘は楽になったものの、まだ状況が打破できるほどではない。
そこに、突然真っ裸のシャウラ・エピゼシーの群れが飛び込んできた。その数、およそ30体。
「……何だぁっ!?」
「あらあら、これは面妖な」
「……これも、瘴気の影響でしょうか?」
「というか、何で裸なの?」
「……これが、突然の来訪者ってワケかい?」
「わー、はだかのおにいさんがいっぱいだよー」
ラルク、優梨子、リリィ、ウィキチェリカ、ヴィナ、そしてエーギルは思い思いの感想を述べるが、少なくとも30体の人間型のモンスターが突っ込んできたことで、確かに事態は動いたといえる。
「わー、最悪だ!! 何でこんなところにたくさん人がいるんだ!!」
その後を追ってきたのが本物のシャウラである。食材を狩りに来たシャウラが見たものは、30体の裸の自分が走っていく様だったのである。
誰かに見られたら身の破滅、とばかりにここまで追ってきたのであるが、その苦労は水泡に帰したといえるであろう。
後愁傷様でした。
「言ってる場合じゃない!! こうなったらこの場で始末をつける!!」
シャウラが叫んで、手にした秋刀魚を振り上げる。
「……秋刀魚だな」
「……秋刀魚ですねぇ」
「……これも、瘴気の影響でしょうか?」
「というか、何で秋刀魚なの?」
「……あれでどうやって始末をつけるのか、興味深いところではあるね」
「わー、さんまおいしそうー」
裸で走り去っていく自分を見て狼狽したシャウラが慌てて手にしたものは、秋刀魚型デリシャスウェポン『デリシャス秋刀魚』だったのである。
字面で言えば、ただのおいしい秋刀魚である。
「それすら言っている場合ではありません!! こっちに追い込んでください!!」
そこに、木の上からユーシスが声をかけた。その意図を察知したラルクと優梨子が、互いに合図をする。
「はいっ!!」
「ほらよっ!!」
優梨子が山のヌシの足元にストリングを引っ掛け、一瞬バランスを崩し、そこをラルクが渾身の体当たりで追い込む。
「グギャアアァァ!!」
「あ、こら! せっかくの罠を!!」
秋刀魚で自分の偽者を始末していたシャウラが叫ぶ。そこには、ユーシスがキットで作った落とし穴がある。本来ならこれでシャウラの偽者を捕らえたかったのだが、そこをラルクと優梨子が利用したのである。
「――チャンスなのだ!!」
そこに、様子を伺っていた瑠璃が大きく飛び上がって魔物の群れから離脱し、背中の翼を大きく広げ、上空から山のヌシに襲い掛かる。
「修行の成果、見せてやるのだぁっ!!」
「ギャアアオオアァァァッ!!!」
目にも留まらないスピードで、瑠璃の拳が繰り出されていく。瞬時に七回もの攻撃を繰り返す神速の七連撃、『七曜拳』である。
その攻撃で山のヌシに大ダメージが与えられた。そこに、またもや突然の闖入者。
ナン・アルグラードである。
手に握られているのは、従者の獣人『山田』。
「……何だありゃあ」
もういい加減突っ込み疲れた、という風情でラルクは呟いた。
『山田』はナンにいつの間にかついてきた猫型獣人である。だが、問題はそこではない。
問題は、その山田が片手にデリシャスブレイドをしっかりと握らされ、そこを縛られて括りつけられていることである。もう反対の手には、当然のようにデリシャストライデントが括られている。
そして、山田の両脚を持つようにして、ナンは構えを取っていた。
「……おいおい……無茶苦茶だろ……」
「なかなか、ユニークですね……」
ラルクと優梨子の呟きを無視して、ナンは山田を構えたまま山のヌシに突進する。山田の両脚を掴み、そのまま振り回すことで強力な遠心力と長いリーチを得ることができるのである!
「まぁ、細かいことは気にするなっ!!」
「にゃあああぁぁぁっ!?」
大獣人斬りであった。
ナンの雄叫びと山田の悲鳴が山中にこだまする。それでも山田に括りつけられたデリシャスブレイドは山のヌシに的確にヒットし、次々と深手を負わせていく。
2撃、3撃。
「ギャウッ! グギャア!! ガウァアアアァァッ!!!」
「にゃうっ! にゃにゃあっ!! あにゃあああぁぁぁっ!?」
「よし、トドメだ!!」
さらに、山田を器用に持ち替え、デリシャストライデントを構えさせるナン。複数回の斬撃で動きを止めさせた山のヌシをロックオンしたまま、トライデントをしっかり握り締めた山田の胴体を持ち上げ、思い切り振りかぶって、片足を高く上げた。
「必殺、山田シュートッ!!!」
すっかり悪ノリしたナンから、山田がカタパルトのような勢いで山田が射出される。
トライデントごと山田は山のヌシの胴体に深く突き刺さり、それが最後の一撃となった。
そのトドメの一撃と共に、山の隅々まで山田の叫び声がやけに長く響き渡った、という。
「あにゃああああああぁぁぁぁぁあぁあぁぁあああぁぁぁぁあぁっ!?」
以来、この森は『猫鳴きの森』として後世まで伝えられることになったとか、ならなかったとか。
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