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リアクション
●暗躍の証拠
船上で、婚約パーティが執り行われている頃。
カツーン!
「……何かしら?」
ここは、武器商の住む屋敷。
部屋の掃除中、何か硬いものが窓にぶつかる音を聞きつけたメイドは、不思議そうに首を傾げ、庭を見渡す出窓を開ける。
鳥でも来て、窓をつついたのだろうか?
「ごめん、眠ってねっ!」
「?!」
窓の下に身を潜めていた紅鵡は、窓が開くと素早く部屋の中に飛び込み、メイドの鳩尾に一撃食らわせ気絶させた。
「後でちゃんと助けるから、しばらく我慢してね」
紅鵡は、手早くメイドの服を脱がせ縛り上げると、口に布をかませ、クローゼットへ押し込む。
暴れても戸が開かないよう、近くの鏡台をその前に引きずり移動させる。
「よかった、服のサイズもちょうどいいみたいだね」
紅鵡はそう言って、彼女の着ていたメイド服に着替えすり替わる。
「笹奈、どう? 上手くいった?」
そう言って、窓から入ってきたリネン。
「バッチリだよ。ボクは、武器庫か宝物庫を探してみるよ」
「じゃぁ、私は書斎の方へ回るわ。今のうちに、何か悪事の証拠がないか探してくるわね」
悪事を暴く証拠探しをするなら、マレークが婚約パーティに出かけていない今は、絶好のチャンスだろう。
手分けする二人。
広い屋敷を、リネンは身を隠しつつ、紅鵡はメイドに成り代わり堂々と調べる。
やがて、地下に宝物庫らしき場所を見つけた紅鵡は、扉を開けようとするが、鍵がかかっているため入ることが出来ない。
(「壊そうか、それとも……」)
紅鵡が迷っていると、不意に携帯が鳴る。
仲間からのメールのようだ。
何かの連絡だろうか? 紅鵡が、メールを開こうとした時、リネンからの着信が入る。
「そっちはどう?」
「宝物庫は見つけたよ、ただ、厳重に鍵がかかってるから、壊すかどうかまよってる」
「そう。こっちは、書斎でいいものを見つけたわ。裏帳簿、顧客の名前まで丁寧に書かれてるわ。犯罪組織の名前でびっしりよ」
さすがは義賊、といったところだろうか、いち早く重要な書類を見つけたリネンは、そう報告する。
「それと、メールだけど。私達の仲間が、婚約パーティを隠れ蓑にした武器の裏取引を暴いたそうよ。でも、当局に引き渡す前に、武器商のマレークに逃げられたみたいなの。どうやら、彼は有能なボディーガードを雇ってるようね」
「逃げ出した……自分の悪事の発覚を恐れて、証拠を処分するため、慌ててここへ戻ってきそうだね」
「ええ、私もそう思うわ。相手は焦っているでしょうし、一度は必ずここへ戻るはずよ」
「……それなら、ボクはこのままメイドとして館に潜伏するよ。きっと、自分からここを開けるはず。しっかり、彼の様子を調べるよ」
「了解。じゃあ、私はこれを持って一足早く失礼するわ」
そうして、待つこと数十分。
血相を変えた館の主、マレークが、慌てた様子で帰宅した。
「おかえりなさいませ」
「クソ、クソ! おい、宝物庫の鍵を渡せ! それから、俺はしばらく旅行に出る。この屋敷は任せたぞ!」
「これは急に、一体どうなされたのですか?」
「うるさいっ!」
戸惑う館の執事から、乱暴に鍵を受け取ると、マレークはどこかに電話しながら、どかどかと地下の宝物庫へ急いだ。
「……オレだ。直ぐに会いたい。……そうだ、裏取引がバレたんだよ! アンタから預かってる盗品が何個か家にあるだろう? 困るんだよ! あぁ……あぁ、十分気をつけるさ。じゃぁ、また後でな」
(「成る程、追い詰められて、ボロを出したな」)
ニッとほほ笑み、紅鵡は、素知らぬ顔をして宝物庫のマレークに声をかける。
「旦那様、何かお手伝いするよう言われてきたのですが?」
「なんだ、貴様。手伝えなど何も……いや、急いでいる、そこにある絵画をこの鞄に詰めてくれ! あと、棚の3番目にあるネックレスもだ」
「分かりました」
袋の中に、次々品物を詰める紅鵡。
それがどんなものか、忘れないようしっかりと記憶する。
一方で、武器商の男を尾行する予定のカルと惇、そしてルカルカの3人は、館の外、物陰に隠れ張りこんでいた。
「思ったより早い展開だけど、しっかり後をつけさせてもらうよ」
ルカルカは、そう言って録画するための機材をチェックする。
「僕は、なんとかアイツに取り入って、情報を引き出してやるぜ」
と、カルは言った。
やがて、落ち着かない様子で屋敷から出てくるマレーク。
肩に重そうな鞄をしっかりと掛け、サングラスで目元を隠している。
車の乗り込むではなく、彼は周りを気にしながら歩き出す。
人通りの多い道に入り、再び人気の少ない路地へ。
見失わぬよう慎重に距離を取るカルだったが……。
突然、振り返ったマーレクは、カルを睨みつける。
「さっきから、こそこそオレの後を付け回して……何のようだ?」
(「しまった、気づかれたか」)
「哀れな子にお恵みを! 慈悲深い旦那様に神様の恩寵を! 施しを、旦那様」
「アッチへ行け、物乞いなら他を当たれ!」
マレークが、眉をひそめそう吐き捨てる。
「お見受けした所、旦那様は立派な身分につくおかたに見える。どうか、この哀れな子にいくらか恵んでくださいませんか?」
「うるさいぞ、俺は急いでいるんだ。アッチへ行け!」
気がたっているのか、彼は、カルに向かって拳を振り上げ殴りかかる。
「おいおい、なんだなんだ? だいの大人が、こんな子供に向かって暴力かい? ちょっとみっともないんじゃないか?」
そう声をかけたのは、惇だ。
後ろから密かにカル達の様子を窺っていた彼は、揉めているのに気づき通行人のふりをすると、すかさず助け舟を出す。
「チッ!」
舌打ちしたマレークは、踵を返すと再び歩き出す。
どうにか切り抜けたらしい。
胸をなでおろし、再び尾行を始めようとした、その時だった。
ブーン!!
大きな羽音を立て、突然ハチの群れが彼らに襲いかかる。
「な・なんだ?!」
「いけない、カルカー、後ろに下がるのだ!」
惇は、すぐさま彼を後ろに庇い、守りを固める。
「油断するな、奴を守る何者かの攻撃だ」
しかし、このままではマーレクを見失ってしまうだろう。
どこに敵がいるのか掴めないが、これなら!
カルは、スプレーショットで首位全体を攻撃する。
物陰に隠れていた刹那の頬を、カルの攻撃がかすめる。
「……奴は、能力者か」
そうであれば、捨て置く訳にはいかない。
刹那は二人の前に姿を現し、刀身に凍てつく氷の闘気をまとうと、二人を攻撃する。
「クッ!」
その攻撃をなんとか受け止める惇。
刹那は、物陰を利用し素早い動きで移動しながら、攻撃を繰り出した。
「うあっ!」
斬りつけられ、肩口を押さえ膝をつくカル。
強い。
二人がかりでも、押されている……!
(「どうしよう、ここでアイツを追うか、それともっ……!」)
そんな様子を、上空から見ていた人物がいた。
ルカルカだ。
二人を助けるか、尾行を続けるか……二者択一を迫られる。
(「ここで私がマレークを見失えば、きっと大変なことになる。でも、襲われている二人を見捨てるわけにも行かないしっ……!」)
そんな時だ。
バッサ、バッサ!
力強い羽音が、上空に響いた。
「悪いが、お主らはここまでじゃ。障害は、排除させてもらうぞ」
冷たい大人びた口調で、刹那はそう言い放つ。
とどめを刺そうと、刀を上段に振り上げた、その時だった。
上空にペガサスが現れ、そこから一人の女性が飛び降りる。
刀身がきらめいたかと思うと、彼女は神速の速さで刹那に斬りつける!
「うあっ!……誰じゃ?!」
「私が誰か、顔を見れば分かるわ」
「……まさか、『天空騎士』? タシガン空峡の義賊が、こんな場所に?!」
口端を噛む刹那。
これは……こちらの分が悪いと言わざるおえない。
すると、
「このような小さな町にもお出ましとは、意外です。それとも、天空騎士様は、それほどにお暇なのですか?」
ゆっくりと、そう言って物陰から現れる人物。
穏やかなほほ笑みを浮かべてはいるものの、その身のこなしには隙がなく、殺気のようなものが感じられる。
「そう構えないでください。私は非戦闘員ですので……ですから……!」
突如、空間を飛び越えたかのように、鋭利な刃が続けざまにリネンを襲う。
ファンドラの攻撃は、リネンがダメージを受けるようなものではなかったが、彼女の気を逸らすことには成功した。
その攻撃に合わせ、刹那は周囲にしびれ粉を撒く!
噴煙の向こうに、姿を消す二人。
「大丈夫?」
「リネンさん、助かったぜ」
カルは、そう答え額の汗を拭った。
「すまぬ、あの男の追跡は?」
少々申し訳なさそうに、そう尋ねる惇に、リネンが答える。
「ルカルカが追ってるわ、安心して。それに、きっとマーレクは、今ので完全に追手を振り切ったと思い込んでいるはずよ。この作戦、きっとうまくいくわ」