リアクション
第10章 出現。もしくは次回への展望
「自分が口説く相手の名前も知らないとは……とんだドン・ファンですね」
数日ぶりに意識が戻り、保健室から戻ったエメ・シェンノートが、また別の美少年を口説いていたヘルに言う。
「何を言ってんの、君?」
いぶかしんで聞くヘルに、エメは言う。
「彼の名はセイル・アレン。我が身と引き換えに聖なるサファイア『ブルーストーン』を使って、人々を食い殺す邪悪な魔獣ナグルファルを封じたそうです。彼が教えてくれましたよ。セイルは体を石と変え、石像となっても魔獣を封じ続けてきたそうです」
ヘルがエメをじろりと見て言う。
「頭を打って寝てる間に、そんな夢を見てたんだ。面白いね」
「……本当に夢でしょうかね?」
「現に夢じゃないか」
タシガン北部の山地に多数の巨大モンスターが現れたので助けて欲しい、との知らせが薔薇の学舎に寄せられる。
ジェイダス校長はイエニチェリや腕利きの生徒たちを引き連れて、モンスターの駆除にあたるため学舎を発った。
神無月 勇(かんなづき いさみ)がふらふらとした足取りで、ヘルのもとに現れた。その瞳は曇り、意思が感じられない。
ヘルが魔性の笑みを浮かべて、彼に手を差し伸べる。
「来たね。そろそろ例の物を渡してもらおうか」
勇は携えてきた本物のエンジェル・ブラッドを、ヘルに手渡した。宝石を受け取り、ヘルはほくそ笑む。
「いいコだ。ちゃんとご奉仕できたね。……後は孵すだけか」
ヘルが掲げた先で、紅い宝石は内部から禍々しい光を放つように見える。
彼はエンジェル・ブラッドを持って、その場から忽然と姿を消した。テレポートしたのだろう。
しばらく惚けたように立ち尽くしていた勇が、ハッと我に返る。
「……わ、私はいったい何を……?!」
勇はようやく気づいた。ヘルに操られ、手に入れたエンジェル・ブラッドを渡してしまったのだ。ヘルはそもそもの始めから、勇たちが宝石を守るために手に入れるつもりだったと、感づいていた気がする。
薔薇の学舎の校庭に異変が起きた。
空間が歪み、そこから闇のような瘴気が噴き出した。校庭は見る見る腐敗した沼に変わっていく。
ヘルが軽い足取りで、その沼に入っていこうとする。
「お、おい、危ないぞ?!」
校庭の異変に驚き、駆けつけた生徒の一人が止める。しかしヘルは楽しげにエンジェル・ブラッドを掲げて見せた。
「愛しの君ナグルファルを、ナラカの瘴気にあてて、外に出してあげようと思ってね。校長先生たちが戻るまでには、孵せると思うんだ」
そしてヘルは沼に沈むことなく、泥の表面をすべるように奥へと行ってしまう。
腐敗した沼は霧が立ち込め、その奥に何があるか分からない。
空間が歪んでいるためだろう。距離の感覚が異なり、沼は校庭よりも遥かに広いようだ。
沼の表面が波立つ。泥の中から、巨大ヤドカリのような生物が何十匹も現れる。ダンジョン実習の際、最奥部にいたものと同じモンスターだ。
「ぎゃあああああ!!」
運悪く校庭で作業中だったシャンバラ人の校庭整備員が悲鳴をあげた。
2mを越える巨体ながら、ヤドカリが高く跳躍して整備員に飛びかかり、体の下部にある巨大な口でくわえこんだ。そのまま整備員の上半身を食いちぎり、噛みくだいて食べてしまう。他のヤドカリも群がって、飛び散った足や臓物を食いはじめる。
様子を見に行っていた生徒たちは、急いでその場を逃げ離れた。
巨大ヤドカリは今のところ、沼から外には出ないようだ。
ヤドカリの大きさから考えると、沼は深さ30〜50センチだろうか。彼らは沼の中でも動きを制限される様子もなく、動き回っている。
校舎内。ヘルから智彦の携帯に電話がかかってくる。
「はいはーい」
「僕だ。君は砕音が何かおかしな動きをしないか、見張っててよ。僕を邪魔するようなら拘束しちゃって。ただし殺すなよ、絶対に」
「むずしい事はよく分かんなーい」
「……この役立たずゴーレム。人間に化ける以外にも、もっと機能をつけておくんだったな。じゃあ、僕が洗脳したコたちに『今すぐ拘束しろ』って頼むからいいよ」
「はーい」
電話が切れる。智彦の周囲にいた生徒たちは、もれ聞こえた話に唖然とした。
その場にいた砕音は首をかしげる。
「なんでヘルって奴、俺にこだわってるんだ? ん?」
今度は砕音の携帯が鳴った。見覚えのない番号からだ。
「もしもし、どちら様ですか?」
「やあ、砕音。これから僕の配下の色々な連中を使って、君を縛りに行ってあげるから、悦んでよ。君、そーゆーの大好きだもんね」
近くにいた生徒が「ヘルの声だ」と教える。砕音は言った。
「ヘル・ラージャ君? こっちに集まってる情報だと、君が魔獣ナグなんとかを復活させるんじゃないかって話があるんだけど?」
「うん、彼の封印が解けたら、さっそくタシガン市民を大量殺戮しちゃうつもり。ちなみに沼のヤドカリも、そろそろオナカが減って、街にエサを捕りにいくと思うよ。……まあ、でも砕音が僕の奴隷になってくれるっていうなら予定変更もアリだから、いつでも連絡してよ。じゃあね」
ヘルからの電話は切れた。
「……とりあえず、あのヤドカリは退治しておこうか」
砕音は、金ダライなどの備品を入れたコンテナに向かい、爆薬の詰まった箱を開ける。ダンジョンでヤドカリを爆破したのと同じタイプの爆薬が詰まっていた。
「戦争でもするのか?」と誰かがつっこんだ程の量だ。ヤドカリ一匹に一個を使っても、十分以上にあるだろう。
砕音は生徒たちに注意する。
「誘導して爆破の罠にかけようって話だよ? 実習用に道具はそろってる」
そして砕音は手短に、巨大ヤドカリ型モンスターについて説明した。
・パラミタでは新種。ナラカ産だと言っても、信じてもらえない。
・高さ3m、前方方向に5〜6mほど跳躍可能。
・目はたいして見えず、温度と嗅覚、振動で周囲を感知。
・カラも体の一部だが、硬さは鋼鉄以上。魔法防御は低いが、カラは火や冷気も弾く。
・体の防御も高めだが、カラに隠れた奥の方は柔らかい。
・口やハサミは、一撃で人体を食いちぎる力がある。
・直線なら時速40kmで走行。カーブや角は苦手。
・頭脳は虫レベルと思われる。群れでも、それぞれが勝手に行動する。
・動くとガシャガシャと音がする。
・カラにこもって岩に擬態し、近づいた人や動物を襲うこともある。
・肉食。生きたエサを好む。今後、人間や家畜を主食にする可能性大。
・たまにハサミを振って踊る。理由は不明。
・現在の生徒が(爆薬なしで)一対一で戦闘すれば、まずヤドカリ側が勝利の見込み。
「……ずいぶんと詳しいな」
誰ともなく言うと、砕音は肩をすくめる。
「この前、知り合いから個人的に依頼されたんだ。『入手したばかりの城がヤドカリだらけだから駆除してくれ』って。ノンキな仕事だと思って行ったら、あの巨大ヤドカリが城中いっぱいだった。食われた奴が何人もいたから、おまえたちも気をつけろよ」
窓から様子をうかがうと、すでに一部のヤドカリは沼から出そうだ。沼全体では百匹近くいるかもしれない。
そして、この沼にいるのはヤドカリだけとは限らない。奥には、もっと強力なモンスターが潜んでいる可能性もあるのだ。
シナリオガイドでご注意させていただいた通り、今回、性別と外見性別が共に女性のPC(MC、LC共に)は薔薇の学舎に入れませんでした。詳しくは第1回シナリオガイドのマスターコメントをご参照下さい。
アクションのメインが罠の勉強だったPCには称号「初級罠講座終了」をお付けしていますので、ご確認ください。ただし、これは受講した事を証明するものでしかありません。実際に罠に対応できるかどうかは、スキル、アクション、能力値により判定されます。称号があっても実力が伴わない場合、ペーバードライバー的な扱いになるでしょう。
またダンジョン実習の生徒向けに多くの弁当を用意したPCには称号「乙女の手作り弁当お届け隊」をお付けしていますので、こちらもご確認ください。
ちなみに、あーる華野筐子さんのお弁当は有料だったようですが、現状でマスターがPCの所持金を操作する事はできませんので、食された方も筐子さんも所持金の増減はありません。
本文中では演出上、正体をハッキリ書いてはおりませんが、怪盗133はPCのある方です。
次回、人食いヤドカリと戦う場合、今回本文中で砕音がやった戦闘方法をとるには、能力値で体育10以上かつ音楽21以上が最低限、必要になります。もっとも、複数PCが協力して上手くいった場合には、この数値より下でも可能でしょう。
なお次回、PCが何も働きかけをしなかった場合、シモンは「途方にくれている」、バロムは「ヤドカリと戦う」という行動になります。