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リアクション
第5章 トラップ実習(前編)
タシガンの郊外に、そのダンジョンはあった。
古くは魔王信仰の場とされていた隠し寺院だったそうだ。しかし、その邪教も千年以上も昔に退治されている。
以降、ダンジョンはたまに流れついたゴブリンの巣などになったりしながらも、おおむね涸れた状態で放置されていた。
砕音はこの涸れダンジョンを、トラップの設置及び解除の実習地として選んだ。
その実習が始まる、しばらく前。
ダンジョン入口の前に、二人の生徒がやってくる。
「うう……ねえ、本当にやるのぅ?」
メガネをかけた、見るからに気弱そうな少年、薔薇の学舎生徒の皆川陽(みなかわ・よう)が泣きそうな声で聞いた。
「あったりまえじゃ〜ん」
彼のパートナー、シャンバラ人のテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は能天気に言う。
陽は不安そうだ。
「でも……イジメなんて……」
しかしテディはまったく聞いておらず、自信たっぷりに宣言する。
「顔が良いほうが正義! だから、顔が綺麗なシモンが100%正義!
てーことで、生徒に手を出す悪い先生は、超ウルトラスーパーやっつけるよ! 悪者とか超やっつけて正義を守ってシャンバラ大復活〜!!」
あさっての方角を見てノリノリに盛り上がっているテディを、陽は止めることができない。
これまでも陽はテディにせかされて断れず、ドアに黒板消しを挟んだり、授業で使うペンを書けない物にすりかえるなどしていた。
しかし黒板消しは、偶然通りかかった守護天使グレッグ・マーセラスがかかってしまった。書けないペンは、砕音が持っていた自分のペンを出して、何事も無かったように回避されている。
それが逆にテディを、やる気にさせてしまった。
「さあっ、悪者一味がやってくる前にウルトラ正義な罠をしかけに、れっつらごー♪」
テディは、何が入っているのか分からないダンボール箱を両手に抱え、はずんだ足取りでダンジョンに入っていく。
陽は重い足取りで、テディに続いた。そして天に祈る。
(ああ……先生やイエニチェリに怒られたり、学校から処分を受けるような事になりませんように……)
「この罠の授業は、まさにローグのウェルロッドのためにあるようなもんだぜ!」
パラ実のローグ、ナガンウェルロッド(ながん・うぇるろっど)は一日も早くトラップ解除の技能を修得しようと、ノリノリで授業に臨んでいた。
彼は見た目が女なので、薔薇の学舎の生徒から女子ではないかと怪しまれることもあった。その度にウェルロッドは
「じゃあ確認しようか? ああすぐしよう、今しよう、そこでしよう、ちょうど死角になっているから大丈夫、さぁさぁ」
と確認させていた。
ウェルロッドが女装しているのは、その方がローグの仕事がしやすいと考えているから、またズバリ面白いからである。
実習では、生徒が数人づつの組に分かれてダンジョンに入る。
ウェルロッドも蒼空学園生徒の暁晴謳(あかつき・せいおう)、薔薇の学舎生徒の北条御影(ほうじょう・みかげ)と共に迷宮に踏み行った。
御影のパートナーで、常にニヒルな笑みを浮かべた白茶のパンダもどきのゆる族マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)が無責任に宣言する。
「お告げによると、今日のラッキーアイテムは金ダライアルよ!」
しかし御影はマルクスを完無視した。
「ダンジョンのトラップ探知とか……。ったく、かったりーから……さっさと終わらせてやる」
彼らは、罠に注意しつつ先を進んだ。少し行くと、長くまっすぐな一本道にさしかかる。
「何だか嫌な感じだね……」
「まっ、他に進めそーな場所もないから行くしかないんじゃない?」
警戒する晴謳に、ウェルロッドが軽い調子で言う。
「ラッキーアイテム大量ゲットの予感アル!」
マルクスが不吉な事を楽しそうに言う。四人は警戒を深めながら、長い通路に入っていった。だが予想に反して、何十m進んでも何も無い。
「行き止まりか?」
実習用に貸与された懐中電灯が、突き当たりの岩肌を照らし出す。
手前には球体に近い、丸い岩がある。突然、その岩が生徒たちに向かって転がり始めた。狭いまっすぐな通路に、やりすごせる場所は無い。
「うわっ、こういうの映画で見たことある!」
「バカ言ってねぇで逃げるぞ!」
なぜか嬉しそうな悲鳴をあげるウェルロッドに、御影が警告する。すでにマルクスはいち早く、その場を逃げ出している。
「我は金ダライしか聞いてねーアルよー!」
四人は今来た道をかけ戻る。
だが晴謳は何かが頭にひっかかる。
(何かおかしい。それに微妙に魔力を感じる。……もしや!)
晴謳は意を決して、その場に立ち止まった。
先を走りながらも仲間の動きに気を配っていた御影は、すぐに晴謳がいない事に気づく。
(あいつ、岩の下敷きに?! いや、ンな物音はしてねえ。じゃあ、この逃げ隠れできない通路でどこに?)
御影は迷ったものの、度胸を固め、そこに立ち止まる。迫ってきた岩は御影に激突するかに見えたが、次の瞬間、彼の体をすり抜けた。岩は幻影だったのだ。
通路の向こうに立っていた晴謳が、御影に手を振る。
「御影も見破ったんだね。さすがローグだ」
「まぁな。暁が見破ってくれたからってのもあるんだが。なんで分かった?」
負けず嫌いな御影は、晴謳が先に仕掛けを見破ったのが悔しい。対するウィザードの晴謳は穏やかに笑い、説明する。
「この通路には、なんとなく魔力を感じていたのもあるけど……。一番分かりやすかったのは、この通路が平坦だって事だね。それなのに、岩があんなスピードで僕たちに向かって転がってくるのは変だと思ったんだ」
一方、幻の岩に追われて通路を走っていったウェルロッドとマルクスは、通路を出た所で金ダライに見舞われていた。
「よっと。金ダライ、ゲットだぜ! な〜んて☆」
ウェルロッドは降ってきたタライを機敏に頭上でキャッチする。
マルクスの頭には、がーーーーん! と盛大な音を立てて金ダライがヒットした。
「ふっ、こんな攻撃、我のぶ厚い毛皮なら全然へっちゃらアルよー☆」
彼は常日頃から「中の人などいないアル!」と宣言しており、けして茶色パンダもどきの着ぐるみを着ているのではなく、毛皮なのだと言いたいらしい。
降ってきた金ダライに、何かメモが貼り付けてある。
「罠の中には、単純にダメージを負わせるのではなく、探索者の注意をそらせたり、焦らせて判断を誤らせる性質の物もある。これらを、いかに組み合わせて設置するかが、腕の見せ所」
メモにはそう書いてあった。
晴謳と御影が、二人の様子を見にやってくる。岩の幻影は、通路を出た所で消滅していた。
晴謳は感心した様子だ。
「進入者の行動を先読みして仕掛けられた罠だね。こういう精神的に相手をはめるトラップは興味深いよ」
ダンジョンの外。ヴァルキリーのフェイル・ファクター(ふぇいる・ふぁくたー)が静かにたたずんでいた。身じろぎする事もなく、美しい立像のようにすら見える。
フェイルはパートナーの暁晴謳について研修に来ていた。学舎の女人禁制の決まりは理解しているので、晴謳が授業を受けている間、ずっと敷地外で待っていた。
なお罠実習で使うダンジョンは学舎敷地外ではあるが、薔薇の学舎の授業に女性が参加する事はやはりできない。
フェイルは崇拝にも近い気持ちを持つ晴謳の無事を祈りながら、ただひたすらに待ちつづけた。
晴謳が授業で活躍している事を知れば、彼女は喜ぶだろうか。それとも彼ならば当然の事と受け止めるだろうか。
シャンバラ人クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)はパートナーのクリストファー・モーガンとは別行動で、罠の授業に参加していた。
数人づつでダンジョンに入るため、今は順番待ちをしている。
(ナイトのボクの場合、金ダライが降ってきても颯爽と避けるのが薔薇の学舎生徒として正解かなぁ)
クリスティーは周囲にいる、他校の男子生徒をなんとなく見る。パートナーから「身体に合った恋愛でも試したら?」と言われてはいたが。
(やっぱり、ちょっとそれは勘弁してほしいよ……)
クリスティーはため息をつかずにはいられなかった。
「ううむ、狭い所は苦手だ」
ジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)は巨体を丸め、頭を気にしながらダンジョンの通路を進む。
彼は、身の丈3mにツンツン逆立った髪型と、いかにもパラ実生といった外見だが、実は蒼空学園の生徒である。温和な彼には、パラ実は怖すぎたのだ。
授業に意気込み、この一行の先頭を行く薔薇の学舎生徒クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が足を止める。
「脇道だな。奥に何かあるよ」
それを聞いて、クライスのパートナーの男性ヴァルキリーローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)とイルミンスール魔法学校の高月芳樹(たかつき・よしき)も10m程の短い脇道を覗きこむ。残るジェイコブは巨体のために、遠慮して後ろに控えていた。
「なんらかの装置のようだな」
芳樹が懐中電灯で、道の奥を照らして言う。装置にはレバーがついており、上か下に動かせるようになっていた。
クライスが笑いとばす。
「これは見るからに怪しいじゃないか。罠があるに決まっている」
すると、後ろからジェイコブがボソッと言う。
「まあ、罠の授業だしな。せっかくの授業なんだ。罠にはまって実際にどんな物か確認してみないか?」
ジェイコブの意見に、芳樹も賛成する。
「そうだな。こういう装置にどんな罠が設置されているのかも気になる。じかに試す良いチャンスだ」
だが慎重論を取るクライスは、反論する。
「でも、この前の講義でもやったけど、こういう通路には……」
クライスが講義のノートを開いて二人に説明を始めると、彼を主として仕えるローレンスが言った。
「主よ、罠に関する知識は、実は私達には余り重要ではない。私達に最も必要なのは……」
ローレンスはやにわに、クライスを通路の奥に突き飛ばした。
「うわっ?!」
クライスの足に、透明な糸が引っかかる。とたんに金ダライが落ちてきて、クライスの脳天に命中した。
ローレンスはそしらぬ顔で、言葉を続ける。
「私達に最も必要なのは、例え罠にかかっても、動じずに冷静に対処できる強き心だ」
「うう……努力するよ……」
ジェイコブと芳樹の気の毒そうな視線を感じながら、クライスはそれでも真面目に言った。
彼らは、気を取り直して通路奥の装置を調べることにした。
「タライを上げるという観点から、レバーは上か?」
芳樹がレバーを押しあげた。ガン! 金ダライが降ってきた。
「上でダメなら、下だろう」
ジェイコブがレバーを押し下げる。ゴン! やはり金ダライが降ってきた。
「この装置、おかしくなってるんじゃないか?!」
クライスがレバーは引っ張ると、それは装置からスポンと抜けてしまう。
ガラガラガラガラ!!!
大量の金ダライが雨あられとクライスたちの上に降ってきた。
通路の外で一行を見守っていたローレンス(タライの被害ナシ)が言う。
「重ねて言うが、私達に最も必要なのは、例え罠にかかっても、動じずに冷静に対処できる強き心である」
(こ、これも立派な騎士になるための試練なんだ……)
金ダライに埋もれながらクライスはそう考えて、ちょっとばかり折れそうになった心を奮い立たせた。
降ってきた金ダライのひとつに、こんなメモが貼ってある。
「探索者の好奇心や欲を逆手にとって、何をやっても罠が作動するだけのエリアもある。袋小路や他に出入口の無い部屋は要注意」
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