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都市伝説「地下水路の闇」

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都市伝説「地下水路の闇」

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SCENE・1

「ごめんなさいですぅ……。私がパニックになったせいで、レイディスとサミュエルまで迷子に……」
 シャーロットはレイディスに抱き付きながら、グスグス泣いていた。二人の横にいたサミュエルは、シャーロットの頭を撫でながら言う。
「シャロ、大丈夫だヨ。俺もいるし、レイディスもいるからネ」
 シャロは泣き腫らした目でレイディスを見上げるが、レイディスは顔を赤らめ両手はシャーロットを抱き締められず、空中に浮いたままだった。そんな不器用な友人に、サミュエルは苦笑いを浮かべる。
 泣いて落ち着いたシャーロットは、レイディスから離れ辺りを見回す。懐中電灯の光では照らすのにも限界があり、奥のほうまでは見ることができない。
 シャーロットが離れて、調子を取り戻したレイディスも辺りを見回す。少し考え、
「……とりあえず、こうなっちまったらしょうがねえよ。なりゆき任せの脱出と行こうぜ。おっ! 『なりゆき隊』っていうのはどうだ? 隊って言っても、三人だけだけどよ。ははっ」
 レイディスの言葉に、やっとシャーロットにも笑顔が戻る。サミュエルもその案に乗る。
「なりゆき隊って良いネ。どうせレイディスはひどい方向音痴だから、なりゆきに任せても地図を見ても一緒だしネ」
「サミュエル……てめえ! 聞き捨てならねえこと言いやがったな!」
 レイディスはサミュエルの胸倉を掴むが、50センチ以上も背の高いサミュエルの胸倉を掴んでも、レイディスがぶら下がっているように見える。シャーロットの笑い声が地下水路に吸い込まれていった。
 レイディスを先頭に、シャーロットを挟む形でサミュエルが殿を歩いていく。
「ん?」
 レイディスが足を止める。シャーロットとサミュエルも足を止める。サミュエルは前へ出て、シャーロットの横に並ぶ。
 レイディスが照らす懐中電灯の光の中、それは姿を現わした。
 それは大きさは中型犬ぐらいだが、黒いナメクジのような姿に幾つもの触手が伸びていた。
 コイツが地下水路の化け物かよ……!
 レイディスはカルスノウトを持つ手に力を込め、振り返らずにサミュエルに怒鳴る。
「……サミュエル! シャロを連れて逃げろ!」
「レイディス!」
 サミュエルはランスを構えて前に出ようとするが、
ビュッ!
 化け物から触手が飛び出し、レイディスの足首に絡みつく。
「うわっ!」
 レイディスは転ばされるが、何とかカルスノウトを地面に突き刺し引き摺られるのを拒む。
「この化け物!」
 サミュエルはランスをレイディスの足に絡みつく触手に突くが、全く手応えもなければダメージを受けた様子もない。
 レイディスはサミュエルに叫ぶ。
「サミュエル! 早くシャロを連れて行け!」
 震えていたシャーロットは泣きながら、何度も首を横に振る。
「ダメ! ダメです!」
 サミュエルはレイディスとシャーロットを交互に見て迷うが、レイディスはジリジリと化け物のほうに引き摺られながらも、再び叫ぶ。
「サミュエル! ……シャロを頼む」
「……くっ」
 サミュエルは無理矢理レイディスから顔を背け、暴れるシャーロットを抱き上げた。
 その瞬間、サミュエルの横を何かが横切る。
「えっ?」
 サミュエルが振り返ったとき、
「爆炎波!」
 ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)が叫びとともに化け物に剣を振り下ろす。剣から炎が噴き上がり、化け物の全身を炎が包み込む。
「さあ、今のうちに。ヒールを」
 ベアのパートナーのマナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)が、触手が外れたレイディスに足首に手を当てる。足首は青黒く腫れていたが、マナの掌から淡い光が溢れ腫れが引いてくる。
 化け物は炎に包まれたまま、水路へ飛び込んだ。
「……逃げられたか」
 ベアは化け物の消えた水路を見詰めたまま、小さく息を吐いて剣を納めた。
 突然のベアたちの登場に呆然としていたレイディスたちだが、
「あ、レイディス!」
 シャーロットはサミュエルの腕を抜け出し、レイディスに抱きついた。レイディスは照れながらも、今度はシャーロットをそっと抱き締める。
「あー……取り込み中に悪いが、お前さんたちも少女の友達を探してるのか?」
 ベアは頬を掻きながら問いかける。はっと我に返ったサミュエルは慌てて首を横に振る。
「俺たちは脱出口を探してて」
「そうか。自分たちは少女の友達を探しているんだよ。お互い無事を祈ろうぜ」
 ベアはそう言うと、振り返らずに行ってしまう。マナは小さく手を振り、ベアに寄り添い歩いていく。
 
 マナはベアに訊く。
「ベア、本気であの食堂の少女の言うことを信じる気? 罠かもしれないわ」
 ベアは不器用に片眼を瞑って答える。
「信じるさ。例え99%が罠の可能性があっても、1%でも信じられるなら……俺は信じるさ!」
 マナは笑いながら言った。
「相変わらずね。いいわ。行きましょ! ベア!」


  暗闇の中、マントで体をすっぽり包み込んだ変熊仮面(へんくま・かめん)は、ふらふらと千鳥足で歩いていた。
「あ〜、やっぱ酔った体に地下の冷え込みは応えるな。ヒック」
 寒いのは決して酔っているせいばかりではないが、変熊は他の人たちから離れ、用を足しに来ていた。まだ心地よい酔いが体に残り、危機感などは全くない。
 変熊は水路のほうに仁王立ちになると、ぶつぶつ呟く。
「元はと言えば、俺様がこんな目にあっているのは、全てジェィダス校長のせいだ。あの野郎のせいで、俺様は……」
バシャ
 変熊の背後から、バケツの水をひっくり返したような水音がする。変熊は用を足すのを中断し、首だけ振り返る。
「……何にもないか」
 再び用を足そうとするが、
バシャ!
 さっきよりも近くで音がする。変熊は用を足すのを止め、体ごと振り返り、音がしたと思われる通路の奥へと目を凝らす。
「なんだ、何もないではないか」
 変熊が首を傾げた時、ゆっくり背後の水路から触手が伸びてくる。気配を感じ取り、変熊は恐る恐る振り返る。
「うわああぁぁぁぁ!」


「……ミハエル、何か悲鳴が聞こえませんでしたか?」
 朱宮満夜(あけみや・まよ)は足を止め、傍にいるパートナーのミハエル・ローゼンブルグ(みはえる・ろーぜんぶるぐ)に訊く。ミハエルは足も止めずに事も無げに言う。
「ああ、男の悲鳴だろう」
「まあ! ……化け物に遭遇したのかしら?」
「さあな。それより、まさか化け物と遭遇した時、戦うつもりか? 満夜の魔法能力程度では勝てないだろう」
 朱宮はニッコリ笑う。
「いいえ。化け物を手なずけられたら素敵かと思いまして」
 ミハエルは予想外の答えに驚き、思わず足を止める。
「何っ? 化け物を手なずけるだとっ! そんな物好きはおまえだけだぞ」
「そうでしょうか……あ、火が消えそうです」
 朱宮はポケットから割りばしの束を取り出し、消えそうな割りばしの束の火を移す。青楽亭を出る時に拝借してきた物だ。
「それにしても、化け物ってどんな姿をしているんでしょうか」
 朱宮とミハエルは話しながら、奥へと進んでいく。しかし、二人の背後からは、水路から這い出す溶けた子供型の黒い化け物が。
「あら? 何か落ちてます」
 朱宮は落ちていた白い小さな物を拾い上げ、松明の火を近づける。ミハエルも一緒に顔を近づける。背後の化け物は這いながら二人に近づくが、二人は気づかない。
「え〜っと……ほね? キャア!」
 白い物体は骨の欠片で、朱宮は悲鳴を上げて、何故か骨ではなく松明を後ろに放り投げた。
「危ないではないか! 火を投げるな!」
 傍にいたミハエルは慌てて火を避ける。その時、チラッと松明が落ちた先の闇が蠢いた気がする。ミハエルはじっと闇を見詰めたが、それ以上動く気配はなかった。
「ミハエル! 骨が点々と落ちて、奥に続いています」
 ミハエルは静かに朱宮に問いかける。
「満夜、どうする気だ?」
 朱宮は奥に続く闇を見つめ頷く。
「……参りましょう」


 朱宮たちが奥に進んでいくと、今の現実からかけ離れた光景があった。
 炬燵に鍋。日本の家族団欒の定番がそこにあった。猫十四郎(ねこ・じゅうしろう)マークレディ・フィルディア(まーくれでぃ・ふぃるでぃあ)が向かい合って炬燵に座り、これから鍋に火を掛けようとしていた。
 猫は朱宮たちに気づき、手招きをする。
「良かったら、鍋でも食べる?」
 マークレディは鍋とは別に、骨付き肉に齧りついている。そして、食べた骨は傍にそっと置いている。朱宮の視線に気づき、マークレディは生真面目な顔で言う。
「道を見失わないための目印でござる」
「あ、ああ、目印ですね」
 朱宮はマークレディに見られる前に、拾ってきた骨を後ろに捨てる。横にいるミハエルは、
「満夜の上をいく物好きがいるものだな」
 と呆れていた。猫が再び朱宮たちを鍋に誘おうとしたとき、
「ぅぅぉぉぉー!」
 通路の奥から雄叫びが聞こえてくる。満夜とミハエルは身構える。猫は手早く炬燵を片付け背負い、マークレディは鍋を仕舞う。
 猫が雄叫びが聞こえたほうを懐中電灯で照らすと、
「ううおおおぉぉぉー!」
 段々声が近付いてくる。マークレディはカルスノウトを構えながら、猫に訊く。
「食せるものでござるか?」
 猫は首を傾げながら答える。
「たぶん……人だねぇ。人肉はちょっとまずいねぇ……ん? 全裸?」

 数秒後、朱宮満夜の悲鳴とミハエルの怒声が地下水路に響いた。