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リアクション
オークションハンマーがかつんと鳴った。落札者が決まったのだ。
熱気に湧くカジノ。バーの近く、比較的騒音が少ない中に、目元を覆う仮面を付けた貴婦人が、愉快そうな微笑を浮かべて座っている。彼女の両側には距離を置いて、氷川 陽子(ひかわ・ようこ)とベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)が彼女を見張っている。
仮面の貴婦人は、一目で高級だと分かるドレス姿。片手には扇、片手にはカクテルグラスを持ち、のんびりとした様子だ。
彼女が誰なのか、気にはなるが直接質問しても答えてもらえないだろう。何をするつもりなのかオークションの開始からじっと見ていたが、入札することもなく、落札が決まると拍手をするだけだ。仮面で視線を辿ることは難しいが、静香がおどおどしたり喜んだりする度に、扇で口元を隠して笑っているようだった。
貴婦人の横には、一人のはかなげな少女、木花 開耶(このはな・さくや)が座っている。彼女はグラスが空にならないよう、バーの店員に注文をしたり、かいがいしく世話をしていた。そしてそこに、席を外していた橘 柚子(たちばな・ゆず)が戻ってきた。たった今、寄付した品が無事落札されて、席に戻ってきたのだった。出品したのは、柚子が信仰する木花開耶媛の御利益がある、縁結びのお守りだ。
「落札されて良かったですわね」
「女の子は縁結びに弱いおすなぁ」
柚子は貴婦人──ラズィーヤ・ヴァイシャリーに違いない──に、のんびりと返答する。
「柚子さん、どうぞ」
開耶がオレンジジュースを柚子に勧める。如何に巫女とはいえ未成年、祭祀的にもハレの日でもないし、日常的に飲酒するわけにもいかない。しかもラズィーヤ(?)の目の前、下手したら退学モノだ。
「おおきに。さぁ、次の予定は校長のお手製着ぐるみやけど……無事に落札できるかなぁ。あなたは?」
柚子は貴婦人に尋ねる。
「あら、わたくしは見ているだけで充分楽しんでいますわ。特に何かを落札する気はありませんの」
意外な返答に、柚子は目をぱちくりさせた。自分も欲しいが、彼女がラズィーヤなら、静香のゆるスター着ぐるみを落札するに違いないと思っていたのだ。
「そうなんどすか?」
「わたくしが落札してしまっては、面白くないですもの。ほら、次の出品が始まりますわよ」
壇上に立ったのは、羽高 魅世瑠(はだか・みせる)とフローレンス・モントゴメリー(ふろーれんす・もんとごめりー)だ。出品台には何も乗っていない。古着を出品すると登録して、預けるのも恥ずかしいから……と持ち込みすることをお願いしていたのだ。
「古着を出品されるとのことでしたが、その手に持ったバスタオルは一体……?」
「今回は、あた……わたくし達のような貧乏人にも乗船の機会を与えて下さってありがとうございます。何かご恩返しをと思いましたが…ご覧の通り、売れる物は大概売ってしまいました。でも、まだわたくし達にはこの一張羅が残っています。せめてこれをチャリティーに出させていただきたいと思います」
イレブンの問いに答えるやいなや、彼女はバスタオルを巻き付けると、自身が着ていた、古着屋で探してきたパーティドレスをさっさと脱ぎ始めた。脱ぎ終えたドレスと下着を持ち上げて見せる。
──会場は静まりかえった。
反応が悪いと見たのか、フローレンスが光条兵器を取り出し、バスタオルに向けて振るう。
「きゃあっ」
魅世瑠はあくまでお嬢様演技を崩さない。ほつれたバスタオルから肌がのぞく。
──だが、まだ会場は静まりかえっている。その中から、ヤジが飛んだ。
「そのタオルも出品してはいかが?」
声の主はジュリエット・デスリンク(じゅりえっと・ですりんく)である。
静寂が破られ、一気に場内はざわめいた。主催者として側に控えていた静香の顔も真っ赤になって、おろおろしている。当の、しかも同じ百合園生にジュリエットに次が出番だと案内をしていたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の表情もさっと険しくなる。スリや置き引き等がないようにと、会場警備を担当していたパートナーセシリア・ライト(せしりあ・らいと)と目で語り合うと、二人は人の波を抜けて雛壇に上がった。
上品な白いドレスを着たメイベルは、その身体で魅世瑠を観客の視線から外すと、
「お騒がせいたしまして、大変申し訳ありませんー。イレブンさん、次の方をお願いしますねぇ」
そのまま外へと連行していった。セシリアもフローレンスの腕を捕まえて続く。
「白百合団として、いえ、一生徒として、不埒なことは許せませんっ」
二人を会場から隔離し、適当な空き部屋に押し込めたメイベルは、予想が当たったことに落胆していた。日頃からお世話になっている校長へ協力したいと思って、何か場を弁えない行動に出る人がいたら何とか無事にオークションを遂行したいと思って、手伝いを申し出たのだ。
だからといって、出品者がいきなり本番で“生着替え”に出るなんて。
「これはこれは、困りましたね」
顔を出したのは、会場を抜け出したフェルナンだった。静香が席を外せば騒ぎが大きくなるので、その代わりだ。
「本当に困りましたよぅ。そんな格好で恥ずかしくないんですかぁ?」
「えぇ〜。別に普通じゃん? それにぃ、チャリティでしょ? あたし達の持ち物で一番高く売れそうなのって“生下着”じゃね?」
「……残念ながら賛同しかねますね。変わった性癖をお持ちのようですが、あいにくと、そういった趣味に理解を持ちませんので。それに、隠すべきものは隠されているからこそ奥ゆかしいという感性が、日本と百合園の美徳だと聞いています」
フェルナンは薄く笑うと、
「また何か起こるといけませんね。ポーターさん、ライトさん、引き続き校長と会場の警備をお願いいたします。この方達には、しばらく船室で頭を冷やしていただきますので」
「はい。お願いしますぅ」
メイベル達が会場に向かったのを見送ると、さてと、とフェルナンは魅世瑠に向き直る。
「あなた方が波羅蜜多実業高等学校の生徒であることは分かっていましたが、そうあるだけで偏見を持たれる世の中にしたい、とお望みなのですね。聞き届けました。お望み通り、蛮族に相応しい待遇をして差し上げましょう」
……かつてのガレー船のように船底で漕がせはしませんし、食事もあげますから、と彼は言う。
「そうそう、塩漬け肉を食べる時は、容器の樽の上に、釣った魚を置いてくださいね。蛆がそちらに集まるので、比較的安全に飲食できますよ」
「なっ……! ちょっとソレひどいよ!」
抗議の声に、フェルナンはしれっと、
「──冗談です。証拠を握られて船長や校長にご迷惑をおかけするわけにはいきませんからね。まぁ、それだけのことをしたと理解していただきたいものです」
そう言うと、扉を閉めた。そうして、中から開かないように鍵をかけてしまう。
「他校の生徒でしたら、請求の材料になり得たんですが……パラ実は厄介ですね」
どうやら彼女たちの世話をする人間を頼むのに、また少しお金がかかるようだった。それを思って、フェルナンはため息をついた。
メイベルとセシリアが会場に戻ると、先程オヤジっぽい野次を飛ばしたジュリエットの横で、自称妹のジュスティーヌ・デスリンク(じゅすてぃーぬ・ですりんく)が、丁度説明をしているところだった。
「こちらのゴールドチケットは、『ツンデレメイドさん』「24時間ご奉仕券」です。船旅が終わってから2ヶ月以内有効、ご利用時には百合学経由で1週間前に当方の予定をお問い合わせ下さい」
ジュスティーヌが台の上に示したのは、きらきら金色に輝くチケットだ。アクリル板のようなものに挟まれて、立てられている。ジュスティーヌの手は鎖を握っており、鎖の先はジュリエットの首に……首輪に繋がっていた。そのジュリエットはメイド服に身を包んでいる。
ジュスティーヌにはこんな悪ふざけをする趣味はないのだが、この際“姉”の「奉仕の精神」を叩き直す機会だと思い、協力している。
ジュリエットはといえば、紳士淑女の偽善者の仮面を剥ぐためだ。“メイドさん”や“ご奉仕”という言葉が偏見に満ちた観念で見られているのが少し気にくわない。
「えぇっと、ご奉仕といいますと具体的にはどんなことですか?」
イレブンの質問に、
「基本的にはご主人様の命令次第で、お掃除やお洗濯や…その他いろいろな『おつとめ』を致しますわ」
縦ロールの百合園の自称お嬢様は、思わせぶりに返答する。が、その後は思ったような質問──「何でもいいの?」「24時間って、『夜』も?」「えっちなことしてもいい?」と行った質問は出なかった。
ここにいるのは初心な学生が主で、本来想定していた客層──狒々ジジイはいなかったからだ。
ノリが悪いわねぇ、とジュリエットはスカートを持ち上げ……
「ちょ……ちょっと待って!」
静香が出てきて、ジュリエットの前に立ち、スカートを押さえる。
「ごめん、せっかく寄付してくれるのは嬉しいんだけど、チケットの問い合わせとか、百合園経由でされても困るよ。本人がいいって言っても、学生の個人情報を他の人に教えるわけにいかないし……」
「わたくし、全く構いませんけれど」
「とにかくごめん、これもなしでお願いっ。それからそんな簡単にそういうコトしちゃ駄目だよ」
「まぁつまらないこと」
静香はジュリエットの背を押して、彼女を雛壇から下ろしたのだった。
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