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桜井静香の冒険~出航~

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桜井静香の冒険~出航~

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「えー、気を取り直しまして、次は薔薇の学舎からお越しの明智 珠輝(あけち・たまき)さんです。こちらは沢山出品されるようですが……?」
「はじめまして、明智珠輝と申します。素敵船旅でぜひ、百合園の方をはじめ、様々な方と仲良くなりたく参加させていただきました。よろしくお願いいたします」
 珠輝はさわやかな笑顔を浮かべた。横に立つパートナー・リア・ヴェリー(りあ・べりー)は内心げっそりする。ひたすらな怪しさがウリの珠輝が、そんな笑顔を浮かべるのはロクなもんじゃない。そしてそれを手伝ってしまったことを、リアはかなり後悔していた。
「一点目は桜井校長コスプレセットです。あのピンクい衣服を参考に、リアさんに作成していただきました」
 台からひらりと広げると、例の肩むき出しの、ピンクと白の衣装が現れた。
 おおーっ、と会場から歓声が上がる。
「二点目は、これで貴女も守護天使! 絹衣と天使の羽のコスプレセットです。こちらもリアさんに作成していただきました」
 リアは恥ずかしさに耐える。
 何だって自分はこんな需要がなさそうなものを作ってしまったんだろう。器用ですね! 素晴らしいです! と珠輝にのせられた自分が恥ずかしい。おまけに需要がありそうなのがもっと恥ずかしい。しかも売れなかったら自分に着せるとか、直前になって珠輝は言い出したのだ。
 もっと普通にバカンスを楽しみたかったのに……。
「三点目は桜井校長フィギュアです。愛くるしい笑顔とポーズにこだわりました。健全です。リアさんに作成し」
「もういいから黙ってろっ」
「ああ、そうでした。洋服は脱がせられませんのであしからず」
 以上三点、出そろうと、会場は熱気に満ちた。静香はあわあわしているが、イヤそうでもない。
「そうそう、他にも色々と作成いたしましたので、気になった方は、ぜひお声掛けを。通販案内差し上げます。オススメはジェイダス校長メインの同人誌です」
 にっこり、珠輝は微笑む。また別のざわめきが観客の間に広がった。
 珠輝は笑いながら、視線を謎の仮面の貴婦人に向ける。彼女だけは落ち着いた様子で優雅に扇子であおいでいる。乗船してから、ずっと気になっていた。どこかで彼女を見た気がするのだが、どこだったか思い出せないのだ。
「コスプレセットに校長フィギュア……欲しいが、欲しいがしかしっ、ここで欲望に負けてはゆるスターの着ぐるみが……」
 雛壇を睨むように苦悩しているのは、蒼空学園の葛葉 翔(くずのは・しょう)だ。ゆるスター着ぐるみを狙っているのは自分一人ではないだろう。
 アルフレート・シャリオヴァルト(あるふれーと・しゃりおう゛ぁると)は、隣に座るテオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)の顔を伺う。
「同人誌は絵画に入るだろうか……内容にもよるが……テオとしてはどうだ?」
 独創的すぎる美術家のドラゴニュートには、同人誌も美術の対象にはいるかもしれない。先ほどから出品物を見ていたが、あいにく絵画や画材を寄付した生徒はいなかったようだ。尤も出品があっても懐に余裕がないから、他のお嬢様方と競り合って勝てるかどうか分からないのだが……。
 美術というなら、フィギュアや、むしろ先ほど出品されていた手製のレース小物の方が良い気もする。
 当のテオは船やオークションの雰囲気にうずうずしているようで、上の空だ。
「その……同人誌を……貰えないだろうか」
「ええ、ええ、勿論です。少部数なら持ってきています。こちら案内です、どうぞお選び下さい」
 珠輝に手渡された通販案内の二色刷ペーパーには、アルフレートには分かるものや、対してさっぱり分からない記号も踊っていたが、幾つかよさそうなものを買うことにした。
「その……なんだ。お前の芸術は……かなり独創的で、私みたいな凡人にはなかなか理解しがた……いや、そういうことを言いたいんじゃなく」
 こほん、とアルフレートは咳払いをして、ぶっきらぼうに続ける。
「まぁ……その……これからもいろいろなものを見て、感性を磨いて、いつか……私でも描いてくれ」
 意外な申し出に、テオは一瞬、どう答えるか迷った。彼女が自分の美術を賛美してくれているのでもなく、それどころか、まだ彼女とは腹を割って話せる関係でもなかったからだ。だが、彼女が不器用ながら歩み寄ろうとしてくれているのは分かる。
「ああ。ありがとな」
 頭を下げて同人誌を受け取る。
 こうして、テオは未知の世界へと踏み出していったのだった。

「お飲み物はどちらになさいますか〜?」
 バーテンダーの格好をしたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)が、カウンターの中でにっこり笑う。
 長時間に及ぶオークションに挟まれた休憩時間、カウンターの中は忙しい。持参したドーナツやマドレーヌ、それにレモングラスのハーブティを楽しむ暇もないほどだ。それでもミルディアとしては、その方が良かった。
 ──さっきの薔薇の学舎の明智さんもパートナーさんも格好良かったし、さっき飲み物を取りに来た蒼空の学生さん、素敵な人はいっぱいいる。
「ボクはこれを。彼にはこっちを。それから軽食を……」
 目の前にいるのは、黒のバタフライマスクを付けた可愛らしい少年と精悍な守護天使。少年の方は19世紀英国風の衣装をまとって、ちょっとした仮装がオークションの雰囲気に華を添えている。
 声をかけたくてうずうずするミルディアだが、女性から声をかけるなんて……という考えなので、お名前を、の一言が言えない。迷っている彼女の様子を察し、すかさず、背後でフィッシュ・アンド・チップスを皿に盛っていた和泉 真奈(いずみ・まな)が、割って入った。
「お待たせ致しましたわ」
 皿を笑顔で少年に渡して、心の中で呟く。
「……ミリに変な虫がつかない様に注意しないと」
 ミルディアのお目付役として彼女の父に雇われた真奈は、それ以上に、まるで母親のようだ。
「もう、真奈、邪魔しないでよっ」
 声をかけることもできないまま、少年はカウンターを離れてしまう。
「お仕事中ですわよ、ぼーっとして手元でも狂ったら大変ですわ」
「今の、絶対わざとだよねっ。何か夏祭りでも出会いがなかったし、このまんまじゃ男日照りになっちゃうよぉ〜」
「男日照りだなんて、そんな言葉をいつの間に覚えたのでしょう。もう少しお嬢様らしくしてくださいませんと」
 百合園は女子校だから、出会いが少ないのは当然だ。だからこそミルディアの父が入学させたのだから、真奈にとっては願ったり叶ったりである。
 件の声をかけ損ねた英国少年──いや、英国少年に扮した少女・ルクレチア・アンジェリコ(るくれちあ・あんじぇりこ)は、側のスツールに腰掛け、楽しそうにグラスを傾けた。
「良いオークションの時はドラマが起きるんですって。……素敵な言葉」
 上流階級出身の彼女は、父や叔父から話を聞いて、オークションに憧れていた。
「そうですね、この場に生まれるドラマを楽しみましょう。それにしても、男装は……必要なのですか?」
「ええ、とっても大事よ?」
 確かにそれ自体に意味はないかも知れないが、この機会に“冒険”を楽しむ小道具としては必要だ。
 ロングウェーブの金髪も、結い上げて帽子の中に隠してある。普段は彼女を何となくサポートするのが週刊になっているカサエル・ウェルギリウス(かさえる・うぇるぎりうす)も、今日ばかりはエスコートを控えている。男の子には必要ないでしょう、とルクレチアが言ったからだ。
「ね、今日の事は内緒よ? 家族に知られたら怒られてしまいますわ」
「……君がそう言うのなら……ただし、はしゃいで転んだりしないでください」
「いいえ、こちらこそねだってしまって。それより、これを」
 出品したレース小物の代わりにルクレチアがねだったのは、同じ百合園生が自作したゴスロリ服。可愛らしいフリルたっぷりの一品だ。
「先ほどルクレチア自身で落札していたものですね。これは一体?」
「カフス……カフスボタンですわ」
 ルクレチアが渡したのは、銀の装飾が施されたカフスボタン一組だ。それを受け取ったカサエルは、心からの笑みを返した。

 一方、ゴスロリ服を作成した主──神薙 光(かんなぎ・みつる)は、アイシア・セラフィールド(あいしあ・せらふぃーるど)の護衛を務めていた。
 光が自作したゴスロリ服は三着。その内二着は寄付して無事に落札され、一着はアイシアが持っている。
 服は本来全部寄付するつもりで作ったのだが、アイシアが気に入ったそぶりを見せたので、あげることにしたのだった。光にとって、アイシアは大事な主家のお嬢様。多少わがままなところはあるが、仕えるのが執事の役目だ。
 オークション中ずっと、彼女の身に何かあったらいけないと“禁猟区”を張り、害を為す者には戦いをも辞さない覚悟でいる。
 アイシアの方は、そんな光の内心も知らず、うきうきとオークションを楽しんでいた。オークションが終わったら、落札した時計をプレゼントするつもりだ。ネジ巻き式のアンティークな時計で、きっと光に似合うだろうと思ったのだ。
「さっきから何を笑ってるんですか?」
「秘密です〜。終わるまでのお楽しみです」
 含み笑いをするアイシアに、光は首を傾げてから、
「そうですね、終わりましたらお茶にしましょう」
 いつでもどこでもお茶ができる“ティータイム”、甲板で夜景と星を眺めながら、というのもいいだろう。