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リアクション
第5章 チャリティー・オークション
太陽が傾き、ヴァイシャリーの都市を空から湖面からオレンジ色に染める頃、船内のカジノでは着々とオークションの準備が進められていた。
暗赤色の絨毯が敷き詰められ、照明は夕陽より控えめなオレンジ色。上流階級用なのか、家具も上質で落ち着いた色調のものが使われている。家具やスロット台などは、動線を妨げないよう再配置されたり運び出され、空いたスペースには観客用に椅子が並べられている。
奥に造られた雛壇の上には、向かって右手には司会者の、中央には出品者用のための台が用意されている。雛壇と反対方向の壁際にはバーがあり、白鳥の従業員と学生のバイト達が、最後の確認をしていた。
オークションを楽しもうとする生徒達も、日常とはかけ離れた気分を楽しむために、それぞれ身支度に余念がない。
デッキでは、白いスーツの男、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が腕を組んでヴァイシャリーの町並みを眺めている。ゆったりと進む船は、あちらから見たら優雅に泳ぐ白鳥の姿に見えるのだろうか。
彼のパートナー・ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はその頃、客室でパーティドレスに着替えていた。ドレスなんて持っていないから、一式、出発前にフェルナンに申し出てレンタルしたものだった。色はいつも着ている軍服と同じ──だがより鮮やかな赤。ショートの髪もエクステを付けてアップしている。
彼女の赤いルージュをはいた唇から、思わず色っぽい声が漏れ、身体が震えた。
「んっ……ぁ。お姉さま」
「うふふ、これで仕上がりましたわ。どこからどう見ても素敵なレディですわよ」
着替えを手伝っていたロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)が背中のホックを留めて、最後にひと撫でして仕上げると、ルカルカはさっそくデッキへと上がっていった。
ドレスの裾を摘んで広げ、覚え立ての社交界風お辞儀をする。
「ガイザック様、ごきげんよう」
見慣れぬ彼女の姿に、一瞬言葉を失ったダリルは、一呼吸置いてから、
「……装備は自分の一部だ。手放すな」
預かっていた剣を彼女に返した。
「もうすぐオークションが始まる。桜井校長に話しかけるなら今のうちだろう」
「そうね。行こう」
二人はオークション会場へと向かった。
同じ方向に先に向かったのは、ルカルカの手伝いをしていたロザリィヌだ。彼女の目的は、女の子とイチャイチャすること。船旅の話をルカルカに持ちかけたのも、不純な目的のためだったかもしれない。そして女好きのロザリィヌには、今回の旅で桜井静香を放っておく手はない。白百合団に所属して一般生徒よりは近づく機会が多くなった気はするものの、いっつもラズィーヤが彼女の側にいて、なかなか二人っきりになるチャンスがなかったのだ。
「一人でさぞご不安でしょう。ラズィーヤ様に代わって、わたくしがお手伝いして差し上げますわ」
静香の部屋を訪ねるなり、ロザリィヌは着替えの手伝いを申し出た。
「ええーっ、いいよ、一人でできるよ! っていうかこのままの格好でいいから!」
慌てて静香はぶんぶんと手を振る。
「あら、せっかくの静香校長主催のオークションですわよ、華やかな方が寄付も集まるのではありませんこと?」
実のところ、ロザリィヌは静香をある一点で疑っていた。証拠は全くない。が、それが自分にとって許せないものである可能性が高いと思っていた。
それに、そうでなくとも、校長は少なからず学院にいると思われる男の娘に甘いのではないかと考えている。であれば、考えを改めてもらう──女同士の素晴らしさを教えて差し上げなくてはならない。
「おほほほ……ここが感じますのね?それなら、もっと大胆に触ってさしあげましょう♪」
「や、やめてーっ!」
静香は悲鳴をあげる。
ロザリィヌは静香の背中に手を滑らせて、ドレスのホックを外しにかかった。
「い、いやぁああっ」
「情熱的なスキンシップをしてしまいましてよ!身も心も裸にして差し上げますわ。おほほほ!」
「何してるんですかっ!」
ドアがバタンと開いて、入ってきたのは、手洗いに席を外していたロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)だった。彼女は二人を引きはがす。
「校長に危害を加えることは許しません!」
「あ、ありがとうロザリンドさん!」
目を潤ませて胸元にドレスをかき寄せる静香に、ロザリンドは寝室で待っていてください、と言ってから、きっ、とロザリィヌに強い視線を送って対峙する。
「同じ白百合団のあなたがこんなことをするなんて」
「スキンシップですわよ」
「それでも校長が嫌がることを無理強いするのはやめてください」
「……仕方ないですわね、“今日のところは”引き下がりますわ」
ロザリィヌは不満げに口をとがらせて、高笑いを残して部屋を出て行った。それと入れ違いに、フェルナンが顔を覗かせる。
「こちらの支度はできました。校長に、お時間ですのでいらっしゃってくださいとお伝えください」
「はい。お伝えします」
今頃寝室で、静香はくしゃくしゃになってしまったドレスを着替え直しているだろう。
オークションは、いよいよ始まろうとしていた。
準備の進むオークション会場では、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)と南西風 こち(やまじ・こち)が、寄付された出品物のチェック及び搬入を手伝っている。ものぐさなリナリエッタがこんなことをしているのは他でもない。船で見かけた仮面の怪しい貴婦人とチャリティーオークションの話に、何かあるに違いないと怪しんだのだった。ついでに肉体労働の後に貰えるお弁当があれば言うことはない。
「高価そうなものばかりかと思ったけど、結構手作りのものが多いんだね。これはこれでお嬢様学校らしいねー」
怪しげな出品物はないかと探したが、別な意味で怪しげなものはあっても、特に主催者の意図が関与しているようなものはないようだ。フェルナンの指示も至って普通で、オークションそのものに何か仕掛けがあるわけではないようだ。
「何かあると思ったんだけどなぁ。ねぇ、こちもそう思うよね」
「……はいマスター」
フリルたっぷりの衣装の働くビスク・ドール、こちの返答はおぼつかない。リナリエッタのお手伝いのはずだったが、率先して重い荷物を持った結果、既に疲れ果ててしまっていたのだ。
「フェルナンさんもボロ出さないしなぁ……ねー、こち」
「……」
「あれ、どっか行っちゃったかな? まぁいいか、もうすぐ始まるし」
司会者の席に、男が一人立っている。タキシードに伊達メガネをかけ、髪も今だけは整髪料でオールバックにしている。わざわざ懐中時計まで用意して、ちょっとした変装に見える彼の名はイレブン・オーヴィル(いれぶん・おーう゛ぃる)。シャンバラ教導団の青年だが、今はとてもそうは見えない。彼女の横にはパートナーのカッティ・スタードロップ(かってぃ・すたーどろっぷ)が立っている。こちらも落ち着いた赤色のフォーマルドレス姿だが、足首を席の裏側で時折ぶらぶらさせている。
彼らは今夜のオークション、ボランティアを買って出ていた。
善意からではない。人類の危機を未然に防ぐため、イレブンは普段から遺跡調査をしている。今回も目当ては無人島にあるという遺跡であり、探索しやすくするために、ツアー主催者であるフェルナンと桜井静香の信頼を得ようという思惑である。尤もイレブンはフェルナンについて今はまだ信用していないのだが……。
そのフェルナンに渡された進行表を最終確認し、出品リストを台の上に置き、こほんとひとつ咳払い。
「お集まりの紳士淑女の皆様、お待たせいたしました。只今より桜井静香校長主催、チャリティ・オークションを始めさせていただきます」
宣言と同時に、会場に流れていた音楽が変わった。目の前で談笑していた生徒達が、ぴたりと口を閉じてこちらに顔を向ける。
フェルナンが中央のマイクの前に進み出て、手慣れたように優雅に一礼した。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。今回のオークションでは、桜井静香校長をはじめ、皆様から頂いた品をオークションにかけまして、その売上金を百合園女学院及びヴァイシャリーに寄付いたします。使途としては、奨学金や都市の景観保護及が予定されています」
寄付を頂いた皆様にお礼を〜と挨拶をすると、フェルナンは場所を静香に譲った。
今度は脱がせられにくいよう、ワンピース型のベージュ色のカクテルドレスを着た静香は、
「みんな、あんまり堅苦しくならないでね。今日は、みんなに楽しんで貰えるといいなって思います。宜しくお願いします」
ぺこりとお辞儀をして、フェルナンと共に一旦雛壇から下がる。
「それでは──おっと、ご質問ですか?」
手を挙げたのはレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)だ。はい、と返事をして、
「まず、校長先生、今日はすばらしい催し物を開催してくださってありがとうございます」
彼女は静香に向かって一礼する。それからイレブンの方を向き、
「司会者さん、質問なのですが、オークションはどのように進むんでしょうか? 出品物も持ってきたのですが……何をすればいいんでしょうか……?」
日頃から年齢が変わらないのに校長職を務めていることだけでも静香を尊敬しているレロシャンは、オークションを開くという話により静香への尊敬の念を改めて抱いていた。せっかくなので参加しようと、山梨県産の梨を持ってきたのはいいのだが……。
「梨ですか。パラミタでは貴重品ですので、是非是非お願いします。それでは進行についてご説明いたします」
イレブンが説明を始める。あらかじめ出品物は運営が預かり、チェックの上出品されること。出品前にできれば壇上に上がっていただき挨拶が欲しいこと。落札価格は時価から始め、最低1G単位で入札、最高値を付けた人が落札者となること。
リナリエッタがレロシャンの足下のクーラーボックスを回収し、何番目の出品になるか、予定が書かれた紙を渡す。
「他にご質問は? ……それでは始めましょう、エントリーナンバー1は〜……っと……」
言葉に詰まるイレブン。予定にない品物が、台の上に乗っている。慌ててカッティが出品用の台に駆け寄り、乗っている大きな箱を空けると、子どもほどの大きさのビスク・ドールが姿を現した。
彼女がぱっちり目を開けると、観客席からおおーっと歓声が上がる。
「あ……おはようございます。……こちは機晶姫です、……皆様」
それは荷物運びを手伝っていた、南西風こちだった。いつの間にか荷物に紛れ込んで寝てしまっていたらしい。
カッティとリナリエッタが慌てて彼女を箱ごと台から下ろし、こちを引っ張っていく。
イレブンは咳払いをすると、何事もなかったように司会を続けた。
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