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リアクション
第2章 パートナー達の休日
「うわぁ、綺麗だね!」
デッキからきらきら輝く湖面を眺めて、秋月 葵(あきづき・あおい)が手すりに両手を付いて、身を乗り出した。
「エレン、来て良かったね。ほらあそこ、倉庫のとこにあんなに船がとまってる!」
呼びかけられたエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)は、背後で頷いていたが、葵の足がデッキから浮いているのを見て、慌てて駆け寄って肩を引き戻した。
「そんなに身を乗り出したら危ないですよ」
「大丈夫だよ〜」
「湖に落ちちゃったら、ちっちゃい葵ちゃんは船員さんに見付かりませんよ?」
「ちっちゃくないよ、だからちゃーんと見付かるよ。それよりほらほら、ゴンドラ見ようよ〜」
葵は一瞬だけ振り向いて抗議すると、また景色に夢中になった。
いつもお世話になっているエレンにお礼に、と船旅をプレゼントした葵だったが、床にまで届くツインテールの世話すら、エレンディラにやってもらっている程の箱入り娘の彼女だ。荷造りだって、エレンディラがついつい二人分やってしまっている。
エレンディラにしてみれば、ほっと一息つくどころか、いつも通りのお世話が待っていそうだった。
「分かりました。だからもうちょっと端から離れてください」
「はーい。あ、ねぇあれ、お店があるよ。何かなぁ」
「じゃあお店を見て回りましょうか。何かお土産もあるかもしれませんし。でも夕方までですよ。パーティがあるそうですから」
「うん、それは大丈夫だよ。エレンと踊ろうと思ってばっちり心の準備してあるんだから」
心の準備はしても、実際に荷物にドレスを詰めてきたのはエレンディラだった。着付けも二人分することになるだろう。
それでも屈託のない葵の笑顔を見ていると、仕方ないなぁ、と思いながらも口元をほころばせる彼女だった。
そんな彼女たちの様子を見ながら、アルル・アイオン(あるる・あいおん)は自分もとばかり、パートナーの空井 雫(うつろい・しずく)の腕を引く。雫は複雑な表情で白く塗られた、否、白鳥を模した側の壁を撫でている。
「……触れない方が良いのでしょうか、デザインには」
「何ぁに冷静になってるの。もっと楽しもうよ〜」
アルルは黙っていれば両家の令嬢にしか見えない容姿で、デッキではしゃいでいる。
「青い空! 青い海!」
両手を広げて空を指さし、続いて湖を指さす。
「海じゃないでしょう」
「青い湖! いやでも同じ水たまりだよ大差ないよ! ……白い雲! 白い白鳥!」
「白い白鳥って、馬から落馬する、みたいね」
「細かいことはどうでもいいよー。ほら、あそこにカフェが出てるよ? 行ってみよ」
行ってみようと言うより早く、デッキに出ているメニューに飛びついたアルルは、早速ジェラートを注文していた。
「まだお腹空いてないのだけど……」
「だめだめ、こういうとき、買い食いは必修科目なんだってば」
カップに三段重ねにしてもらったジェラートを左手に、いつの間にか右手にフランクフルトを持っている。雫は半ば呆れながら、自分自身も仮設屋台のようなお店に近づいた。
「……すいません、ピスタチオと、この白鳥スプーンをください」
付き合いでジェラートをひとつと、カフェオリジナルとかいう売り文句の、取っ手が小さな白鳥型になっているスプーンを一緒に注文する。
「それ何?」
「お土産ですよ」
「いいね、お土産も観光の必修科目だねっ」
「そこの席に座って、ゆっくり食べましょう」
雫は白い椅子を示して、二人で景色を眺めながら甘いジェラートをゆっくりと口に運んだ。
──そこにひらりと、麦わら帽子が飛んでくる。見事キャッチした雫が駆けてくる足音に振り向くと、そこにはさっきまでジェラートをつくっていたバイトの男子がいた。年齢は同じか少し上くらいだろうか。
「すいませーん!」
雫が怯むくらいの、格好いい美少年だ。不良っぽく見えてしまう雫との共通点といったら、髪を後ろで束ねているくらいだ。
が、バイトをしながら休憩時間のチャンスをうかがっていた當間 光(とうま・ひかる)は満面の笑顔で、
「いやぁ。助かったなぁ。急に風が吹いて飛ばされちゃって……」
やや棒読みで台詞を読み上げた。
「これ、あなたのですか?」
「うん。俺は當間光。イルミンスールの生徒なんだけど、ここでバイトしてるんだ。さっきジェラート買いに来てくれた人だよね。君の名前は?」
「はぁ。當間ですか」
「私はアルル・アイオン。こっちは空井雫だよ。百合園に通ってるよ」
「……これ、どうぞ」
勝手に自己紹介をしてしまうアルルに困惑しながら、雫は帽子を光に返す。
「いやホント助かったよ。この麦わら帽子、大事なものなんだ。お礼にお昼でも奢らせて貰えないかな」
やりとりを横で離れた場所から聞いていた光のパートナー、ミリア・ローウェル(みりあ・ろーうぇる)は苦い顔をする。
「まったく、誰のせいでバイトしてると思っているのかしら」
夏休みに遊びすぎて金欠となった光が頼み込むから、一緒に船でバイトをすることにしたのに、案の定、真面目に働かないでナンパなんか始めている。ミリアはしっかり見ているのだ、角度を計算して麦わら帽子を飛ばした光の姿を。というか、上船前に麦わら帽子を飛ばす練習をしている光も知っている。
光の方は、ミリアの突き刺さるような視線をあえて今だけは無視し、心の中で土下座しながら目の前の雫とアルルを食事に誘う。
「いいよー。ね、雫?」
「アルルがそう言うなら」
光は内心でガッツポーズをする。
……俺がやるとキモくない? と思いつつあえてやってみた“麦わら帽子で偶然の出会いを演出するの作戦”はひとまず成功。お嬢様学校百合園のツンデレ少女と素直無邪気な妹系と出会えたわけだ。
(サンプルアクション万歳!!)
「休憩時間はもう終わりですわよ。早く仕事に戻ってください」
意味不明の言葉を叫ぶ光に、いつの間にいたのか、背後からミリアが声をかける。
「うぁー、これはこれはミリア様」
「バイト代を頂いている以上はしっかりその分働いていただきますからね」
「あー、ごめんね、またお昼にね〜」
光は雫達に手を振り振り、ミリアにしょんぼりしながらついていく。
「お昼の約束をしていたみたいですけど、こちらも誘いたい方がいるのですよ」
「……はぁ」
「光のお兄様が、パートナーの方とご一緒に乗船されていますでしょう。こちらとは違って、純粋な観光旅行ですが」
「耳が痛いです」
「ですからご一緒にお食事でもと思いまして」
「いや、そんなのどうでも──」
エプロンをかけつつ言いかけたところに、
「ジェラートをいただけるかな。彼女に」
当の兄・當間 零(とうま・れい)とミント・フリージア(みんと・ふりーじあ)が来店した。
双子のため、零の顔立ちはほぼ、光と一緒だ。しかし光が元気で真っ直ぐな印象があるのとは逆に、穏和な雰囲気を漂わせている。名家の長男という立場がそうさせたのだろう。髪型は区別をつけるためなのか、ポニーテールにしていた。
「えーっとね、ミルクとレモンとチョコレートでトリプルにしてくださいっ」
「そんなに食べたらお腹を壊すよ、ミント」
「だって食べるのに時間かかるでしょ?」
ミントは口をとがらせて零を見上げる。
「零ったら、プレゼントとか言っておいて、せっかくのお泊まりデートなのにちっとも遊んでくれないんだもん!」
お泊まりデート、の言葉にピキーンと光の口が引きつる。いやしかし男女別室のハズだと言い聞かせて心を落ち着ける。
「さっさと桜井静香さんのトコ行っちゃうし、オークションの手伝いとかしてるし! っていうか私にもさせるし!」
「勿論ミントの希望は叶えてあげたいよ。だからこうして……」
零にとっては、外交官の家系のせいで、校長と顔見知りになっておくのは後々有益だと思うための判断だ。それに、ミントも『女性としての好ましい立ち振る舞い』を直接学ぶいい機会だと思っている。
「兄貴……いちゃつくなら外でやってくれ。あーあと、顔紛らわしいからこの辺には近づくなよ」
「それはこちらの台詞、というよりお客様への態度じゃないね、光」
「店員が失礼を致しまして、大変申し訳ございません。……ほら光も謝って」
ミリアに言われ、しぶしぶ光は頭を下げる。それからお詫びも兼ねて特盛りのジェラートを二つ、ミントと、オマケに零にも渡す。
「いや僕は要らないけど……」
「わぁ、おそろいだね。ありがとうヒカリン」
ミントはご機嫌で零を引っ張っていった。
笑顔で手を振りながら、光は兄を呪った。……腹でも壊してしまえこの果報者。
「さぁて、昼まで頑張るかー」
「お昼を過ぎても頑張っていただきますからね」
「……はい……」
女の子とのランチを夢見て、光は仕事に励むのだった。
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