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リアクション
第三章 祭り
「あわわわ……座布団が、浮いてはりますぅ……」
弱々しい声を出して清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が後ずさりする。
パートナーのティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)は、調査にはまずは身をもって体験するのが一番とエリスに伝え、あの座布団に乗ってみなさいと命じた。
「いい、嫌どすぅ、怖いどすわぁ〜」
「いいから乗りなさい」
無理矢理エリスを押しやって座布団に足をかけさせる。
「おちっ、落ちてしまいますぅ〜〜」
「乗れたじゃない」
身体を丸めて座布団に必死にしがみつくエリス。
……なんてなんて可愛らしいのっ!
でもちょっと物足りない……。
「もっと高くか速く…動けないのかしら? まぁ無理よねぇ〜浮かんでるだけしか能が無いわよねぇ〜」
その途端。
目にも止まらぬ速さで座布団が動き出した。
「──ひ、ひぃいぃいいいいいいいぃぃぃ〜〜〜…!」
「あらら? 怒っちゃったかしら?」
エリスの姿が一瞬にして小さくなっていった。
「くぴっ」
「……『くぴ』?」
おかしな音に顔を上げてみると、目の前で、まるで完熟トマトの顔色をした影野 陽太(かげの・ようた)が、女生徒に首を絞められてもがいている姿があった。
「わ……わ、わ〜わ〜〜〜!!!」
パートナーのエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)が、彼女の手を離そうと慌てて押さえつけた。
陽太が何故ここにという考えは吹っ飛んだ。
女学院が現場だから同行するのは遠慮すると言っていたのだが、実際のところ怖そうなのでパスした、というのがかなりの本音ではないかと思っていた。
陽太自身、一件落着してから戻ってきたパートナーに詳細を聞くことにしていたのだが、忘れ物を届けにちょっと寄っただけでこんな目に合おうとは、予想だにしていなかった!
「誰か〜〜誰か応援に来てください〜〜〜」
エリシアは声を張り上げて助けを呼んだ。
陽太の顔色が、熟したトマトから青いトマトへと変貌していく。
「ぎ、ぎやああ〜〜〜トマト〜死ぬ〜陽太が死んじゃいますわ〜〜〜」
騒ぎを聞きつけてやって来たファタが一緒に腕を引き剥がしにかかる。
「こ……これは強い力じゃのう」
サンは女生徒の身体を押さえつける。
少しだけ首に余裕が生まれた陽太は、口をあっぷあっぷさせて空気を求めた。
「この! このやろ! 離すんですわ!」
「──ええいっ! すまん!」
最後の手段とばかりに、ファタは女生徒の首筋に手とうを食らわせて意識を失わせた。
「……中々手ごわい奴じゃったわい……」
「い、いえ、普通の生徒なんですけど、ね」
サンは苦笑しながら、倒れている女生徒を見下ろした。
桜井 雪華(さくらい・せつか)は口を拭った。
「……いい根性、してるんちゃう」
雪華は目の前の座布団を睨みつける。
「私が飼いならしてあげるわ」
どうも……馬か何かと勘違いしているらしい。
それでもなんだか楽しそうに、雪華は座布団にしがみついた。
暴れまくる座布団を、必死に羽交い絞めする。
激しい攻防が雪華と座布団の間で繰り広げられる。
「どうどう……大人しく大人しくするんや……」
やっぱり馬だ。
徐々に動きが穏やかになっていく──その隙をついて、雪華は座布団に飛び乗った。
「あ……!」
ふわふわと。
身体が宙に浮いていた。
目の前では醜い争い広がっていて辟易するものの、宙に浮いた感覚は、それを払拭させる何かを自分へと与えてくれた。
「わ、わあ〜〜〜乗った、乗れたやん……え?」
べちゃっと。
再び畳の上に、落とされる。
「やってくれるやないか」
不適な笑みを浮かべて、雪華は再び座布団との戦いを始めた。
ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)はぶつかってくる座布団を上手く避けながら、目をつけた座布団に足をかけた。
まるでロデオだ。
一向に大人しくならない。
「乗ってさしあげます! あなたに!」
パートナーのシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)も一緒になって果敢に挑むが、浮かんでいない座布団に足を取られてひっくり返った。
「なんでこんな場所で転ばなきゃならんのじゃ」
「大丈夫ですか!?」
「平気じゃ! ──うわっ!? 痛つつ……わしを落とすとは……」
心が赤ん坊のように真っ白でなければ乗ることが出来ない、幻の乗り物きんと・うん。
(あれは清い人しか乗ってはいけないとされてきていますが……座布団に関してはどうなのでしょうか?)
ガートルードは辺りを見回す。
皆、鬼のような形相で必死に座布団にしがみついている。
「………」
浮かんでいる所を見ると、どうやらこの空飛ぶ座布団に関しては、その定義は当てはまらないらしい。
「シルヴェスター大丈夫ですか?」
「わしのことなら問題ない! そっちはどうじゃ!?」
「もうちょっとで大人しくなりそうです!」
お互い、にやりと笑みを交わして、再び座布団へと目をやった。
「……う、うぅ……」
上級生のお姉様に首をしめられ、芳樹の顔が真っ赤になっていく。
「………し…しぬ、しぬ」
一瞬、頭の片隅に花畑が浮かんだ。
(あははは、なんて素敵なところなんだろう〜あははは〜)
「──ちょっと! しっかりして!」
女生徒を芳樹から引き剥がすと、アメリアは彼女を大きく蹴り飛ばした。さすが同性同士。容赦ない。
「!? ……っげほ、ぐぇほっ! えほっと」
アメリアに助けられて激しくむせながら、芳樹は息をついた。
「…た、助かった〜ありがとう。一瞬、あの世が見えちまったぜ」
「怖い冗談言わないでよ」
いや、冗談じゃないんだけど……
涙で潤んだ目で辺りを見やると、阿鼻叫喚の世界がそこには広がっていた。
取り憑かれた者、止めに入る者。
そして宙を飛び交う座布団──それに乗ろうとする緊張感の抜けた連中……
本人達は、とてつもない高い精神を持って座布団に挑んでいるのかもしれないが、この状況でそれはどうよ? と思わず突っ込みを入れたくなってしまう。
「早く終わらせなきゃ…な」
芳樹はアメリアに微笑んで見せた。
「……!」
秋月 葵(あきづき・あおい)は、大人しく浮いている座布団を見つけ、そっと近づいていった。
羽交い絞めしながら暴れを押さえる。
大人しくなるのをじっと待つ。
そして──
葵は華麗に乗って見せた。
「わぁ…乗れた。やった! これ、すっごく面白い〜! ねえねえ、エレンも乗ってみたら楽しい…よ……ってなんで気を失ってるの?」
パートナーのエレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)が、横で卒倒していた。
「エレン……」
ちょっと残念ではあるけど。
葵は座布団から降りて、エレンを安全そうな場所まで運ぼうと決めた。
が、そのとき。
ふよふよと、座布団がエレンディラの元まで降りてくれた。
「え? もしかして……」
エレンディラの背中を座布団に乗せると、さすが座布団、小さくて反るような形にはなってしまったが、それでもゆっくりとしたスピードで人気の無い所まで運んでくれた。
「あ、ありがとう」
座布団は、また喧騒の中へと消えていった。
「…う…ん……大丈夫、怖い話だけで…怪奇現象なんてないんだから……」
うなされながら、エレンディラは呟く。
「怖いの苦手だったんだね、エレン。ごめんね、無理に誘っちゃって」
葵はエレンディラの髪を優しくすくった。
「そっちを押さえるんだ! いいか、絶対に傷つけてはならないぞ!」
黎は女生徒を腕を掴みながらフィルラントとエディラントに声をかける。
「──そんなこと言ったって、この服が邪魔しよんのや!」
フィルラントは発狂じみた声をあげた。
着慣れないアリスロリータ服。
ぴらぴらした裾が、動きを抑圧させる。似合いすぎるほど似合っているのだが……
「だあから、嫌や言うたんや!」
「似合ってますよぉ」
「ここに来る前も同じ台詞聞いたわ! つまらんことぬかすなエディラ!」
「…ひ、ひどいよフィルラにーちゃん〜」
「ああもう、漫才はそれくらいにしろ! 気合入れて取り掛からないとこっちがやられるぞ!」
「は、はい!」
「……くっ、こいつ………」
黎はは顔を上げて二人に叫んだ。
「拘束するぞ、拉致があかない」
「了解!」
三人の迅速な連携プレーが始まった。
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