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リアクション
●第一章 不退転線上の攻防
「先生、各グループの配置、完了しました。人数調整の件についても、目処がついたようです」
「そうか、ありがとう、パム君。少しの間かもしれないが、休んでいてくれ」
【レフト】【センター】【ライト】【Bレフト】【Bライト】、五つのグループと連絡を取り続け、疲労の色が濃く表情に表れていたパム・クロッセの報告を受け、カイン・ハルティスがパムを微笑をたたえて労う。
(さて……彼女はどう魔物を動かすつもりか。一点集中か均等分散か……まずは確かめてみる他ない、か。そのために生徒たちを危険に晒すのは心苦しいが――)
【センター】の後衛、両脇には【レフト】と【ライト】の集団、背後には【Bレフト】【Bライト】が待機する位置にて、カインが険しい表情を浮かべて前方を見据えた瞬間、その光景に変化が生じた。すぐに、カインのところに報告が入る。
「……分かった。即座に各グループに伝達してくれ。『一匹たりとも魔物を通すな』、以上だ」
連絡を済ませ、既に肉眼でも捉えられるようになった魔物の群れをカインが見据える。
敵は、偏りなく均等に並びながら、一気呵成に突破を図ろうとしているようであった。
(やって来たか……にしては、魔物の数が少ない。カヤノ、一体何を考えている……?)
自らの目でも魔物の姿を確認した姫北 星次郎(ひめきた・せいじろう)は、予想していた数より少ない魔物の数に疑心を抱く。
「星次郎、お主の思うところは儂にも分かる。じゃがまずは、目の前の魔物を蹴散らすことじゃ。あの小娘が何か企んだところで、再び蹴散らしてやればよい」
横に立ったシャール・アッシュワース(しゃーる・あっしゅわーす)が、星次郎の心配を吹き飛ばすかのように言ってのける。
「……そうだな。イルミンスールをイナテミスの二の舞にはさせない! 行くぞ、シャール。昴さんは援護と連絡の方をお願いします」
「任せておけ、私の役目、必ず果たしてみせようぞ」
頷いた姫北 昴(ひめきた・すばる)に地上を任せ、星次郎とシャールは箒にまたがり、上空へと舞う。彼らを発見した氷の魔物、羽根を持ち冷気を尾のように迸らせた生物が、奇怪な鳴き声をあげて襲い掛かる。
「そのような攻撃、儂には通用せぬわ! 邪魔をするでない!」
吐きかけられた冷気の風を避け、シャールが魔物と空中で交錯する。互いに加速と減速、旋回を繰り返して、攻撃に有利となる位置を取り合う。そして、先に魔物の後方に位置どったシャールの掌に、炎の種が出現する。
「覚醒せし憤怒の火炎!」
詠唱の言葉と共に放たれた火弾が、複数の子弾に分裂しながら魔物を襲う。そのいくつかに身体を撃たれ、魔物が悲鳴をあげた。
「大丈夫か? 今治療する、少し耐えておれ。……そうだ、魔物はまだ本腰ではないようだ、そのまま待機していてくれ」
魔物の攻撃を受けて負傷した冒険者に治癒を施しながら、昴が後方の支援部隊へ現在の状況を報告する。
(……レライア、あんたはカヤノのことをどう思っているんだ?)
未だ思慮に耽る星次郎を、魔物の爪が襲う。かろうじて避けた次の瞬間、仲間の放った雷撃が魔物を撃ち、魔物の動きが止まる。
「……その答えは、カヤノを捕まえた時に聞けば済むことか。今は、魔物を倒しイルミンスールを、皆を護り抜く!」
思考を断ち切るように呟いて、星次郎が詠唱を開始する。掌に迸る雷の種を、高々と天空に掲げて解き放つ。
「裁きの雷鳴よ!」
呼び出された雷撃が魔物を撃ち、悲鳴をあげて魔物が地上に落下していく。それを見遣って、星次郎が次の標的に狙いを定めて空を翔る。
地上で、そして空中で、激しい戦いが幕を開けた。
魔物の数がそれほどではないとはいえ、戦う者は常に命の危険が伴う。それ故に真剣で、そして真剣に事に当たる姿はいっそ華々しい。
「絶対にイルミンスールには近づけないのですぅ」
メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の掌から生み出された炎が地を走り、同じく地を駆けていた氷の魔物、狼のような鋭い牙と爪を持つ生物を包み込む。
「メイベルに続くよ! それそれー!」
追撃とばかりに、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)も同様に掌に火種を浮かばせ、解き放つ。炎は放物線を描いて降り注ぎ、魔物の抵抗力を奪っていく。
「ここを突破されては困るのですわ。ですから、行かせないのですわ」
重厚な装備で身を固めたフィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、メイベルとセシリア、その他後衛の位置で援護を行う者たちの盾となるべく足を進め、魔物と対峙する。
「メイベル、新しく覚えた魔法はどう?」
魔法を行使し終えたセシリアが、メイベルに問いかける。
「どう、と聞かれても困ってしまいますけどぉ……イルミンスールを護るためのお役には立てていると思うのですぅ」
すっ、と火種が消えた掌を見つめて、メイベルが答える。新しい魔法、新しい力がどれほどの効果で、どれほどの価値があるのかはすぐには分からない。けれども、自らの魔法が、自らの力が魔物を追い払い、仲間たちを護っているということは、メイベルも十分理解していることであった。
「今は、わたくしたちの出来ることをするだけですわ。わたくしたちには、出来るだけの何かを持っているのですから」
メイベルとセシリアのところに戻ってきたフィリッパが、勇気付けるかのように言葉を紡ぐ。
「うんうん、そうだよね! あっ、フィリッパちゃん、ここ怪我してるよ。今治してあげるね!」
言ってセシリアが、フィリッパに治癒の魔法を施す。
「あらあら、ありがとう。じゃあ、わたくしも行ってきますわね。事が済みましたら、カフェテリアでお茶でもいたしましょう」
「うん、またねー!」
「行ってらっしゃい、気をつけてですぅ」
メイベルとセシリアに見送られて、フィリッパが再び前線へ駆けていく。
「さーて、僕たちもばんばん魔物を倒しちゃうぞー! メイベル、頑張ろうね!」
笑顔のセシリアに微笑んで、そしてメイベルとセシリアは同時に、掌に魔法の種を浮かばせた。
魔物の吐く冷気が、仲間を襲う。
「そんな攻撃は、ボクたちには無駄なのです!」
冷気が仲間を包み込む直前、一歩前に躍り出たヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が加護の力を発動させる。仲間をぼんやりと包む光は、冷気から身を護る盾となる。
(カイン先生の指示は『一匹たりとも魔物を通すな』! 悪い魔物は、絶対に通さないのです!)
飛び掛ってきた魔物の爪による攻撃を、ヴァーナーは手にした盾で弾く。衝撃で身体が後方にぐらつくが、傷などの損害は負っていない。
「あの子を傷つけるものは、許さないですわ!」
なおも攻撃を仕掛けようとする魔物へ、セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)が放った火弾がその足を止める。そして、足を止めたことが魔物にとって致命傷であった。
「みんなを傷つけさせません! ボクがみんなを護ります!」
ヴァーナーの繰り出したランスを身に受けて、魔物が吹き飛ばされ、地面に身体を打ち付ける度に悲鳴をあげる。三度目の接触でようやく止まった魔物は、そのまま起き上がることなく融解し、地面に吸い込まれるように消えていった。
(ヴァーナー、まずはおぬしの好きにしていいですわ。フォローはわてがしますわ)
勇敢に戦うヴァーナーを、セツカが見守る。
(……しかし、カイン先生はいいとして、リンネとモップスは怪しいですわね。もしかしたら操られている可能性も否定できませんわ。……ここは一つ、連絡を密に取る必要がありますわね。大規模魔法の準備も始まっているでしょうし)
着々と準備が進められていると思しき計画のことを頭に入れつつ、携帯を取り出し、各方面に連絡を取り始めたセツカの前方で、槍を高々と掲げてヴァーナーが仲間を鼓舞する。
「ボクたちは負けないです!」
「折角の休日を思い切り邪魔してくれちゃって……あの氷精、一発ぶん殴ってやらないと気がすまないわー」
魔物の攻撃を受け止め、後方で援護する者たちを護りながら、片野 永久(かたの・とわ)が愚痴を漏らす。
「うーん、カヤノちゃんって悪い子だったんだね。ボクちょっと残念だよ。で、そのカヤノちゃんはどこにいるんだろうねー」
「ほうほう、氷の精霊はカヤノというのですか……そして雪の精霊との百合、これはいいネタになりそうです! ……おっと鼻血が」
首を傾げる三池 みつよ(みいけ・みつよ)の横で、グレイス・ドットイーター(ぐれいす・どっといーたー)が自らの妄想にすっかり心を奪われていた。
「そうなのよねー、まずはカヤノを見つけないと……ってグレイスは真面目にやりなさーい! 馬鹿なこと考えてると置いてくわよー」
「ああっ、待ってください永久さんっ」
追いすがるグレイスにため息をついて、上空を見遣った永久の視界に、キラリ、と光る何かが映り込む。
「むむ、もしかしてカヤノ!? コラそこのバカ精霊! あんたの存在そのものが寒いのよ!」
「ええっ!? どこですかどこですか、どこにいるんですか!?」
その光る何かへ向けて挑発するような言葉を投げかける永久の横では、既に準備万端といった様子のグレイスが息を荒くして、今か今かと待ち構えていた。
しかし、光る何かはカヤノではなかった。それどころか、光る何かの数は急激にその数を増していく。
「……うーん、遠目でよく分からないんだけど、ボク、何かいやーな予感がするんだよね……」
みつよの予感はどうやら現実となったようで、十を超えるであろう氷の魔物、結晶がいくつも寄り集まって出来た生物が「余計なお世話だ馬鹿者」と反論するかのように明滅を繰り返しながら、永久たちへ迫っていく。
「あわわ、ど、どうしましょう永久さん!?」
「……って何か大量に来たー!? に、逃げるわよっ!!」
慌ててその場を離れる永久たちの周囲を、魔物が放った氷の塊が抉っていく。
「永久もしかして、カヤノちゃんを一発殴ることしか考えてなかったりする?」
「当たり前でしょー! それが済んだら清々した気分で逃げ帰るつもりだったわよー!」
「えー!? ていうかこういう事するなら他の皆と連携取るとかしようよー!」
「そんなの面倒よ!! ……ってギャー冷たいわー!」
氷の雨に全身を撃たれながら後退する永久とみつよの横では、「残念です、カヤノさんとレライアさんの百合……おっと鼻血が」と呟くグレイスが、危うく貧血になりそうな出血を繰り返しながら、幸せな表情に浸っていた。
【センター】での激しい攻防が繰り広げられている、その両脇ではやはり、魔物との戦闘が展開されていた。
「ここから先は、行かせはしません!」
綾瀬 悠里(あやせ・ゆうり)の掌から炎が呼び出され、瞬く間に眼前の魔物が炎で包み込まれる。
「悠里さんは、私がお守りします!」
動きが鈍った魔物へ、踏み込んだイエス・キリスト(いえす・きりすと)の手にした武器が、まるで茨を纏った鞭のようにしなやかに魔物を撃ち、抵抗力を奪っていく。
「悠里もイエスも、無理は禁物よ。私たちで上手く立ち回りましょう」
千歳 四季(ちとせ・しき)の発動させた加護の力が、皆の抵抗力を高める。【センター】の左、【レフト】でもやはり、空中で地上で剣戟の音、爆発の音が無数に響き渡っていた。
(他の場所はどうなっているでしょうか? おそらくここと同じように襲撃を受けていると思われますが――)
他のグループの様子を案じた悠里の目の前に、前衛の者たちの攻撃を掻い潜って、魔物が飛び込んでくる。追撃を受けながらも、悠里に狙いを定めた魔物が一撃を見舞うべく踏み込む。
「悠里さんっ!」
魔物の振り上げた爪が悠里に届こうかといった瞬間、その前に立ちはだかったイエスが攻撃を代わりに受け、彼女の後ろ斜め方向に吹き飛ばされる。襲撃を失敗と悟った魔物が、追撃を振り切って他の魔物と合流を図ろうとする。
「っ! 逃がしはしません!」
険しい表情を浮かべた悠里が、掌に雷の種をまとわせ、それを前方の魔物へ向けて掲げる。呼び出された雷撃は一直線に魔物を穿つが、仕留めるには至らない。
(威力が足りませんでしたか……あの魔物の討伐は、仲間に任せましょう。今は――)
背後を振り向き、悠里がうずくまるイエスへ駆ける。四季もほぼ同時にイエスへ向かっていた。
「もう、無理しないでって言ったのに。今治療するから、大人しくしていなさい」
やれやれとばかりに呟いて、四季がイエスへ癒しの魔法を施していく。
「悠里さん、大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」
「ええ、おかげで大丈夫です。今は自分の心配より、怪我を治すことに専念してください」
悠里の身を心配するイエスに微笑んで、悠里が立ち上がる。
「イエスのことはお願いしていいですか?」
「ええ、任せておいて。悠里、あなたまで怪我されたら困るわ、気をつけなさい」
「大丈夫です」
四季の言葉に頷いて、悠里が二人より数歩前に出る。
(……ここは、自分が守り抜いてみせる!)
決意を秘めた瞳で魔物を見据え、悠里が魔術を展開させる。
魔物の応酬は、イナテミスを襲った時よりは控えめであるように感じられた。しかしそうであっても、一体一体が弱いわけでは決してないこともあり、支援や治療の必要性はやはり高かった。
「皆さん、頑張ってくださいですぅ!」
カインの指示で【レフト】に回ったシャーロット・マウザー(しゃーろっと・まうざー)が、戦いに赴く冒険者に加護の力を行使する。彼女の力に戦う勇気をもらった者たちが、意気勇んで戦線へと向かっていく。
「オリヴィエ、無理は禁物ですよっ! ふらふら〜っとどこかに行くのもダメですよっ!」
「大丈夫ですわ。私自身のことですもの、その程度はわきまえていますわ」
オリヴィエ・クレメンス(おりう゛ぃえ・くれめんす)が、手にした銃から弾丸をばら撒き、魔物を擾乱させる。次いで前衛の冒険者による吶喊で、魔物がまた一匹、地面の水分と化していく。
(イルミンスールが危険なのに、私、同じことしかしてない気がするですぅ。支援とか治療以外に、私ができることはないのですか?)
勇敢に戦う者たちの背中を見つめて、シャーロットが自分に問いかける。彼らが全力で戦えるのも、支援や治療をする者たちが居てこその結果なのだが、それでも彼らよりは負担が少ないという思いもあるようであった。
瞬間、金切り声が上空から響く。見上げたシャーロットの視界に、空中を旋回する魔物が、上空から氷の塊を落としていた。氷は鋭く地面を抉り、冒険者が慌てて避難し始める。
(あの魔物のせいで、皆さんが困ってますぅ。……私の武器なら、あるいは……!)
決意を固めたシャーロットが、オリヴィエを呼ぶ。
「オリヴィエ、私の武器をくださいですぅ!」
「あら、これを使う気になったのね。いいわ、受け取りなさい」
言ったオリヴィエの身体から、武器の欠片が飛び出る。それをシャーロットが引き抜けば、矢の番えられたクロスボウが姿を表した。
「あっちへ行くですぅ!」
シャーロットがクロスボウを構え、空を舞う魔物に向けて矢を放つ。
ほぼ同数の戦いとあってか、戦線はどちらが有利か未だ分からない状況にあった。
「できれば魔物の後ろに回りこみたかったけど、まだちょっと早いよね?」
魔物の繰り出す攻撃を防御して、通常より長い槍を器用に操って魔物を追い払ったユーニス・シェフィールド(ゆーにす・しぇふぃーるど)が、背後で回復と支援に努めているモニカ・ヘンダーソン(もにか・へんだーそん)に問いかける。
「そうだね、今勢いだけで進んじゃうと、魔物に裏をかかれて突破されちゃうかもだね。それに、魔物はまだ本気を出していないと思うんだよ」
「あ、やっぱりそうなの? もう終わり〜? って思ってたんだけどね。……じゃあ、奇襲だー! って感じでボクたちの背後から出てきちゃったりするのかな? うわー、そうなったらどうしよう〜」
「……モニカたちの後ろに出たら、そのままイルミンスールに向かっちゃうよー。何かおかしいことがあったら、先生方から連絡が来ると思うよ」
「そっか。じゃあ、今のところはここで魔物を食い止める、でいいんだね? よーし、今日は頑張っちゃうぞー!」
ユーニスが張り切りながら魔物を押さえ込みに行くのを、モニカが微笑ましげに見遣る。
(……もしかしたら、魔物がモニカたちの背後を襲うこともあるかもしれないけど……その時は大丈夫、ユーニスはモニカがちゃんと守ってあげるのです!)
魔物の行動は時に予想を超えることだってある。それでもモニカには、ユーニスだけは絶対に守れるという自信があった。それは実力云々というよりは、お互いを信頼し合う心が彼女にそう思わせているのだ。
「うわーん、魔物に噛まれたー、いたいよー」
「そのくらいで泣き言言ってないで、頑張るです!」
早くも下がってきたユーニスに、モニカが激励の言葉をかけて再び送り出す。
「さてと、ここはちょっと人数が少ないみたいだから、その分張り切っていかないとな。アク、飛空挺の制御の方は頼むぞ」
「うん、任されたよ。ショウには魔物の方をお願いするね」
カインの指示で【レフト】に回ることになった葉月 ショウ(はづき・しょう)が、上空から魔物の群れを見遣って呟く。彼の前には葉月 アクア(はづき・あくあ)が立ち、彼らの乗る飛空挺を制御していた。
「よし、まずは一撃……行けえっ!」
ショウが両手で弓矢を番え、魔物の中で比較的動きの大人しいモノに狙いを定め、放つ。音を立てて飛ぶ矢はやがて熱を帯び、炎をまとって魔物へと飛び荒ぶ。魔物が直前に危険を察知して飛び退いたため直撃とはいかなかったが、炎の余波が魔物の動きを鈍らせた。
「ちっ、一撃必殺とはいかなかったか。でも次は外さない――」
「ショウ、上から来るよ!」
「何、上からだと!?」
ショウが慌てて見上げた先、彼らが飛ぶ位置のさらに上空から、鳥の姿をした魔物が向かってくるのが見えた。
「どうするの? このまま迎え撃つ? それとも回避?」
「回避だ、アク。高度を下げて魔物を引きつけ、一気に高度を上げて上空から叩く!」
ショウの指示通りに、アクアが飛空挺を操作する。その間にも魔物はみるみる距離を詰め、十分姿が目視できる距離まで近付いていた。
「今だ!」
その声で、飛空挺が一気に高度を上げる。振り落とされないように掴まりながらショウが魔物の様子を見遣れば、攻撃目標を見失って右往左往する魔物の姿が映る。
「今度は外さないぜ! 行けえっ!!」
再びショウが弓矢を番え、必中の思いを込めて放つ。その思いを受け取ったかのように、炎を纏った矢が吼えるように魔物の背中を貫き、炎が魔物を包み込む。
「よっしゃあ! 思い知ったか!」
墜落していく魔物に一瞥くれて、そしてショウとアクアは次の標的に向かっていった。
【センター】の右隣に位置する【ライト】でも、やはり魔物との戦闘が開始されていた。
「魔物が向かっている? 分かった、それは僕たちが向かおう。そちらはよろしく頼む」
情報を交換し合った高月 芳樹(たかつき・よしき)が、アメリア・ストークス(あめりあ・すとーくす)を連れて目的の場所へと飛ぶ。瞬く間に、報告のあった魔物が数匹、防衛ラインの薄いところを食い破るべく進軍を続けていた。
「人数のおかげで、あちこち動き回らないといけないところが厳しそうね」
「ああ、そうだな。だからこそ連絡を密に取り合い、素早い移動が求められそうだ。……まずは目の前の魔物を叩くぞ!」
「了解したわ。芳樹、無理はしないでね」
アメリアの言葉に頷いた芳樹が、箒を魔物へと向ける。抜いた剣の先に魔力を凝縮させ、解き放てばそれは火弾となって魔物の群れに降り注ぐ。
「ここから先へは進ませない! 燃え尽きなさい!」
動揺を見せる魔物へ、アメリアの掲げたワンドの先から炎の種が落ち、それは地面に火柱となって吹き上がる。突き上げるような炎に焼かれた魔物の悲鳴が連鎖して響く。そして、一通り魔法の行使が済んだのを確認して、地上に控えていた仲間の者たちが一斉に魔物へと向かっていく。その絵図はさながら、爆撃機による支援を受けた戦車部隊といえよう。
「まずは成功したみたいだな。この調子で魔物を倒していけば、カヤノが出て来るはずだ。それに合わせて奇襲が成功すれば、カヤノも簡単には逃げられないだろう」
「そうね。そのためにも、私たちは私たちのできることをしましょう。芳樹、次はどこへ向かえばいいかしら?」
アメリアの問いに芳樹が答え、アメリアが頷く。確かな成長と自信を滲ませながら、芳樹が次の地点へと飛び向かっていく。
「むむ? 『ちょっと手が空いてるんなら手伝って』と言われて来てみれば、いきなり戦闘が始まっておるな」
「ひぇぇ〜、ま、魔物がたぁ〜っくさんいますよぉぉ〜。怖い、怖い、怖い、こわ〜いですぅ」
冒険者と魔物との戦闘という状況下を、未だよく把握していない様子の魔楔 テッカ(まくさび・てっか)に、マリオン・キッス(まりおん・きっす)がすっかり怯えた様子でひっついてくる。
「ほれマリオン、幾らビビっても意味ないから覚悟を決める。戦わなきゃやられちまうし学校がなくなるしで散々なことになるんだからさ」
「……は、はい、何とか、が、がんばっちゃいますぅぅ」
テッカに宥められて、マリオンが何とか戦う勇気を振りしぼる。
「それじゃいつもの行くよ? ……テッカセッタァァァ!!」
テッカの掛け声と共に、二人が光に包まれていく。
説明しよう!
テッカとマリオンは合体することによって『テッカマリオン』となり、単体の時とは比べ物にならない力を発揮することが出来るのだ!!
マリオンの前髪で隠れた瞳が光る時、世界はその力に震撼するという――。
「……まあ、文章だけなので、実際に合体しているかどうかは分からんのだがな」
「そ、それを言ったらおしまいですぅぅ〜!」
うろたえるマリオンを標的とみなしたのか、魔物が牙をきらめかせて駆けてくる。
「はいマリオン、余計なツッコミ入れない。よそ見しない。左に魔物が来ておるぞ。その手に持っている剣は何のためにある?」
「ま、魔物を倒すためにありますぅぅ〜! い、行っちゃうですよぉぉ〜!」
テッカの応援を受けて、マリオンが剣を振り上げ、魔物に切りかかっていく。魔物も舐めてかかっていたのかもしれないが、振り下ろした剣は魔物の眉間を貫き、木の幹まで吹き飛ばされた魔物は砕け散り、風に消えていった。
地に足をつけた魔物が、思わず竦みあがりそうな咆哮をあげる。それに答えるかのように、宙を舞う魔物も鳴き声を返し、戦場は様々な声の応酬が繰り広げられていた。
「カヤノ……気持ちは分かるよ。でも、さすがにこれはやりすぎだよ。こんなの……レライアも喜ばないと思うよ?」
その光景を目に留めて、ミレイユ・グリシャム(みれいゆ・ぐりしゃむ)が今はこの場にいない者のことを思いながら呟く。
「私も、彼女のやり方には賛同しかねます。できるなら二人、分かり合っていただきたいところですが……」
シェイド・クレイン(しぇいど・くれいん)がミレイユの言葉に頷く。
「うん……カヤノに、伝えられたらいいな。でも、今は――」
ミレイユが表情を引き締め、そして掲げたロッドに魔力が集まっていく。
「――攻めてくる魔物を倒して、ワタシたちが帰る場所を守り切る!」
決意の言葉と共に放たれた火弾は、途中で無数の子弾に分裂して魔物へ降り注ぐ。羽根を休めていた鳥の姿の魔物が危機を感じ、慌てて羽ばたいて空中に逃れようとする。
「シェイド!」
「ええ、分かっています。みすみす行かせるわけには!」
シェイドが、かざした掌に火種を灯らせ、炎の塊にして放つ。その攻撃に片羽根をもがれた魔物が、悲鳴をあげながら再び地上に落下していく。
そこに、仲間がやられたのを見つけたのか、数匹の空を舞う魔物が相次いで飛び荒んできた。
「落とした敵はお願い! ワタシたちは空中の魔物を迎撃するよ!」
地上で魔物と切り結んでいる冒険者に呼びかけて、ミレイユが魔法の詠唱を開始する。
(カヤノ……レライアのためにも、これ以上、思い通りにはさせないよ!)
強い意思によって生み出された炎が、青に染まる空を一瞬、赤々としたものに変えていった。
「だ、大丈夫ですか!? えっと、今治療しますね……ええと、確か教本の85ページに……」
魔物の攻撃を受け、苦痛に顔を歪ませる冒険者に対して、葉 風恒(しょう・ふうこう)が教本に目を通しながらおぼつかない手つきで治癒を施していく。
「手順はこれで……あれ? どうして包帯が虹色に? 本では淡い光を放つはずなのに……」
教えられた通りにやっているはずなのに、どうも上手くいかないようで、風恒が首を傾げる。
(効果も出てないみたいだ……どうすればいいんだろう……)
変わらず呻き声をあげる負傷者を前に、それからも何度か同じ手順を試みるものの、やはり上手くいかない。
(どうしよう、治してあげたいのに……お願い、この人の傷を治して!)
そう願いながら、風恒が何度目かの手順を繰り返した直後、包帯が淡い光を放ち始めた。
「あ、あれ? 出来た! 僕にも出来ました!」
苦痛から解放され、穏やかな表情を浮かべる負傷者に、風恒がほっと息をつく。
(魔法には、こうしたい、っていう思いも必要なんですね。うん、この調子でお役に立ってみせます!)
少しだけ自信を持った風恒が、次の負傷者のところへと向かっていった。
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