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桜井静香の冒険~帰還~

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桜井静香の冒険~帰還~

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第3章 ゆるスターお世話の会


 賭場で借金のカタに捕らえられていたお嬢様達に、状況と万が一の避難経路の説明などを終え、村上 琴理(むらかみ・ことり)はとある船室に戻ってきていた。
 たいして広くもないその飾り気のない船室には簡素な机が置かれ、その上にゆるスターの入ったケージが並んでいる。世話をしている生徒に混じって、一人だけ毛色の違う──中年男性に見える教導団の軍服を着た男が、所在なさげにしていたが、彼は琴理を見付けると、進み出てきた。
「初めましてだ、俺の名前は教導団の松平 岩造(まつだいら・がんぞう)だ。金団長の命令で君達を守るようにここへ向かわさせることになってね。百合園の生徒達のゆるスターはどれも可愛いみたいだな」
「初めまして。私は百合園女学院高等部に在籍しております、村上琴理と申します」
 一瞬面食らいながら、琴理は可能な限り丁寧な声音で返事をする。
 ちなみに、金団長──教導団の金鋭峰はそんな命令など下していない。この船旅のことだって多分知らないし、一介の生徒を護る必要もない。桜井静香がいるにはいるが、彼女や船を護るためにやって来た教導団の女性陣は、あくまで好意でしてくれているのだった。
「ゆるスターを可愛いと思っていただけるのは嬉しいです。ここにいるのは、百合園生のゆるスターに限りませんけど……みなさんのゆるスターは確かに可愛いですね」
 お手伝いに来てくれている百合園生の何人かは、好きな着ぐるみを着せて可愛くしている。
 うん、と岩造は頷いた。
「実は俺はゆるスターを食べる事しか思っていなかったんだ。どうしても食べたがる欲望につれてしまうんだ。私は何と言う醜い人間なんだろう。そんな醜い人間と話してよかったんだろうか」
「ゆるスターの唐揚げが好物なのはゴブリンって聞きましたよ。ええと、そう、……松平さんと話すのは私は別に構いませんが……あ、もしかしてそういう意味じゃなくて……話したことを後悔するのだったら話さなくていいですよ。忘れますから」
 と言いつつ、琴理は一歩、退いた。彼の発言に、お世話をしている何人かの生徒も少し身構える。
 葛葉 翔(くずのは・しょう)などは、もしゆるスターの身に何かあったら跳び蹴りでも喰らわせてやろうと考えていた。
「俺だって本当はゆるスターをどうしても欲しいんだ。ゆるスターと最後まで一緒に側にいてあげたい。ゆるスターは私が最後まで守ることを約束する」
 そう言って側のゆるスターを無造作に取り上げようとした彼を、
「食べたり変なことしたら駄目だからねっ!」
 お世話をしていた一人、ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)がすかさず注意する。ちなみに、本来彼を止めるべき岩造のパートナーの機晶姫ファルコン・ナイト(ふぁるこん・ないと)は、彼と離れて現在甲板で湖賊100人斬りをしようとしていた。
 ミーナは、菅野 葉月(すがの・はづき)と腕まくりをして、ゆるスターを洗い中だ。
 働かされて疲労して、汚れたゆるスターを机の上に載せ、背中やお腹のチャックをチーッと引き、着ぐるみをくるんと脱がせる。両手で包み込めそうなゆるスターはくんくんと鼻を両手にくっつけてくる。くすぐったい。
「可愛いなぁ……」
 珍しく葉月以外にうっとりとしているミーナを微笑ましく思いながら、葉月はゆるスターを万歳させたり転がしたりして、瞳や毛並み、肌に異常がないか確認一旦してからケージに入れる。彼らの毛並みは色々で、白に濃いも薄いも、茶色や黒などのぶちやしまがある。地球のハムスターとよく似ている。
 汚れてしまった着ぐるみは桶につくった石けん水でじゃぶじゃぶ洗っていく。
「元の飼い主がいるかどうか、調べられるでしょうか? もし飼い主がいなければ、引き取りたいのですが」
「一旦証拠品として軍に渡すつもりですが、持ち主がいなければ、譲ってもらえると思いますよ」
 落ち着いた美形の葉月の意外な言葉に、琴理が返す。
 着ぐるみを脱がされたゆるスターの方を、翔は別の桶の水でちょこちょこ拭きながら、純白のゆるスターに目を留めた。さっきまで薄汚れた着ぐるみを着させられていた一匹だ。他のものより毛並みが何倍も美しく、気品すら感じる。
「お、こいつなら似合うかもしれない」
 彼は新しい着ぐるみを取り出した。うさぎの着ぐるみ──旅行初日のオークションで大金を払って落札した、桜井静香お手製の着ぐるみだ。だが、彼には着せるためのゆるスターがいない。この子を飼ってやりたいが、証拠だから無理だろう。
 だったら、この衣装を着ていれば、きっと上流階級の人が拾ってくれるに違いない。プレゼントをしよう。
 ──立派な人に拾われろよ……。
 桜井静香のファンでもある翔が、熱血漢故か、けなげな決意をして着せていると、そのゆるスターに同じく目を引かれたベアトリス・ラザフォード(べあとりす・らざふぉーど)が、氷川 陽子(ひかわ・ようこ)を呼んだ。陽子は毛並みを確認すると、琴理に、
「何故このゆるスターがここにいるんですの?」
 陽子がみたところ、この純白のゆるスターは、話に聞いたことがある“真珠”だ。社交界では有名な個体である。
「もしこの子が“真珠”なら、オーナーはどなたですの?」
「私の知っている限りでは……この子がもし“真珠”なら、ヴァイシャリー貴族のご婦人が飼っているはずです」
「ではその方に返すべきですわよね」
「ええ、勿論そのつもりです」
 軍に返す前に自分で、とは言わない。陽子は彼女が“真珠”を利用するのではと見ていたが、簡単に口を割りそうにはなかった。
「大丈夫ですよ、私は唐揚げにしたりしませんから。おいしそうな衣ならぬ素敵な衣装はそちらの葛葉さんが着せてくださっていますけどね」
 静かに攻防が行われているその横で、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)マグ・アップルトン(まぐ・あっぷるとん)は大勢のゆるスターにまみれていた。二人のゆるスターも肩に乗っている。プレナのプティは赤リンゴ、マグのキーリは青リンゴの着ぐるみ姿だ。二匹はプレナとマグのように兄弟である。
 まみれているのは、拭いて毛並みがふこふこになったゆるスターに、ご飯をあげているせいだ。左手にナッツを満載させて、右手で餌を与えていたが、いつの間にか両手がどちらも占領されていた。
「だ、だめ、くすぐったいよぉ〜」
 左手をくんくんふんふんされて、プレナが悲鳴をあげる。
「ホントにナッツで良かったのかなぁ」
 マグが半信半疑で手の中のアーモンドやヒマワリの種のミックスを眺める。
「こんなに食べてるんだもん、大丈夫だよぉ」
 笑い転げながら、プレナが返事する。
「ゆるスターの飼い方の本があればいいんだけどなぁ……知ってる人はいないかな?」
 本当のところは、ゆるスターは雑食である。草に木の実・雑穀から、昆虫の幼虫に花粉も食べる。貴族の中には観賞用だからと、綺麗な花ばかり食べさせるようなご婦人もいるらしいが、体調を壊したりするので、きちんとバランスよく食べさせるのが重要……らしい。プレナの想像通り、ハムスターと同じだ。