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リアクション
第6章 H・H・H
彼女募集中の如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、クリスマスに続いて遭遇したホレグスリを使ってリベンジしてやろうと、薬を持って園内を歩いていた。
(不純な動機かもしれないけど、折角のいい機会だからな! まあ、解毒剤もあるし……)
その時、1人で歩いている女子の姿を見つけ、正悟は声を掛けた。
「なあ、もしかして1人?」
振り返った栂羽 りを(つがはね・りお)は、元気良く彼に答える。
「うん! 遊園地にタダで入れるって聞いたから遊びに来たんだ! なんか、薬がどーのこーのって聞いたような気がするけど気にしない♪」
「薬?」
ついどきっとしてしまう。りをはそんな事には気付かず、あっけらかんと言った。
「何の薬か知らないけど、関係ないと思うよ! それより、今日はいろいろ乗りまくるんだ!」
はりきってアトラクションに向かう彼女に、急いでついていく。
「俺も一緒に行っていい? 2人の方が面白いだろ」
「いいよー! どれから乗る?」
それから正悟とりをは、ジェットコースターやコーヒーカップなど、とにかく乗りまくった。最後に観覧車を選ぶ頃には、りをは正悟と腕を組んでとろんとしていた。
「今日は楽しかったねー。なんかいっぱいカップルがいて、いろんなことしてたけど……私たちもやっちゃう?」
「えっ、いや、それは……!」
ホレグスリを飲んでも元気で裏が無いからだろうか。正悟は慌てた。
「えー、やってみたいなー……」
「ひなたんがソコまでヤれる子だとは……私ビックリです」
「たまたんの熱いナニカが私をそうさせちゃったのですー」
「うわぁ……なにやってるのあの人たち! なにやってるの!?」
観覧車のゴンドラの窓に、交互に姿を現す男女の姿。彼らは正に、本能だけで貪り合う二匹の獣となっていた。その肢体には衣服の影などどこにも無い。
桐生 円(きりゅう・まどか)は、興奮してビデオカメラを覗いていた。音声が聴けないのがおしい所だ。「限界超えたまま絡み合うのは究極の中の一つですねっ」とか言っているのに。
カメラを奪い、オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)もそのゴンドラにレンズを向ける。
「あっつあつねぇ〜」
横目で円を見ると、彼女は染めた頬を両手で覆って観覧車を凝視している。
まだ恋愛ってよくわからないし、サンプルも兼ねてホレグスリを使っているカップルを撮影しようと遊園地を訪れた円。面白そうだなー、という軽いノリだったが、まさかこんな画が撮れるとは。
そして、彼女達を見詰めて薬の小瓶を持つ少女が1人。
「うーん、喉が渇いたなあ……。決めた! あの人達にしよう!」
深夜に遊園地が開いてるなんて珍しいなー、1人じゃちょっと寂しいけど、せっかくの機会を楽しもう! と遊びに来た久世 沙幸(くぜ・さゆき)は人集りを見て初めてホレグスリの存在を知り、飲むつもりはないながらも2本貰っていた。
(それにしても、このままだったらこのピンク色でホレグスリなのはバレバレだろうけど、飲み物に混ざっちゃったらきっと分からないよね。男の人に惚れちゃうのなんてゼッタイにイヤ!)
実物を手にしてそう思った沙幸は、水分が欲しくなった時に女の子を見ながら薬を飲むことにしたのだ。
(ねーさまが来てれば、一緒に飲んだんだけど……もう寝ちゃってたからなー)
その後、沙幸は円を求め、慌てた円と迫る沙幸をオリヴィアがビデオに撮影した。
最近、教導団にこき使われまくってウンザリしていた霧島 玖朔(きりしま・くざく)は、気晴らしにと思って乗ったジェットコースターを後にし、園内を歩いていた。
(……しかし、何が面白くて一人で遊園地に来てるんだろう俺は)
ポケットの中で小瓶を転がす。変な奴が何かを配っているので近付いたら、それはホレグスリだという。丁度、チョコレートを2つ持っていたから2本貰ったが、さて本当に効くのだろうか。
「ん?」
前方から見知った顔が歩いてくる。白波 理沙(しらなみ・りさ)だ。お互いにすれ違う直前で足を止めると、彼女から声を掛けてきた。
「偶然ね、今日は彼女、一緒じゃないの?」
「いや、1人だ」
「私も1人なの。タダで乗り放題! て噂を聞いて暇だったから遊びに来たんだけど。時間も遅いし、彼を誘うのも悪いかなって気がして」
「へえ……」
その時、玖朔の中にちょっとした好奇心が生まれた。小瓶を出して彼女に見せる。
「何かの試薬品って渡されたんだけど、一緒に飲むか?」
「試薬品? 栄養ドリンクみたいね。いいけど……」
2人はほぼ同時に蓋を開けて、ホレグスリを飲んだ。
(……あれ? この味どこかで飲んだ記憶が…………て、これってまたなのかっ!)
遅まきながら、理沙は薬の正体に気付いた。イルミンスールで猫のようになったことを思い出す。
(でも……あ、なんかドキドキしてきちゃった……こ、今回はヤバイかも……?)
「白波、俺……」
「く、玖朔、私……」
人気の無い場所に移動すると、玖朔は後ろから理沙を抱擁して両胸をワシ掴んだ。理沙の身体がびくん、とする。『誘惑』の特技を用いて、彼は耳元で囁いた。
「なあ、触ってもいい?」
「……うん、少しなら、良いよ……」
身体を密着させて、理沙の髪や身体の匂いを嗅ぐ。
「どうしてかな、触ってもらうと安心する。凄く嬉しいの……恋、しちゃったのかな?」
こちらを向かせて、指で唇をなぞってみる。吐息が掛かり、それがまた玖朔をインモラルな気分にさせた。
遊園地の雑多な騒音が聞こえてくる。日常から乖離した世界でお互いを触り合う。
しかし――唇を合わせることだけは、2人共しようとしなかった。
無意識の中でも、一番大切な人の存在は変わらない。
「好きだよ……」
「私も……あ、でも……私が本当に、好きなのは……あれ……?」
「ん……? 俺が好きなのって……あれ……?」
『……あれ……?』
2人が身体を離したのは、同時だった。
「お、お、お、俺っ! 今……何やって……」
「あ、ああっ! やっぱり猫じゃ済まなかった! で、でも、キスはしてないよね? 服も着てるよね?」
それから、真っ赤になった玖朔と理沙はお互いに謝り倒した。特に玖朔は、両胸をワシ掴んだことを謝り倒した。
「レイナちゃんかわいいわ、なかなかなびいてくれなかったけど、やっとあたしのものにできるのね」
どりーむは、逃げ続けていたレイナにホレグスリを飲ませることに成功していた。遊園地の中を走り回ったことで、彼女達の周囲には多くの男女が集まっていた。薬を飲んだ瞬間に目の前を通過された人々が2人に惚れ、追いかけてきて大集団になってしまったのだ。レイナが氷術で足元を凍らせて、追ってくる人を転ばせたりもしたが、それでも結構な人数だった。
男を集めて子守唄でさっさと眠らせると、どりーむはかわいい女の子達を侍らせて骨抜きにしていった。キスしたり、舌を絡ませたり、服の中に手を入れたり。
「あら? このショーツかわいい〜どこで買ったの?」
ある女の子にはこう言いながら下着を脱がしてしまったり――――――
「がまんしなくてもいいのよ? なんどでもしてあげるから……」
その後にはこんなことを言っていたり。
気絶している女の子達を見て、一時的にはぐれてしまっていたふぇいとが悲鳴を上げた。
「あ〜〜〜っ! こんなにたくさんの女の子にっ!」
顔を真っ赤にして息が荒くて、下着が膝より下までずれたまま倒れている子も。
「もしかして……さいごまでしちゃったの……?」
自分にも毎日してもらってるけれど、やっぱりどり〜むが他の人とするのは、嫌な感じがする。
そこに、どりーむが迫ってきた。
「ふふ、ふぇいとちゃんも一緒に楽しみましょ? んーっ」
「どり〜むちゃんまってっこんなのっんぐっあむっちゅっ」
深い口付け、やさしく愛されて、自分だけを見て欲しいのに…………抵抗できない。
ホレグスリが隠されていたのは一箇所だけではなかった。お化け屋敷の衣裳部屋にも、ダンボールは積まれていた。それを持ってきて配りながら、ぷりりー君が言う。
「ねえ、もう帰ろうよー。こんなことしたって空しいだけだってー」
角刈りをちりぢりにした全身黒コゲのむきプリ君は、噴水の枠にもたれかかってしかし目には闘志を漲らせて、言った。
「ここまでコケにされて帰れるものか! 女がホレグスリを嫌うのはわかった。これに関しては作戦失敗だ。だが、エリザベートへの復讐は絶対に果たす! 負けただけで終われるものか!」
粛清しようと来た者達の大半が、むきプリ君の中では女性と認識されていた。ミニスカメイドも撲殺天使も未だ女性だと思いこんでいる。
「悪役は勝てないって決まってるんだよ……そのうち、トンカチ持った奴が現れるかもね……」
そこに、眼鏡をかけた研究者らしき男性がやってきた。ドクター・クドー(どくたー・くどー)だ。
「ホレグスリと解毒剤を一つずついただけますかねぇ、ちゃんとチョコレートも用意してきましたよ……まぁちょっと普通じゃないかもしれませんが……」
「え?」
小声で付け加えたクドーの台詞に、薬の瓶を指に挟んだぷりりー君が怪訝な顔をする。
「おっと、なんでもありませんよ。できれば、今ここで食べてもらえると嬉しいのですがねぇ。さぁどうぞどうぞぉ」
ぷりりー君にではなくむきプリ君にチョコレートを渡す。
「う、うむ。じゃあ……」
チョコレートを食べるむきプリ君を見ながら、ぷりりー君は諦めたような息を吐いた。
(あれ、絶対に何か入ってるよ……)
「あれは病院に行った方が良いのではないか……? しかし男からチョコをもらってどうするというのだろうか、あの男は」
むきプリ君(直接はぷりりー君)とホレグスリの交換を済ませた天 黒龍(てぃえん・へいろん)は、人混みから離れてピンク色の小瓶に目を落とした。
(こんなものに頼らなければならないなど……情けない。だが普段の自分ではきっと、……口には出せないから)
飲む量によって効果を調整出来るという噂を聞いた。元々好きな場合はあまり効かないとも。ならば――
黒龍は薬を半分だけ飲むと、待たせていた紫煙 葛葉(しえん・くずは)に視線を固定して歩み寄った。
若干やってられなくなったぷりりー君は、休憩だと言って遊園地の中をぶらぶらと歩いていた。そこで目を留めたのは、肩を落として溜め息を吐いている女性だった。黒い前髪をきれいに切り揃えた、着物姿の美人である。手にはチョコレートを持っていた。
「ふられちゃったか……」
喧騒に紛れてしまっていたが、そう言っているように聞こえた。気になって近付いてみると、今度は「失恋しちゃたな……」という言葉ははっきりと聞こえた。
「どうしたの? 何かあった?」
なぐさめようと声を掛けるぷりりー君。振り向いた椿 薫(つばき・かおる)は、しめしめと思いながら寂しそうに笑った。個人でふらふらしている殿方の弱みを握ったら面白いかな、と女装をしてナンパ待ちをしていたのだ。
「嫌なことは、誰かに言うとすっきりしたりもするよ? オレで良ければ付き合うけど」
「いいんですか?」
「女の子がバレンタインデーに悲しい顔してるなんて、男として見過ごせないよ」
「それじゃあ……」
近くのベンチまで行くと、薫はぷりりー君にでっちあげの失恋話をした。待ち合わせていたのにそれを忘れて、彼が別の女性と歩いていたとかなんとか。
嘘だなどとは夢想だにしないぷりりー君は、それってホレグスリのせいなんじゃね? と思った。そうだとしたら、それは自分達の責任だ。
「大丈夫だよ。きっと明日になったらその女の人のことは忘れて、君のところに戻ってくるから」
「……本当に?」
「うん。オレが保証するよ」
「そんなにやさしくされたら……」
薫は少しだけ顔を赤らめてみせて、目を逸らす。
「もうさびしくなんかないです」
笑顔になると、彼は持っていたチョコレートをぷりりー君に渡した。女装する前にむきプリ君と交換したホレグスリがかけてある。
「これもらっていただけますか? 行きあてのないチョコですけど」
「え、いいの? 明日、改めて渡せば……」
「話を聞いてもらったお礼です」
にっこりとすると、ぷりりー君は素直に受け取ってチョコレートを食べた。薫は、ぽうっとした視線を送ってくる彼の顔を携帯で撮り、持っていた魔法瓶を開けた。蓋にホットチョコを注いでベンチに置く。こちらには解毒剤が入っている。
「少し席を外しますね、これ飲んどいてください。あったまりますよ」
そのまま立ち去ると、トイレに入って女装を解き、薫は人混みに紛れた。
「名前は聞かなかったでござるが、イルミンスールの制服を着てたでござるな。しかし女性好きそうな……また女装して会うのも面白いかもしれんでござる」
薫が去った方向を見詰めながら、ぷりりー君はホットチョコに口をつけた。全部飲んでから一言呟く。
「今の人、綺麗だったなあ……」
…………解毒剤、飲んだんだよね?
それからすっかり気分転換をしたぷりりー君は、むきプリ君の所へ戻った。そして彼は、哀れとしか表現しようのない相棒を目にすることになる。
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