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リアクション
第8章 聖バレンタインの温もりと痛み
ホレグスリと解毒剤は、ステージの裏に置いてあった。積まれたダンボール箱には姑息にも『衣装』と書いてあり、中を確認しないとその正体はわからない。
小瓶の中身を全部バケツに移して中和を終えた竜牙は、さっさとその場を離れようとした。あれ以来、どうにもたまとモニカの視線が痛い。
「竜牙」
それを呼び止めたのは、モニカだった。チョコレートをこっちに押し付けてくる。
「欲しかったんでしょ……あげるわよ」
「えっ、あ……」
彼女の前で女の子とイチャイチャしたいと言ったのを思い出す。
「いや、あれは……モニカとイチャイチャしたくないという意味じゃなくって……ただ単にモテたいというか、その……モニカはバレンタインとか興味ないかな、とか……」
「要らないなら私が食べるけど」
「要るって! うん、ありがとう……すっげー嬉しいかも……」
それにしても、モニカの態度はむきプリ君を油断させた時に似ている気がする。あのツンデレぶりは、まさか地だったのだろうか。受け取ると、彼女は先に歩き出してしまった。嬉しさと申し訳なさの入り混じった気持ちで包装を見ると、そこには『竜牙さんへ たま』と書いてある。
「……たま?」
それを聞きつけたモニカは早足で戻ってきた。ひったくるようにチョコレートを奪って硬直する。
(き、気付かなかったわ……)
「うぅ、ばれちゃいました。あれはボクのチョコレートなんですよー。モニカさんのは、むきプリさんにあげたやつですー」
「あ、ちょっと!」
珍しく動揺を見せるモニカ。
「え、マジで!? …………………………まだ、在るかな」
遊園地の休憩所。凝ったデザインの丸いガラステーブルと椅子が十数組設置され、カップルやその他、様々な客が足を休ませている。
「何か温かいものを買ってきます。ウィンディア、マスターをお願いしますね」
アリステア・レグナス(ありすてあ・れぐなす)が人混みに消えて暫し、ウィンディア・サダルファス(うぃんでぃあ・さだるふぁす)は唇を尖らせて言った。
「折角タダなのに色々乗らないのかよー」
「……アトラクションは酔うもん……留守番してるフランやマリアにもお土産買わなきゃだし……」
セルシア・フォートゥナ(せるしあ・ふぉーとぅな)ファンシーな柄の袋を抱えていた。中にはパートナー達へのお土産の他にも皆で選んだ雑貨が入っている。3人は、ずっとお土産店を周っていたのだ。
「お待たせしました」
そこに、アリステアがココアを持って帰ってきた。彼は2人にカップを渡して座ると、何かを探すような仕種をして再び立ち上がる。
「あれ? またどっか行くのかよ?」
「落とし物をしてしまったようなので、探してきます」
アリステアは適当な方向に歩いていくと、ちらりと2人に視線を遣る。落とし物をしたというのは嘘だった。
(さて、後の事は成り行き任せです。あのバカがどこまで自覚しているか……ですね)
セルシアは、忙しないなあと思いながらココアを飲んだ。ウィンディアの顔をなんとなく眺める。
(あれ……?)
彼女は、ウィンディアがいつもと違うような気がしてカップを置いた。
(……何か……変…………ウィンから目が離せなくなって……普段、笑ってたりはしゃいでるのと……また違った顔……頬杖ついてるとことか……こんなに大人っぽかったっけ……駄目……くらくらする……意識が……)
ウィンディアの姿が陽炎のように揺らめく。歩き回って疲れていたところにホレグスリを飲んで、身体が変調を来したらしい。
耐えられなくなって、セルシアはゆっくりと目を閉じた。
「ん? ルシア顔赤いぞ、熱でも……って 本当に具合悪そうじゃねーか!?」
慌てて席を立つと、ウィンディアは彼女の額に手を当てる。
「ちょっと熱いな。アリスも戻ってこねーしどーすりゃいーんだ……!?」
周囲を見渡してみるが、やはりアリステアはどこにもいない。
「……ウィン……どしたの……?」
振り返ると、セルシアが薄く目を開けていた。その表情を見て、パニックになりかけていた心が引き締まる。
「……そうだよな。不安にさせちゃ駄目だよな」
係員に救護室の場所を聞いて、彼はセルシアを抱き上げた。
ジェットコースターから降りると、クエスティーナははあはあと呼吸を乱していた。叫びを我慢していたから、酸欠ぎみになっていたというのもある。
「大丈夫か?」
休憩所の椅子に座ると、クエスティーナは笑う。
「はい……怖かったけれど……楽しかったです……」
「怖かったなー。いや実は、俺も絶叫系は苦手なんだ。飲み物買ってくるなー。ちょっと待ってて」
安心すると、晴久は売店に走った。暖かいコーヒーと……あと、これが良いかな。
指にひっかけたのは、うさぎのキーホルダーだった。
「さすがに疲れてきたし休憩するかねー」
椎堂 紗月(しどう・さつき)が言うと、有栖川 凪沙(ありすがわ・なぎさ)は用意していた折りたたみ椅子に座り込んだ。
「うー、結構疲れたよー」
「えっと……これは、まさか飲むわけにはいかないから気をつけないとな」
配っていたジュースを簡易テーブルに置いて、紗月はホレグスリの入っていないジュースを探す。しかしその動作があまりに自然で、且つ置かれた場所が目の前だったことから凪沙は紙コップを手に取った。
「あ、飲み物用意してくれたんだ? ありがとー」
喉が渇いていたので一気飲みする。
(紗月、何やってるんだろう。座らないのかな? うん、このジュース暖かいなー。顔がぽかぽかする……あれ? これ、冷たくなかったっけ……?)
安全なお茶をコップに注いでテーブルに置くと、紗月は向かいの椅子の背を引いた。凪沙の様子を訝しんだのは座った後だ。
「凪沙? どうしたんだよお前……?」
顔を赤くしてとろんとしている彼女の状態には見覚えがあった。さっきまで散々目にしていた、雪だるまに惚れる人達と酷似している。
「って……あ、コレ飲んじゃったのか? ホレグスリ入ってるのに……」
「ホレグスリ……? それなら、ポケットにまだ“一つ”あるよ……?」
瞬間、凪沙の中の何かが反転する。
「いや、そうじゃなくて……ああっ! 解毒剤ももらっとけば良かったなー」
慌てる紗月の手に、凪沙は自分の手を重ねた。
「紗月、好きだよ……」
「うわっ、もう症状が……どーすっかなー……」
「違うよ!」
「え?」
突然叫んだ凪沙に驚き、紗月は動きを止めた。
「今、いきなり思ったわけじゃなくて……私は、ずっと……自分でも気付いてなかったけど、気付かないようにしてたけど、本当は、あの泣いた日から、ずっと……!」
真剣な様子の凪沙の前に、紗月は改めて座りなおした。どうも、他の人達とは違うみたいだ。もしかして……本音を言ってくれている?
副作用でとんでもないことを言った凪沙は、内心で混乱していた。
(あれ、こんなこと話すつもりじゃなかったのに。なんでだろう、止まらないよ……どうしよう! で、でもこれは……私の本当の気持ちだ……いつか聞いてほしかった、私の気持ち……。薬飲んじゃったみたいだけど、ちゃんと紗月に伝わるかな……?)
「紗月にはもう好きな人がいるのもわかってる、彼女のことも嫌いじゃないよ。それに紗月は大切な人だから、紗月の幸せを壊したりもしたくない……けど、やっぱり紗月のことが好きだよ、私」
正面から目を見て、一生懸命話してくれている。彼女のこの言葉は、まやかしじゃない。
だけど――
「凪沙の気持ちはわかったけど……ごめんな、やっぱり凪沙のこと妹としか思えない」
少しだけ、ほんの一瞬だけ痛そうな表情をする凪沙。
「凪沙は俺にとってすごく大切な存在だけど……やっぱり『大切な妹』なんだ……」
凪沙の瞳が潤む。涙は落とさずに泣き笑いのような顔で、心を込めて言葉を紡ぐ。
「……ありがと、大切に想ってくれてるだけで嬉しいよ。想いを諦めはできないけど……頑張るね」
救護室まで運んでベッドに乗せ、壁に凭れさせる。頭を撫でると、セルシアは淡く微笑んだ。久しぶりだな、笑ってくれたの……
「オレ、医者探してくるな。少しだけ1人になるけど……」
背を向けたところで袖を引っ張られ、ウィンディアは振り返った。
「待って…………大丈夫だから……離れないで…………お願い……」
「――!」
気が付くと、セルシアの身体を抱きしめていた。そっと、包むように。セルシアも、胸に頬をつけてくる。
(どうしちゃったんだろ…………私からくっついたり……いつもならこんなの絶対できないのに……)
「ごめん……こうしてると……何て言ったらいいかわかんねーけど、あったかい気持ちが込み上げてくるんだ……」
好きだな……って、思う。ストレートなその想いだけが、胸に広がる。
「うん……」
セルシアは彼を見上げた。側にいてくれるのが嬉しい。微笑んで、ずっと伝えたかったことを一言だけ……いつもなら絶対言えないけど……
「……ありがと……」
少しだけ、彼の力が強くなる。
抱き締められて……ドキドキが止まらないのに……何だか安心する……
あったかくて……幸せで……いつの間にか……眠気が……
「ねえ……好きだよ……ウィン……大好き……」
「え……」
セルシアは、ウィンディアに身体を預けて眠っていた。苦笑して起こさないように横たえる。好きっていうのがどちらの意味かはわからないけど、素直に嬉しい。
寝てる顔もかわいくて……もう一度、髪を撫でた。
観覧車のゴンドラの中でアルカリリィ・クリムゾンスピカ(あるかりりぃ・くりむぞんすぴか)と本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)は穏やかな時を過ごしていた。向かい合う形で座って、同じ窓から夜景を眺める。
「あれに乗って、それからあそこに入って……上からだと、こんな形に見えるのじゃ……あ、えと、見えるんだね」
口調を直す彼女を、別に気にしなくていいのになあと思いながら涼介は見ていた。そういう自分も今日はずっと丁寧調で話しているので、お互い様のような気もするが。
「あ、あのイルミネーションすごい綺麗。ほら」
「ん? どこ?」
身を乗り出すと、彼女の顔がすぐ近くにあった。2人は急いで目を逸らす。
「あ、そうだ。お弁当を作ってきてくれたんですよね」
涼介が言うと、アルカリリィはバスケットを抱きしめた。先程から何か躊躇しているようで、なかなか蓋を開けようとしない。
「…………先に言っておきたいんだけど……」
上目遣いで、おそるおそるという視線を寄越してくる。
「? なんですか?」
「…………」
彼女が決意するまでには、更に数十秒の時を要した。
「ごめんなさい! このお弁当、私じゃなくて、白兎が作ったの……。あ、あの、私も作ろうとしたんだけど、えと……うまく、いかなくて……」
部長に食べてもらいたいという彼の希望もあり、作ってもらったのだ。
涼介は、瞬間きょとんとしてから破顔した。
「なんだ、そんなことですか。良いんですよ。お弁当を持ってきてくれたその気持ちが嬉しいんですから」
「いいのか……?」
「さあ、頂きましょう。彼がどんなものを作ったのか、お料理クラブの部長としても気になりますしね」
お弁当の中身はから揚げや卵焼きといった定番のメニューだった。デートらしく、あ〜ん、と食べさせあったりしながら、2人はバスケットを空にした。
ゴンドラが一周を終える少し前、アルカリリィは涼介にチョコレートを渡した。
「今日は、楽しかった……」
「ありがとうございます。私も楽しかったです」
そして、アルカリリィに手作りのトリュフチョコを渡す。驚く彼女に涼介は笑いかけた。
「これは私からあなただけのホレグスリです」
皇祁 璃宇(すめらぎ・りう)は、紅 射月(くれない・いつき)と手を繋いで観覧車に乗った。射月が手をぎゅっと握り返してきたことが、嬉しくてたまらない。
夜景が一番遠くまで見える頂点。地平線から覗くのは太陽の欠片。魔法の時間にも終わりが近付いている。
2人は手を繋いだまま、1つの座席に寄り添って座っていた。
「紅様」
呼び掛けると、射月は穏やかな笑顔をこちらに向ける。
「なんでしょう、璃宇」
「璃宇は、紅様が好きだよ」
「えぇ、僕も好き……す、き……?」
夜闇が薄くなり、朝の光が射月の頬にかかる。それと共に、彼は一度笑みを消した。呆然としたような表情の後――困ったように笑う。
「いえ……僕の好きな人はただ一人。虚雲くんが、好きです……」
射月はそっと、手を離した。
「…………」
目を見開く璃宇を、そのままの笑みで見詰め続ける。そこで目を逸らすのは――告白してくれた璃宇への冒涜だ。
「皇祁さんも、好きですよ。でもそれは、友人としての……」
「あんたバカァ!? 何で早く言わないのよ! 璃宇は紅様が好きだけど、そんな中途半端な想いはいらない! 俺は自分の気持ちに正直なあんたが好きなの! 嘘吐きなあんたは嫌い、大っ嫌い!」
「……嫌われてしまいましたか。まあ僕は、存在自体が嘘のようなものですし…………仕方ないですね」
苦笑する射月。
「何よっ……笑ってそんなこと言わないで!」
「すみません、笑顔は癖のようになってしまっていて……」
璃宇は俯いて身体を震わせた。堪えようとしても、涙が止め処なく流れてくる。
終着しようとしているゴンドラの中で、呟く。
「……待てるもん」
ゴンドラが停止する。
「璃宇は本気で好きなんだから……待てるもん」
ドアがスライドすると同時、璃宇は飛び出した。ベンチで待っていた鈴倉 虚雲(すずくら・きょん)の前を、猛スピードで走り過ぎる。
今度は薬に頼らず、全力で紅を振り向かせよう。
――そう、想いながら。
外に出た射月は、去っていった彼女の背中を見送ることしかできなかった。立ち上がった虚雲が歩いてくる。
「おい……何か泣いてたっぽいが、お前なんか言ったのか?」
問い詰めるように言われて目を伏せる。
「僕が迂闊でした……僕の軽率な行動が彼女の心を傷つけた」
虚雲が好きだという感情が先に立って、必要以上のことを喋りすぎた。嫌われてもいいなんて、そんな態度を取るべきではなかった。
「最近の僕は駄目ですね……理性で抑えられなくなっています」
縋りたい気持ちを抑えて、射月は笑った。
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