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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

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chapter.1 カシウナ襲撃1日目(1)・計画 


 炎が夕景色に溶けている。
 カシウナ東地区にある大きな丘。そこに建っているロスヴァイセ邸から生じた火の手は、濁った煙と共に空へと伸びていた。そのすぐそばでは、多数の空賊と女王器を手中に収めたキャプテン・ヨサーク(きゃぷてん・よさーく)が飛空艇の甲板に立ち、権力を誇示している。
「おめえら、これだけ巨大な空賊団が出来たらもう空は俺らのもんだ! だったら次に収穫する作物は地上だろ? つうわけで、まず手始めにこの街を耕すぞこらあ!」
 大声で士気を上げるヨサークの隣には、彼をここまで押し上げた功労者で十二星華でもある【乙女座(ヴァルゴ)】のザクロの姿もあった。
「ふふ、惚れ惚れしちまうような野心だねえ。ここまであんたが頑張ってくれると、頭に推薦したあたしも嬉しくなるよ」
 ザクロは扇を手にヨサークへ微笑みかけている。そんなふたりの元へ――否、ヨサークの元へと荒巻 さけ(あらまき・さけ)が小型飛空艇に乗ったまま近付いていく。つい先ほどまで彼女の心にあったのは、ザクロへの嫉妬心、そしてヨサークの役に立ちたいという気持ちだった。が、さけの心情にはある変化が起きていた。それは、ヨサークの変貌ぶりに対する疑惑の念であった。目の前で権力を振りかざしているその姿は、彼女が今まで見てきたヨサークと結びつかなかったのだ。なにかがおかしい。まるで、気持ちを操られてしまっているようにも思える。
 そう思ったさけは、ヨサークの心の在りかを探るべく、彼に話しかけた。
「ヨサークさん。何をしていますの?」
「……あ?」
 声の方を振り向いたヨサークは、さけの姿を確認するとぶっきらぼうに言い放った。
「クソボブ。見て分かんねえのか。俺は権力を手に入れたんだ。欲しかった、憧れてた権力を! やっと手に入れたんだ、思う存分使わせてもらうに決まってんだろうが」
「空を……」
 ヨサークの返事を聞いたさけは、うれいを帯びた表情で詰まりかけた言葉を吐く。
「空を自由にするのではないんですの? ヨサークさんは地上の支配がしたいんですの? 農家の人を搾取する、支配者のように」
「あぁ? まずはこの権力を示すのが先だろうが! 見ろよ、俺に従ってるこの空賊の多さを! こいつらを従わせてんのが俺なんだ。俺の力だ。つっても、俺の野心はまだこんなもんじゃねえぞ……!」
 ヨサークはそう言って甲板から降りると、他の空賊たちのところへと姿を消してしまった。さけは思う。やっぱり、どこかおかしい、と。彼女は雲の谷で以前ヨサークが言っていたことを思い出した。
 ――おめえまさか、俺が権力に溺れて、船員をないがしろにするような男だと思ってんじゃねえだろうな?
 さけには、ヨサークのその言葉が嘘だとは思えなかった。確かに権力にこだわる節は前からあった。けれど、それはここまで激しく、尖ったものだっただろうか?
「ヨサークさん、あなたは……」
 声で、瞳でヨサークを追おうとするさけだったが、最早そこに彼の姿はない。さけは伸ばしかけた手を引っ込めた。その一連の流れを近くで見ていたザクロは、ヨサークのところに向かうべく甲板を降りながら、さけにそっと告げた。
「あんたたちがどういう間柄なのかは知らないけど、ヨサークの旦那はお子様にあまり興味がないようだねえ。旦那の気持ちは、きっと変わらないままさ」
 そのままザクロも船から離れ、さけは取り残される形となった。
 気持ちが変わらないまま……? だとしたら、今まで接してきたヨサークさんは?
 さけが考えを巡らせているその時、彼女の携帯が着信を告げた。



 自らの船の甲板を降りたヨサークは、空賊たちを集めるとカシウナの地図を広げた。
「いいかおめえら、今俺らがいるのがこの東地区だ。ここから耕し始めて、西にある旧市街地区まで耕し終えたらこの街は耕作完了だ。まあ、住人はほとんど新市街のある東〜中央地区にいるらしいから旧市街はほとんど人がいねえかもしれねえが、関係ねえ。端から端まで耕すぞこらあ!」
 制圧の計画を練り始めるヨサークとその配下の空賊たち。そこに、ヨサーク空賊団団員となった緋山 政敏(ひやま・まさとし)が口を挟む。
「なあヨサーク、最初にどこを耕すかは、もう決めてるのか?」
「ん? おめえは確か、自分の家を引き払ってまで団員になった熱心なヤツじゃねえか。細かい場所なんてのは決めてねえ。ここから西に向かって、片っ端から耕してくだけだ」
 どうやら前回入団時に政敏が言った「家を引き払ってきた」という言葉にヨサークは気を良くしていたらしく、突然作戦会議に入ってきたにも関わらず丁寧な対応をした。実際に政敏が家を引き払ったかどうか、もちろんヨサークは知らないことだったが。
「だったら、最初に耕すのはあの時計塔なんかどうだ?」
 政敏が指差して進言する。その方向には、周りの建物より一際目立つ形で建てられている大きな時計塔があった。時計塔はカシウナ東地区と中央地区の中間あたりに位置しており、今ヨサークらがいる地点からもさほど遠くない。
「どうせ耕すなら、最初は目立つ建物を壊して襲撃の狼煙にした方がいいだろ? 大空賊団の初物なんだ、派手に行こうぜ」
「なるほど……一理あるな。いいこと言うじゃねえかおめえ。よしおめえら、まずはあの時計塔を耕すぞ!!」
 政敏の作戦に納得したヨサークは、進言通り時計塔をまず破壊した後、その地点を中心に侵攻を進めることにしたようである。
「ああ、そうだあとひとつ。時計塔以降は、あまり建物を破壊しない方がいいだろうな」
「あ? なんでだ?」
 さらに自分の戦略を提案する政敏に、ヨサークが真意を尋ねる。
「なーに、この街を拠点にするなら、再利用出来るものは残した方がいいってだけさ。次もあるんだろ?」
「……次はあるが、この街を拠点にするかどうかはまだ決めてねえ。まあその可能性もあるから、一応そう指示しとくか。ただこいつらも俺くらい血気盛んだから、どこまでそれを守るかは知らねえけどよ」
 ヨサークの言葉を受け、政敏は周りを見渡す。彼らの周囲は、今にも暴れだしそうな勢いの空賊たちが各々の武器を携えて襲撃開始の時を待っていた。ごくり、と思わず政敏は喉を鳴らす。
「よおし、じゃあそろそろ準備はいいかおめえら! 3日、いや、2日以内に耕し尽くすぞ!」
 ヨサークの蛮声に、空賊たちも地鳴りのような返事で答える。その様子を見て政敏は、そっとその場を静かに離れ、携帯電話を取り出した。
「とりあえず侵略箇所の限定には成功……と。後は情報のリークをうまくやらないとな。やれやれ、先を見て動くってのは大変だな」
近くに人がいないことを確認すると、政敏はパートナーへと電話をかけ始めた。
「もしもし、政敏? どうでした?」
 政敏が最初にかけたパートナーは、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)だった。そのカチェアに向かって、政敏は今しがた入手したばかりの情報を口にした。
「ヨサーク大空賊団は、最初にカシウナ時計塔を襲撃することになった。今から時計塔に向かって、そこを中心として2日以内の制圧を考えているようだ。俺はリーンにもこれを伝えておくから、カチェアはヴァンガードの連中に報告しといてくれ」
「……分かりました。政敏、気をつけてくださいね」
 タシガン付近のホテルにいる自分と違い、戦地の真っ只中にいる政敏の身をカチェアは案じた。カチェアは一旦電話を切ると、自らの銃型HCに登録されているデータ中からある番号を探し出す。それは、クイーンヴァンガード空峡方面特設分隊隊長、鷹塚正史郎(たかつか・せいしろう)の連絡先だった。やがて彼と通信が繋がると、カチェアは政敏から聞いた情報をそのまま伝えた。
「以上が、カシウナ襲撃に関する情報です。住民の避難は、直前に行った方が良いでしょう。でないと空賊の襲撃先が変わってしまう恐れがあります。避難と撤退の準備をしてもらえないでしょうか。それと……」
 カチェアはもうひとつ、伝えなければならないことを思い出す。
「今回の襲撃の件ですが、乙女座の十二星華、ザクロも関わっていると思います」
 実際にカチェアは、ザクロがどこまでこの騒動に介入しているかは知らない。が、その場に彼女がいたという事実がある以上、不安要素は報告しておくのがベストと考えたのだろう。一通りカチェアの報告を聞いた正史郎は、当然の疑問を口にした。
「ありがたい情報だ。が、空賊の計画についてそこまで知っているというのは、内部の者からの情報だと穿った見方も出来てしまう。その情報は、どうやって手に入れたのだ?」
「……それは言えません。だから、これを信じるも信じないもそちら次第です。ただ、外からでなければ出来ないこともある。それだけは分かってほしいんです」
 カチェアはそれだけを言い、通信を断った。正史郎は無機質な機械音だけが耳に残る中、少し考えを巡らせる。そしてやがて、周りにいた隊員たちに指示を出した。
「我々はこれより、このカシウナからフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)およびユーフォリアを完全に退却させるサポートおよび、現在侵略を受けようとしているこの街の防衛を行う! 第一部隊はあの時計塔で迎撃準備、第二部隊は中央地区へ向かい避難の準備だ!」
「はい、隊長!!」
 指示を受け素早く行動に移る隊員たちを眺めながら、正史郎はぽつりと独り言を漏らした。
「認めたくないものだな、自分自身の甘さゆえの過ちというものを」
 彼の視線の先にあったのはフリューネとユーフォリア、そしてヨサークに倒された【獅子座】の十二星華セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)の小さくなっていく姿だった。
 そのセイニィの携帯が、彼女に振動を伝える。
「……誰?」
 肩で息をし、満身創痍状態のセイニィがどうにか携帯を取り出し電話に出る。相手は、政敏のもうひとりのパートナーであるリーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)だった。
「私よ、リーン。セイニィさん、あなたに携帯を渡した男のパートナー」
「ああ、あの充電切れてる携帯渡した……」
 セイニィがこちら側を認識してくれていることを確認すると、リーンは政敏から聞いた情報を彼女に伝えた。カシウナがこれから制圧されるであろうこと。そして、政敏がヨサークから受けた傷を心配していたから後で行き先を教えてほしいということも。リーンはてっきり、またいつものそっけない返事が返ってくるものだと思っていた……が、セイニィの反応は彼女の予想と幾分違っていた。
「カシウナが……!? それは、旧市街地区も?」
「えっ? う、うん、たぶんそうだと思うけど……」
 少しの沈黙。そしてセイニィは、自分が思ったより取り乱していたことに気付いたのか、声のトーンを戻して言った。
「別に街のひとつやふたつ、どうなったってあたしはいいけど。それより、あんたたち見てたんなら手を貸しなさいよ」
 いつもの憎まれ口を叩くセイニィに戻ったことにリーンは少しほっとしたのか、「政敏に伝えておくね」と苦笑しつつ返事をした。そのまま電話を切ったリーンだったが、彼女がある言葉に大きく反応を示したことが気がかりといえば気がかりだった。
「旧市街地区に何かが……?」
 言葉に出して、リーンは「あ」と気付く。そして今自分のいる蜜楽酒家から離れた地のことを思い出す。
「セイニィさんの隠れ家があったのってたしか、そのあたりだったような……」



 ヨサークたちがカシウナ制圧の計画を立て終えた頃、ザクロは飛空艇に寄りかかってその様子を眺めていた。そこに、朝霧 垂(あさぎり・しづり)リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)がやってくる。ふたりの後ろにはそれぞれのパートナー、夜霧 朔(よぎり・さく)朝霧 栞(あさぎり・しおり)スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)も立っていた。
「暇そうだな。手持ち無沙汰なら、俺の話し相手にでもなってもらおうか」
 十二星華に興味を引かれている垂は、新しく現れた十二星華であるザクロと接する機会を窺っていた。そして、襲撃が始まってからよりは今のうちに話しかけた方がじっくり会話が出来ると踏んだのだろう。ザクロが垂の話し相手になることを特に拒まなかったことで、その予測は見事裏付けられた。
「もうすぐここも戦場になるってのに、わざわざあたしと喋りたいなんて変わったお嬢ちゃんだねえ。で、何の話がしたいんだい?」
「ザクロ、おまえは十二星華なんだろう? なぜ、十二星華ともあろう者がわざわざヨサークなんて一空賊に肩入れする? 女王器を渡したり、な」
「ふふ、話がしたいっていうより、取り調べでもしたがってるみたいだねえ。まあいいさね。答えてあげるよ。あたしがヨサークの旦那と一緒にいる理由は、あの旦那が強い野心を持っているからさ。いつだってそういう男は魅力的に映るもんだろう?」
「……まあ、十二星華にも色々いるらしいからな。そういう考えのヤツがいてもおかしくはない」
 垂は、魔道書である栞に記録されてある十二星華プロファイルのデータと照らし合わせ、確認しながら言う。その傍らでは、朔がメモリープロジェクターを起動させて垂とザクロの会話やザクロの姿を記録していた。
「ヨサークには協力していても、同じ十二星華のティセラやミルザムには協力する姿勢を見せていないようだが……何かそれには意味があるのか?」
「意味、ねえ……。ま、強いて言うなら、女王をつくりたくない、ってとこかねえ。あいつらに協力しちまったら、どっちかが女王になっちまうだろ? そんなのはごめんなのさ」
「ティセラ派でもミルザム派でもなく、そもそも女王擁立自体に反対派、ってことか?」
「ふふ、全部が全部、派閥で分けられるものでもないだろう? そのへんはお嬢ちゃんが勝手に判断しとくれよ」
 垂とザクロの会話を記録しながら、朔が小さく言葉を漏らす。
「難しいですね……」
 それは、ザクロの真意を掴むのが、ということか。それとも会話事態が、ということか。ともあれ、朔は自分に与えられた記録という仕事をただこなすのみである。
「そうだ、僕も聞きたいことが……」
「そのティセラについても聞きたいことがある。ティセラの、『女王に対する心情の変化』に心当たりはないか?」
 うまく隙間を見つけ自分も質問をしようとしたリアトリスだったが、垂が矢継ぎ早に質問を投げかけたことでそれは掻き消されてしまった。
「女王に対する心情の変化……?」
 首を傾けるザクロを見て、栞が垂の言葉を噛み砕くように質問し直す。
「ティセラは、女王のことを憎んでるみたいなんだ。けど、本当は慕ってたんだよな? ティセラの気持ちがそうなった理由について、何か知らないか? そして、ザクロ、おまえは女王や他の十二星華のことをどう思っているんだ?」
「ど、どう思ってるのかな?」
 若干乗り遅れたリアトリスが、言葉尻だけでも合わせようとどうにか会話に入っていった。その後ろではスプリングロンドが「もっと入っていくのだ、もっと入っていくのだ」とリアトリスの背中を軽く押していた。
「ティセラが昔女王にベタ惚れだったのは知ってるけど、今ティセラが憎んでる理由はちょっと知らないねえ。ああ、ちなみにあたしはティセラと違って、元々女王のことも良く思っちゃいないよ。女王だけじゃなく、他の十二星華だってあまり好きじゃないけどね」
 どこまでが本当なんだ? 垂はそう問いたい衝動を抑えた。それを尋ねたところで、その返答が本当かどうかもまた分かるはずがないからである。垂は様々な返答を聞き、少し黙り込む。その隙に、リアトリスがここぞとばかりに話しかけようとした。
「あの、十二星華って……」
「十二星華とは、何なんだ? それほどバラバラの感情の持ったおまえたちは、何のために存在していた?」
 垂が真っ直ぐな瞳で問い掛ける。またもや出番を奪われたリアトリスは、すごすごと大人しく垂の後ろへと下がった。
「……もう少し、自分の中で考えをまとめておくのが良いだろう」
 ぽんと肩を叩かれながら、リアトリスはスプリングロンドに慰められていた。
「何のために、ねえ……」
 ザクロは少し眉間にしわを寄せて黙り込んだ後、その口を開いた。
「あたしたちをつくった技術者が言うには、女王の血でつくられた星剣を守護するため、らしいけどねえ。ま、結局のとこ存在してる理由なんて人それぞれだろうね」
「なるほどな……」
 垂が栞に十二星華プロファイルのデータの記録を追加させながら呟く。気付けば、辺りの人は大分減っていた。
「おや、もう旦那たちは襲撃地に向かったみたいだねえ。どれ、あたしも様子を見てこようかね。お嬢ちゃんたちは来ないのかい?」
「巻き添えを食らうといけないんでな、離れたところから観察させてもらう」
「ふふ、そうかい。じゃあお嬢ちゃんたちとはここでおさらばだね」
 そのまま時計塔の方へと向かうザクロを少しの間目で追ってから、垂たちは彼女と逆方向へと歩き出した。



 18時59分。
 時計塔の秒針の動きが、下から上へと変わる。
「よしおめえら、いよいよヨサーク大空賊団結成初日にして、初の収穫物だ! 気合い入れろよ!」
 時計塔のある広場に集った数多の空賊たちにヨサークが声をかける。その間も、秒針は動き続ける。そして。カチ、と秒針が12を差した。ボーン、と低い音が数度鳴り響くと同時に、それは始まった。
「おおおおおおおおっ!!!」
 雄叫びと共に空賊たちが一斉に放った時計塔への砲撃は、数秒後に爆発音と瓦礫の雨を生んだ。
 ヨサーク大空賊団結成当日19時00分、カシウナ制圧開始。