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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ-ヨサークサイド-2/3

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chapter.7 カシウナ襲撃2日目(4)・Round and Round Second 


 街はほぼ占拠されたものの、空賊の相手を買って出た者、避難誘導に当たった者たちの甲斐もあり住人の中に死傷者はほとんど出なかった。
 とは言え街はそこかしこが荒らされ、焼け落ちたり、瓦礫となった建物も少なくはない。変わり果てた街中を、ふらふらと佐伯 梓(さえき・あずさ)は歩いていた。
「やっぱりこんなギスギスしてるの、ヨサーク空賊団じゃない、と思うなー……」
 そこには、昨夜一緒にいたはずの元団員たちの姿はない。梓は小さく息を吐き、昨日の夜元団員と話していた時のことを思い出す。

「周りにいっぱい空賊がいても、女の人がそばにいても、頭領は頭領だろー? なー、みんなで話にいこうよ」
 昨夜の20時頃。梓は、二の足を踏んでいた元団員たちに向かって懸命に話しかけていた。が、あまりに変貌を遂げてしまったヨサークを前にして、彼らはヨサークのそばへ近づけずにいた。
「ヨサーク空賊団なら、こんな時放っておかないはずだろー? 邪魔しようとか、そういうことじゃなくてさ、みんなで自分の気持ちを正直に言うだけでいいんだ。なんか言いたいことうまく言えないけど……頼むよ、みんなー……」
 言葉の最後は、力なく弱々しい口調だった。下を向いたままの元団員たちを梓はしばらく見つめると、ぽつりと一言だけ言い残し、丘を後にした。
「……俺、頭領もみんなのことも好きだよー。だから、信じてる」
 しかし梓の思いも空しく、彼らはその後しばらく侵略されていく街を呆然と見つめた後、カシウナから去ってしまったのだった。
「梓くん……一度湧いてしまった思いは、そう簡単には消えてくれないんだ。もうちょっと君も歳を重ねれば分かると思うよ。人はね、大人になるにつれ無意識に変化を拒んでしまうんだよ」
 別れ際に言われた言葉が、時折梓の目に涙を浮かべようとする。梓はどうにかそれを抑え、街を歩き続けた。そして一晩経った今、彼はこの旧市街地区に踏み入っていた。ヨサークの姿を探しながら、梓は思う。
 俺がここにいる理由、こんなことしてる理由って何だろう、と。
 始めは、なんとなく。楽しそう。面白そう。きっとそんな理由だった。それが当たり前と思っていたからこそ、今がそうじゃないってはっきりと思える。だって、今は誰も笑ってない。それはとてもむなしくて、淋しいこと。
 耕すぞ、と頭領はよく言ってた。でも、同じ耕すなら、優しく耕した方が畑だって気持ちよさそうなのに。自由に、楽しく耕した方が。
「……あれ、頭領みたいなこと言ってるなー、俺」
 梓は、いつの間にか目に涙が溜まっていることに気付いた。それでも、考えが、思いが止まらない。
「そっか、俺も見たいんだ。そんな空が」
 雲の谷で梓がヨサークに言った言葉、それがまだ彼の中に残っていた。
 ――頭領ならきっと、自由に楽しく飛べる空に出来るんじゃないかなあ。
 潤む瞳とは逆に、梓の口元が自然と緩む。梓は改めて自分の思いを口にした。
「空賊って……ううん、ヨサーク空賊団っていいなー。もっと、頭領の団員でいたいな!」
 梓は、目をこすって歩き出した。もうその足取りは、ぶれていない。

 制圧開始から20時間10分経過。現在時刻、15時10分。
 空賊たちが見落としている区域がないか確認のため方々に散っているため、ヨサークの周辺にいる空賊はこれまでより少なくなっていた。その彼に向かって、一直線に向かってくる生徒がいた。
「ん……? おい、なんだお前」
「ヨサークキャプテンに何の用……がっ!?」
 行く手を阻もうと近付いてきたふたりの空賊を殴り飛ばし、ヨサークの前に立ったのは鈴木 周(すずき・しゅう)だった。
「おめえは、数日前に酒場の船着き場で会った……」
 いつも通りの調子で接しようとしたヨサークの言葉を、周が遮る。
「ふざけんなよ、おっさん……! 関係ねぇ街を制圧とか、いくらなんでもやりすぎだろっ!」
「あぁ? なんだおめえ、喧嘩売りに来たのか?」
「そう取られても構わねぇよ。なあ、こんなくだらないこと、今すぐやめようぜ? 今からでも引き返すことは出来るだろ? 大体、あんたが目指すのは空の自由のはずだろ。そのための権力なら、地上の街の制圧なんてあんたの望みに何も関係ねぇじゃねぇか」
「関係あるかねえかは俺が決めんだ。より多くの場所を耕した方が権力の証明になるに決まってんだろうが、あぁ?」
「……そうかよ、言っても分かんねぇようだから、これで分かってもらうしかねぇな!」
 周はぐっと拳を突き出し、構えを取った。ヨサークもそれを見て腰を落とすが、ふたりの間に割って入った声が、その場での拳の衝突を回避させた。その声は、周がよく耳にしている声でもあった。
「周! その前に、オレたちも言いたいことがある!」
 振り返った周の目に映ったのは、部活動を共にする仲間、弥涼 総司(いすず・そうじ)姫宮 和希(ひめみや・かずき)だった。どうやらふたりも、噂を聞きつけてここまでやってきたようである。
「周、確かに聞いてたのと少々雰囲気が違うな。アンタの噂を聞いて、酒でも飲みながら話をしてみたいと思ったが……なんだ、手負いの獅子を倒して随分いい気になってるみたいだな」
 物怖じせずヨサークの前に歩み出て告げる総司を、ヨサークが睨みつけた。
「あ? なんだおめえは」
「まあオレのことは知らないだろうな。だがオレは色々と知ってる。耕す、ってのがアンタの口癖なんだって? 耕すだけ耕して、それからどうするんだ? 女嫌いじゃ、タネもろくに蒔けないだろう」
 最早喧嘩を売りに来たとしか思えない総司の言動に、ヨサークは手を震わせ、腕を上げた。
「待てよおっさん、喧嘩ならまず俺のを買えよ! タイマンだ!」
 総司を押しのけ、ずいっと前へ出る周。しかしヨサークに最初に殴りかかったのは、周でも総司でもなかった。彼らの会話を黙って聞いていた和希が、せきを切ったように彼に飛びかかったのだ。
「目を覚ませよ、ヨサーク!」
 大振りの拳はしかし空を切り、和希は勢い余って地面にぶつかりそうになるのを受け身を取って咄嗟に回避した。
「おめえは、戦艦島と雲の谷の時にいたクソ学ラン……!」
 不意の一撃をすんでのところで避けたヨサークが、その姿を視認する。おそらく3人の中で最もヨサークと会話をしていた和希は、以前より刺々しいヨサークに何か異常なものを感じ取っていた。
「ヨサーク、おまえ自分で言ってたよな、農民の地位向上のために権力が欲しいって。こんなことして農民のためになると思ってんのか!? もっと違う方法があるだろ!」
 熱を持って語りかけながらも、和希はヨサークへと攻撃を続ける。和希のストレートを手のひらで受け止めたヨサークは、言葉を返す。
「足りねえ……こんなんじゃ権力者として足りねえだろうが! もっと俺の力を示して、示して、その時俺の行動は幅が増えんだ!」
「……農業指南をしてもらおうと思ってたけど、まずは血迷ったおまえを元に戻すのが先だな!」
 ヨサークに拳を届けようと、和希が腕を振り回し続ける。そこに、周と総司も加わった。
「友達が馬鹿なことしてたら、止めてやんねぇとな! 街を襲ったってことは、何人もの女の子を泣かせたんだろ? 許せるかっつの!」
「先に言っておくが、部員に手出しはさせないからな」
 3人が次々に放つパンチを、ヨサークは紙一重で避け続けていた……が、さすがにこの至近距離ですべてをかわしきることは出来ず、周の右手がヨサークの頬を捉えた。するとその一撃によって出来た隙を突くように、和希と総司も続け様にヨサークの顔面へと一発ずつお見舞いした。
「つっ……の野郎、調子に乗んじゃねえ!」
 鉈をぶうんと振り回し、3人との距離を取るヨサーク。彼らが鉈から逃れ着地したと同時に、ヨサークは二撃目をぶつけようと走り出していた。
「危ない……っ」
 咄嗟に総司が周と和希を庇い、鉈の腹を背中で受ける。血しぶきこそ上がらなかったものの、代わりに鈍い音が響き、総司はその場に倒れた。
「部長!!」
 近付こうとする周と和希を、総司は腕で僅かに体を起こして首を横に振ることで拒んだ。そのまま総司はヨサークを見上げると、途切れ途切れに言葉を放る。
「人の頭を張るってのはな……我が物顔でえばり散らして、力を振りかざすことじゃ……ねえ。自分を犠牲にしてでも……ついてくるヤツらを守る……アンタなら、それが……」
 そこまでを吐き出し、総司は目を閉じた。鉈を担ぎ直し、そこから去ろうとするヨサーク。慌てて総司を起こそうとする周と和希の他に、それを離れたところから目にした者がひとり。それは、ヨサークの元へとようやく辿り着いた梓だった。
「頭……領……?」
 梓の頭は、昨夜元団員に言った言葉を勝手に再生していた。同時に、彼らから言われた言葉も。
 俺、頭領もみんなのことも好きだよー。だから、信じてる。
 人はね、大人になるにつれ無意識に変化を拒んでしまうんだよ。
「嘘だ。頭領、変わっちゃってるじゃん。拒んでなんかないじゃん。でも俺、頭領を信じ……信じて……」
 信じたい。それがどれほどの厚みを持った言葉か、梓には分からない。ただ彼は、気がつくとヨサークの元へ歩き出していた。
「ん? おめえは……」
 ゆっくりと近付いてくる梓に、ヨサークが声をかける。梓はそれに答えず、ただ黙ってその両腕を広げた。
「頭領、俺も斬れる? 頭領が俺を斬ったら、俺の負けだよ。でも斬れなかったら……俺の勝ち」
「……あぁ? 何だその勝ち負けは。知らねえぞ俺は。どけ、まだ俺のやることは終わってねえんだ」
 大の字で立ったままの梓の横を、ヨサークが抜いていく。瞬間、肩がぶつかって梓はバランスを崩し地面に手をついた。しかし梓はすれ違いざま、彼が背負った鉈を反射的に梓とは逆側に向けたのを見逃さなかった。それはまるで、鉈の矛先と梓の間に自身の体を挟み、切っ先が当たるのを避けたかのように。
「……うん、まだ、終わってない」
 梓は、ヨサークが言った言葉を繰り返すようにそう口にした。



 同時刻、時計塔広場のある中央地区と旧市街地区のある西地区の間を、ザクロは歩いていた。路地の両脇に並ぶ家屋はところどころ焼け焦げ、人の気配は感じられない。
「たった1日や2日で、ここまで出来るものなんだねえ」
 辺りの光景に目を向けながらゆったりとした足取りで西へと向かっていたザクロは、視線の先に見覚えのある人影を見つけた。
「おや……また会ったね」
 口元を緩ませたザクロが歩く道の先に立っていたのは、桐生 円(きりゅう・まどか)とパートナーのオリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)、そしてもうひとりのパートナーミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)だった。
「相変わらず素敵な着物ねぇ〜」
 オリヴィアがすっ、と一歩前に出て話を振る。
「それは趣味? それともその扇に合わせてらっしゃるのぉ〜?」
「ふふ、お嬢ちゃんの着てる服もお似合いだよ。この着物はまあ……両方かねえ」
 着物の裾を軽く引きながら、ザクロは答える。歩みを止めた彼女へ次に質問を投げかけたのは、円だった。
「どこに行こうとしてるんだい?」
「ああ、ヨサークの旦那のとこに行くのさ。そろそろ旦那の仕事も終わってそうだからねえ」
「ずいぶんヨサークさんと親しいみたいですけれど、なにかご縁でもありましたのぉ〜? 以前もらった写真も、どうやって手に入れたのか気になりますわぁ〜」
 オリヴィアが円の後に続くと、それを聞いたザクロが扇を口元に当てて微笑んだ。
「あの酒場にいれば、大抵の空賊家業してる旦那衆と縁はあるさね。あの写真だって、空賊やってるどこかの旦那からもらったものさ」
「ふうん……ヨサークくんといえば、なにか大きな力を手にしたみたいだね。自由な空って言ってたヨサークくんがそれのせいで不自由になったとしたら、これ以上滑稽な話はないと思わないかい?」
「おや、随分難しいことを話すんだねえ、お嬢ちゃんは。難しいことはよく分からないけど、あたしは自由も不自由も大して変わりないものだと思ってるけどねえ」
「へえ、面白い見方だね」
 会話が滞りなく進んでいることを察した円は、様子を窺いつつ本題へと入る。
「そうそう、せっかく十二星華が目の前にいるんだから、女王について聞いてみたいことがあったのさ。いいかい? 後で日本酒でも奢るからさ」
「話を聞き出すのがうまい子だねえ。何が知りたいんだい?」
 好感触を得た円は、単刀直入に質問をぶつけた。
「女王ってどんな人だったの? ティセラくんが言うには、十二星華たちかティセラくんたちか知らないけど捨て駒にしたらしいじゃないか。しかし、別な十二星華は素晴らしい女王だったって言っててさ、まったく真逆なんだよね。ザクロくんには、女王はどんな人に見えたの?」
「女王、ねえ……」
 そう呟いたザクロの眉間に、微かにシワが寄る。
「あたしは、はっきり言って好きじゃないねえ。まあ、あたしの場合はティセラのことも同じくらい好きじゃないけどね」
「ティセラくんを敵対視する……キミがクイーンヴァンガード側なら、それも分かるよ。納得は出来る。でもキミは、白虎牙が目の届くところにあればいいって感じだよね? キミは何を見ているんだい?」
 ザクロの返事の内容を予想していたかのように、円が詰め寄る。ザクロは、少し考えてから答えを口にした。
「まあ……強いて言うなら、女王のいない世界、ってところかねえ」
「女王器にこだわりを見せる割には、女王にはこだわってないみたいだけど……ザクロくんさ」
 一呼吸置いて、円がある疑問を唱えた。
「ほんとに十二星華なのかい?」
 それを聞いたザクロは、堪えきれずにくつくつと笑みをこぼし、何度目かのセリフを告げる。
「あたしは紛れもなく十二星華のひとりだよ。ただし、役立たずのね」
 そしてザクロは、足を前に進ませ始めた。円とオリヴィアがその後ろ姿を見送る横で、ミネルバは場違いな明るさで「ザクロちゃんかわいい、ついてこー」とはしゃいでいた。
 制圧開始から21時間00分経過。現在時刻、16時00分。