波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

五機精の目覚め ――紅榴――

リアクション公開中!

五機精の目覚め ――紅榴――

リアクション


・生存者


『現在、地下二階へと進入。どうぞ』
 PASD本隊のメンバーが未調査の領域へ踏み込んだ。
「通信機器に異常はなし、か。先遣隊の連絡が途絶えたのは電波障害の類じゃなさそうだねぇ」
 無線の通信状態を確かめ、曖浜 瑠樹(あいはま・りゅうき)が言った。
「何者かに襲われたか、それとも罠に嵌って壊れてしまったのか……急がないといけませんね」
 応じたのは今井 卓也(いまい・たくや)である。
「あの遺跡にいたようなのにやられたわけじゃなきゃいいが……」
 葉月 ショウ(はづき・しょう)が懸念しているのは、機甲化兵のような存在に先遣隊がやられてしまっている可能性だ。データベースに情報があるとはいえ、実際に戦った彼にしてみれば、「知っていれば勝てる」程度の強さではないという実感がある。
「りゅーき、ここから用心しましょう」
 瑠樹のパートナー、マティエ・エニュール(まてぃえ・えにゅーる)が彼に呼びかけ、二人は光学迷彩を使用する。
「オレ達が先行するよ」
 姿が消えている事から、光学迷彩を使えないショウ、卓也、卓也の契約者であるフェリックス・ルーメイ(ふぇりっくす・るーめい)の前で安全確認も兼ねて進んでいく。
 ちょうどその時、別の隊からの連絡が入った。
「この地下二階への入口は他にもあるみたいだねぇ。別部隊がそっちから入ったって」
 地下一階は、中央に大フロアがあり、そこがそのまま資料室になっている造りだった。露出している上階の施設部分の規模と比べても倍以上の広さはある。入口が複数あっても何ら不思議ではない。
「それにしては、静かですね」
 それだけ離れているという事なのだろう。さらに、通路はまるで迷宮のように入り組んだ造りになっていた。
「前のあそこだって最初は静かだったからな。あんまりいい予感はしねーな」
 突然、通路の先から砲撃があるかもしれない。現に、そのような攻撃スタイルをとる機甲化兵はいる。静かだからといって油断していいわけではないのだ。
「……この先に、誰かいます。弱っているみたいです」
 卓也が超感覚により、通路の奥から聞こえてくるかすかな呼吸音を感じ取る。
「行ってみよう」
 一行は音のする方向へ向かっていく。近づくにつれ、血の臭いが強くなっていった。

「大丈夫ですか?」
 最初にその人物に声をかけたのは、瑠樹達ではなかった。最深部へ向かう途中で偶然にも通りかかった、蒼空学園大学部考古学科の学生として、PASDに参加していたウィング・ヴォルフリート(うぃんぐ・う゛ぉるふりーと)である。ちょうどそこへ瑠樹達が現れる形となった。
「あ、ああ……」
 先遣隊の一員らしき男はまだ混乱しているようであった。
「落ち着いて、オレ達は味方だ」
 瑠樹が一旦光学迷彩を解き話しかけ、落ち着かせようとする。男はかなり弱っていた。傷も決して浅くはない。彼が歩いてきたと思しき道には血が滴り落ちている。
「味方……俺は、た、助かったの、か?」
「まずは手当てを」
 本格的な医療器具は持ち合わせていないものの、卓也、マティエが二人がかりでヒールを施し、その後包帯のような簡易的な道具で応急処置をした。
「一体ここで何が?」
 酷な事を聞くようだと思いつつも、瑠樹は先遣隊の男に質問する。
「分からない、何が起こったのか、まるで理解出来ないんだ」
 彼は震えていた。今にも恐慌状態に陥りそうなほどに。
「地下一階から降りた時に、急に通信機器が全部使えなくなったんだ。先遣隊は、俺も含めて二十人。少ない人数とはいえ、二人ほど連絡させに上階に向かわせた」
 しかし、それならばPASD本部に伝わっているはずだ。
「俺達はそのまま進み、地下三階へと入っていった。だが……」
 話は続く。
「俺達が踏み入れたのは、広い空間だった。そこにいたものは分からない。だが、馬の鳴き声のようなものが聞こえたのは確かだ」
「馬、ですか?」
「そうだ。蹄の音もあった。だが、姿は見えない。元々光でも照らしきれないほどの暗さだったものの、原因はそれじゃなかった――気付いたら、三人やられていた」
 思い出しているのか、その顔は悲痛に満ちていた。
「そこで戻ればよかったのに、俺と隊長を含めた五人は先へ進んだ。他は地下二階で調査に当たっていた。そこで……」
 男の震えは激しさを増した。
「あれは、アイツは、うわああああ!!!」
 恐怖で錯乱してしまった。それでも必死に言葉を続ける。
「赤い髪の女が、笑いながら迫ってきて、隊長がみんなが、俺は逃げて、逃げてそれで」
 過去球になりそうなのを抑えつつ、言葉を発する。
「この階まで来たら今度はあのガキが、始めから俺たちを皆殺しにする気で機械の兵隊が」
 支離滅裂だが、要は隊員の中に裏切り者がいたという事だろう。
「ガキ?」
 疑問に思ったのは瑠樹だ。遺跡、子供ときて彼の頭にはある黒い少女の姿が過ぎった。
(いや、違うよなぁ……)
 彼女は『研究所』の消滅に巻き込まれた、とデータ上では示されている。
 男はそれからも脈絡なく言葉を吐き出し続けたが、このままだと精神を崩壊する恐れがあったため、上階まで連れていく事にした。
「私は奥へ行きます。隊長さんは来るな、とは言ったそうですが、せめて何があるかは確かめなければ」
「俺も行くぜ」
 ウィング、ショウの二人が血の跡を辿りつつ、奥を目指す。
「あと、こちらは私が辿ってきたこの遺跡のマップデータです」
 ウィングが自分のハンドヘルドコンピューターから、瑠樹の物にデータを転送する。それによって、地下二階の半分が明らかになった。データは相互に送ることで共有を図る。
「気をつけて」
 彼ら二人を送り出し、瑠樹、卓也、それぞれの契約者で隊員を連れて上階へと戻っていく。歩きながら、隊員以外の四人で得た情報について話し合った。
「どうやら、この遺跡に元々あるもの以外に、何者かが介入しているようだな。だが、その気配すらこの階には皆無なのは奇妙だ」
 ルーメイが危険な気配が一切ない事に対する疑問を口にする。
「問題は、その先遣隊に紛れていたっていう人だよ。一人で二階の隊員を皆殺しにした、ですよね?」
 本人は話し終え、気を失ってしまっているため、居合わせたもので確認する。
「オレは、機甲化兵がやったんだと思う。だけど、そうするとその裏切った人がやられてないのは引っ掛かるんだよなぁ……」
「でも、何でこの人だけ無事だったんでしょうか?」
 瑠樹、マティエともに生きている人間に疑問を持った。
「念のため、この人も警戒した方がいいのかもねぇ。あと気になるのは、この人が最後に聞いた雷のような音だけど、もし本当だったら」
 ある推測が立った。
「まだ分からないけど、少なくとも敵だけじゃなく、味方もいるって事だよなぁ……」