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 第四章

 ズィーベンの携帯電話が激しく振動した。ナナからの連絡だろう。
「おっと! ちょっと待ってねー!」
 さすがに今、出るわけにはいかない。すぐ目の前、壁の穴からゴブリンが這い出てこようとしているのだ。しかし、そう手間取ることはないだろう。
「おぶつは消毒だー!」
 叫ぶなりズィーベンはその穴を、氷の壁で塞いでしまう。出てこようとしたゴブリンごと埋めてしまった。これで一安心、
「はい、ナナ、待たせたね♪ ズィーベンだよ」
 ズィーベンは携帯に出た。手の甲の刻印に目をやりながら告げる。たとえ距離が離れていようと、この印を見ているだけで彼女を間近に感じるのだ。
『行方不明の女の子の手がかりを見つけました。といってもハンカチだけ……そちらは?』
「こっちは、ちょうど小規模なゴブゴブ集団を追い払うところ」
『するところ?』
「そう、もう終わるから」
 ズィーベンは顔を上げた。
 こちらはB班、敵の小集団に待ち伏せを受けてしまったが、今まさに終わろうとしているところだ。
「はっはっはーっ! 今日は地下に備えて五枚重ね着してるから全然寒くないぞー! っていうか、これだけ着て運動すると暑いぞー!」
 逆立ちしている少女が叫んだ。ただ逆立ちしているのではない。彼女、すなわちレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)は、カポエイラの心得もある戦闘者、風車の如きケリで一気に、包囲したゴブリンたちを薙ぎ倒す!
 ぎゃっ、と吹き飛ばされ壁に叩きつけられたゴブリン三体、もつれ合い、転がるようにして逃げていった。
「追ってもいいところだけど、私の使命は別の所にあるのでな! あっはっはっは」
 両腕で地面を押し、宙返りして着地する。このところお笑い芸人みたいな役割ばかりだったレロシャンだが、本気を出せばこの通りの実力者なのだ。やればできる、と破顔する。
 ズィーベンは携帯に戻って、
「……終わったよ。え? 捜索対象に近づいているか、って? 実はかなり近いところまで来ているみたいなんだ」
 またなにか分かったら連絡するから、と言い残して通話を切断した。
 B班はメンバーが少ないが、その分、目立たず手がかりを追う、という行動方針を遵守できていた。現に、先ほどの小戦闘も、このダンジョンに降りて初めての遭遇戦だったのである。階層としてはすでに、捜索班としては現時点最深部の第八層まで辿り着いている。
 これまでの階層にも、都市らしきものの跡を多数見かけたとはいえ、この階層ほどしっかりとは残っていなかった。石造りの建物や井戸、あるいはモニュメントらしき塑像など、昨日まで人が住んでいた、と言われても信じそうな保存状態なのである。天井や床のいたるところから青い水晶が顔をのぞかせ、これが微かな光を発しているのも幻想的だ。
「こっちだ」
 瓜生 コウ(うりゅう・こう)がレロシャンたちを手招きした。壁にぴたりと身を寄せている。
 口を開かなければそこにコウが潜んでいることはわからなかっただろう。それほどに彼女は、背景に紛れ込んでいた。迷彩塗装と気配が消せるブラックコート、それに、抜群の隠密能力がなしえたものだ。
「脱出した先行調査隊の話を総合すると、この辺りに少女が隠れている可能性は高い」
 コウの話を聞きながら、レロシャンは眼を閉じ、ん〜、と何かを探るような顔をする。超感覚の象徴たる狼の耳としっぽが、つんつんと揺れた。やがてレロシャンはぱっちり瞼を開けて、
「はい、美少女の香りがしますね。疲労と憔悴の匂いもします。合わせて、疲れ切った美少女、って感じです!」
 と頷いてみせるのである。あの建物が怪しい、とまで特定してくれた。三角錐の大きな建物だ。一部は天井に突き刺さっている。
「複数で近づくとゴブリンと思われる恐れもある。まずオレが単身で接触したい。いいか?」
 コウもまた、美少女という意味ではかなりのものなのだが、口調はこれだし愛想笑いなど生まれてこの方したこともない。しかしその反面、裏表のない人柄を感じさせ、人一倍頼り甲斐というものを感じさせてくれる。
「ええ、お願いします!」
 レロシャンもズィーベンも賛同し、再度コウは気配を消して、獲物に迫るネコ科の獣のごとく音を立てず目指す建物に近づいた。
 読みは正しかった。建築物は空だが、その水晶でできた陰に、少女が一人、うずくまっている。顔色も悪く、また酷く消耗した様子だ。こちらに気づいて、少女は顔を上げて後じさる。
「誰……っ!?」
「心配するな。オレたちは救出に……」
 このときコウは知る。少女を見つけたのは、自分たちだけではなかったのだと。
 声をかけ近づこうとしたコウの頭上から、ゴブリンが甲高い声を上げて落下してくる。
 頭上に穴が空いていた。
「しまっ……」
 夢中でコウは少女に覆い被さった。
 コウは眼を閉じる。ゴブリンはその体長の半分はありそうな禍々しいナイフを両腕で握りしめていた。鋭い痛みが背中に走る――ことをコウは予想したのだが、実際は違った。
 ゴブリンは側頭部をライフル弾で撃ち抜かれ、悲鳴すら上げる間もなく落ちたのだった。
 ナイフが乾いた音を上げ、床に転がる。
「最後まで姿は見せないつもりでしたが……ま、非常事態ってことで」
 硝煙が一条、ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)の銃口から昇っている。
「こんなオジサンが助けに行ったらお嬢さん方はがっかりしちゃいますからねぇ。怖がられても困りますし」
 砕けた口調だがその腕は本物だ。ゴブリンは瞬時に絶命しており、ぴくりとも動かない。
 ルースもまた、B班のメンバーだったのだが、姿を現さずずっと付いて来ていたという。彼はチームの影となり、ここまでの途上何度も、さりげなく味方を支えてくれていたのだ。
「そうか、助かったぜ! さ、えーと、あんた名前は?」
 小麦色の髪をした少女はコウに答える。紙のように白い顔色ながら口調ははっきりしていた。
「ノーシャです。ノーシャ・カミル……みんなとははぐれてしまって……」
「おっと、話は後回しにしたほうがよさそうですな。ゴブリンは一体じゃなかったようで!」
 ルースは手早く煙草に火をつけ、咥えながら頭上に射撃した。また一体、ゴブリンが額の真ん中を貫かれて落下する。建物の天井脇に穴があり、そこから次々とゴブリンが飛び出してくるのだ。上の階層にでも繋がっているのだろう。
「こっちだ!」
 一瞬、ためらったコウだが迷っている時間はない。ノーシャの手をつかんで走り出した。
「コウさん!」
 レロシャンたちも駆けてくるが、それよりも敵が早い。建物の斜面を滑り、ゴブリンが迫ってくる。先頭のゴブリンは色が浅黒く、体格も他のものより立派だ。
「こいつ!」
 コウが追い払おうとしたが、大腕を拡げて飛びかかってくる。しかも斜面からは、そのゴブリン以上に速く、メタリックな姿が駆け下りて来るではないか! ……え? メタリック?
「シャンバランブレード!」
 メタリックなその男は敵ではない。ゴブリンの背に強烈すぎる一刀を決めると、三回転して着地した。水晶の床を踏み抜き、青い破片が砕けて飛び散る。
「その辺でやめときな。ゴブリンの悪ふざけにしちゃ度を越してるぜ!」
 輝く剣を宙に投げ右腕を突き出し、左腕を九十度に曲げて拳、その甲を見せるような構えを取る。右手を開いて閉じれば、その位置にぴたりと、投げ上げた剣の柄が落ちてきて収まった。
「闇あるところ光あり……光あるところ正義あり! 瞬着! パラミタ刑事シャンバラン!
 そのとき蒼い光が差して、神代 正義(かみしろ・まさよし)、いや、パワードマスクをつけたヒーロー、シャンバランの姿を照らし出すのである!
 降臨したヒーローは一人にあらず! 見よ! 建物の屋根にひらりと現れ、群がるゴブリンを次々と片付けるその姿!
(「ったく……シャンバランの奴の誘いに乗ってやったが……何だこのヒートぶり」)
 内心苦笑しながらも、五条 武(ごじょう・たける)もまた熱い衝動を感じている。
「しゃーねぇ、乗った以上は全力でやってやるぜ!」
 叫び、数メートルある高さから飛び降りた。着地際に放つは等活地獄、続々増えるゴブリンを一気に減らして、
「やぁやぁ可憐な乙女たち、助けなんて来ないと思って無かったか? 来たぜ! 今、ここにな! パラミアントとは俺のことだ!
 仮面を装着するや異形の姿と化す! 黒いボディに真っ赤な瞳、口元以外はマスクに覆われ、恐ろしくもありまた神々しくもあった。蟻の力を身に帯びて、今日も戦う改造人間、それが彼、五条武のもう一つの姿なのである。両の拳を握り仁王立ち、ただそれだけで、恐ろしいまでの存在感があった。
 かくて今、ダンジョンの蒼い光の中に、シャンバランとパラミアント、二大ヒーローが降り立ったのだ! 悪の饗宴は終わった。ここからはヒーローの時間だ!
 さらには、建物から脱したルースを加えて千人力、一行は一気にゴブリン集団を殲滅するのだった。

 最後に一匹、残ったゴブリンをズィーベンは押さえつけていた。
「ナナが言ってたよ。ゴブたちにはなにか『計画』があるんだって? 素直に話せば逃がしてあげるよ」
 だがそのゴブリンは何か話すより早く息絶えていた。
「しまった……」
「私、逃避行中に聞きました」
 コウに支えられながらノーシャが立ち、はっきりと告げたのである。
「ゴブリンには、地上侵攻の計画があるんです。『王』と呼ばれるゴブリンが、地上に出て人間を襲えば好きなだけ食べられると、そんなことを言って煽っているらしくて……」