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リアクション
間章 ニ
空京大学図書館。
イルミンスール、ヒラニプラの二ヶ所で遺跡調査が行われている中、ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)はこの場所である人物について調べていた。
(リヴァルトさんの名字を聞いた時、どこかで聞き覚えがあると思っていたんだけど……)
彼の手元にあるのは十数年前の新聞や、科学技術に関する文献だった。
(あった。アントウォールト・ノーツ。二〇〇九年、没)
ノーツという名字自体、それほど珍しくはない。ただ、ワーズワースの遺した古代の科学技術と、それを見つけたリヴァルト。そこには何らかの因果があるような気がしてならないのだ。
ジョシュアが生まれる前に故人となってはいるものの、著書は有名なものもあったために、聞き覚えくらいはあった。
(『物質の原理』『多重観測における相対的認識理論』難しい研究をしてたみたい……)
どうやらノーツ博士の主たる研究分野は、量子論であったようだ。
他にも、意識のハードプレブレムについても研究していたことから、物理学全般が範囲に入っていたらしい。
そのような中、彼はある資料を発見した。
『二〇〇八年、国際科学会議の記録』
生前のノーツ博士が公の舞台に現れた、最後のものである。そこには会議出席者の一覧もあった。
(すごい、こんなに有名な人が集まってたなんて)
ニ十世紀最後の天才科学者と謳われたノーツ博士を筆頭に、当時各分野において他の追随を許さない権威五人の名前が載っていた。その六人をして、学界においては『新世紀の六人』と呼ばれていた。
その全員が揃ったのは、後にも先にもこれきりだという。資料と同時に、その報道があった新聞記事も参考にしてみる。
なお、名簿にはまだ今ほど名を上げる以前のアクリト・シーカー学長の名前もある。二十そこそこで呼ばれている事を考えると、この時から将来を期待されていたのだろう。そして十年以上経ち、当時の『新世紀の六人』よりも上の地位に彼はいる。
「あっ!?」
ジョシュアが件の六人の中に知った名前がある事に気付いた。日本人の名前であったことからも、読み落としてしまっていたのだろう。
「司城 征(物理学――量子重力理論)」
PASDの責任者である、男とも女とも見分けがつかない教員の名であった。
(あの人、そんなにすごい人だったんだ……っていうか何歳なんだろ?)
見た目にはどうみてもニ十代中頃だが、当時から権威だったことを考えると、かなりの年齢になる。
そんなことよりも、
(司城さん、PASD以前からワーズワースの件に関わってるから、怪しいんだよね。リヴァルトさんとも長い付き合いのようだし、裏から手を回せるとしたらあの人しか思いつかないなあ)
ノーツ博士と同時に、司城についても調べ始める。
それによって分かったのは、司城がドイツの留学中に出会ったのがノーツ博士であり、彼の下で学んだという事である。
ノーツ博士と司城とノーツ博士の息子――リヴァルトの父親の三人の対談記事が、ある科学雑誌に載っていた。リヴァルトの父もまた、他の二人ほどでないにしても科学の徒であったようだ。博士の下で研究を進める事で、彼の息子と仲良くなったという事だろう。
(司城さんとノーツ博士が師弟関係で、しかもリヴァルトさんと司城さんも師弟関係。ワーズワースの遺産。パラミタの出現。偶然にしてはあまりにも……)
出来過ぎていた。全てはずっと昔から仕組まれていた事なのではないのか?
ジョシュアの目に、ふと留まったのは、俗に言うネタ本だった。科学やオカルトを陰謀の類として扱う、そんなものである。
『天才科学者の死は偽装? 浮遊大陸で目撃者が』という見出しと一緒に、ノーツ博士の写真が載っていたが、横顔だけであり、しかもピンボケしていて分からない。
(『未知なる知識を求めて地上を捨てたか』ってそんな事はないよね。お葬式もやったみたいだし)
イルミンスールのアーデルハイトのようにスペアボディがあるとかなら別だが、さすがに有り得ないだろう。それに自分で家族を殺す理由もないはずだ。
ただ、気になる文が見つかった。
(司城・ノーツ予想?)
それは二〇二〇年の現在でも解明されていない、司城とノーツ博士が提唱したある仮説に基づく予想だった。
端的に言えば、魔法のような超常的な力は科学的に説明可能であるというものだ。そしてその力は理論上では科学分野で応用出来るとしている。
それはどこか、魔法と科学を融合しようとした、ワーズワースの研究を彷彿させる内容だったが、まだ八歳の彼にはそこまで読みとるのは難しい事だった。
びっしりと数式と専門用語が踊り、それによって光術のような魔法の一種が発生する過程を示しているのである。
これが結果的に証明に至ってないのは、魔法使いが実際存在していると判明した以上、それを無理に科学で証明する必要はないとされたからだ。
司城 征とアントウォールト・ノーツ。どちらがこの研究を主導したのかは明記されていない。