波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

リアクション公開中!

五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

リアクション


・Memories


『詠唱の思考抽出ネットワーク構想について』という紙片には以下のような事が記されていた。

――仮に、思考イメージを具現化する方法があったとする。頭の中で思い描いたものが現実になるのである。想像の具現化、と言い換える事も出来る。
これ自体は不可能なものであるが、魔法理論に当てはめて考えて見ると、脳内の信号を直接「術式」として組み込めれば、詠唱を短縮出来るのではないかと推測出来る。頭の中でイメージする、その過程が既に詠唱だというものである。
これにネットワークを形成するような魔力炉、端末(魔道書)、術式、術者が揃えば、理論上これは可能となる(以下略)――


 どうやら、魔導力連動システムの前段階となる研究内容みたいであった。術者の思考を読みとり、それをそのまま魔法として発動させる。それが可能な事を理論的に証明しようという試みだったようだ。
 そこには魔力共有についても書かれている。
「ふむ、以前の遺跡でも似たようなものを見たのう。じゃが、こっちは複数人での魔力共有についても書かれておる」
 アルマンデルが読み進めながら言葉に出す。
 それに応じるのはレイナだ。
「魔力炉から魔道書に魔力が注がれ……そこに書かれた術式によって術者の思考を読みとり……魔法として具現化する。これらを循環系統に置き換えたものが」
 魔導力連動システムになったのだろう。
 あちらは三種類異なる術式の魔道書と魔力炉を結び、枠としての循環系統を構築していた。その内側に術式を組み込まれた術者と制御デバイス、外側に大気中の魔力を吸収するための術式(魔法陣)となっていた。
「こちらは……イルミンスールで研究すればもしかしたら……」
 レイナが推測する。
 魔導力連動システムはおそらく無理だろうが、イルミンスールを力場として魔力炉が形成出来れば、イルミンスールの生徒での魔力共有が実現するかもしれない。

            * * *

『術式の簡易化と同時発動における研究』という資料に書かれていたのは、以下のような事である。

――仮に複数の魔法を同時に発動出来ると仮定した場合、それらは現行の詠唱法では不可能である。それらの術式を簡易化する必要がある。
 その場合、詠唱術式の短縮が最も有効だが、少しでも縮め方を間違えれば術は発動しなくなる。短縮すると、いくつかの魔法の術式には共通項が存在する事が分かる。一種の掛け言葉のような要領でいけば、多重詠唱も出来得るだろうと考える事が出来る。

 ここまで読めば、希望がある事が分かる。
 しかし、

――テストを行ったが、簡易詠唱法による多重詠唱には誰一人成功しなかった。理由として上げられるのは、音である。術式は声によって反応し、発動する。だからこその詠唱式である。
 多重詠唱のために術式を簡易化しても、そこにあるわずかな「音」の差で、一方、あるいは両方が発動しない事が判明した。
 そのため、発声によらない詠唱式が必要となる――


 と、あっさり否定されていた。
(せっかく新しい発見があると思ったのに……)
 玲奈が残念そうに肩を落とす。
 この先の事が分かればよかったのにと思わずにはいられなかった。
 レイナと玲奈、この二人がいた資料室は別だったが、どちらが見つけたものも、ここが魔導力連動システム以前からある場所だという事を示す重要な手掛かりで会った。

            * * *

「この扉、何かしら?」
 地下二階、ランツェレットのパートナーのミーレス・カッツェン(みーれす・かっつぇん)が、その扉を発見した。
「中に誰かいる気がする」
 もう一人のパートナー、シャロット・マリス(しゃろっと・まりす)がその存在に気付く。超感覚によって生えた猫耳が反応しているのである。
「本が……!」
『研究所』で受け取った一冊の本が反応を示している。光を放ち始めたのだ。
 カシャン、と何かが外れる音が聞こえていた。
「開いたみたいです」
 おそるおそる手をかざす、未憂
 静かにその扉を押していく。
「なんかものすごい魔力を感じるよ」
 一歩中へ足を踏み入れただけでリンが空気の違いに気付いた。外は完全に魔力汚染下にあったが、こちらにはそれとは別の「魔力」の残滓が残っている。
 通路は螺旋を描き、下の階層へ繋がっているようだった。
「あれは?」
 人の姿がある。ただ、まるで投影された立体映像のように、半分透けて。
『鍵は遺されていたのか』
 白衣を着た若い男が呟き、背を向けて歩いていく。
「ついて来い、って事?」
 未憂が不思議そうに彼を見遣る。
 だが、罠には思えない。彼女達は男について下層へと降りていった。

『まずはこれを見て欲しい』
 辿り着いた彼女達が目にしたのは、三本の支柱に埋め込まれた三冊の魔道書。そして、三つの白骨化した遺体だった。
「……っ!」
 思わず口を抑える。この空間の汚染濃度が濃い理由、加えて手持ちの本の情報。
「ここが、実験場」
『そう、未証明な魔法理論を検証するための実験施設。それがここの本来の姿だ』
 男が語る。
「じゃあ、あなたは……?」
『ここにいる僕は、単なる残留思念に過ぎない。魔道書に取り込まれた、な。オリジナルの僕は、ここに魔法技術者として招聘されたうちの一人だった」
 白骨死体の一つを見つめる。生前の原型はないものの、それが彼なのだろう。
『これら三冊は、輪廻の書とも言われるものだ。由来は、誕生し存在し回帰する、そしてまた誕生という円環を描くのがこれらだからだ。つまり、一冊が魔力を生み出し、一冊がそれを安定させ、一冊が不安定な魔力を放出する、この三つのバランスによって魔力炉が形成出来る』
 それぞれが均衡する事によって、安定した魔力供給を行うというものだった。
『これは本来、魔導機械を制御するためのシステムだった。この魔力を、魔道書という媒体を通して個人に供給、さらに術式の組み合わせによって思考とのリンクを図る。これによって魔法の効率化が図られるところまではいった』
 それが成功したか否かについては言及しない。
『しかし、ある時中央に所属していた科学者の一人がこの施設を自らの研究機関の一部として使わせて欲しいと頼み込んできた』
「ジェネシス・ワーズワース?」
『そうだ。彼の言う第二次計画と第三次計画の検証を行ったことがあり、面識はあった。ただ、今度は深刻な表情だったため、何かわけがあるとは感じたものだ』
 時期的にはちょうど、『中央』からワーズワースが離れた頃である。
『それに応え、我々は博士の「魔導力連動システム」の検証を行うべく、準備を整えた。最初は彼が造った機甲化兵に術式を組み込み、魔力供給の安定化が図れるかを試した。それは成功したかに思われた、だが……』
 どうなったのかは明らかだ。この魔力汚染がそれを意味している。
『膨大な魔力が供給先から逆流し始めた。このままでは膨れ上がった魔力が地域一体を包み込んでしまい、大規模な魔力汚染となってしまう。それを止めるため、魔力の波長の合うこれら原典の所有者である我々が一時的に介入し、全ての魔力をこの空間に押し込んだ』
「じゃあ、この魔力汚染は?」
『魔導力連動システムの暴走の余韻だ。誰かがこの魔力を制御しない限り、この施設内で魔法をまともに使うのは難しい。我々は外に出さないようにするだけで精一杯だった』
 その結果、この部屋で絶命したのだろう。身体が魔力の負荷に耐えられなかったのだ。それは人だけでなく、原典も同様だったようである。
 三冊のうちニ冊はもはや効力が失われており、目の前の男の姿を見る限り、最後の一冊も相当傷んでいるだろう。
『その後、あの科学者はここを一度訪れている。その時、ここにいる僕に頭を下げていった。「すまない」と。私はただ「システムは完成したのか?」と尋ねた。それに彼は頷いていた。僕らの犠牲も無駄ではなかったと知っただけでも、少し安心したな。自分も科学者である以上、それに殉ずる事が出来たのだから』
 その横顔はどこか儚げだった。

 その時である。
『どうやら、制御出来る者が現れたようだ』
 魔力汚染が弱まっていく、それを肌で感じた。
『これを持っていけ』
 男が指差したのは、自分と一体化した唯一無事だった『存在』の魔道書。
『魔力を安定させる術式が書かれている。全てを理解出来たならば、身体への負担を最小限にして魔法を使えるようになるはずだ』
 そう言って、男は鍵の所有者であるランツェレットにそれを託した。
「名前を、教えて頂けますか?」
『本名はとうに忘れた。仲間から、ジノと呼ばれていたことだけは覚えている』
 男、ジノの姿がだんだん薄れていく。
 しかし、原典の魔力が失われない限り、彼が本当に消滅する事はないだろう。
 存在の書を手に、彼女達は来た道を戻っていく。
「制御出来る人物が現れたってことは、まさか――」
 思い当たる人物は一人しかいなかった。