波羅蜜多実業高等学校へ

葦原明倫館

校長室

空京大学へ

五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

リアクション公開中!

五機精の目覚め ――翠蒼の双児――

リアクション


・フュンフ ニ


 サファイアは、静かに地に足をつけた。
「決心がついたかい?」
 傀儡師が、彼女に視線を送る。
(答えは、どっちですか?)
 真人は攻撃態勢を取っている。動かないのは、傀儡師の言う夢幻糸とやらに囲まれているからだ。
 だが、もしサファイアが傀儡師についてしまったら、戦う覚悟だった。
(出来れば、戦いたくはありませんが)
「あたしは……」
 サファイアが答えを出した。

「あたしは、もう逃げない!」

 それは、決意だった。
「そうかい。じゃあ――嫌でも連れてくことにするよ」
 SFM0017037#雄軒}がサファイアの背後に迫っていた。彼女は振り返り、彼の振りかざしたさざれ石の短刀の刃を素手で受け止めようとする。
「ふふ、石になりますよ!」
 だが、彼の言葉とは裏腹に、彼女は石化などしなかった。それどころか、
「私の短刀を、どこへ」
 彼の手の中にあったはずのさざれ石の短刀がなくなっていた。
「壊したわ」
 サファイアは、「壊した」と言った。だがそれなら、なぜ残骸一つないのか。
 それを見て、バルトが咄嗟にサファイアを斬ろうと幻想モノケロスを振りかざす。
「バルト、貴重な素体を……」
 彼は反射的に雄軒を守ろうとした、それゆえの行動だ。
「そんなもの、効かないわ」
 今度は彼女が何をしたのか、それが完全に見て取れた。
 サファイアは槍の先に触れ、それを撫でるようにして受け流していく。すると、さーっと――まるで砂塵のように、槍が散って空気に溶け込んでいったのだ。
「へえ、面白い能力だね」
 それを目の当たりにしても、傀儡師は一切動じない。
「どういうことなの、ガーナ?」
 エミカがガーネットを見遣る。
「あいつの能力は、破壊――しかも、素粒子レベルでの分解だ。物質であれば、さっきみたいにその場に存在していた痕跡さえも残らなくなっちまう」
 エメラルドの能力が再生であり再構築であるなら、こちらは破壊であり分解である、という事らしい。
「あたしは、負けない!」
 サファイアが何かに手を触れた。それが夢幻糸だろう。しかも、張り巡らせていたそれらを彼女は壊していくのだ。
「余計な事はしないでくれよ」
 傀儡師の能力が発動した。
「ぐ……」
「く、あ……」
 ガーネット、サファイアが苦しみ出す。
 だが、他の機晶姫は無事だ。
「君達はそうやって、『ともだち』が細切れになっていく瞬間を見てればいいよ」
 傀儡師は、すぐに糸を操作するような素振りを見せた。
「ガーナさん!」
 正悟が雷術を傀儡師に向かって放つ。
(あれだ――!)
 そして、その隙にそれまでサファイアが入っていた水槽を爆発させる。
 水滴が四散し、それによって夢幻糸のある箇所が判明した。不自然に水滴が浮いている場所、そこが糸のある場所だ。
 それを避けながら、正悟は傀儡師の元へ飛ぶ。
「甘いね」
 正悟の脚が夢幻糸に絡み取られる。
「く……!」
 それを光条兵器で斬り裂き、なんとか切断は免れる。
 変幻自在。
 不可視。
 それらが、完全に空間を支配していた。
「二人は、僕達が守ります」
 クライスがガーネット、サファイアの前に出る。
「クライス君、パース! 無理無茶無謀はしないでファイトー!」
 サフィが、確保しておいた剣型の魔力融合型デバイスをクライスに手渡す。操られる危険性はあるが、今のところ武器自体に兆候はない。
(……い、嫌な記憶が……ううん、今回は失敗しない!)
『灰色の花嫁』との一戦が脳裏をよぎるも、それを振り払う。
 ファランクスでまず傀儡師の様子を見る。腕を動かす動作が、長い袖のせいでよく見えない。
(あれでわざと動きを気付かせないようにしてるんだ……)
 デバイスを起動。長時間は使えないが、その力は絶大だ。
「クライス、いけますか?」
 パートナーのローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)も彼と同様に、構えを取っている。
 クライスが頷くと、二人は傀儡師へ向かって駆け出していく。
「まだ分かってないようだね」
 夢幻糸をクライスが魔力融合型デバイスで一気に薙ぎ払う。そしてそのまま傀儡師に向けて振り下ろす。
「――ッ!」
 そのまま肩口から傀儡師が切断された。そう思われた。
「な……!?」
 斬った傀儡師が崩れ――糸になった。そしてそのまま、彼の持つ武器に纏わりつく。
「夢幻操糸流――写糸」
 傀儡師は別の位置にいた。彼が斬ったのは身代わりだったのである。
 絡め取られたデバイスは、そのまま破壊された。
「そこか!」
 今度はローレンスが攻撃を仕掛ける。
 だが、それも当たらない。
「――曲糸」
 傀儡師はローレンスの方を見向きもせずに、攻撃を受け流した。そう見せかけて、糸を刃の上を滑らせて、肉に食い込ませようとした。
 咄嗟に飛び退く、ローレンス。
「横がガラ空きだぜ!」
 ジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)が、傀儡師の死角からクレセントアックスを振り下ろす。ヒロイックアサルト、フェイタルブロウによる面打ちだ。
「――束糸」
 収束された糸は、さながら盾のようになり、ジィーンの渾身の一撃を受け止めた。しかも、糸は彼の攻撃に合わせてわずかに、歪み、それを反発させて彼を後方へと弾き飛ばす。
「そもそも、僕は人形を操らなくたって十分戦えるんだよ。まあ、これが戦闘用ってのもあるけどね。いや、まあこれ自体がマスター・オブ・パペッツとも言えるから、結局人形を操ってる事に変わりはないのか」
 今回は、前の遺跡の時とは異なり、機甲化兵を操っているわけではない。
 しかし、実力は比べ物にならないほどだ。
「この前はよくもやってくれたな!」
 ずっと隠れ身とブラックコートで身を潜めていたエヴァルトがドラゴンアーツで攻撃する。
「だから、無駄だって」
 傀儡師の眼前で、攻撃は全て無効化される。
 しかし、彼が注意を引いている間に、デーゲンハルトとロートラウトの二人が傀儡師を挟み込む。
「この前の、お返しだよ!!」
 両サイドから渾身の一撃を叩き込む。
「――写糸」
 そのまま、二人は糸で縛られる。
「まったく、操作型じゃないから、波長変えると五機精を抑えられないんだよね」
 一瞬だけ、その場の機晶姫達が動きを止める。
「ま、心臓が一秒止まったものだと思えばいいさ」
 だが、一瞬でも人間の心臓が止まるというのが何を意味しているか。
「がは、がは」
 胸を抑え、呼吸が荒くなる。
「あとは、厄介なものは壊しておこう」
 ボン、と音を立ててその場にあった試作型兵器が全て使い物にならなくなった。
「人工機晶石程度、壊すなんて容易いよ」
 エネルギーを強制的に放出し、それを無理矢理逆流させたのだろう。
「あたし、ちょっと怒っちゃったみたい」
 エミカがキッと傀儡師を睨む。
 彼女の紫電槍・改は無事だ。動力源が機晶石ではなく、代用品を司城によって組み込まれているからだ。
「リヴァルトがなんで倒せたのか分かった。アイツ、絶対切れて昔に戻ってたよね」
「あのメガネ君か。確かに、突然荒々しくなって何事かと思ったよ」
 紫電槍・改を構え、傀儡師を貫こうとするエミカ。
「無駄だって」
 それは空を切り、彼女に対して糸が迫る。
「――ッ!」
 旋回。槍の柄をずらし、短く持って糸を断ち切ろうとする。
 だが、
「駄目、間に合わない!」
 思いの外、糸の乱撃は激しかった。
「もう誰も、傷付けさせません!」
 彼女の前にファレナが飛び出てくる。そして糸に斬られ――
「まったく、無茶し過ぎだよ」
 シオン・ニューゲート(しおん・にゅーげーと)が、ファレナの前で糸を受け止める。その何本かは、彼に食い込んでおり、血を流していた。
「シオン!」
「まあ、僕にはヒールもリカバリもあるからこのくらい……ぐふっ!」
 致命傷ではないものの、かなりの深手だ。
 しかし彼女達によって、エミカが助かったばかりではない。注意を向ける事で、隙を作り出した。
「まずは回復を」
 今宵がヒールを施す。使える人間は多いに越したことはない。
「やはり、あなたはここで始末しなければなりませんね」
 風天の声色は驚くほど静かだが、その中には傀儡師に対する怒りがこもっていた。
 機晶姫を道具といい、その心を操る。その上、人を食ったような態度で、まるでこの状況を楽しんでいるかのようでもある。
 しかもそれを仕事と割り切って出来るのが、目の前の人物なのだ。
「風天、一気にかたをつけるぞ」
「はい、白姉」
 セレナが傀儡師に対して奈落の鉄鎖を使用する。重力負荷による移動制限だ。これで「写糸」は防げるかもしれない。
 さらに、サンダーブラストで糸を焼き切ろうとするが……
「生憎、この前ので対策済みだよ」
 サンダーブラストの電圧をもってしても焼き切れなかった。夢幻糸は耐電素材なのだろう。
 それでも、風天は糸を野分でかき切りながら、近付いていく。
「また、君か」
 曲糸による時間差で屈折する糸を繰り出すが、風天は受太刀で弾き、その軌道をずらす。
 続いて束糸で盾を作ろうとしたが、その前に決めようとする。
「悪鬼外道、誅滅すべし」
 疾風突きで束糸ごと傀儡師の身体を貫こうとする。
 しかし、
「あと少しだったね」
 わずか二センチ、届かない。
「ちょっと、君は厄介だ。こんなところで披露するつもりはなかったけど、切り札を使わせてもらうよ」
 バッと袖と着物を振る音と共に、傀儡師が後ろへ飛ぶ。それは遠距離からの格好の標的であるが、「彼女」を覆う糸によって全ては防がれてしまう。
 そして、空中で静止した。
「浮いて……いや、糸の上、ですか!?」
「これでは奈落の鉄鎖じゃ落ちまい。難儀なものだな」
 空中で止まり、張り巡らした糸で攻撃も防御も行う。無防備なようで、隙のない態勢。だが、それが切り札というわけではない。
「足場となってる糸を落とせば、なんの問題もありません」
 抜刀術で、糸を斬り裂く。
「夢幻操糸流奥義――」
 糸が風天やセレナ、今宵そしてまだ攻撃に転じようとしているクライス、ローレンス、ジィーン、エヴァルト、ロートラウト、デーゲンハルト……いや、動ける者全員が対象といってもいいかもしれない。
「夢幻灯篭」
 それまで不可視だった糸が、見えるようになる。
 それが、ちょうど灯篭のような形で身体を包み込む。
「斬れば囲まれていようと何の問題はありません」
 糸を斬り裂き、傀儡師のいる方へと踏み出す。
「殿、違います。これは――」
 だが、気付いた時には遅かった。
「――籠ノ鳥」
 見える糸を斬った瞬間、不可視の糸が身体を囲い、そのまま切断しようと迫る。
「く……ッ!」
 刀を切り返し、そちらも斬る。だが、さらにその外側からまた糸が来る。
 永続的に糸によって取り囲まれ、切り刻まれるまで外へは出られない。それはまるで籠の中でのみ飛び回る鳥のようであった。
 あるいは、箱の中で踊らされる人形か。

 しかし、その時である。

 バコン、と何かが弾ける音が聞こえた。
「時間切れか、さすがに酷使し過ぎたみたいだね」
 傀儡師の右腕が爆ぜる音だった。無茶な操糸に、いくら戦闘用とはいえ身体が耐えられなかったのだろう。
「あーあ、五機精確保出来なかったなー」
「逃がすと思うんですか?」
 もう一本の腕も、軽く痙攣を起こしている。傀儡師にはもう戦えるだけの力はない。
「今回は、心強い味方がいるんだよ」
 フラッシュ。
 正確には、北斗が放った最大明度の光術だ。
 その光の中から、銃弾が飛んでくる。ミスティーアによるスプレーショットである。
 それらによって足止めを食ってしまう。
 そして視界が回復した時には、もう誰もいなかった。
 ガーネット、サファイアは二人とも無事である。
「取り逃がしましたか。しかし、まさか協力者がいたとは」
 守り抜くべきものは、なんとか守り抜く事が出来た。
 だが、もし敵があと数分でも戦える状態だったら全滅していたかもしれないのだ。本気の傀儡師は、人形を操る必要がないほどに強い、それを嫌というほど知ったのである。
 
 最終的に全員が生き残り、敵を退ける事が出来た。しかし、これを勝利と言えるのだろうか?

            * * *

「マキーナ、大丈夫か?」
「何、腕一本だよ。これ、特別製だから大事にしてたんだけどなぁ」
 傀儡師、マスター・オブ・パペッツとも、マキーナ・イクスとも名乗る者は、協力者によって、なんとか脱する事に成功した。
 そして、地下ニ階のダクトの所まで戻って来ていた。
「その様子だと、逃げてきたみてーだな」
「何だい? 僕にとどめを刺すために待ち構えていたのかい?」
 悠司は、両手を上げてアピールする。
「そんなんじゃねーさ。俺と組む気はねーかって誘おうとしただけだ。まあ、結構な人数がいるみたいだけどよ。どうせだったらPASD内部に入り込める奴がいた方が得だろ。どうせ、そっちはみんな顔割れてんだろ?」
 実際は全員、というわけではない。むしろ、最後の逃走だけを手伝ったくらいだ。
「まあ、もうその必要はなくなりそうだけど……まあ、一応情報はあるに越したことはないからね。いいよ」
 かくして悠司は傀儡師側に協力する事になった。
「あれ、さっきの仮面男はどこへ行ったのかな? 女の子二人も」
 話し込んでいるうちに、姿が見えなくなっていた。
「ま、いいか。アンバー・ドライでも探しに行ったんだろうさ。それよりも……」
 傀儡師がその場の者達に言う。
「これから依頼主の所へ戻るけど、どうする?」
 全員、目的は違えど裏にいる人物を知りたい、という思いは一緒だった。

 いよいよ、彼らはこれまで知られなかった人物と対面する事になる。