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第7章 くすり、かんせい

 焼けた樹皮と葉の成分を真人が調べ、ヨルが果汁に続いて血液との反応をチェックしていく。それをヴィナに抱っこされた状態で眺めながら、エーギルが言う。
「うーん、専門外なのが悔しいな」
 ヌイもフェリックスに持ち上げてもらい、独自に調べてきた解毒剤のレシピを見て材料を投入していた。少しでもまともな薬にしようとしている訳だが――
「トカゲの尻尾、ゴブリンの爪……あと、これだな……よし、と」
 降ろしてもらい、レシピにもう1度目を通す。
「本当にこのレシピで合っているのかな。もう飲み込めるシロモノじゃなくなってる気がするけど……って、間違えた。最後のやつしゃっくり止めの薬だ……何これ、もうヤダ」
 その中に、火藍が準備室から持って来た乾燥した灰色のナニカを入れようとする。
「変なもんは入れないでくださいよ?」
 侘助に言われ、火藍は鍋を眺める。
「もう手遅れのような気もするけどな」
 そう、鍋の中は、茶色く濁って底が見えずにどろりとして、怪しいナニカになっていた。顔を顰める侘助に、火藍は苦笑した。
「火藍、眉間に皺が寄ってるぞ。俺の顔なんだから、笑え笑え」
「この状況で笑えという方が無理でしょう。結局は、こういうことになるんですね」
 侘助が溜め息を吐くと、佑也が自信たっぷりに鍋に近付く。
「お、お兄さんに任せておけば、万事OKなんだぜ?」
 口調は多少、不自然だが。
「薬の材料になりそうなもの、ということで、こんな物を持ってきたぜ」
 そして出された物は――
「『ティセラの義理チョコ?』?」
 エヴァルトは、律儀に「?」まで声に乗せて言う。
「十二星華ゆかりの力で、超反応が起きて薬が出来るかも、だぜ!」
「いやただのチョコだろうそれ!」
 ぽとん、と鍋にチョコが投入される。
「…………」
「『ティセラの義理チョコ?』も良いが、コレはどうだ?」
 アルマが差し出したのは、青い何かを砕いた、細かい粒だった。
「何だ? それ。ガラス……じゃないよな」
 虚雲が訊くと、アルマはしれっとして答える。本人としては真面目なのだからしれっとしているのも当然なのだが。
「『青のレッサースフィア』を砕いてみた」
「「「「「…………」」」」」
 絶句する面々に、アルマは説明する。
「材料については見当がつかないけど、まあここまで来たらチャレンジ精神でなんでも混ぜてみるのが良いんじゃないか? コレを入れれば、何か超反応が起きて薬が出来るかもしれないし」
 話しながらも、青のレッサースフィアの破片は鍋の中に投入されていく。純粋に興味をそそられて火藍が言った。
「……さてはてふむ、何ができるかねぇ」
 ぐつぐつと煮立つ『薬』は一瞬だけ青く光った。変な煙が出る。
「「「「「「…………」」」」」」
「これは、まずいんじゃないですか……? いや、味的な問題じゃなくて」
 ますます言葉を失う皆の中で、ソルランがぼそりと言う。
「何かどろどろになってきたから、出汁追加するー?」
 ロートラウトが出汁を入れる。『薬』は色こそ薄くなったものの……今更あまり助けにはなっていなかった。むしろ、底に溶けきっていない材料が際立ち、失敗感が思い切り漂っている。
「え、何がどうなったんですか?」
 ヌイがつま先立ちになって、中を見ようと試みた。しかし見えない。
「ヌイもう一度持ち上げてもらえますか? あれ? ヌイどこいったんですか? さっきまでいたのに。ルーメイ探してくれない?」
 またどこか探検でもしているのか、フェリックスがいない。一方卓也は、ルミーナに話しかけていた。こんな時でも女性を口説くのに余念がない卓也に呆れるヌイ。
「はぁ……とりあえず持ち上げてくれない? これじゃヌイが探せないんだ。ねぇ、ちょっと聞いてる?」
「おや? ルミーナさん、何を不安そうな顔をしてらっしゃるんですか? 大丈夫、無事元に戻れますよ」
「少しくらい僕の話を聞けーーー!!」
 そこに、ヨルと真人が色々な数値をメモした紙を持ってやってきた。
「樹皮と葉からも、多少のカーナマヤが検出されたよ。でも焼けたせいなのか、色が赤っぽくなってるな。薬に混ぜてみたら、効果があるかもしれないけど……どうする?」
「この際だ。入れてみたらいいんじゃないかな」
 化学教師バリーが言う。先生が言うなら……と、ヨルは大樹の葉と皮を入れていく。その時、瀬島 壮太(せじま・そうた)ミミ・マリー(みみ・まりー)が実験室に入ってきた。壮太はバリーの方につかつかと近付いた。
「先生……先生が果実狩りを先導したって本当か?」
「…………」
 バリーは、穏やかな笑みを顔に貼り付けて暫く黙っていた。そして、潔く肯定する。
「ああ、そうだよ」
「あの大樹の事は何処で知ったんだ? いくら美味そうな実だったとはいえ、事前に調べもせず食べるのが危険なことくらい、先生なら分かるだろ? それとも本当は、この実の効果を知っていたんじゃねえか?」
「僕は教師では無いんだよ。冒険を提供するのが僕の仕事だ」
「?」
「改めて……蒼空学園事務所、冒険管理課のコネタント・ピーです。学園において、生徒に冒険を提供するのが僕の仕事だ。遅刻しないで日々を過ごすのもその1つな訳だけれど……いつも遅刻してしまってごめんなさい。仕事期間が被ってごめんなさい」
「よく意味がわからないけど……結局、どうしてそんなことをしたの?」
 ミミが訊くと、バリーは長々と説明し始めた。
「4日前……、空京に遊びに行ったんだけど、帰るのが遅くなって、仕事に遅刻しそうになってね。いや、もう時間的に確定だったんだけど……とにかく、いつもの近道を使おうと森の上空を飛んでいたんだ。それで、たまたま樹に実が生っているのを見つけて、珍しいなと思って食べたんだよね。実がついてる所なんか見たことなかったから……で、美味しかったからバリーにも食べさせて……次の日に、入れ替わっていた」
「うんうん、それで?」
「元に戻ろう、と言ってもパートナーのバリーはやる気が無くて……むしろラッキーだから、戻るまで代わりに授業をやれとか言われて……でも僕、化学なんて全然分からないし。実際、学生時代も国語以外は赤点で……」
「それはいいから」
 話が逸れかけて、誰かが外から突っ込みを入れる。
「その時にぴんと来たんだ。生徒達に全てを任せて、薬を作ってもらえば正体もバレない。果実を食べてもらって、他人事じゃなくなればみんなも解決方法を頑張って探すだろう。ついでにコネタントとしての仕事も片付くし、万々歳だって……」
「……でも、薬作りに補習を利用しようと言い出したのは、ファーシーさんですよね?」
 不思議そうなミュリエルに、バリーは言う。
「彼女が言い出さなくても、課題として出すつもりだったよ。最初からね。でも、提案してもらったおかげで校長の後押しも得られたし、スムーズに進んだ」
「つまり……1人でフライングしてドジったから生徒を巻き込んでなんとかしてもらおう、と……」
「うん……」
 うな垂れるバリーに、壮太はすっかり毒気の抜かれた顔をした。
「パラミタには得体のしれねえもんが沢山あるんだから、調べもしないで食べたり人に配ったりしたら危険だろ」
「まさか、こんなことになるとは思ってなかったんだ……」
 やれやれ、という空気が流れた所で、壮太はミミが物欲しそうに果実を見詰めていることに気付いた。
「おいミミ、間違っても食うなよ。オレはおまえみてーなチビガキと入れ替わるのはごめんだからな。しかも今食ったら、1日遅れじゃねえか」
「えー、でも、お薬作ってるんでしょ?」
「…………」
 何と答えて良いものか、と、誰もが戸惑った表情でを浮かべた。ミミは目をきらきらとさせて、必死に食べたいな〜という無言の圧力を送ってみる。しかし、壮太はたじろがなかった。
「ねえ食べたいよ〜。一口でいいから。ね、いいでしょ?」
「ダメだ」
「え〜」
「その薬だけど……1度、誰か飲んでみたらどうかな? ほら、あれから色々入れたし、人体に入る事で何か変化するかもしれないし……あ、僕はバリーが近くにいないから、効果は分からないと思う……」
「コネタントさんも飲んでください」
「え? 何で……」
「遠くに居ても、効果があるかもしれないでしょう?」
 卓也が言うと、バリーはすごすごと後ろに下が――捕獲された。
「えっと……私、飲んでもいいよ!」
 そこで、ピュリアが前に出る。『え!?』と驚く一同に、彼女は健気に、一生懸命な調子で言った。
「ちょっと怖いけど、失敗の危険も覚悟で誰かが試さないといけないもんね。大丈夫。アインもついてるし、きっと何とかなるよ!」
「ピュリアも、ママと一緒に飲んで「じっけん」するよ! 無事成功したら、みんなにも分けてあげて助けるからね!」
「朱里……」
 薬製作の過程ならいざ知らず、機晶姫であるアインはこの段階に来ると見守るしかない。
「俺も飲むよ。家族のためにも早く戻りたいしね。もちろん、えーくんが良ければだけど」
「ヴィナ・アーダベルトがのむならえーくんものむよ!」
「本当に、よろしいのですか?」
「万一の為に、キュアポイズンとナーシングが出来るように待機しておきますね」
「私もナーシングでお手伝いします」
 環菜とソール、ミュリエルが、心配そうに言う。どさくさに紛れてではなく改まって、という状況ではあったが、それでも果実をもう1度食べようという場合よりも緊張感がある。
「じゃあ、行くよ!」
 お猪口程の大きさのコップに薬を移すと、4人、とバリーの口に流し込む係は頷き合って、一気に――

『薬』を飲んだ。

 その途端、4人が口を押さえる。
 バリーは泡を吹き、拘束されたまま白目を剥いた。
 ピュリアはその場で蹲って、飲み込むまで動かなかった。そしてその後腹部を押さえ、全身からふっ、と力が抜けたかと思うと、そのまま倒れる。
 朱里とヴィナは実験室中を駆け回り跳ね回りして、その影響で周囲の実験器具が次々に床に落ちていく。そしてその後腹部を押さえ、助けを求めるように震えながら手を伸ばして、果てるように倒れる。
 エーギルは特殊なモーションが無いかわりに腹部を押さえ、全身を硬直させて仰向けに倒れた。目がうずまき状態になっている。
「たたた、大変です!」
 ソールとミュリエルが急いでナーシングを始める。そこで、ミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)和泉 真奈(いずみ・まな)がゆっくりと目を覚ました。そして2人は――
「……どうしましたの? 随分騒がしいですわね……」
「んー、よく寝たー! ……? 何かあった?」
 入れ替わっていた。
 その時、『ルミーナの携帯』にファーシーから電話が入った。少し会話をし、環菜は全員に聞こえるようにこう告げる。
「妖精さんに会えたそうです。おじさん……? の話によると、何の対処もしなければ1週間――あっつあつの火を通した果実を食べて、お互いにキスをするとすぐに元に戻れる、と……ただ普通に食べただけでは、抗体が出来てしまっているので元には戻れないのだそうです……」
『…………』
 治療をしている2人以外の16人は、それぞれに驚きを現しながら――言った。
「「「「「「「「「「「「「「「「キス?」」」」」」」」」」」」」」」」
「キ、キス……ですか?」
「うー、それならピュリア、そっちの方が良かったよー!」
「えーくんとキスなら、抵抗ないよなあ……」
「あれ……たべものじゃないよ!」
「ん? 何だここは……突然、実験室に……?」
 そして、薬を飲んだ5人は――元に戻っていた。

 その少し前。
「き、キスだとーーーーーーーーー!?」
「それは勘弁してほしいのだが」
「キスですって!?」
「ほう……?」
「あ、なんだ。それでいいんだ。でも……ちょっと、ドゥムカさんに悪いなあ」
(面白いな。だが……)
(……ドゥムカとケイラがキスか……別に、興味はない、が……)
「あー、そう来たか! キスねえ……! まあ定番っちゃ定番?」
「ききききき、キスですか!? ちょっと待ってくださいそれはそのいろいろと……」
「キス……。天国か地獄かは、誰と入れ替わったか次第ってか」
「何、1人で格好つけてるんですかーーーーー!」
「ピノとキスか……まあ、兄妹みたいなもんだしな……」
「何で少し嬉しそうなの? ねえ、何で嬉しそうなの?」
 入れ替わった面々プラス3が三種三様な反応を示す中、ちっちゃいおっさん達は難でも無いことの様に口々に言う。
「ちゅーっとすれば良い。簡単であろう」
「つがいの力は、つがいの力で制するのだよ。それを凌駕する為には、あっつあっつに焼く必要があるのだ」
「樹自体を焼くのはちと乱暴だがな」
「まあ、表面が焦げた程度なら再生するから問題無いが」
「火術でこの果実を熱すればよいのじゃな。では、わらわが……」
 焦ったり喜んだり動揺したりする被害者達の中で、1人冷静な山海経がノートの収穫した果実を焼いた。
 やがて。
「効果も確認出来たし……ルミーナに電話するわね!」
 ファーシーが元気に言って、携帯電話を耳に当てる。形式的には自分と唇を重ねるだけ、ということではある。しかし、自分と相手がキスをするという事に変わりはなく――
「うぉえぇえええええ……!」
「私が私としたと思えば、大したことは…………あるな。お互いに無かったことにするか」
「……ノートとキスしても、別に嬉しくないですが……でも、そこまで嫌ではありませんね。これがアーデルハイト様だったら……!」
「よりによって望と……! 忘れましょう! 今日の事は一刻も早く!」
「ごめんねドゥムカさん。人工呼吸みたいなものだと思えばいいから」
「ふむケイラ、やはり枯れて……………………いや、分かった」
(元に戻ったか……人工呼吸……なるほどな……)
「良かったな、ケイラ」
「解決方法も分かったところで、俺は行くぞ。寮に一刻も早く帰らないと……!」
「あ、そうそう、ラス、ピノちゃんね……最後に『って言っといて』って言ってたわよ」
「は!?」
 電話の途中で振り返ってさらりと真実を教える。走っていくラスを見送ってから、ファーシーは会話に戻った。
「あ、ごめんねルミーナ。何? ……うん……」
「皐月……私達、最近こういうの多くないですか。気の所為ですか……?」
「…………」
 皐月は数秒沈黙して、目を逸らす。
「他人の身体なんて不便だろ……それだけだよ」
 思った程の抵抗は無かった。『好きなのだから』当然なのかもしれないが――何かが救われたような気がしたのも事実で。きっと自分は、お互いの居ない世界に耐える事は出来ないだろう。
「あ、ねえ、今更遅いと思うけど……向こうで作った薬でも元に戻れるんだって。ルミーナ曰く――究極の選択らしいけど」
「…………っ!?」
 絶望の声が聞こえてくる中、皐月は思う。
 ――絶望とは幻想と知る。たった一つの、信じる物の存在で。