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【2020授業風景】笹塚並木と算術教室

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【2020授業風景】笹塚並木と算術教室

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第3章 お茶の時間は和風でゆったり


 所変わって明倫館の調理室。ここでは休憩時間にふるまう和菓子の準備をしている生徒が出入りしており、希望者には調理場の貸し出しも行っていた。今日は料理好きな生徒が集まって和風をテーマにしたお茶会が開かれるらしい。エプロンか割烹着を着てめいめい自由にお茶会用のお菓子をこさえている。白のワイシャツに黒のパンツ姿のクロス・クロノス(くろす・くろのす)は調理器具が使える環境にほっとしながら、お抹茶に合う料理を思案していた。本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)は和菓子を作るらしいため、自分は洋菓子を和風にアレンジしたものにする。本当は家で作るつもりだったが、調理室の存在を聞いたためみんなで作ることにしたようだ。
「……爆発しなくてよかった」
 ぽそりとそう漏らして、彼女はバターや小麦粉などの材料を用意しはじめる。
「クロス様、オーブンは何度に設定しますの?」
「180℃でお願いします」
 紗に牡丹柄の帯を締めた柊 美鈴(ひいらぎ・みすず)は菓子づくりの手伝いとして、こまごまとした作業をこなしていた。ちなみに、紗とは6月から9月にかけて暑い時期を涼しく過ごすための着物である。食器を出したり洗い物をしてくれる彼女の存在が、もくもくと調理しがちな調理室の雰囲気を明るいものに変えている。主催のレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)は和やかな調理風景を見て安心したように微笑むと、茶室の1つのカギを開けて来客をもてなす準備を始めたようだ。
「空気の入れ替えをしましょうねぇ」
「私も手伝うわ〜」
 先ほどからそろばんと格闘していたミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は、基礎くらい学習して帰るぞー! と息ごんていたようだ。しかしパートナーが1人でこなすには少々荷が重そうに見えたので、休憩がてらに手伝ってやることにする。茶室に入ると茶道具をそろえている彼女の後姿が見えたが、スカートの丈が短すぎてどうしたものかとハラハラしていた。
 ちょっとー、パンツ丸見えだから隠しなさいよ!
「こ、今回は真面目そうな人が多いから……気を付けてね」
「そうですかねぇ、あちきはあんまり気にしてないんですけど」
 レティから和服を借りようとしたものの、丈が短いものばかりだったのであきらめたミスティ。何かあったらフォローをしようとその場に残ることにする。

「さてと、今回は何作りましょうか? 美鈴、手伝って下さいね」
「はい、お手伝いしますマスター。……うまくできたら持って帰りましょうね。待っている人がいるでしょうし」
 のんびりした気質の翡翠も今回のメニューを決めたらしい。お湯を沸かすと寒天と水あめを溶かし、並行して白餡も作っていくのだが……。白餡は美鈴の担当らしく、白い豆に砂糖を入れてゆっくりと煮るのがポイントのようだ。丁寧に潰してこすと、調理室になんとも美味しそうな甘い香りが漂ってくる。
「甘いのは苦手なんですが。美鈴、そちらはどうです? 疲れませんか」
「大丈夫ですけど、甘さは程よい加減にしておきますね。こうしていろんな方と作るのも楽しいですわ」
 翡翠はくすりとほほ笑むと、先ほどの寒天を薄桃色にして冷やして固め、それを小さな正方形に切り分けた。白餡の周りにその小さな寒天を張り付け、寒天の残りに砂糖を加えて白っぽくなったものをかけた。すると紫陽花のような外見の涼しげな和菓子が出来上がる……なかなかの出来だ。
「和菓子は綺麗な物多いですから。いただくのがもったいないかもしれませんわ」
「喜んでいただけるといいですね」
 透明感のある紫陽花が仕上がるまでは時間がかかるので、翡翠は後片付けがすむと涼介のもとに手伝いに行った。
 涼介の茶菓子は葛饅頭である。葛粉と砂糖を水で溶かし合わせたものをこし、それを火にかけてよく練っている。透明感が出るように本がえしの状態まで練り込んでいった。
「これは素敵な……何かお手伝いできることはあるでしょうか」
「ありがとうございます。そうだな……では、水出し煎茶をお願いできますか? そろばん教室の人にお配りしましょう」
「いいですね」
 涼介は用意した水出し煎茶をティーパックに入れ、冷水ポットで冷やしていたようだ。翡翠は冷蔵庫からそれを取り出しそろばん教室に差し入れに行った。
 その間、涼介は餡玉を葛でつつんで氷水で冷やす作業に入る。お茶会のために十徳羽織を着流して、翡翠と合流すると茶室に向かうことにした。茶室ではクロスと美鈴がレティシアから簡単な茶道の作法を教わっている。スカートはミスティの配慮でアリスのドロワーズをはくことで、解決したようだ。
「茶葉は宇治玉露の碾茶を茶臼で、薄茶で作法は裏千家ですねぇ。作法は気にせず、楽しんでいただければと思いますー」
 レティシアは手本を見せるが、味や雰囲気を楽しんでもらえればいいという旨を伝えた。クロスは抹茶をこういった場で飲むのは初めてのため緊張していたが、その言葉を聞くと肩の力が抜けたように見える。
「苦いと聞きますが、お抹茶はどの程度苦いものなのですか?」
「実際はそうでもないですよぉ。ブラックコーヒー……いえ、カフェオレが飲めれば問題ありません。あ、正座が苦手な方は崩してもらって構いませんよ」
 レティシアはクロスの足がしびれていると察すると、気を利かせて気楽な席であるのをアピールした。レティシアがたてたお茶をみんなで楽しむとお楽しみのお菓子の時間である。
「本当に良い天気で……。よろしかったらどうぞ」
 翡翠は寒天の和菓子、涼介は葛饅頭、クロスは抹茶を使ったマドレーヌをふるまった。それぞれいい味に仕上がっており、舌鼓を打ちながらお茶会は楽しく終了したようだ。縁側に並んで涼介が準備した水出し煎茶を飲みながら風鈴の音を楽しみ、多めに作ったお菓子は勉強中の教室に差し入れとして喜ばれた。
「日本文化もいいものですね」
 クロスが涼介と美鈴の着物姿を見ながらミスティにそう告げると、彼女はパートナーの茶会をクロスが楽しんでいるのを感じた。


「素敵な和菓子ですぅ」
 調理室の前を通りかかったメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)。彼女たちは翡翠たちに、もし食べたい人がいれば配ってきてほしいと頼まれたようだ。

 ひょう、ふっ。

 何かが素早く風を切る音がする。場所は弓道場だ。
「甲斐源氏に伝わる武田流弓術――本日は、その一端を御見せ致します」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)に一礼をした上杉 菊(うえすぎ・きく)は流鏑馬の衣装に身を包み、馬を走らせるとそのまま的を射抜いてゆく。凛とした表情でピンと背を伸ばすその姿は、スポーツとも儀式とも何かが違う。これが伝統というものなのだろうか。
「面白そうだわ。私もチャレンジしてみようかしら」
 興味を持ったローザマリアに、菊は喜んで指南を始めた。即席ではあるが弓道の講習が始まり、ローザマリアも菊と同じく弓道の袴に着替えることにした。
「最初は、もっと近くから射掛けてみましょう。当たらなければ、愉しめませぬ故。まずは弓を番え、的を射抜く事を愉しむ、全てはそれからにございます」
 まずは楽しむことが大事だと考え、馬から降りて弓を射る訓練を始める。この弓道場は遠的場、つまり60メートルの距離がある。菊はこの距離でもこともなげに真ん中を射抜き、ローザマリアにお手本を教えていた。
「銃とは勝手が違うけど……っ!」
 フォームを教わり、初心者ながら同じく60メートルの距離に挑む。シャープシューター、スナイプ、エイミング。これらを使って位置を補正すると、あっさりと真ん中を打ち抜くことができた。
「御方様、技能を使っては稽古になりませぬ。それは御法度にございます」
「狙撃手が的を外したら立つ瀬ないでしょう?」
 弓道は礼節を尊ぶ競技でもある。スキルも確かに己の技術ではあるが、心身を鍛えることを目的としているため簡単にこなせては意味がないのだ。菊は弓を真ん中に当てるだけでなく、心を研ぎ澄ませる感覚を伝えたかったのだろう。
「ふむ、これがジパングの文化かの?」
「ライザ! 弓道というそうよ。なかなか奥深いわ。……どう?今の私なら、八幡原や三方ヶ原に甲軍として参戦しても存分に腕を振るえそうかしら?」
 珍しそうに道具を眺めるグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)だったが、ここに来たのは別の目的のためらしい。
「のう、菊媛。わらわに琴を教えてくれぬか。向こうにあるのを使っていいと言われたものでな」
「ええ、喜んで。でももう少し……」
「私はもう少し練習していくわ。2人が終った頃には合流するから」
 ローザマリアはスキルを使わない状態だと流石にミスショットがある。狙撃手の経験を活かしているための見込みは早いのだが、異国の文化がおもしろかったのだろう。しばらく練習していくそうなので、菊はライザを連れてことを借りるため和室に向かった。

「ふむ、床に置いて使うのか。リュートとはまた違う、風雅な音色だの」
 イングランド国旗を彷彿させる白い小袖に赤の打ち掛け姿のライザは、日本の童謡を菊から教わることにした。
「クラシックの弦楽器とは違い、“ひく”ではなく“はじく”というイメージか」
「はい、とても宜しい音色が出ていますよ。その感覚です」
「菊媛、妾の治世下で其方の国との交易があったのなら、この楽器を真っ先に欲した事だろうな、生きた時代は同じなだけに口惜しや」
 まだおぼつかない箇所はあるものの、今日はじめたばかりとは思えない上達を見せている。通りかかったメイベルたちから和菓子の差し入れをもらうと、丁度、手拭いで汗を拭いているローザマリアもやってきた。
「御方様、ぜひ聞いて下さいな」
 菊とライザはそれぞれのパートを演奏し始めた。ローザマリアとメイベルたちは、その演奏を楽しみながら和菓子の味を楽しんでいる。風雅な日常の一コマであった。