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【2020授業風景】笹塚並木と算術教室

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【2020授業風景】笹塚並木と算術教室

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第4章 九九教室


 そろばんとは別の和室で九九の教室も開催されている。ジョシュアは8歳の少年であるが、日本マニアな両親やどう見てもヤンキーにしか見えない神尾 惣介(かみお・そうすけ)の影響で年の割にしっかりした子供に育っている。結果的に教育方針が良かったのだろうか……。
「そういえば日本人は九九を覚えられないと白い目で見られるらしいけど、本当かなぁ」
「俺は昔から刀くらいしか振り回してなかったし、算数とかさっぱりわかんねえ」
 畳でゴロゴロしている惣介は全く頼りにならない。黒板に九九の表と読み方を張りながらチラシの文章に疑問を抱くジョシュアであった。だが、そろばんの説明は明らかにおかしい。まったく、誰があんなお知らせを書いたんだろうか。すごくツッコミたい……。むむぅ。
「サリスちゃん、算数ちょっとにがてだから、得意なお歌みたいなのならおぼえれるかもです♪ こんにちは、ヴァーナーです。よろしくおねがいしますっ」
「サリスです、おねがいしまーすっ」
 ジョシュアが振り向くと、早めに到着したヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)サリス・ペラレア(さりす・ぺられあ)がぺこりと挨拶をしている。2人は百合園の制服を着て、道に迷わずちゃんと教室までたどり着けていた。
 ど、どうしよう。まだ準備が終わっていない。
 その時、焦るジョシュアの肩をぽんと叩く大きな手があった。そのたくましい手の持主の名は赤城 長門(あかぎ・ながと)。勉強が苦手な彼だが、困っている人がいれば放っておけない性格だった。九九も覚えられなかったのだが、ジョシュアの時間稼ぎをするべく教壇に立っている。
「九九……とは何だ?」
「ええー?! アイン、九九知らなかったのぉ!?」
 タイミング良く岬 蓮(みさき・れん)がアインを連れて教室の前を通ったようだ。蓮は九九教室の張り紙を見つけて話題を振ってみただけなのだが、アインの反応がおもしろかったのでもう少し悪戯を続けることにした。
「九九覚えずにいたら生きれんというわけではないやろ!」
「そんなんじゃ、アイン。日本人に……というか好きな人にからかわれて、涙で枕を濡らすのがオチだよー!?」
 うぐっと言葉に詰まるアイン。こればかりは反論できない。
 覚えたいけど、小さな子どもに交じって勉強するのはなぁ……どないせーっちゅーねん。
 すると、突然障子がパアンッ! とあいて長門が筋骨隆々とした肉体で思いっきりアインを抱き締めた。
「恋するお主に助け舟じゃあ!!」
「な、なんやねん!? ぎゃああああ!!!」
 そのまま貨物のようにひょいっと脇に抱えられると、乱暴に着席させられる。折り紙で鶴を折っていたジョシュアは『明倫館、良いところだと思って帰ってほしかったな☆』と遠い目をした。
 授業はヴァーナーの意見を取り入れて歌いながら覚えるスタイルになったようだ。
「さんしじゅうに♪ さんごじゅうご♪ さぶろくじゅうろく♪ ……あれ?」
「ににんがし〜♪ にさんがろく〜♪ にしがはち〜♪」
「い、いんいちがいちぃ〜♪ いんにがにぃ〜♪ いんさんがさぁ〜ん♪ いんしがしぃ〜♪」
 ジョシュアが表で順番に反復練習させていき、全段覚えた生徒には千代紙で追った鶴をプレゼントしている。意外にも一番早く覚えたのはサリスだった。桜模様の鶴をもらって嬉しそうにジョシュアに礼を言った。
「おーおー、やってるねえ。奇麗なねえちゃんはいねぇけど、楽しそうにやってんじゃねえの。ジョシュアー、恋もいいぜー。恋もー」
「あ、あのねぇ……」
 ジョシュアはねっ転がりながら漫画雑誌を読み、煎餅をかじっている惣介を見て呆れているようだった。
 反対に、一番九九が苦手なのは長門である。早くにマスターしたサリスが一緒に歌いながら覚えようとしていた。長門は九九の数え歌を歌う際に一回ずつポージングをして覚える『キンニクク大作戦』を展開しているようだが……。
「九九八十八じゃあ!!!」
「違うよぉ、八十一だもん〜っ」
「ぬぅ、また間違いじゃ……」
「ボクも元気にこえをだして、いっしょにおぼえるです!」
 ヴァーナーは七の段でつっかえていたが、長門と一緒に元気に歌って少しずつ覚えてきていた。惣介は漫画を読む合間にその様子を眺めては、こういうほのぼのしているのもたまにはいいねぇ。と平和を感じている。
「さあアイン! 長門さんに続くのよっ」
「こっち見るんやないー! 見せもんやないー!!」
 すっかり勘違いしているアインはポージングをとりながら九九を覚えている。蓮はその様子を大爆笑して携帯電話で写真を撮っていた。
「いやー、にしてもアイン、予想以上にテンションあがってるねぇ〜。顔は笑ってないけど、本人楽しそうだし良しとしますか☆ あ、差し入れの抹茶マドレーヌおいしーぃ♪」
「蓮、抜け駆けはひきょうやでぇ!!」
 楽しい歌声でいっぱいになっている教室の様子に、ジョシュアはほっと胸をなでおろしている。内心は上手く授業がこなせるか不安だったのかもしれない。
「そういえばボクも両親によく褒められてた。変わった両親だったけど、ちょっと家が恋しくなっちゃうな。……はい、折り鶴だよ。おめでとう」
「わーい、ありがとうですっ♪」
 ヴァーナーも赤い千鳥格子の折り鶴をもらって、サリスとお互いの鶴を見せあいっこしている。次はアインが合格して紺色の豆絞り模様の折り鶴をもらった。

「長門さんっ、もうちょっとですっ♪ ボクたちみんなでツルさんもらいましょ〜っ」
「クッ、クッ……九九八十一じゃあ!!」
「おぉ、合格や! よう頑張ったで!!!」

 夕日が沈もうとするまで全員が残って長門の九九修行に付き合っていた。惣介が調理室から茶会用にふるまわれた茶菓子をもらってきて、居残り勉強である。その結果長門はどうにか九九をマスターでき、ジョシュアから唐草模様の折り鶴を受け取ることができた。
「うおおぉぉおぉおん!!!」
 長門は感動のあまり目から滝のような涙を流し、オオカミの咆哮を連想させるようなすさまじい泣き声をあげている。彼が合格したお祝いに、みんなでばんざーい、ばんざーいと祝福する声もなかなか終わらなかったようだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

「隣では、歌で覚えているみたいだなぁ」
 隣の九九教室で、長門たちの歌が聞こえた皆川 陽(みなかわ・よう)は小学校を思い出して懐かしい気持ちになっている。そろばん教室と同じく4・5人でグループを作っての学習なのだが、そろばん教室よりも参加者が少なかったため和室を広く使うことができたようだ。
「九九、面白そうじゃん!!」
「テディ、その服はやっぱり……」
 陽はテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)の巫女服姿を見て、どう胸の内を伝えればいいかさっきからずっと迷っていた。日本人特殊スキル先送りを使っているうちに算術教室までついてしまったのだが……。
「ママ、あのお兄ちゃんのお洋服かわいいね」
 テディの服を見た秋月 カレン(あきづき・かれん)秋月 葵(あきづき・あおい)のスカートのすそをくいくいと引っ張っている。そうなのだ、意外にも受けてしまっているようで陽は切り出すタイミングがつかめなかったのだ。
「ありがとじゃんっ。お互い頑張るしっ!!」
「カレン、頑張って九九おぼえるの〜。テディおにいちゃん、えいえいおーなの」
 テディとカレンはお互いのパートナーのために頑張る点で仲間意識を持ったらしい。すぐに仲良くなって一緒に九九の暗唱を始め出した。葵はそんな様子をにこにこしながら見守っている。
「あおいママ、カレンの足がビリビリなの」
「カレンちゃん、足がしびれたら崩して良いからね」
 正座が初体験のカレンを心配した葵が訪ねてみると、カレンは、はて? と首をかしげて立ち上がろうとする。おっとっと、痺れてヨロヨロとバランスを崩してしまった。そんな彼女が転ばないようにプリ村 ユリアーナ(ほふまん・ゆりあーな)が軽く背中を抑えてやった。木綿の小袖に紺の袴、黒ぶち眼鏡で真面目そうな外見のユリアーナは真面目に授業に取り組んでいるようだ。
「おねえちゃん、ありがとなの」
「どういたしまして……さっき、手紙付きの手裏剣が飛んできて小さなクッションを挟むようにアドバイスがあったわよ」
 ユリアーナは薫が配った小さなクッションを渡してあげた。カレンはそれを4つもらうと、葵たちに配って褒めてもらっている。
「にしても、あの真っ赤で派手なイタリアンマフィアはどう見てもソーハチよね。……迂闊だったわ。まさかこうなるなんて」
 ユリアーナはこの学校の生徒であるが、貧乏長屋生活と日本の文化学習を兼ねてこの授業に学ぶ側として参加していた。なぜ貧乏が関係あるかというと、この授業に出れば和菓子が食べられると聞いたからだ。
「ほう、これがあの苦句。聞きしに勝る面妖な呪文ヨ……。呪いの歌を初等教育のうちから叩き込むとは、ジャポネェゼ恐ろしい奴らネ!」
 そう参加者がいない教室でタピ岡 奏八(たぴおか・そうはち)の金髪アフロのサングラス姿はひどく目立った。忍んだところのない彼は、きっと一生忍者にはなれないだろう。アフロが、はみでちゃうから……。
「うぅ……気になるわね」
「……しかしまったく意味わかんねぇヨ。いったい誰を呪い殺そうって言うのかヨ」
「どうかしましたか、ユリアーナさん?」
 誰だろうと振り向くと、お茶の準備を始めた度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が心配そうにこちらを見ている。どうも、ユリアーナが九九に苦戦していると思ったようだ。慌てて首を振って心配が無用なことをアピールした。
「だ、大丈夫っ。えと、九九……九九……。
 Who Killed Cock Robin(誰が殺したクックロビン)……殺したのはソーハチ。じゃなくてヤソイチ(八十一)さん。81です!」
「まあ、変わった覚え方ですね。うふふ」
「心配してたがおユリの奴、しっかりしてるじゃねぇかヨ!! そういや、しきりにさっきからこっちを見てやがる。授業にちゃんと集中しやがれってんだヨ!」
「ええい、お主静かにするのじゃ! 他の学徒が集中できぬであろうがっ」
「アウチッ!!」
 ペッチーンッ。
 大きな声を出して積極的にユリアーナを応援し始めた奏八は、ハッスルしすぎて織部 イル(おりべ・いる)にそろばんを投げつけられてしまった。テディはその様子を見て陽もこのくらい心配してくれてもいいのに〜と焼きもちを焼いている。
「テディ、お茶いろいろあるらしいけど何にする?」
 陽は日本の学校で書道も九九も基本を習得していたため、今回はテディの補助役としてひっそりと過ごしていた。硯で墨をすり、筆の使い方や九九の暗唱を葵と一緒に教えていた。さっきはカレンに座布団を持ってきてもらったので、今度はこちらがお茶を……ということなのだろう。
「冷たいお茶に決まってるじゃん!」
「そう? じゃあ、ボクはお抹茶もらおうかな」
 葵とカレンのオーダーも聞くと鈴鹿にお茶をもらいに行った。
「授業お疲れ様です。和菓子もご用意いたしましたので、どれでもお好きなものをお召し上がりくださいね」
 鈴鹿が用意したのは水饅頭、わらび餅、葛きりの3種類だった。お茶も緑茶のホットとアイス、簡単な茶道具ではあるがその場で立ててくれる抹茶の3種類もある。陽はどれにしようか迷った末、鈴鹿のアドバイスですべての和菓子を多めにもらって帰ることにした。
「正座は、ちょっと……イヤなの」
「あはは、正座は嫌かぁ〜 まぁ、そうだよね〜♪」
 カレンは薫の座布団の上にちょこんと座って、しびれた足を葵にマッサージしてもらっていた。しかし鈴鹿の手作りわらび餅を見ると、そのプルプルモチモチした外見にほうっと息を漏らしている。華やかな和紙で手作りした箸袋も、彼女には珍しいようだった。
「日本の古き良き文化や和の美しさなどをお目に掛けることが出来れば良いと思うぞえ。お茶を飲んで、わらわもまったりじゃ」
 イルは、そんなに真面目に正座をしなくても大丈夫だとカレンに言ってやる。イルは裾を引きずった打ちかけ姿。正座も苦ではないだろうが、完璧すぎるのもよくないだろうと自分も足を崩して見せた。
「ほれ、そこのアフロもお一ついかがかの? 鈴鹿の葛きりは、そこらのものと格が違うぞえ。喉越し爽やかじゃ」
「ふふ、お口にあえばいいのですが」
 奏八は話題を振られるとあたふたとしたが、深みのある黒蜜のたっぷりとかけられた葛きりを見るとごくりと喉が動いた。箸が使えない人のために丈でフォークも作られており、ためしに1つもらってみる。味わい深く重みのある甘さであったが、抹茶と合わせることでお互いの苦味と甘みをうまく引き立てていた。
「アウチッ! 慣れない正座をしていたせいで足がしびれて思うように歩けねぇ……」
 立ち上がっておかわりをもらおうとした奏八は、『呪いのターゲットは自分だったのかヨ! そういや、おユリは自分に1度、2度、いや6度くらい振り向いていたってヨ! だからこんなに痺れるのかヨ!』と勘違いを続けているようだ。
「のわああ、お主なにをするんじゃー!! 悪い子には、お仕置きが、必要よな!?」
 バランスを崩してイルの上に倒れかかったのが運の尽き、彼女の雷術で奏八のアフロは金髪から黒髪になってしまった……。ぷすぷすと煙をあげているパートナーの姿を見て、ユリアーナはあきれながらため息をついている。
「水饅頭って美味しいね〜♪」
「抹茶も美味しいじゃん!」
 こちらの九九の授業は、こんな感じでほのぼのと行われていた。食べ終わった後はお腹いっぱいになって、座布団を枕にしばしお昼寝の時間が設けられたらしい。