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リアクション
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)は眼下に広がる混沌窮まる光景に、嘆息を零していた。
「……チャーリー・ワン。現状を報告せよ」
チャーリーとは今現在騒動が起きている区画に割り振られたフォネティックコード、噛み砕いて言うならばチーム名。
そしてワンはそのまんま数字であり、個別の識別番号である。
「……くたばれリア充共おおおおおおおおおおおおおおお!」
無線のチャンネルを弄った所で聞こえてきた音声に、彼女は溜息を重ねる。
「チャーリー・ツー。現状を報告せよ」
「だから今日は任務があるんだってあれ程説明しただろ! 浮気なんかじゃないんだよおおおおお……」
「チャーリー・スリー。現状を……」
「うぉおおおおおおパンツ見えたああああああ!」
ヘッドセット越しでなくとも聞こえる咆哮の主には気絶射撃をお見舞いして、彼女は溜息を更に一つ。
続けて彼女は無線のチャンネルを変え、己のパートナー達への周波を選択する。
まずはグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)。
「……ディスイズロメオ・ワン、ロメオ・ツー、シチュエイションレポート。騒動の原因であろう国頭武尊は視認出来ますか? オーバー」
ロメオはローザマリアとそのパートナー達のコード。シチュエイションリポートは現状報告の意、オーバーは「どうぞ」を意味する語である。
「フィッシュ&チップスはいらんかねー。イギリス料理が不味いなんて流言飛語に騙されているそこの貴方、これを食べればそれが嘘と気付いて目が覚めること請け合いだー。……む? いや、見つからんな。大方光学迷彩か何かで身を隠しているのだろう。殺気看破をしようにも、この騒動ではな」
「……了解。可能ならば屋台は放っておいて国頭武尊の探索をされたし。アウト」
「むう、そうは言うがこれはイギリス料理の被った汚名を漱ぐまたとない機会……」
最後まで聞く事なく無線を断ち切り、次の周波数、上杉 菊(うえすぎ・きく)へと通信を開始する。
「ディスイズロメオ・ワン、ロメオ・スリー、シチュエイションリポート。騒動の中心とも言える人物、シャンバランの視認は出来ますか? オーバー」
「見つけております。これより、攻撃を仕掛けますわ」
ローザマリアの返事を待たず、菊は無線を切る。
パートナーの二人は、それぞれ己の任務を受け持った。
ならば彼女が考えるのは、自分が何をすべきか。
姿の見えない武尊の探索か。否、何処にいるか皆目見当の付かない一人を探して、事態を放置したのでは意味がない。
彼女が出来る事は、高所からの狙撃。ならばわざわざ地に下りて動き回るなど、愚の骨頂である。如何に相手が因縁の相手であろうと、任務に私情を持ち込み状況を悪化させるなど、軍人にあってはならないのだ。
そして、彼女は携えた狙撃銃のスコープを覗き込む。
その十字線が捉えるのは――
林田 樹(はやしだ・いつき)はジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)、林田 コタロー(はやしだ・こたろう)と共に祭りを巡っていた。
彼らが抱える名目は祭りの実行委員である。
――筈だったのだが、何故か服装は白黒の地に薔薇柄と言う突飛なゴスロリ浴衣だった。
「……ジーナ、お前の趣味はやっぱりよく分からん。動きやすくはあるから一応着ておくが……」
些か乗り気ではない様子の樹とは対極に、ジーナはノリノリで樹の腕に抱き着くようにして歩いていた。
「あ、樹様! 綿飴の屋台ですって! ワタシ見るの初めてです!」
見た目相応にはしゃぐ彼女は、この祭りをとても楽しんでいた。
愛は語れずとも好意を寄せる樹の傍にいられるだけでも十分嬉しく、また未体験の祭りはどれも新鮮で。
恋敵に対しても一歩リードした。後はこの時間が出来る限り長く続けばいい。
などと言う彼女の願いは、嫉妬刑事や武尊、そして緒方 章の暴挙によって脆くも崩れた。
「……あんのあんころ餅! よくもまあ、あんな恥知らずな真似を!」
眼下の群集に向けて高らかに宣言する章に、ジーナは憤慨する。
「なーに人様の前で惚れた腫れた大騒ぎしてるんだか、恥を知りなさいっ!!」
彼も発端の一部となっているこの騒動で樹とのデートが台無しになっている事も相まって、彼は怒声を張り上げる。
「……カラクリ娘よ、嫉妬は見苦しいぞ。樹ちゃんから応援がないからって、八つ当たりだなんて……。あ、樹ちゃーん、僕のこと応援しててねー。愛する人からの視線は、百人力なのさっ!!」
けれども彼はてんで動じた様子もなくはしゃぎ回り、血盟団やら嫉妬の徒達を相手取り愛を叫び散らす。
「なーにをいけしゃあしゃあと自分は応援されてます、みたいな口振りしてるんですか! 樹様が応援して下さっているのはこのワタシです! ……こたちゃん、あっちのアホ達を火炎放射器でめーしてあげなさいな!」
「うげっ、それはちょっと卑怯じゃないかな!?」
ジーナの言うこたちゃんとは、コタローの事である。
少々幼過ぎる彼には善悪の判断や分別などある訳もなく、言われるがままに火炎放射器を振り回した。
騒動は収まる所か一層、字面通りの意味で熱狂していく。
その様子に、林田 樹はげんなりと頭を抱えていた。
「ええい、私はどっちも応援しとらんわ! ジーナ、洪庵、何でお前等まで阿呆をしとるんだ!」
叫び、荒げた息を整えて、樹は散弾銃を構える。
一発目は空砲を夜空に轟かせ、二発目からは人には当てぬようにシャープシューターの技術を用いて近くを打ち抜き、銃声と共に威嚇を行い騒動を無理矢理沈める。
それでも尚暴れようとする連中には、
「そうかそうか。そんなにぶっ潰されたいなら私も容赦しなくていいよなあ? シメてやるから覚悟しとけ?」
常日頃の鬱憤の全てを拳に込めて、彼女は手当たり次第に周囲の馬鹿共をボコり、叩き伏せる。
箍が外れたように彼女は暴れ回り――やがて溜飲が下がったのか、途端に大人しく冷静さを取り戻した。
それからコタローにも火炎放射をやめるように諭す。
「うー、わかったー」
言われればすぐに、素直にコタローはその言葉に従う。善悪の基準を持ち合わせない稚児である彼は、ただ自分の親しい者の声に従う事くらいしか出来ないのだ。
「……ねーたん、ねーたん」
「ん、何だ? コタロー」
「じにゃとあきがいってる、『あい』ってなんらお? さっきのかっぷゆさんも、『あいしてうー』っていってたお。ねーたん、おせーて?」
とは言え彼とて幼いが故の疑問を抱き、その答えをやはり親しい者に求めるくらいは、出来る。
樹は一瞬言葉に詰まり、
「……それは難しいな。……そうだな」
しかし彼女なりの答えを、胸の中で練り上げる。
コタローが無条件の親愛と信頼を彼女に託していると言うのならば、当然彼女もまた、それに応えなくてはならない。
「……『その人と一緒にいて、心がぽかぽかする。』それが、ジーナと洪庵が言っていた言葉の意味だ。私は、お前達3人にその気持ちを持っているのだが……。最近は気苦労が多いな」
「う? こた、ねーたん、こまらせてる?」
「……それとはまた別だな。何と言えばいいのか、私にはまだ分からないが。その気苦労ってのはな、これが何故だか分からないけど、楽しいんだよ」
「う? ……うー、よくわかんない」
「それでいいんだよ。私だって分からないんだ。だけど、いつかきっと分かる日が来るさ」
慈しみを込めてコタローの頭を撫でながら、樹は優しげに微笑んだ。
一方その頃で、緒方 章は樹のショットガンにもコタローの火炎放射にも萎縮する事もなく。むしろ彼女から自分に向けての祝砲に違いないとポジティブ回路を全開にして、暴挙に勤しんでいた。
激情に囚われやすいとは言え、一応は常識が頭の中に住んでいるジーナに彼が止められる道理は無い。
「はっはっは! 愛は不滅さ! つまりこの僕も不滅! さあさあ皆も愛を叫ぼうかあ!?」
章は派手に立ち回り、
「うおおおおおおおお、あっちぃ!? 畜生、何処のどいつだ! 俺のダンボールに放火しやがった奴は!」
ふと耳朶を打った怒声に、そちらを振り向いた。
見てみれば炎上するダンボール箱を放り捨てて、国頭タケルが怒りの咆哮を上げている。
「やあやあタケル君! 折角の愛の祭典で随分な暴挙を働いてくれてるじゃないか! 女性のパンツを衆目に晒すのはともかく手酷い幻覚を見せるのは頂けないなあ!? あ、ちなみに僕は樹ちゃんのパンツにしか興味ないから勘違いしないでくれよ!」
「あぁん!? テメエのパンツ嗜好なんざ聞いてねえんだよ! って言うかオレを差し置いてパンツを語ろうなんざ百万光年早えよ馬鹿!」
「ほほう言ったね!? 言っとくけど僕は樹ちゃんのパンツに関してなら本にして全十三巻の超大作も夢じゃないよ!? ま、実際見た事は無いんだけどね! あぁそうだ今日これを機に見てみるのも悪くな……ぐべらっ!?」
滔々と演説する章の頭が、唐突にあらぬ方向へと揺らぐ。
「……いい加減、黙りなさい。ついでに恥を知る事です。女性の下着について妄りに吹聴するなど」
スコープを覗き込むローザマリアが、呟いた。
十字線には気絶射撃によって目を回して昏倒する章の面が重なっている。
そしてその十字線は横に逸れて、国頭タケルを捉えた。
同じくしてタケルもまた、章の頭が揺らいだ方向から彼女のいる方角を察し、彼女の姿を視認する。
「テメエは……! ここで会ったが百年目! 今度こそボッコボコにしてやるぜ……と言いたい所だが、今日のオレはカップル撲滅に忙しい! 見た所テメエも独り身みたいだからな! 特別に見逃してやるぜ! はーっはっはっは!」
言うが早いか、彼は光学迷彩を被り逃走を果たす。
遠ざかっていく彼の高笑いに、ローザマリアは無表情のままに歯噛みした。
テメエもとは何だ相手の都合が付かなかっただけだ一緒にするな、などと恨み言が頭の中で反響するが、それでも彼女は任務を弁える。
今すべきはこの場の騒動を収める事であり、その点ではタケルが逃走を果たした時点で十分と言えるのだ。
いずれ彼を阻止するにしても、この騒乱を極める場で行うよりかは、新たに小さな騒動でも起こさせてからの方が容易い。
頭はあくまでも冷静に、だがその心には憤怒の炎を宿して、彼女は目の前の任務へと挑む。
「そろそろ、止まりなさい。嫉妬刑事シャンバラン」
野球バットを振り回すシャンバランの後方から、上杉 菊は弓を射掛ける。
矢には炎と氷結の力を強引に混合し生み出した対消滅のエネルギーを宿し、一切の容赦が無い一撃だ。
命中すれば大怪我程度では済まないであろうそれを、シャンバランは女王の加護による第六感で悟り、回避する。
必殺の一射を避けられながらも、菊の纏う空気は揺らがない。
「わたくしの生きた時代――それは例え愛しき方と一緒になれても、男子を為さねば人としての価値すらなく、あまつさえ側女が世継を出産した日には……!」
静謐に燃える蒼き炎のような雰囲気を醸し、彼女は悲哀の言葉を紡ぐ。
「子を為せず側女に愛しき方を取られ四百余年、爛れて鬱積し続けたこの妄(みだり)な心の喚(おめ)き、お分かりか!」
生前に彼女の身に注がれた悲劇――側室が世継を産んだのにも関わらず彼女は子が作れず。憤死の末に怨念となって側室を呪い殺した過去を、彼女は嘆きと共に吐き出す。
悲嘆の叫びは心ある者ならばそれを揺らがされ、慄きさえさせるだろう。
事実彼女の綴った悲劇は極寒の気配となり大気を伝い、燃え上がる騒動の炎さえもを鎮めていた。
けれども、やんぬるかな。残念な事に、非常に残念な事に――
「……何かと思ったら惚気じゃねえか! 愛する人と一緒になれたけど不幸なワタシ(笑)ですかあ!? こっちは後十年もしたら大魔導士の将来が約束されてんだよ!」
嫉妬刑事シャンバラン――神代 正義は、馬鹿だったのだ。
彼に側女や当時の時代背景を理解するだけの思考能力、または冷静さがある訳も無く。ただ何となく結婚していたと言う一点のみを理解した彼は、嫉妬の力を全開にして再び暴れ出す。
「……通じませぬか。ならば、もう嫉妬もリア充も御座いませぬ……わたくしと共に煉獄で灼かれましょう」
対消滅のヒロイックアサルト『龍虎双剋』を矢に宿し、菊は悲しげに呟く。
だがシャンバランは携えた野球バットを振り回し、体の前でバツの字を描いた。
菊との関係を絶つように――もしかしたら、彼女の言葉を否定するように。
「お、こ、と、わ、り、だ! つーか大概にしろよコンチクショウ! 好きな奴の傍にいられたんだろ!? それを勝手にくたばって逆恨みで人殺して、その上まだ腐ってやがんのか!? そんなのただの我侭と高望みじゃねえか!」
彼の言葉が根ざす所は嫉妬心か、それとも何か別の感情か。それは彼にすら分からぬ事で、だがどうあれ彼は情動に衝き動かされ叫ぶ。
「そして俺の裁くべきはリア充とカップルのみ! つまりアンタとやり合う理由は無い訳だ! と言う事で、さらば!」
先ほどから響く銃声や菊の『龍虎双剋』を相手取りまだ暴れるのは旗色が悪いと判断して、彼は光学迷彩を被る。
騒動の元凶であった三人が場から排除され、また立ち去った事で、騒ぎは徐々に徐々に、収まりつつあった。
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