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リアクション
・全能の書
第二ブロック最上層。
「これが、魔導力連動システムの魔力炉」
メニエスはその空間に辿り着いていた。しかし、肝心の介入方法が分からない。
「メニエス様、あれはさっきの――『全能の書』などという魔道書です」
ミストラルがその姿を発見する。
「あの年寄りと契約してるようだけど、関係ないわ。ロザ」
魔道書確保のため、ロザリアスをけしかける。
相手は転移してきたばかりで、まだメニエス達に視線を向けてはいない。死角から、ブラインドナイブスを繰り出した。
しかし、
「な……に……!?」
結界に阻まれて、一歩も動けなくなる。
「結界、ね。これならどうかしら?」
エンドレスナイトメア。空間そのものを闇黒で覆い尽くす。
「無効です」
闇が、反唱によって打ち消される。やはり相手は一切の予備動作も詠唱も行っていない。
「何をしている?」
そこへ、アントウォールトが転送されてくる。
「アールに勝とうなどと思うな。システムの管理者となったこやつに、この『アーク』内で敵う者はいない」
「じゃあ、そのシステムを渡してくれる? 約束でしょう。エメラルドを貸したのだから」
その時、空間内に一挙に人が送られてきた。
「ここが、魔力炉……」
ファレナ・アルツバーン(ふぁれな・あるつばーん)が呟く。彼女の視線の先にあったのは、黒幕の顔ではなく、一本の柱のようなものだった。
それに見覚えがあるのは、ランツェレット達だった。イルミンスールの遺跡に同じようなものがあったのだ。
『ここにも、システムが導入されていたのか』
魔導力連動システムを知る魔道書、ジノが呟く。
「でも、本来なら循環系統を作る必要があるはずでしょう? なぜ、ここは一つだけなのですか?」
その答えが、目の前にある。
『全能の書。あれならば、一冊で全てを兼ねる事が出来る。神代の、原書の一冊ならば』
白髪紅眼、現システムの管理者がそれだ。
「ノイン、どうにかならないのか?」
周が確認をする。
「今試しているが……駄目だ、システムの二十パーセントまでしか我の持つ術式では介入出来ぬ」
もしノインがかつての『研究書』の力を残していたら、八十パーセントは掌握出来た事だろう。今の彼女は、その時よりも遥かに弱体化しているのだ。
「さて、『アーク』を起動しよう」
アントウォールトがアールマハトを見遣る。
「先生、アークとは何ですか?」
リヴァルトが尋ねる。
「戦艦だよ。魔導力連動システムを搭載した、ね。それがここだよ」
どうやら、今はその発進準備の最中らしい。
中央制御室は、この『アーク』の内部を管理するためのものであり、施設そのものを本来の姿として起動するのは、ここであるという事である。
「だけど、これを動かしたらまずい」
アントウォールトの目的は不明だが、これを動かす以上、どこかに攻撃を仕掛ける可能性もある。
「アール、こいつらを始末しろ」
「はい、マスター」
アールマハトが術式を瞬時に組む。灼熱の業火が室内を覆いつくす。
「……ッ!」
結界。
ノインが敵の攻撃を無効化する。
「今の我では、全能の書の魔力を抑えるので手一杯だ」
ならば、彼女が足止めをしている間に、敵を叩くしかない。
「この方には指一本触れさせませんよ」
敵の方には、雄軒とバルトの二人がいる。彼らも相手にしなければならない。
「司城先生、私が守ります」
PASD側も、それぞれの役につこうとしてた。彩蓮が、パートナーのデュランダル・ウォルボルフ(でゅらんだる・うぉるぼるふ)と共に、司城を守りにいく。
「リヴァルトには触れさせない!」
リアトリス・ウィリアムズ(りあとりす・うぃりあむず)がリヴァルトの前に出る。
「眼鏡さんは、あたし達で守るんだから!」
葵もまた、リヴァルトを守ろうとする。
「生憎と、我は虫けらを殺すのに躊躇うことはない。容赦はせんぞ」
フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)は嬉々として敵側を見据える。
「私が攻撃を防ぎます。葵ちゃんは、敵の死角を見つけて攻撃して下さい」
エレンディラは、静かにアントウォールトを見据える。
「術に集中するのであれば、ノインさんに近づけさせるわけにはいきませんね」
周とレミだけではなく、ランツェレット、彼女のパートナーのシャロット・マリス(しゃろっと・まりす)、ミーレス・カッツェン(みーれす・かっつぇん)も守りにつく。
「援護はワタシがするわ。エミカちゃん、みんな、思う存分暴れていいわよ」
アルメリアが言う。
「どうやらまだ力の差を分かっていないようだ」
アントウォールトは見下すような視線をPASDへと送る。
一瞬の間もなく、互いの攻防が始まった。
「機体、転送致します」
アールマハトが量産型機甲化兵を転移させてきた。
「そのくらい、どうってことはないわ」
出現と同時に、アルメリアが雷術を繰り出す。
続いて、ノインの近くに召喚された一体に対し、シャロットが轟雷閃を放つ。ミーレスはスプレーショットを放って注意を引き、その隙にまた攻撃を放つ。この繰り返しだ。
機甲化兵相手には、もはや苦戦する顔ぶれではなかった。
「鈴木君、蒼、いきましょう!」
周とエメの二人で、敵のうちの一体に轟雷閃を放つ。攻撃を連続で繰り出した後は、蒼が驚きの歌で即座にSPの回復を図る。
攻撃する者には、レミがパワーブレスを施し、サポートする。モーリオンは出来る限り戦わせないように配慮している。雛型を一撃で粉砕出来るほどの力があるとはいえ、『全能の書』とアントウォールトの力はまだ未知数なのだ。
「これで、どうですか」
残りの一体に対し、彩蓮が手持ちの人工機晶石をライトニングブラストで電力に変換、それを帯電させ、ライトニングウェポンを敵の関節部に放つ。
その後ろからデュランダルが轟雷閃で機甲化兵に斬りかかっていく。
「今です、葵ちゃん!」
エレンディラがディフェンスシフトで攻撃を受け流し、その隙に葵がパワーブレスを自らにかけ、轟雷閃を叩き込む。
機甲化兵を一掃するのに、多くの時間はかからなかった。
「確実にいきますよ、バルト」
雄軒が動く。
紅の魔眼で魔力を増幅し、奈落の鉄鎖で動きを鈍らせようとする。最初に狙うのは、リヴァルトを守ろうとするリアトリスだ。
バルトが光術で目晦ましをし、六連ミサイルポッドを撃ち込む。それをサポートするように雄軒が雷術を放つ。
「く……」
リヴァルトを庇うような形で、攻撃をまともに浴びるリアトリス。
『アーク、起動率六十パーセント』
機械音が響く。もうじき施設が戦艦となり、飛び立ってしまう。
「あと少しだ」
機械のパネルを操作する、アントウォールト。
「――!!」
彼の首筋が、何者かに斬りつけられた。
ずっと影に潜み、チャンスを窺っていたナガンである。
「よォ、旦那ァ! 悪ィが死ね!」
続けざまに頚動脈を引っかく。それをアントウォールトは避けようともしなかった。
「なんだ、助っ人呼んだんじゃなかったのか」
「それが、どっか消えちまってよ。で、二秒くらい考えた結果、やっぱ協力すんのはナシだ」
というわけで、奇襲に至ったのである。
確実に致命傷を与えた。だが、
「まあ、そんな輩もいるとは思っていた」
傷口から煙が上がり、シュゥゥウと音を立てて塞がっていく。すぐに痕さえ残らず、完全に再生し終えた。
「残念だが、アールの魔力がある限り、私は死なない」
「そうかい、だったら……」
封印解凍を使用し、アントウォールトを思い切り抱きしめ、紅の魔眼で魔力強化した挙句、サンダーブラストを使用する。
傷が瞬時に治るといっても、電撃で細胞が黒コゲになる、もしくは蒸発したらただでは済まないだろう。
「聞こえなかったか?」
ナガンの攻撃は不発だった。
「いいぜ、なら全部ぶっ壊してやらァ!」
こっそりと拝借していた試作型兵器を起動させ、魔力炉に向かって投げつける。
「ヒャッハー! いこうぜー!」
といいつつ、ナガンに出来る事はここまでだった。
「魔力炉損傷率、三パーセント。システムはほぼ安定」
アールマハトが無機質な声を上げる。
「魔力炉……そうか!」
にゃん丸が気付いた。魔導力連動システムの魔力炉ならば、これを破壊すれば『アーク』は起動しない。
「エミカ、紫電槍・改で魔力炉を」
それよりも早く動いている者がいた。ファレナだ。ナガンの投げた兵器の一つ、剣型を取り、魔力炉を攻撃する。
「させません」
魔力炉の周囲に結界が張られる。アールマハトがやったのだ。
「今壊されたら、あたしが困るのよ!」
メニエスがPASDへの攻撃に加わった。ここでシステムを壊されたら元も子もない。現存する最後の魔導力連動システムなのだから。
「く……」
メニエスによる攻撃を、ファレナを庇う形でシオン・ニューゲート(しおん・にゅーげーと)が受け止める。
「このくらい、大丈夫さ。君は、君のやるべき事を」
その間に、ファレナはなんとか結界を破ろうとする。
「ミストラル、ロザ」
メニエスが二人のパートナーを差し向ける。何としてでも魔力炉は死守するつもりだ。だが、同時にアントウォール達が邪魔だとも思っている。
時間稼ぎと同時に、敵の弱点を見出そうとしているのだ。
「システム復元中、あと一パーセント」
アールマハトが結界を張りながら、魔力炉の安定化を図っているようであった。
「エラー発生!? システムへの介入――」
だが、わずかな魔力炉の乱れが、アールマハトに隙を作った。
「システムを一時的に我が管理下の元におく。制限時間は――十五秒だ」
ノインがシステムのハッキングに成功したのである。彼女により、魔力炉内の魔力が全員に送られる。その恩恵を受けている今、一気にカタをつける。
「エミカ!」
「うん!」
エミカが魔力炉に向かって駆け出す。
「行かせないわ!」
メニエスらの妨害を、刀真が受け止める。
「周りは俺達が何とかします。早く!」
エミカが跳躍する。
「緊急プログラム、発動します」
アールマハトの周囲に無数の魔方陣が浮かび上がった。魔法の同時展開、それを行ってみせているのだ。
「消去します」
それらが全て、放たれた。
光の奔流が最も集まったのは、エミカに対してだ。
「……避けられない!」
バシュウウウ、と音を立て、光条がエミカにぶつかろうとした。
「エミカぁああああ!!」
その時、彼女の前に飛び込む姿があった。
「リヴァ…ルト?」
リヴァルトが魔力融合型デバイスで、アールマハトの魔法を切り裂き、エミカを助けたのだ。
「大丈夫か、エミカ?」
リヴァルトはその衝撃で、服がボロボロになっていた。おまけに、眼鏡もない。
だが、エミカにとっては、かつての――パラミタに来る前の、素のリヴァルトの姿に見えた。
「うん!」
「あと五秒だ、カタをつける!」
リヴァルトとエミカの二人が、魔力炉に向かって飛ぶ。
「みんな、二人を守れ!」
あと二秒。
「最終防衛プログラム、起動準備」
あと一秒。
「「っけぇぇえええええええ!!!!!!!」」
バァン!!
二人の契約者がそれぞれ繰り出した渾身の一撃によって、魔力炉には大穴が開いた。そこからは魔力が漏れ出し、
「全員、ここから転送させる」
ノインが術式を組み上げる。
「転送準備完了。座標位置、確定」
その瞬間、アールマハトが発動しようとした、最終防衛プログラムの術式がノインへと襲い掛かった。
「ノイン!!」
咄嗟に、周が飛び出していった。
「鈴木君!」
エメもまた、彼に加わる。しかし、それは二人でどうにかなるものではなかった。
「もう、二度と――!!」
その二人の前に、飛び出してきたのは……
「え……」
光の中、その姿を正確に把握したものは少ない。
いや、それが誰か分かったものは、瞬時にこう叫んだ。
「姉さん!」
「ヘイゼル!」
リヴァルトと司城だった。他には、『研究所』の最深部を知る者が、それを知っている。
――灰色の花嫁を。