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宝の地図の謎

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宝の地図の謎

リアクション


第一章
探索開始

「ペガサスが実はフリューネのものだった、ってオチだけは勘弁して欲しかったのに」
 ほとんどの生徒たちが探索に出発してもういない神殿跡の前で、宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が残念そうに言った。祥子は、ペガサスを見つけて乗りたかったのだ。
 軽いスキンシップから始め、どんなに振り落とされようとも、ヒールやSPタブレットで回復しながらペガサスが根気負けするまで乗るのを諦めない。彼女はそうプランを立てていた。ペガサスに贈る『ブケファラス』という名前も考えていたほどである。
「そんなこと言われても……私以外、ペガサスに乗った人なんて見たことないでしょう?」
 フリューネが困ったように答える。
 祥子同様、熊谷 直実(くまがや・なおざね)も悲嘆にくれていた。「ペガサスとは何か?」と佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)に尋ねた彼は、「羽の生えたとても良い馬であり、自分の主人と認めたもの以外背中に乗せない」という説明を聞くや否や、是非ともペガサスを手に入れようと目を輝かせた。
 弥十郎は本気なのかと三度直実に聞き返したが、直美はペガサスを乗りこなすことで頭が一杯だった。そこで、「これも修行」と、二人はペガサスを探すことに決めたのである。直美も騎乗の特技を活用して、ペガサスが諦めるまでその背にまたがり続けるつもりだった。
 既にペガサス探しを終えていたララたちは、「見つからなかった」と祥子たちに証言したが、彼女たちは諦めきれないようだった。
「緑地や水場になる場所を重点的に探しましょう。この辺りじゃ水場は限られてるし、探しやすいはず」
 三人は祥子を先頭にペガサスを探しに行った。しかし、やはりペガサスを見つけることはできなかった。
「トナカイならここにいるんだけどね」
 ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が、祥子たちの背を見送りながら言った。彼女は、おししょー(フリューネ)がいるらしいという噂を聞いて、風森 巽(かぜもり・たつみ)と共にここまでサンタのトナカイでやってきたのだ。
 本来北極圏周辺に生息するトナカイは、こんなところに連れてこられて完全にへばっていた。ティア、動物好きな割にはなかなかデンジャラスなことをする。本人に悪気はないのだろうが。
「リネン、さっさと行くわよ」
 なかなか動かないフリューネたちを見て、ヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)リネン・エルフト(りねん・えるふと)に言った。
 リネンたちは、到着したら神殿跡周辺の地理や歴史を調べ、遺跡の由来を調査しようと考えていた。しかし、それはあまりに時間がかかりすぎる。具体的な調査方法も考えていなかったため、大した情報は得られなかった。
 そこで、二人は神殿内を調査する方針に切り替えた。
「……ええ、黒幕の正体を突き止めて、目的を吐かせないと……」
 ヘイリーに引っ張られて、リネンは神殿内に入っていく。
「お師匠、我らも行きましょう。お師匠の手伝いをするのも弟子の役目です。我にできることがあったら、何でも言ってください」
 押しかけ弟子である巽が、フリューネを引っ張った。
「特に手伝ってもらうようなことはないんだけど……まあ、みんなが心配だし、私たちも行こうか」
 こうして、フリューネと彼女を囲む生徒たちも、神殿内へと足を進めた。
「さて、それじゃあ私は、ベースキャンプを設置するといたしましょうか」
 生徒たちが皆探索に出かけると、本郷 翔(ほんごう・かける)は仲間のためにベースキャンプの設置を始めた。このことは既に探索メンバーに伝えてある。
「遺跡の中で休まれる方もいらっしゃるでしょうが、より快適に休息できる場所を確保した方が、より大きな成果につながるでしょうからね」
 また、翔は予めルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)に許可をもらい、緊急時に備えて調査参加者の名簿も作成していた。
「ふう……おや?」
 一段落して翔が息をついていると、神殿の入り口付近でうろちょろしている人物が目に入った。ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)だ。
(ふふ、自分から危険地帯に踏み込むより、探索に出かけたやつらが持ち帰った物品を頂く方が遙かに安全よね♪ 出てきたところを罠にかけてやるわ♪)
 ヴェルチェがそんな不埒なことを考えているとはつゆ知らず、翔はヴェルチェに声をかけた。
「どうなさいました? こんなところで」
「へ!? あ、ああ。ほら、みんな神殿の中に行っちゃったじゃない? あたしは外を調査しようかなー、なんて。案外こういうところに重要な発見があったりするかもしれないしね♪」 
 ヴェルチェは隠れ身を使っていたが、神殿の入り口付近には遮蔽物が少なく、完全には姿を隠せていなかった。予想と反して翔に声をかけられ焦ったが、ヴェルチェはなんとか咄嗟に取り繕った。
「そうですか。この辺りは暑いですから、ご無理をなさらないでくださいね。疲れたら、キャンプで休んで下さい」
「ええ、そうさせてもらうわ。ありがと♪」
(危ない危ない……)
 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)は、皆が神殿の探索をしている間、広い範囲が見渡せるアトラスの傷跡近くの高台で待機していた。彼女は、【シャーウッドの森空族団】の仲間として別行動をとっているヘイリー斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)からの連絡を待つことになっている。
 従って、アシャンテからはヴェルチェが
「……おそらく、情報を流した黒幕と生徒達との間で戦闘、あるいは宝の奪い合いが起こるだろうな……」


 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 
「きっと宝の地図を広めた方は、知恵と勇気のある人たちに、自分の代わりに宝を探して来てほしいんだと思うんですよー。ご本人は行けないとか動けないとかの理由で」
 神殿内を進みながら、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が己の見解を述べる。アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は、こう答えた。
「私も、ただのイタズラじゃないと思う。皆と分かち合いたい何かがあるんじゃないかなって、希望を抱いているんだけど……ルミーナさんは、この場所に何があると思いますか?」
「わ、わたくしですか? わたくしにはなんとも」
 突然話を振られ、ルミーナはブンブンと首を振った。代わりに詩穂が言う。
「宝といっても、金銀財宝の類とは限らないよ。自分にとってどんなときも価値の変わらない大切なもの、宝モノってそういうものなんじゃないかな」
 火村 加夜(ひむら・かや)も、宝を手に入れることには興味がなかった。本当に宝があるのかを確かめ、真実を知りたいのだ。彼女は仲間の様子を確認しつつ、超感覚で周囲を警戒している。
「何かあったら、僕が加夜を守るんだ!」
 加夜と手を繋いだミント・ノアール(みんと・のあーる)は、やはり超感覚を使用し、加夜の少し前を張り切って歩いていた。
「あれは……?」
 ふと、加夜は暗がりの中で何かが蠢いているのに気がつく。
「加夜!」
 ミントは、慌てて加夜を突き飛ばした。
 暗がりから伸びたそれは、加夜の後ろにいた詩穂を捉える。次の瞬間、詩穂は無数の触手に絡め取られていた。
「ちょっと、何よこれ! 嫌―!」
 触手が詩穂の体中を弄ぶ。
「えっちなのはいかんと思うぞッ!」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、詩穂を救出しようとした。しかし、触手が粘液で詩穂の瀟洒なメイド服を溶かそうとし始めると、詩穂は栄光の刀を抜いた。
「ええい、大切な服になんてことを!」
 詩穂の一振りで、触手はバラバラになった。
「きゃあああ!」
 と、今度はアリアが叫び声を上げた。彼女の上には、スライムが数匹乗っかっていた。どうやら、酸を分泌しているようだ。
「ふぇぇ、服が溶かされちゃうよぉ。助けて〜」
 アリアは頭を抱えてへたり込む。その様子を、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は遠くから呆然と眺めていた。
「大変だよ加夜、早く助けてあげないと!」
 ミントがアリアに駆け寄ってゆく。加夜はゆっくりアリアに近づくと、彼女の光のヴェールを取り、落ち着いた声で言った。
「これさえと取ってしまえば大丈夫ですよ。あなたが体に着ているのは鎧ですから」
「へ……? あ、ありがとう」
 アリアは加夜の言葉で自分が耐光防護装甲を身につけているのを思い出し、立ち上がった。
「よくも恥ずかしい思いをさせてくれたわね。あなたたちに指があったら、へし折ってやりたいところだわ。いくわよ、スライムなんかに負けないんだから!」
 アリアは、ブライトグラディウスでスライムたちを蹴散らした。

(ヴィシャリーでの釣りはもちろん、森での山菜採りまで毎日のように……。このパートナーのもとへ来てからというもの、毎日がサバイバルなのだわ)
 咲夜 瑠璃(さくや・るり)咲夜 由宇(さくや・ゆう)に宝の地図のことを教えたのは、宝を見つけて今のひもじい生活から脱却しようと考えたからだった。
「本当にお宝さんが見つかったら素敵なのです! きっと毎日ご飯が食べられます!」
 貧乏生活におさらばしたいのは勿論由宇も同じ。彼女は期待に胸を膨らませて今回の調査に当たっている。
 とはいえ、モンスターや罠が恐いのも事実。二人はルミーナたちと一緒に大勢で行動していた。
 由宇は超感覚を利用して、瑠璃は壁を触ったりすることで怪しいものがないか注意していたが、どちらも床の一部に不自然な隆起があることには気がつかなかった。そこを誰かが踏んだ途端、刀剣の雨がちょうどルミーナの頭上から降ってきた。
「危ないっ!」
 ルミーナの危機を救ったのは、風祭 隼人(かざまつり・はやと)だった。ルミーナを守るためずっと側にいた彼は、降ってくる刀剣にいち早く気がつき、ルミーナに飛びついた。刀剣が床に叩き付けられ、金属音が鳴り響く。
「すまん、大丈夫だったか?」
「助かりました。ありがとうございます」
 隼人がルミーナの手を取って立ち上がらせる。二人の視線が合った。
(こ、これは早速ルミーナさんとラブラブになるチャンス!)
 ルミーナに似合いそうなお宝を見つけてプレゼントしようと考えていた隼人だったが、それは今しかないと彼の本能が告げた。
 隼人は、落ちてきた刀剣を見てみた。その中に美しいものや価値のありそうなものはない。と、視界の端で何かが黒光りした。
「宝石の類か?」
 隼人が黒光りする何かに近づいていく。
「あ……それ……だめ……」
 瑠璃が必死に隼人に何かを伝えようとしているが、口下手な彼女はうまく言葉にすることができない。しかし、そこはパートナー。由宇が瑠璃の意図をくみ取って叫んだ。
「離れてください!」
「ん? げ!」
 由宇の言葉で、隼人はようやく自分が近づいているものの正体に気がついた。それは、巨大なゴキブリだった。
「リハビリにはちょうどいいな」
 マ・メール・ロアでの決戦で左腕を失った邦彦は、義手として移植された機晶機の腕を伸び縮みさせながら、巨大ゴキブリの前へと歩み出た。
「みなさん、ワタシの後ろ側に回ってください」
 邦彦のパートナーネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は、迷妄の楯を構えて要人警護の特技を使用し、仲間を守る体勢に入る。
 二人の様子を見て、怖じ気づいていた由宇も気を持ち直した。
「さっきは罠に気づけず、ルミーナさんを危険に晒してしまいましたけど……今度こそ!」
 由宇はエレキギターをセットし、華麗な指さばきでかき鳴らした。発せられた電気の直撃を受け、ゴキブリは全身が痺れた。
「ナイス援護だな」
 邦彦は三連回転式火縄銃を両手で構えると、じっくりとゴキブリに狙いを定め、引き金を引いた。弾丸は標的を正確に居抜き、ゴキブリはぴくりとも動かなくなった。
「左腕、特に問題はないようですね」
 邦彦の射撃を見て、ネルが安心したように言った。
「ああ。この技術には感謝しなくちゃいかんな……おい、誰と話してるんだ?」
 邦彦は、不思議そうな顔をして自らの左手からシプル・クオレクエ・ノンノ(しぷるくおれくえ・のんの)に視線を移した。というのも、ノンノは誰もいない空間に向かって話しかけていたからだ。
「さっきからどうして隠れているのだ? そんなコソコソせんでもいいと思うぞ」
「……それもそうね」
 その言葉と同時に、ノンノの隣に突如四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が姿を現した。彼女はブラックコートで気配を絶ち、隠形の術で姿を隠していたのだ。
「なるべく戦闘は回避したかったし、罠を見つけてもしばらく観察してたけど……この様子じゃそう悠長なことも言ってられないみたい」
「よし唯乃、そうと決まったらガンガン進んでお宝ゲットだ!」
 ノンノは早速走り出そうとする。しかし、唯乃が彼女を制止した。
「待って、ノンノ」
「どうした?」
 唯乃の声に、ノンノは素直に足を止めて後ろを振り返った。
「あそこを見て。いかにもという物体が落ちているわ」
 唯乃はノンノの前方を指さす。そこには、赤いカーペットの上に置かれたバナナの皮があった。
「な、なんとあからさまな罠なのだ……」
 ノンノは、呆れた表情でバナナの皮を見つめる。
「いくらなんでも怪しすぎるわ。慎重にかからないと。ねえ正悟、様子を見てきてくれない?」
 唯乃は近くに見知った顔を見つけ、声をかけた。
「え、なんで俺が」
「さっき女の子がスライムまみれになってたとき、何もせずぼけーっと見てたじゃない。今度こそ男を見せるときよ」
 突然使命されて驚く正悟に、唯乃が言う。
「見られてたか……。分かった、俺が行ってくるよ。と言ってもただのバナナの皮だし、踏まなければいいだけだろう?」
 正悟は、床や壁、天井を叩いて罠がないか調べるために長い棒を持ってきていたが、今その棒は必要ない。彼は棒を床に置くと、助走を付けてバナナの皮に向かっていった。
「とうっ」
 正悟は綺麗な放物線を描きながらバナナの皮を跳び越えて着地し――コケた。
「痛ってえ! なんだこりゃ?」
 すりむいた膝を押さえながら、正悟は着地したときに踏んだ何かを拾い上げた。
「……ハバネロの皮? くそ、赤いカーペットを使ってカモフラージュするとは!」
 悔しがる正悟のもとに、ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)が心配そうな顔をして駆け寄ってきた。
「正悟おにいちゃん、だいじょうぶなのですか?」
 皆が危ない目に遭うような気がして心配だったヴァーナーは、ルミーナたちの後ろで仲間のサポートをしようと控えていたのだ。
「気をつけてくださいですね。いたいのいたいのとんでいけなんです♪」
 ヴァーナーは天使の救急箱を使い、正悟が負った膝の傷を癒す。ヴァーナーの愛くるしい笑顔もあって、正悟は痛みが引いていくのを感じた。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
 ヴァーナーに礼を述べる正悟に、ルミーナが頭を下げた。
「申し訳ありません」
「なんでルミーナさんが頭を下げるんです?」
 正悟が疑問に思ったとき、背後で声が上がった。
「うわっ」
 見れば、芦原 郁乃(あはら・いくの)がバナナの皮を踏んでひっくり返っているところだった。
「どうすれば、こんな罠にひっかかれるんですか?」
 蒼天の書 マビノギオン(そうてんのしょ・まびのぎおん)の冷静な視線が、情けない姿のパートナーに注がれる。
「郁乃ちゃん!」
 今度は郁乃のもとへ。ヴァーナーは忙しなくちょこちょこと動き回る。ルミーナもその後を追いかけた。
(俺が罠にかかったら、ルミーナはどんな反応をするんだろうか)
 仲間の回復に奔走するルミーナを見て、天城 一輝(あまぎ・いっき)はふとそんなことを思った。そして、目の前のレバーを引いてみた。ネバネバした液体が降ってきた。
「ふははははは! ネバネバでありますな」
 粘液にまみれた一輝を見て、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は盛大に笑いながら言った。
「……おまえ、楽しそうだな」
「あはははは。タオルと水を持ってきたので、今汚れを取って差し上げますね。ぷぷぷぷぷ」
 一輝の前で、レオポルディナ・フラウィウス(れおぽるでぃな・ふらうぃうす)もお腹を抱えて笑う。そこに、ルミーナがやってきた。
「お二人とも、罠にかかった仲間を笑うなんてひどいですわ」
 生真面目なルミーナは、玲とレオポルディナの様子に渋い顔をした。
「師匠! これは……はははははっ、違うんです……うふふふふ。さっき、何かを、ひひひひひ……吸ったせいで」
 ルミーナのことを師匠と慕うレオポルディナは、必死に弁解しようとする。
「そう、これは……くくくくく、罠なのです……ひゃはははは」
 玲も事情を説明しようとしたが、二人はうまく話すことができなかった。
 代わりに、玲の冷静な心の声を聞いてみよう。
(足元のスイッチを踏んだ途端、綺麗な大粒の粒子がふわふわと落下してきたのです。それを吸った途端、笑いが止まらなくなったのですな。不可抗力でありますな)