校長室
学生たちの休日5
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★ ★ ★ 「これは、どういうことだ……」 蒼空学園の校庭に縛られたまま正座させられて、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)が文句を言った。 通り過ぎる秋風が冷たい。 「これより、トライブ・ロックスターの裁判を始めます」 「はあっ?」 千石 朱鷺(せんごく・とき)に言われて、トライブ・ロックスターが、わざとらしく素っ頓狂な声をあげた。 「告発人より、被告は、各方面での度重なる軽薄で不埒な猥褻行為、本命は一人だと言っときながら美人を見ると敵でも何でも味方してしまう悪い癖、その他諸々で死刑が求刑されています」 「ちょっと待て、誰だ、告発人って……」 「私だ」 ジョウ・パプリチェンコ(じょう・ぱぷりちぇんこ)が、大声で叫んだ。 「女ったらし、死刑だ!」 「判決。トライブは獄門磔の上、さらし首」 「異議ありっ!! 早すぎんだろ。適当すぎるぜ、断固として弁護士を要求する。そうだなあ、アルディミアクとかティセラとか……」 「ほーう。貴様に弁護人が来ると思っているのかあ。うりうり」 スナイパーライフルの銃口でトライブ・ロックスターの額をぐりぐりしながらジョウ・パプリチェンコが言った。 「まったく。いい女だと見ると、すぐに手を出して。あまつさえ、最近は小ババ様という幼女にまで手を……」 「小ババ様は幼女じゃねえ。小ババ様は……、えーっと、小ババ様は小ババ様だ。一家に一人必要な小ババ様だ……」 「裁判長、ここで撃ち殺していいですか!」 ライフルのトリガーに指をかけてジョウ・パプリチェンコが聞いた。 「ええっと……。ちゃんと弁明しないと、本当にここで撃ち殺されるけどいい?」 千石朱鷺が、トライブ・ロックスターに言い聞かせるように訊ねた。 「チッ、てめぇら雁首揃えていらん誤解をかましやがって。いいか、俺は、別にアルディミアクやその他の女の子たちに、ナンパ目的で声をかけたり味方してるわけじゃねぇよ。花は愛でてこそ美しいってね。俺のような無法者は女の子に優しすぎるくらいがちょうどいいんだ。襟を正して答えることじゃなく、男の子としての当然の義務なんだよ。もしくは思春期特有のエロい衝動だな。アルディミアクやココのおっぱいって、大きすぎず小さすぎず最高じゃん? 一度でいいから触ってみた……」 ぱあーん! 「ほ、本当に撃ったな!」 間一髪、殺気看破と超感覚とバーストダッシュを総動員して奇跡的に銃弾をよけて後ろにひっくり返ったトライブ・ロックスターが、まだ硝煙を上げているライフルを見あげて叫んだ。 「ははははは……。心配して損した。勝手に野垂れ死ね。っていうか、ボクが殺す! 人の気持ちも知らないで……大馬鹿!」 ジョウ・パプリチェンコが、ライフルの銃口を下にむけた。 「ま、待て。話せば分かる。朱鷺、何してる、取り押さえろ、早く!」 ずるずると這うようにして逃げながら、トライブ・ロックスターが叫んだ。 「ええと、そこまでやると本当に死んじゃうよ?」 形だけジョウ・パプリチェンコを羽交い締めにしながら千石朱鷺が訊ねた。 「いいのよ、もう!」 ジョウ・パプリチェンコが暴れて叫ぶ。 「だそうだ。と言うわけで、死んで」 「死ぬか!」 あっさりという千石朱鷺に、なんとか縄を抜けたトライブ・ロックスターが叫んだ。自分もジョウ・パプリチェンコを取り押さえようと駆けつける。 むんず。 トライブ・ロックスターの両手が、何かをつかんだ。 「おっ、これはこれで……」 「馬鹿!!」 ガツンと言う大きな音が響いて、ライフルの銃床がトライブ・ロックスターの頭を強打して打ち倒した。 「これは……。死んだわね。と言うことで、引きずって帰るわよ。ジョウ、手伝ってちょうだい」 そう言うと、これ以上面倒なことになる前にと、千石朱鷺が気絶したトライブ・ロックスターを引きずって歩きだした。 ★ ★ ★ 「さてと、みんなもう集まっているかなあ。今日こそは、いいかげんバンド名を決めなくちゃな」 そんなことをつぶやきながら、弥涼 総司(いすず・そうじ)は、蒼空学園音楽室のドアを開けた。 「お邪魔しています」 「えっ!?」 予期せぬ先客に、ちょっと弥涼総司が戸惑った。 同い年程度に見えるピンクのツインテールが印象的な女の子が、エレキギターを持って音楽室の中央にいた。 誰だろうかと、弥涼総司は自分の記憶を辿ってみたが、思いあたる者がいない。胸の大きなかわいい子だ。だが、こんなに胸が印象的な子なら、自分が忘れるはずはないと思うのだが。 「あの……。私をこのバンドのメンバーに入れてくれない?」 突然そう持ちかけられて、弥涼総司はさらにびっくりした。 どうして、この子は自分たちが今日ここでバンドの練習をすると知っていたのだろう。それとも、それだけバンドが有名になったきたのだろうか……。 「ウチにはもうギターはいるからなぁ。ツインギターもありと言えばありだけど、やっぱり……」 半ば断ろうとすると、女の子がブラウスのボタンに手をかけながら、突然すり寄ってきた。 「総さんにだったら私……」 「ちょ、ちょっと……」 なぜだかものすごく危険を感じて、弥涼総司はあわてて後退った。 普段なら、こんな美味しいシチュエーションを逃しはしないのだが、いくらなんでも唐突すぎる。こういうときは、絶対に何か裏があるはずだ。それに、さっきからひしひしと感じている身内感はいったい何なんだ。 「ぷっ……くくくっ……ははははは……いやー、さすがにもうたえらんない」 突然掃除用具用のロッカーが勢いよく開いたかと思うと、中からアズミラ・フォースター(あずみら・ふぉーすたー)と祭神 千房姫大神(さいじん・ちふさひめのおおかみ)が転がるようにして出てきた。 「お前たち、何してたんだ!?」 意味が分からないと、弥涼総司が叫んだ。 「まだ気づかないの? その娘の正体」 アズミラ・フォースターに言われて、弥涼総司はあらためてまじまじと女の子の顔をのぞき込んだ。この顔の作り、どこかで見たことが……。 「まさか……、いやしかし……、ひょっとして……エヌ……さん!?」 「大せいかーいなんだもん」 弥涼総司が恐る恐る聞くと、季刊 エヌ(きかん・えぬ)が両手を挙げて叫んだ。そのまま、唖然とする弥涼総司にだきついてくる。 「いったい、どうしてそんな姿に……」 季刊エヌは、はっきり言ってもっと幼児体型だったはずだ。 「ふっ、女の子はエステで生まれ変われるんだよね」 そう言って、季刊エヌが、ジェイダ須クリニックのパンフレットをひらひらさせて胸を張った。 なんでも、バンドを本格稼働させるにあたって、芸名というか、格好いい二つ名をつけようと三人で相談したのがそもそもの発端らしい。アズミラ・フォースターはロックンロールプリンセス。祭神千房姫大神はドラムゴッデス。そして季刊エヌが、ギタークイーンと名乗ろうとしていたらしい。だが、さすがに外見十歳で女王様は無理があるだろうということで、エステに通って外見年齢を十八歳へと発展させたらしいのだ。恐るべきはパラミタのエステ術である。 「と言うことでな、総司もホームベースブッダという二つ名を……」 「拒否する!」 祭神千房姫大神の言葉を、弥涼総司は速攻で拒否した。 「馬鹿やってないで練習始めっぞ」 三人を追いたてると、弥涼総司はベースをアンプに繋いで音を出した。さすがにそこは音楽を志す女の子たちだ。そそくさと、楽器の準備を始める。 「まずは、New Futureいくぞ!」 弥涼総司が叫んだ。 祭神千房姫大神のドラムスティックのカウントダウンと共に、弥涼総司のベースが響き、季刊エヌのギターが鳴きだす。そして、アズミラ・フォースターがマイクを取った。 君に出会って 進む道が見えたの 負けたくなくて ならびたくて 必死に足を前に出したわ 今の私があるのは キミのおかげよ 感謝してるわ 本当に 暗闇の中 君を探して 手をのばすけど 何もつかめず 必死に足を前に出して 彷徨いながらも 進んでみたけど 行く先さえも 見えなくて 君と共に歩くことは できなくなったけど 出会ったことに 意味があったの 見てて もっと自由に もっと高く この蒼空(そら)を 羽ばたいてみせるから 「ようし、もう一回だ」 弥涼総司が修正点をいくつか見つけだしながら、何度も同じ曲を練習していった。 「そろそろ、上がる時間かな」 壁の時計を見て、弥涼総司が練習の終わりを告げた。 「さて、練習も終わったことだしバンド名を決めようぜー。ちなみにオレが考えたのは、スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフル……うぐっ」 それ以上は聞きたくないと、アズミラ・フォースターが弥涼総司の首を絞めて黙らせた。 「実はもうバンド名決めてあるの。Bansheeよ!」 高らかに、アズミラ・フォースターが宣言する。死を告げる妖精の名だ。 「オレの意見は……」 弥涼総司が言いかけたが、それは他の三人に速攻で無視された。