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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

リアクション


第8章


 管制室。
「では、作戦会議を始めよう」
 正面真ん中に立つユリウスが宣言する。
 シラノが手元のキーボードを操作すると、正面の世界地図に次々と窓が開いた。
 それぞれに映るのは、第1フライトと第2フライトの再現CGアニメだ。
 並べてみると、その違いは明白だった。
 第1フライト、大気圏突破後の攻撃も決して緩くはなかったが、個々の衛星が勝手に攻撃しているだけで射線の密度は低い。
 ――が、宇宙空間に巨大なエリザベートが出現する段になると、第1フライト搭乗者や一部の人間から「う……」「ひっ……」という小さな悲鳴が聞かれた。
 一方、第2フライトは、「OvAz」から見て地球の裏側以外に存在する全ての迎撃衛星が一点に向けて攻撃を開始。しかも、「OvAz」予測航路上に全ての弾着が同じタイミングになるように計算されている事が分かる。
「わぁ、笠地蔵みたいですねぇ」
 第2フライトの動画を見てそう評したのは、オルフェリアだ。
「敵を討つには敵を知れ――僭越ながら、ここで私なりにできるだけ相手の立場に立った『防衛計画』をお話したいと思います」
 天貴彩羽が正面に出て、お辞儀をした。
「この仮想ミッションは、私達『OvAz』側が、探査船〈迷子ちゃん〉を回収できるか否かが達成条件。
 対する迎撃衛星群の側が取りうる手段は、二種類に分けられるでしょう」
 天貴彩羽が正面に出て、手元の銃型HCを操作した。
 世界地図の真ん中にウィンドウが開き、大きく文字が表示された。

    「A.探査船の破壊――一番手っ取り早い
    B.探査船回収手段の破壊――即ちスペースシャトルの破壊」


「Aについては、迎撃衛星側でいつでも出来ます。シミュレーション開始と同時に、探査船が発しているビーコンに基づいて現在位置及び航行軌道を測定、攻撃をすれば『OvAz』撃墜よりも手間はかかりません。
 ですが、第一フライトで巨大エリザベートが探査船を破壊した際の、ラビットホール総合管理室からの宣言は『ミッション失敗』ではなく『シミュレーション中止』でした」
「……この仮想ミッションをラビットホール管理者vsミッション参加者のゲームと考えれば、迎撃衛星群はラビットホール管理者の意思の象徴じゃな?」
 アストレイアは腕組みをした。
「迎撃衛星がそれを求めず、『探査船の破壊』直後にシミュレーションを『中止』したと言う事は、あちらにとってもそのイベントの発生はイレギュラーだったようじゃのう?」
 「その通り」と彩羽はアストレイアに頷いた。
「今回のミッション――この『ゲーム』には、最低限のルールは存在するようです。
 すると、相手が取ってくる手段はBのみ。
 では、どうすればシャトルを破壊できるか? あるいは、どうしてシャトルは破壊されたのでしょう?」
 彩羽が再び銃型HCを操作した。第1フライトのCGアニメが動き出した。
「迎撃衛星からの単純な狙撃やミサイル攻撃は無意味。それは第1フライトで実証されています。では、膨大な距離と、弾体発射から目標到達までのタイムラグを埋める為の手段は何か?
 それは、目標に対する正確な未来予測と、精度の高い狙撃の試行数。
 これを可能とするのは、目標へのつぶさな観測と、弾着までのタイムラグを考慮に入れた上での、トリガーのタイミング取り――それを可能とする命令系統の一元化。
 迎撃衛星群は、単純な武装をしているだけではないようです。
 その中でいくつかの分業が――例えば、
   ・観測による索敵
   ・索敵をもとにした正確な射撃
   ・個々の衛星を統制し、目標の位置や軌道と斉射のタイミングを割り出しての他の衛星に命令
   ・指示伝達を中継する衛星
などの分業がされるようになったのではないか、と推測されます」
 第2フライトのCGアニメが動き出した。
 高度100キロ超を飛行する「OvAz」に向けて、宇宙のあちこちから射線が伸びた。地球を地蔵の頭とすれば、射線の束は「編み笠」のように見えなくもない。
 それら射線の集中点には『OvAz』がいたのだ。

「じゃあ話は簡単ですねぇ」
 青ノニ・十八号が、ぽん、と手を鳴らした。
「『OvAz』をステルスにしましょう。僕は『迷彩塗装』が使えますよ?」
「ステルスなら俺がやっていたよ」
 如月正悟が苦笑しながら言った。
「使ったスキルは『隠行の術』だ。光学的な観測にも電磁波を使った観測にも見つからないはずなのに、撃ち落とされた。どうやら単純なステルスじゃ役に立たないらしい」
「索敵なら、衛星以外からもされているらしいぜ?」
と翠門静玖が手を挙げた。
「今、ふたつのフライトのログを見ていたんだがな、回線を通じて送られてくる信号の強さが、1回目と2回目のフライトで微かに違った。
 バックグランドで動いている診断用のプログラムのログを見てみたら、第2回のフライトじゃあ誰かが情報を横から掠め取っているくさい。
 ――気づけなかったのは俺のミスだ。第2フライトのやつら、済まない」
「……やられたな。地上観測基地や管制室の情報をモニターできりゃ、『OvAz』の位
置も予測軌道もよく分かる、ってわけだ。チッ……」
 天城一輝が舌打ちした。
「『情報戦』はこっちが先にやるつもりだったんだがな。衛星のコントロールを奪ったり、行動パターン混乱させて同士討ちを狙おうと思ってたんだが……まさか先に仕掛けられるとは思わなかったぜ」
「それなら対策は簡単だ。逆に偽の情報を流せばいい」
 ダリルが、ぱちん、と指を鳴らした。
「んじゃ、ダミー情報流す為のプログラム組もうよ。その仕様も含めて、第3フライトをどうするか打ち合わせを――」
 ルカルカの台詞を「ちょっと待って」と遮る者が現れた。騎沙良詩穂だ。
「次のフライトは、こっちにやり直させて欲しいな。高さ100キロになれば宇宙って言うけど、あんなの『宇宙飛行』に入らないよ」
 「同感です」と言葉を継ぐのは赤羽美央。
「私達は、仮想とは言え宇宙を飛ぶ為に来ました。私はまだ、宇宙を飛んでいません」
「フライトのやり直しは、すまないが俺達を優先させてもらえないか? 今後の生き方に関わりかねないんでな」
 御剣紫音が手を挙げた。
「情けない話だが、巨大校長のおかげで、少しばかりトラウマができちまった。イコン乗りにとって『空恐怖症』とか『空間恐怖症』なんざ致命的だ。
 あのふざけた宇宙に、行って帰って勝利する、ってフラグ立てなきゃ、イコン乗りをやめなきゃならんかも知れん」
 紫音が言い終わると、沈黙が下りた。
 第3フライト搭乗人員は、「OvAz」に乗ってさえいない。一方、第2フライトが宇宙飛行とは到底言えないのも確かだ。その一方で、第1フライトメンバーの抱えた問題も無視できない。
 第1フライトの再現CGで、超帝校長が出て来た時に何らかの反応を示したのは紫音に留まらない。程度の差はあれ、影響は第1フライト搭乗者全員にもたらされていると思われた。
 自力での克服、という段階を経なければ、大なり小なり精神面にダメージを残したままになる。
(そう、あくまで「自力で」でなければなりません)
 ルーツ・アトマイスはそう思う。自分の精神状態に限っても、軽い精神的外傷になっている恐れがある。
(他の方が先にミッションを達成した後、第1フライトのメンバーがもう一度フライトをやり直して探査船を回収するのでは、ダメージの克服にはならないでしょうね)
 天御柱生同様に、校長に対する恐怖や忌避は、イルミンスール生としての今後に関わりかねない。
 もともと各フライトの人数は、定員に余裕がある構成になっている。
 が、搭乗希望者は全部で31人。一方、「OvAz」の定員16人というのは動かしようがなかった。
「だったらさ、『OvAz』増やして貰おうぜ」
 七尾蒼也が手を挙げた。
「それこそどうせ仮想なんだ、みんなで派手に飛ぼうじゃないか」
「ルールを変えさせるのはインチキではないのか?」
 そう異を唱えたのはアストレイア・ロストチャイルドだが、志方綾乃は「無用な気遣いです」と断言した。
「先に一方的な設定変更をしてきたのは向こうです。
 第2フライトは事前告知をしているのでぎりぎりグレーかも知れませんが、『超帝校長』なんてその告知すらありませんでした。
 これは正統な権利です。拒否する事なんてできないはずですよ?」
「ふむ。交渉にて利を狙う、か。外交戦、結構結構!」
 ユリウスはニヤリと笑った。
「むしろ、こちら方面での画策が決め手となるかも知れんな!
 諸君、他に悪知恵はござらんかな!?」
(いくらなんでも、悪知恵呼ばわりはねぇだろ……)
 蒼也は苦笑した。

「ふむ。『迷彩塗装』か」
 野武が、ノニ・十八号の提案を思い出し、口元を歪める。
「『隠行の術』にとどまらないステルス……やれる事は全てやっておくべきだろう、交渉も含めて、な」
 いくつかの悪知恵が彼の脳裏で形を作り始めていた。