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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

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エリザベート的(仮想)宇宙の旅

リアクション


第6章

「うわあぁあぁっ! 怖いよぉっ! 怖いよぉぉっ!」
 ノア・サフィルスが火村加夜にしがみつき、胸に顔を埋めていた。
 泣き叫んでこそいないが、霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)もパートナーの四方天唯乃の肩につかまって、ガタガタと身を震わせている。
「これが宇宙的恐怖、というものですか……なるほど、人の正気が失われる道理ですね」
 『サイレントスノー』が呟くが、彼もまた語尾が震えていた。彼の脳裏には、「財産管理」による信じがたい計算結果があった。
 宇宙超帝エリザベート・ワルプルギス――モニターに表示された限りの情報からそのサイズを割り出すと、その身長は10万キロメートルをゆうに超える。
 仮想宇宙のサイズはどうか。この宇宙は仮想地球の地表面から高度4万キロまでの高さで作られており、地球の直径を約1万2700キロと概算すると、直径9万2700キロの空間が設定されている事になる。
 つまり、超帝と化した校長は、あまりに巨大すぎて仮想宇宙にさえ入りきらない――
 それはまさしく、「名状しがたい何か」だった。

 どがん!
 操作盤を力の限りぶん殴りながら、ルカルカが立ち上がった。
「……殴る」
 ぼそり、と口から洩れた声音は地を震わせるような超低音。傍目にも分かる体の震えがビブラートを効かせ、凄まじい怒気がみなぎっている事をうかがわせた。
「待て、ルカルカ。殴るって誰をだ?」
 問いかけるダリルをルカルカは睨み付ける。
「決まってるでしょ! エリザベート・ワルプルギス校長よ!」
「落ち着け。他校の校長に暴力を振るったりしたら、教導団で軍法会議にかけられるぞ」
「校長だろうがなんだろうが知った事じゃないわ! こんなふざけた事されて、ダリルは黙っていられるの!?」
「宇宙超帝って、ラビットホール側でもボツにされたんじゃありませんでしたっけ?」
 青ノニ・十八号が首を傾げた。その台詞に、エースが凶悪な笑いを浮かべる。
「つまり、蒸し返したヤツがいるわけだ……そいつなら、いくらだって吊し上げてもいいわけだな?」
「そういう事だ」
 ダリルは立ち上がった。
「目の前でそいつを袋叩きにでもすれば、校長も少しは自重してくれるだろう。死にかけたら『ヒール』使って回復させればいい」
「その分またボコ殴りにできるってわけね?」
「話が早くて助かる。行くぞ」
 管制メンバーが廊下に出ると、ほどなくして第1フライトの搭乗員らと合流した。
 行き先は同じ。ラビットホール総合管理室だ。

「失礼する! 巨大校長の顕現を蒸し返されたのは、どなたかな?!」
 ノックもせず総合管理室に入ったシラノが、声を張り上げた。
 室内にいた管理人員の眼が、一斉に湯島茜に向けられた。
 静まりかえった空気と、注がれる視線に身の危険を感じた湯島茜は、何気ない振りを装って席を立つと、シラノたち管制メンバーが陣取るのとは違うドアに向かって歩き出す。
 が、アストレイア・ロストチャイルドがすかさず移動し、その別なドアの前に立った。
(出口を封じられた――)
 思わず立ちすくむ茜の後ろに、人の気配。
「湯島茜さん、とおっしゃったかしら?」
 師王アスカが訊ねてきた。
「先刻の超帝様は、何だったのでしょう?」
「えーと……いや、ほら、校長がやりたそうだったし……」
「こちらの情報ですと、その要望は一度却下されて、校長ご自身もそれを納得された、という事なのですけれど?」
 そう言って詰め寄るのはエオリアだ。
「それとも湯島さんの宇宙観というのは、大型惑星サイズのエリザベート校長がごくごく普通に登場するものなのでしょうか?」
「面白そうだな。そこら辺のこと、じっくり聞かせて貰おうじゃないか」
 こめかみに血管を浮き立たせながら、エースがにっこりと微笑んだ。
「いやぁ、言い出したのが〈契約者〉のようで良かったよ。おかげで手加減をしなくて済む
 気がつけば、茜は怒気をみなぎらせた者達に取り囲まれていた。
(うわぁ――これ半殺しで済むかなぁ)
 茜が全身にダラダラと冷や汗を流していると、
「それくらいにしておけ」
とどこかから声がした。

「すまん、ちょっとどいてくれないか?」
 取り囲む人の輪を抜けて茜の前に立ったのは、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)だった。
「彼女がやらかしたのは事実だ。だが、その責任は同じラビットホールの操作・管理をやっていたのに止めなかった俺にもある。
 彼女には俺からも強く言っておく。腹が立つのも当然だが、ここはひとつ、怒りをおさめちゃくれないか?」
 そう言って神妙に頭を下げるエヴァルト。
「宇宙を扱うなんて、もう一生できないような事だ。しかも、仮想宇宙なんて事になれば、いくらでも好きな事ができる。
 それでついつい舞い上がったんだろう。そうなる気持ちはみんなにだって少しは分かるんじゃないか?」
「……舞い上がったくらいであんな目に遭わされちゃ、たまったもんじゃねぇな」
 鴉が言った。
「こっちだって、仮想とは言え宇宙に飛ぶなんて、今後二度とは出来ねぇだろうさ。人工衛星の的になるのはまだ納得も出来るが、宇宙巨人と戦うなんざサプライズにしてもひどすぎる」
「全くそちらの言う通りだ、本当に申し訳ない……ほら、お前も頭下げろ」
 エヴァルトの手が伸びて、茜の頭を下げさせた。
 深々と頭を下げるエヴァルトと、その後ろの茜。
 ややあって、鴉が「フン」と鼻を鳴らした。
「……まぁ、今回はその頭に免じて引き下がってやってもいい。次にこんな事やらかしやがったら、てめぇら半殺しじゃきかねぇぞ」
「あぁ。肝に銘じておく」
「知らなかったよ。エヴァルトってそんなにフェミニストだったんだ?」
 ルカルカが息をついた。
「……んじゃ、ここはあんたの顔を立てとくよ。ただ、次はないよ。いい?」

 管制メンバーと第1フライトの搭乗員が去ってから、湯島茜は安堵の息をついた。
「……ありがと、エヴァルト。助かった」
 椅子に腰掛け、もう一度安堵の息。目前に立つ背中が、心の底から頼もしいと感じる。
「なぁに、別に大したことじゃないさ――さすがに少し緊張したけどな」
「本当にありがとう。今度ご飯でもおごるよ」
「別に気を使う事はない――ただ、ちょっと手伝って欲しい事があるんだが」
「……何?」
 感じていた頼もしさが、ちょっと減衰した。
「実は、『OvAz』を変形させたい……」
「失礼する」
 話の途中に、突然人が割り込んできた。
「済まない。自分は衛星群の行動パターンを組んだ者なんだが」
「……はい、何でしょう?」
「さっきのフライトだが、衛星からの攻撃は一切シャトルに当たらなかった。当たるようにするにはどうすればいいか、外部の方の意見を聞きたい」

 本題に入る前に話の腰を折られたエヴァルトは、割り込んできた管理人員を苦々しい想いで睨みつけた。
(何だよ、畜生)
「エヴァルト・マルトリッツさん、でしたっけ?」
 名を呼ばれた。
「そうだが? 俺に何か用か?」
 そう答えて振り向くと、目の前にいたのは会釈するゼレン・タビアノスだった。
「失礼しました。クレーム対応をさせてしまったようですね。強制終了の後始末で、復旧に手間取りまして、手が離せなかったものですから。申し訳ない」
「いや、大したことじゃない──何度もやりたくはないが」
「ところで、今おっしゃりかけた事ですが……『OvAz』を変形させたい、とか?」
「可能ですかね? 宇宙に飛行機でバトルと来たら、変形しなきゃウソだと思うんだ」
「仮想空間ですから、可能と言えば可能ですが……ただ、相当な手間ですよ?」
「つまり、問題は手間だけという事だな?」
「……いい回答ですね。素晴らしい。気に入りました」
 ゼレンはニヤリと口元を歪めた。
「実は途中まで作りこまれたモノがあるんですが、ご覧になりますか? 確かボツ企画ファイルの、青い付箋だったと思うのですけど……」