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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その3

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【リレー企画】客寄せパンダは誰が胸に その3

リアクション

 
 

パンダ島

 
 
「こんな所にも籠目が……」
 もともと客寄せパンダがあった島に戻ったリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)は、今やほとんど崩れてしまった建物を調べなおしていた。
「六芒星を作って、封印の力としていたのでしょうか」
 崩れた漆喰の壁を見て、ユリ・アンジートレイニー(ゆり・あんじーとれいにー)が訊ねた。中に塗り込めてあった竹を組み合わせた骨組みが、今や顕わになっている。相当厳重に、何重もの結界が張られていたらしい。
「リリたちが持っている三度笠も籠目になっているのだ。おそらく、これが封印の力の源なのだよ」
「もったいないですね。ちゃんと確保しておきましょう」
 自分用の三度笠をしっかりとかかえて、ユリ・アンジートレイニーが言った。
「うむ。だが、本命はティーカップなのだよ。パンダ像はもともとティーカップに入っていたと聞く。しかし巨大化したパンダはティーカップなしで歩いているのだ。ティーカップと巨大化には何か関係があるのだよ」
 リリ・スノーウォーカーが、自慢げに自説を披露した。
「ティーカップセットを探せですね」
「そうなのだよ。さすがはユリだ」
 とはいえ、この瓦礫の中から小さなティーカップを探しだすのは至難の業であるのも事実だった。ユリ・アンジートレイニーのペットであるお化けキノコにも手伝わせて二人はティーカップを捜した。こんなときにはトレジャーセンスがあればすぐに探しだせるのだろうが。
「なかなか見つからないのだな……」
 時間をだいぶ浪費したころ、建物の外でお化けキノコが何やら騒ぎだした。行ってみると、その足許にティーカップセットがある。
「でかしたのだ」
 リリ・スノーウォーカーとユリ・アンジートレイニーが急いで駆けつける。
「これで、人寄せパンダ像を封印できるのです……ね!?」
 喜んでティーセットを拾いあげたユリ・アンジートレイニーであったが、その手の中で脆くもティーカップセットがパキンと二つに割れた。
「あああああ……!」
 思わず、リリ・スノーウォーカーが絶叫する。
「もしかして、これで永遠に封印できなくなってしまったとか……。はうぅ……」
 ユリ・アンジートレイニーが意識を失って倒れそうになる。もっとも、これが客寄せパンダ様の入っていたティーカップセットである保証も、そもそも、ティーカップセットが封印の役目を担っていたという証拠もまったくないのではあるが。
「な、なんとか直すのだよ」
 荷物の中から日曜大工セットとソーイングセットを取り出した二人が、なんとかティーカップを直そうとする。そして、よけい壊れた……。
「どうしたらいいのだろう……」
 途方に暮れて、リリ・スノーウォーカーは空を見あげた。
 その顔に、薄紅色をした花弁が降り注いだ。なんだろう、何か暖かい感じのする花弁だ。
 雪のように降り注ぐ花吹雪は、地面に落ちると溶け込むようにして消えていく。
「これはなんでしょうか?」
「よし、これを調べれば何か分かるかもしれないのだ」
 リリ・スノーウォーカーは、なんとかして消えゆく花弁をかき集めようとして、ユリ・アンジートレイニーと二人で駆け回った。
 
 
客寄せパンダ様暴れる

 
 
「今や、客寄せパンダは巨大化し、その本性を顕わにしていた……」
 見晴らしのいい丘の上に陣どった緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は、遠くで暴れる客寄せパンダ様の姿をじっと見つめながら、この事件をレポートにまとめていった。
「発端は、ハイナ・ウィルソン(はいな・うぃるそん)の命令からだ。だが、本当の発端は、飛空艇の謎の遭難事件が多発したことであった。その捜索の過程で、気流の乱れがいくつも発見され、蒼空学園による気象図の再調査が極秘裏に行われたらしい。その結果は、後日別の事件で公表されたので、そちらを参照していただきたい」
 緋桜遙遠は、先日ニュースで知った蒼空学園でのハッキング事件を交えてレポートを書き進めていった。この事件で、気流の変化が公になり、飛空艇のコースが気流の影響で微妙にずれたせいであるというのが判明したのだ。だが、内々に蒼空学園から捜査協力資料としてそのデータをもらっていた明倫館では、予想されるコースに調査隊を派遣して、暗礁地帯がないかを調べていた。その過程で二次遭難する調査隊が出たため、重点調査の結果、遭難地点として一つの島が浮かびあがったのだ。
 地図にも記載のない小さな島である。ただし、なぜか、明倫館に残る古文書に、その島の記述があった。ほとんど判別不能なその古文書には、人を集める客寄せパンダの記述と、その島の位置、そして籠目の呪紋が記されていたのである。
 このことから、ローレライよろしく、飛空艇はこの客寄せパンダに引き寄せられて遭難したのではないのかという仮説が立てられた。
 その後、人を呼び寄せる力があるアーティファクトであれば役にたつということで、ハイナ・ウィルソンによって回収命令が出されたのである。
 パンダ像の力がどの程度か分からないため、その効果を封じると思われる籠目の鳥籠が作られ、捜索隊に配られた。
「だが、事件は、思わぬ方向へとむかったのであった。客寄せパンダ像があった島の町はすでに滅んでおり、アンデッドの巣と化していたのである。そのため、回収には多大の困難が伴ったが、ついにローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)によって島からの搬出に成功する……」
 緋桜遙遠は、いったん筆を止めた。
「それが、こんなことになるとは……」
 あまりにも予想外であった。
「だが、肝心の籠目の籠が損傷していたらしく、魅了されたローザマリア・クライツァールは明倫館や他の学校のどこにも客寄せパンダ像を持ち帰らず、ツァンダ南東部の平原に客寄せパンダ像を祀り、なんと町を造り始めてしまったのだ。内陸に設置された客寄せパンダ像は、その強大すぎる魅了の魔力を遺憾なく発揮し、加速度的に通りがかった人々を取り込んで町を拡大していった。このことは空京大学のアクリト・シーカー(あくりと・しーかー)の耳に入り、空京大学からも調査隊が派遣されることとなった。この時点で、明倫館は客寄せパンダ像の力を封じ込める籠目を編み笠に応用した魅了を防ぐアイテムを学生たちに配って、回収を支援した。けれども、魅了された人々の抵抗、それに加えて、最初に客用パンダ像のあった島から飛来したアンデッド、さらに周囲の野獣やモンスターまでもが町に集まり、争奪戦は混迷を極めることとなる。明らかに、客寄せパンダ像の力は増大していた……」
 遠くで暴れ回る客寄せパンダ様を見て、緋桜遙遠は顔を顰めた。
「はたして、何がきっかけになったのであろうか。人々の力を吸収したためか、あるいは人々の争いに神が怒ったのか。とにかく、客寄せパンダ像は突如巨大化して暴れだした。同時に、魅了の効果が切れた人々はパニックとなって逃げ惑い、大混乱が起きた。争っていた調査隊の者たちも、人々の避難誘導を優先していったん後退した。だが、人々が離れても、客寄せパンダの怒りは収まらず、周囲の物を無差別に破壊しながらゆっくりと移動している。全高二十メートルに達した客寄せパンダを止めることは簡単にはできそうもなかった。当初、北西のツァンダにむかうと思われていた客寄せパンダではあったが、その後、急に進路を北へ変え、現在はザンスカール方面へとむかって進行を続けている……」
 そこまで書いて、緋桜遙遠はいったんペンをおいた。ここから先は、これから起きる出来事である。
 
    ★    ★    ★
 
「俺は、ただ単にイルミンスールの図書室に行きたかっただけなのに……。なのに、なぜ、巨大パンダに追いかけられなければならない!!」
 パートナーたちを両脇にかかえながら、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、わけも分からず客寄せパンダ様から必死に逃げ惑っていた。どうやら、偶然とはいえ、客寄せパンダ様がツァンダからザンスカール方面へと進路を変えたのは、彼らを追いかけたからのようである。
 小さな像のときのとぼけた表情とはうってかわって、今の客寄せパンダ様は、半月形の赤く輝く目を吊り上げ、その口元からは巨大な牙がのぞいている。雄叫びは大気を切り裂き、その一歩は大地を踏み抜かんほどに震撼させた。鋭い爪の伸びた豪腕は、そばにある大木といわず岩といわず、粘土か何かのように切り裂き、すべてを破壊し尽くしていった。
「わーい、パンダさんが追いかけてきまーす」
 エヴァルト・マルトリッツに小脇にかかえられながら、ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)が、ちょっと楽しそうにはしゃいで言った。後ろを振りむいていないから言えるわけで、今の客寄せパンダ様は、子供が振り返ったらお漏らしして泣き叫びそうな怖さである。
「逃げるのはいいのですが、どうしてわたくしは、こんな雑な扱いなんでしょうね? もっと優しく運んでもいいんじゃないでしょうか? まあ、ミュリエルさんより身長があるので、しかたないですけどね〜」
 コルデリア・フェスカ(こるでりあ・ふぇすか)が、不満そうに言った。
 小脇にかかえられている小柄なミュリエル・クロンティリスにくらべて、大柄なコルデリア・フェスカの方は肩に担ぎあげられている。必然的に、お尻が肩の高さになってしまっているので、蒼空学園制服のミニスカートの裾から中が丸見えだ。タイツを穿いているから大丈夫だと本人は割り切っているが、それはそれで無駄に艶っぽい。
「うん、私はどちらかというとお姫様だっこの方がよかったなあ」
 ミュリエル・クロンティリスが、余裕のある態度で、そんなことを言う。
「そんな余裕あるか!」
 ゼイゼイ言いながら、エヴァルト・マルトリッツが叫んだ。ヴァンガード強化スーツの助けが多少あるとはいえ、人二人かかえての全力疾走は口で言うほど楽ではない。
「おお、これこそ、戦場の臨場感ですな」
 ずうぅぅ〜んと大地と大気を震わせながら進む客寄せパンダ様の足音を肌で感じながら、小型飛空艇に乗った尼崎 里也(あまがさき・りや)が、逃げ惑うエヴァルト・マルトリッツにカメラをむけた。
「少女二人を拐かしたために、神の怒りに触れて逃げ惑う男。うーん、実に絵になりますな」
「ちがーう!!」
「うん、そう見えるけど、そうじゃないんです。お兄ちゃん目つきは悪いけれど、根はとってもいい人で……」
 わざと勘違いする尼崎里也に、ミュリエル・クロンティリスが落ち着き払って答えようとする。
「ちょっと、後ろから撮らないでくださいな!」
 このアングルは嫌だと、コルデリア・フェスカがなんとか後ろに顔をむけようとしながら叫んだ。
「何をしている。早く、むこうの丘の方へ逃げろ。森じゃ、木が倒されて逃げ切れないぞ!」
 避難誘導をしていたマイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が、軍用バイクを寄せてきて叫んだ。足許がふらついてきたエヴァルト・マルトリッツをヒールでサポートする。
「危ないですぞ!」
 飛んできた大木を見て、尼崎里也がソニックブレードを放った。エヴァルト・マルトリッツたちの頭上で、粉々に切り裂かれた大木が細かな木片となって降り注ぐ。
「また、つまらぬ物を斬ってしまったか……」
 小型飛空艇に固定したカメラでしっかりとその様子も撮影した尼崎里也がつぶやいた。
「今のうちだ。あちらへ逃げて。近藤さん、客寄せパンダの足止めを頼む!」
 マイト・レストレイドは、パートナーに叫ぶと、エヴァルト・マルトリッツから受け取ったコルデリア・フェスカをサイドカーに押し込んで走りだした。