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リアクション
第11章
一方、ダイエット研究会に向かった面々は、それぞれで『独身貴族評議会』と交戦中であった。
一人一人の戦力は大したことがないものの、意外とそのメンバー数は多く苦戦はしないまでも、いくら倒してもキリのない状況ではあった。
「というか、何で私が襲われてるんですかーっ!?」
西尾 桜子は襲い来る評議会メンバーから逃げ惑っていた。ダウジングで犯人への手がかりを探していたら、遠回りをしつつもダイエット研究会への道を辿っていたらしい。
だが、当然のようにそれを嗅ぎつけた評議会の標的とされてしまったのだ。
桜子自身もサイオニックであるし戦えないわけではないのだが、こんな状況でも西尾 トトはずっと桜子に噛みつき、動きにくくて戦に辛い。
「うぅ〜ん、さくらこだいすきぃ〜」
いよいよガスの効き目が最高潮に達したのだろうか、トトはより一層桜子の頬に噛みつき、その自由を奪っていく。
「あっ!」
逃げようとして走った桜子は、その辺で絡み合う男女に足を引っ掛けて、転んでしまった。
「もらったーっ!!」
そこに、評議会のメンバーが一斉に襲いかかる!!
「きゃーっっっ!!!」
だが、その打撃が桜子に届くことはなかった。
「……大丈夫か?」
緋ノ神 紅凛だ。
様子を見に来た紅凛が、桜子が襲われている状況に気付き、間に割って入ったのだ。2〜3人ほどの攻撃を同時に受け止め、桜子に襲いかかった評議会のメンバーをギロリと睨む。
「女二人にこれだけの人数で襲いかかるとは……あんたら、覚悟は出来てるんだろうなぁっ!!!」
咆哮と共に目の前の三人を蹴散らし、残る評議会メンバーに突撃する紅凛。倒れた桜子に、ブリジットがそっと手を出した。
「……立てますか?」
「は、はい。ありがとうございます」
その手を取って立ち上がった桜子は、丁寧に頭を下げた。
「いえ、当然のことです……それに、他にも事件解決に来る人たちはいるみたいですから」
「え?」
桜子が不思議な顔をした。ブリジットがふと、廊下の反対方向に目をやった。
「ふん……この程度では邪魔にもならぬわなぁ!」
その通りだった。廊下のむこう側から讃岐院 顕仁がもの凄いスピードで走ってきて、雷術と火術で次々と敵を仕留めているのが見える。
「ほれ泰輔……道は空けてやったぞ」
その後ろから電車ごっこのように繋がった三人が歩いて行く様子は、かなり面妖だが。
「おおきにー! 先行くでーっ!!」
ともあれここが敵の数が集中している場所と踏んだ顕仁は、紅凛と共に残党狩りを始めたのだった。
☆
「――これ、涼司君……だよね」
校長室を訪れたリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、目の前の人だかりを目の前にして呟いた。
涼司を噛みに来た人々は少しずつ増加し、今や中心にいるであろう涼司の姿を視認することすら難しくなっていた。
それでもリカインの声は涼司に届いたらしく、中から涼司の声がした。
「……その声はリカイン・フェルマータか!?」
「あ、聞こえた? 大丈夫? 助けようか?」
リカインはぐっと腕まくりをして尋ねる。その方法は恐らく『力ずく』であろうと判断した涼司は、丁重に断りを入れた。
「……いや、ここは大丈夫だ。ガスの影響とは言え生徒を傷つけたくないしな」
「……そう?」
「それより、何人かが確実に解決に向けて動いているが、邪魔しようという勢力が結構な数いるらしい……そっちを何とかしてくれないか?」
涼司の言葉に、リカインは素直に頷いた。
「うん、分かったわ。……あ、そうそう」
「?」
校長室を後にしようとしたリカインは、振り向いていたずらっぽい微笑みを浮かべた。
「涼司君……私にも噛まれたかった?」
感染していない者の余裕だった。涼司はと言うとため息混じりに言い返すばかりだ。
「これ以上噛まれたら俺の身体は一片の肉塊も残らねぇよ……早く行ってくれ」
「ふふ……ごめんね。行って来ます」
と、軽い笑みを残して、校長室を出たリカイン。それを出迎えたのはパートナーのキュー・ディスティン(きゅー・でぃすてぃん)だ。
「どうだった?」
「うん……事件解決自体には相当数が動いているみたい……妨害工作をしている連中がいるようだから、そっちを叩きましょ」
「よし、分かった。……とことで、アレは何とかならんのか?」
と、キューがアゴで指す方を見ると、同じくパートナーであるサンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)とアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)の守護天使コンビがお互いの腕に噛みつきあっているのが見える。
言うまでもなく、ガスに感染したのだ。リカインはその姿についつい笑ってしまう。
「ぷっ……でもどうしよ。妨害者の掃討には片手じゃ厳しいわよね」
と、キューに相談しようとするが、サンドラとアレックスはやる気満々だ。
「だいじょーぶっ! 兄貴が噛みついてたって戦えるよっ! 弓は撃てないけど術は使えるし!!」
と、サンドラ。ちなみに二人は双子だが、お互いを兄貴、姉貴と呼び合うので、どちらが上なのかは分からない。
「そうそう! こっちも余裕っス! 師匠たちに迷惑はかけねぇっスよ!!」
アレックスも同様に気勢を上げた。直後にまたサンドラの腕に噛みついてはむはむと口を動かす。
「……うーん、やっぱ女の子としては人前で誰かに噛みつくのは恥ずかしいなぁ……でもまあ兄貴は家族だし、いいか……」
サンドラもまたアレックスの腕に噛みついている。それでも二人が比較的スムーズに動けるのは、やはり双子のコンビネーションというものだろうか。
それはともかく、とサンドラはそっとアレックスに呟いた。
「兄貴はてっきりリカインさんに噛みつくものだと思ってたんだけど」
それを聞いたアレックスはきょとんとした顔をして聞き返す。
「へ? 何で師匠に噛みつかなけりゃいけないんだ? 姉貴こそ教科書にでも噛みついてりゃいいだろ」
単純おバカ一直線なアレックスに比べて、サンドラは知的探究心が強い。それを揶揄しての教科書であるが、サンドラはカチンと来たようで口喧嘩を始めてしまった。
「もー、何よ兄貴のばかーっ!!」
だが、すぐにリカインが二人の頭を軽く小突いて止める。二人が軽い口喧嘩を始めるのはいつもの事だ。
「はいはい、いい加減にしないと置いて行くわよ」
すると、ぴたりと喧嘩を止める二人。毎度のこととはいえ、リカインは呆れ顔を作る。
「やれやれ、喧嘩するほど仲がいい、とは言うけれど……」
すると、軽く小競り合いをしている二人を眺めたキューが軽く笑った。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない。騒がしいものだと思ってな」
さあ行こうか、と率先して歩き出すキュー。サンドラとアレックス、そしてリカインも後に続く。
それにしても、とキューは言葉にならなかった想いを反芻した。
誰かを守るため、救うために戦うか。
まあ、悪くないものだな、と。
☆
その頃、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)もまた、事件解決に乗り出していた。
帝王を自認する彼は、このようなガスの影響で人々の秘めたる恋心が露見するのを好ましく思っていない。そのような想いはそれぞれが勇気を持って自らの意思で遂げるべきだからだ。
だが、今日の彼にはいつもの威厳がちょっとだけ足りなかった。
何故なら。
「よし、このように民が困っている時こそ、この帝王が皆を助けるべきだな!!」
「そうですね」
「……そ、そうなのだ……つまり、つまりはそういうことなのだ!!」
「そういうことですね」
「う、うむ……よし行くぞ!」
傍らのパートナーキリカ・キリルク(きりか・きりるく)の頬が気になって気になって気になって気になってそれどころでは。
つまることろ、ヴァルもきっちり感染していたのである、帝王も人間だった。
だったのだが、そこは帝王のプライドにかけて耐えていた。
事件解決に没頭することで神経を集中していた。
顔はたぶん赤いが元より肌は褐色だし気付かれまい、たぶん。
ああそれにしても美味しそうだなあキリカの頬は。
いやいやいや、そんなことは分かっている! 噛んだことはないが分かっているのだ!! 確認するまでもあるまい!!!
帝王たるもの自分の恋路など、己の使命を全て完遂してからの話!! 二の次、三の次だ!!!
と、己の症状全てを押し殺して、無駄にテンションを上げつつも『独身貴族評議会』のメンバーを各地で撃退していく帝王だった。
平たく言えば、八つ当たりに近い。
☆
「待て、この野郎!!」
嵩代 紫苑と柊 さくらは、襲いかかってきた評議会のメンバーを撃退し、さらに追撃していたところだった。
数は多いものの、やはり鍛え抜かれた紫苑の敵ではない。しばらくの戦闘の後、大部分を気絶させられたメンバーは、一目散に逃げ出したのだ。
「ひぃーっ! まさかロリコンのクセにあんなに強いとはーっ!」
と、逃げながらも口だけは達者な評議会に、紫苑はさらにスピードを上げる。
「……野郎……また言いやがったな」
まあ、当のさくらは紫苑の頬に噛みついて極楽気分なので、そんな言葉は聞こえていないのだが。
「……ぐわっ!」
突然、前方を走っていた評議会の男が一人、倒れた。
「何だ!?」
他のメンバーが立ち止まると、廊下の角から男が現れた。エヴァルト・マルトリッツだ。
「聞こえたぞ……! 誰がロリコンだ、まったく!!」
見ると、その右手にはブロウガンが握られている。それにより、音もなく評議会の男を狙撃したのだ。
――というかそれ毒ですよね。
「大丈夫、24時間以内に治療すれば命に別状はない」
さりげなく物騒なことを口走るエヴァルトだが、今この場にそれに突っ込める者はいない。
そしてその左手にはミュリエル・クロンティリスがはむはむと噛みついている。
紫苑とエヴァルトはお互いに視線を交わして、頷きあった。互いの瞳が語る。
『大変だな』
『お互いにな』
無言で奇妙なコンタクトを交した二人は、残った評議会に襲いかかって行く。その後ろから、先ほどのブロウガンを受けて倒れた男に、橘 恭司が近づいた。
「……まあ、少なくとも命が助かる程度に処置しておいてやるか……別に殺したいわけじゃないしな……」
さて、と立ち上がって指をごきごき鳴らした恭司、どこからともなく数を増やした評議会の中へと飛び込んでいった。
「まだ増えるか……こりゃあ掃除しがいがあるな!!」
と、そこに廊下のはるか向こうから飛んでくるものがあった。
「……何だ?」
恭司はその方向に目を向けた。それは人影――ふたつの人影がスピードを上げて突っ込んでくるのが見えた。
「――伏せろ!!」
咄嗟に、エヴァルトと紫苑に指示を飛ばす。エヴァルトと紫苑は、それぞれのパートナーを抱えてその場に伏せた。
そこに。
「でやあああぁぁぁっっっ!!!」
「たああああぁぁぁっっっ!!!」
二人の人影、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)とコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)がバーストダッシュで突っ込んできた。
二人ともガスに感染し、お互いに噛みつきたい感情を押し殺しつつ、そのイライラを込めた欲求不満キックを放つ!!!
「大人しくしなさい! 抵抗するなら公務執行妨害で逮捕よ!!」
多くの評議会メンバーを文字通り蹴散らした美羽はジャスティシアとしての使命感に燃え、華麗な足技で次々と敵を沈黙させていく。
「無駄な抵抗はやめるんだ! 君たちに逃げ場はない!!」
コハクもまた美羽のサポートとして、手に持った槍の柄で次々と敵を殴り倒し、気絶させていく。
そもそも二人とも恋愛関係に関しては今どき珍しいほどに真面目で奥手、ガスに感染したからといってそうそう容易に噛みついてしまうわけにはいかないのである。
だいたい、そんな薬の効果に頼って相手に迫るなんて、何だかズルい気がするし、と美羽は思った。
それに、どうせ頬を噛んだりするなら、しっかりと恋人同士になってからの方がいいと思うし、とコハクは考えた。
つまりは似た者同士なのだ。これでまだ恋人関係でないというのもじれったい話ではある。
そんなじれったくもイライラする感情を押し殺し、評議会との捕物で存分に発散する二人だった。
そこに、リカインとキュー、そしてサンドラとアレックスも参戦した。
「でりゃあああぁぁぁっっっ!!!」
刃物を初めとする武器を好まないリカイン、敵を無力化するために使うのはもっぱら巨大な盾、ラスターエスクードだ。ドラゴンアーツやパワーブレスで強化した腕力で次々と評議会メンバーを弾き飛ばしていく。
「……ふむ、ちょっと頭を冷やしてはどうかな」
と、氷術で敵を沈黙させていくのはキューだ。もともとリカインと出会う前までは独り生きるために生き、目的もないままに強くなるために戦っていた彼。こうして仲間と共に戦うのは、未だに慣れないものがあった。
そしてサンドラが叫びを上げ、敵をひるませたところにアレックスの乱撃ソニックブレードが炸裂する。
一気に畳み掛けられ、『独身貴族評議会』は壊滅寸前といったところだった。
☆
「よし、ここならいいだろう」
と、アイン・ブラウは体育館倉庫のドアを閉めた。内側から鍵を掛ける。
蓮見 朱里との安住の地を求めて校内をさまよった彼だが、校内はどこも絡み合う生徒達で一杯、しかも本当にお互いに噛みつきに来た生徒もいたので、逃げまわるのに必死だったのだ。
まあ、日頃から周囲にラブラブっぷりを見せつけている朱里とアインだが、アインにメロメロとはいえ恋する女性は美しく魅力的なものだし、アインもまたそんな朱里に騎士道精神をいかんなく発揮し、その姿は密かに女生徒の羨望の的であった。
この機会にと、そんな朱里とアインに噛みつきに来た生徒が大勢いたわけである。
まあ、アインに迫ってくる女生徒は朱里がサンダーブラストで追い払ったわけだが。
それに朱里に迫ってくる男子生徒はアインがライトニングランスで吹き飛ばしたわけだが。
ライバルには意外と容赦ない二人だった。
まあそれはそれとして、ようやく体育館倉庫という天の国に辿り着いた二人、ガスに感染したアインはもう限界だった。
「きゃっ!!」
二人きりになったという事実にたまらず朱里をマットの上に押し倒してしまう。
「――朱里、僕はもう……」
そんなアインの頭にそっと手を回し、優しく撫でる朱里。
「ふふ……アインったら、子供みたい……いいのよ。好きなだけ、私を食べて」
それが合図だった。
アインは朱里の頬に噛みつき、その珠玉の味わいを堪能し始める。痛くはない。ガスの影響下にあるとはいえ、やはりそこは大事な相手のこと、無意識下で手加減できているのだろう。
だが、そのアインの頬に朱里の手がかかった。
「……朱里?」
「アインばっかり……ずるいよ。私にも……食べさせて……」
瞳を潤ませて、朱里が告げた。逃げまわるうちに、彼女も感染していたのだ。
交した二人の視線が、互いに優しく微笑んだ。
やがて自然な動きで、ゆっくりと二人の唇が重なっていく。
――それは、今まで味わったことがないほど、甘い果実の味だった。
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