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【カナン再生記】風に舞いし鎮魂歌 ~彷徨える魂を救え~

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【カナン再生記】風に舞いし鎮魂歌 ~彷徨える魂を救え~
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第5章(2)
 
 
「皆、こっちよ!」
 村の奥の方、イズルートの住民がよく集まっていたという集会所を目指して水心子 緋雨(すいしんし・ひさめ)達が走っていた。
「扉の前にアンデッドがいるな……。集会所の中に入るにはあいつを何とかしないといけないか」
 緋雨と併走しながら棗 絃弥(なつめ・げんや)がつぶやく。見た所、相手は一匹だけのようだ。それを見て同行している菅野 葉月(すがの・はづき)が作戦を考えた。
「あの村人は僕とミーナと絃弥さん、三人で抑えましょう。その間に緋雨さんが集会所の中で札を破壊。どうでしょうか?」
「俺は構わないぜ」
「私もよ。出来るだけ早く札を見つけてみせるわ」
「ではそれで。ミーナ、行きますよ」
「任せて! 少しでも早く村の人達を解放しないとね!」
 ミーナ・コーミア(みーな・こーみあ)のマジカルスタッフから様々な属性の攻撃が放たれる。その攻撃はアンデッドの足下に向かい、集会所の入り口から引き剥がすように次々と着弾した。
「出来る事なら戦いたくは無かったのですが……仕方ありません。せめて皆さんが安らかに眠れるように努力するしかありませんね」
「ああ、そうだな。その為にも……今はそこを通してくれ!」
 葉月と絃弥が二人掛かりでアンデッドを突き飛ばす。後は三人が抑えている間に緋雨が中へと入るだけだ。
「! 待って!」
 後ろに控えていた緋雨が動こうとした時、ミーナが殺気に気付いた。葉月と絃弥も同様に後ろを振り返る。
 次の瞬間、道の脇から多くのアンデッドが飛び出してきた。彼らは緋雨を取り囲み、三人と分断してしまう。
「しまった! 緋雨さん、こっちへ!」
 葉月が急いで引き返す。だが、壁は厚く、こちらから助けに行くのは難しそうだった。
「弱ったわね……どうにか脱出しないと――あれは?」
 緋雨達がやって来た方向、その道を土煙を上げてやって来る物があった。
 戦闘用の馬車――チャリオット。それを引く四頭のオナガーを急がせているのは真口 悠希(まぐち・ゆき)だった。
「お願いっ! あの人達を助ける為に頑張って!」
 機動力を活かし、包囲網を無理やりに突破する。そして素早く緋雨を乗せると、再び包囲網を突破した。
「ありがとう、助かったわ!」
「ご無事で何よりです。このまま村の人達を引き付けます!」
 
「緋雨さんは無事みたいですね。ミーナ、彼女の代わりに僕達が札の破壊に行きましょう」
「分かったわ!」
「俺はここを護るとしよう。そっちは任せたぜ」
「えぇ。絃弥さんもお気を付けて」
 葉月とミーナが集会所の中に入る。二人が捜索している間、悠希はチャリオットに追いすがるアンデッド達の相手をしていた。両手利きの利点を活かし、左右に置いた二振りの剣を使い分けながらもしっかりと手綱を握る。
「随分手馴れてるわね。その剣も結構歴史がありそうだわ」
 同乗している緋雨が悠希の武器に注目する。刀匠の血を引く者としては気になる所のようだった。
「さすがですね。やはり分かりますか」
「勿論よ。私の目標は使い手と一体の剣を作る事だもの」
「なるほど、文字通りの愛剣……興味深いですね」
「でしょう? いつか必ず作って見せるわ。その為にも今は――」
「――えぇ、一刻も早く、この混乱を解決しましょう」
 
「こっちにもありました。ミーナ、もう札は隠されてなさそうですか?」
「……うん、もう怪しい気は感じないわ。ここに集めた分で全部ね」
「そうですか。では、全て焼き払ってしまいましょう」
「そうね。――行くわよ!」
 ミーナが集められた全ての札を焼却する。その途端、外のアンデッド達の動きが鈍っていった。チャンスと見た悠希と絃弥が相手集団へと突っ込む。
「今はただ、この悲しみを断ち切る為に……ごめんなさい!」
 チャリオットから飛び出し、即天去私を放つ。両手に持たれた剣からの攻撃を受け、アンデッド達は次々と動きを止めていった。
 更に反対からは絃弥が朱の飛沫でアンデッドを炎に包む。
「……悪いな、あんた。一足先に眠ってくれ……他の奴らもすぐ、静かに眠らせてやるからさ」
 二人により、周囲のアンデッド全てが動きを止めた。ひとまずこの場は片付いたと見て良いだろう。
「皆さん、大丈夫ですか? 村人達は?」
 葉月とミーナが集会所の中から姿を現す。その問いに悠希が答えるが、その表情は晴れたものでは無かった。
「今は動きを止めています。ですが、元凶を何とかしないといつまでも終わりはしないでしょう」
「そうですね……皆さんがあの少年を退かせてくれる事をを信じて、僕達は出来る事をしましょう」
「えぇ。それじゃあ皆、次に行きましょう!」
 緋雨がテクノコンピューターを取り出しながら皆を見回す。全員が頷いたのを確認し、更なる場所へと走り出すのだった。
 
 
「タツミ! 井戸があったよ!」
 水を求める村人達がいただろうと予測をつけたティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)達は井戸へとやって来た。目的の物を見つけ、風森 巽(かぜもり・たつみ)へと呼びかける。
「この辺りか……ティア達は怪しい気が無いか良く調べてくれ。我は周囲を警戒しておく」
「うん! 綾耶ちゃん、頑張ろう!」
「はい。フェイちゃんも一緒に探しましょうね」
「分かった……綾耶の為に頑張る」
 ティアと共に結崎 綾耶(ゆうざき・あや)フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)も札を探し始めた。探索を彼女達に任せ、クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は周囲の状況を確認する。
「砂漠化の影響か……やはり水不足は深刻だったようだな」
「そうですね。クリフ様のお話では近くの川も干上がってしまったようですし、疫病が無かったとしても厳しいものだったかもしれませんね」
「あぁ。だが現実には疫病も起きてしまっている。この件が終わったとしても、私達には行うべき事があるだろうな」
 
 井戸周辺の探索を続けるティア達。だが、予想に反して成果は芳しくなかった。
「むー、どこにも無いなぁ。綾耶ちゃん、札は見つかった?」
「いいえ、こちらには無いみたいです」
「うーん……タツミ、どうしようか?」
「状況から考えるに札があってもおかしく無いと思ったのだがな――ん?」
 一同が次の方策を考えようとした時、巽が何者かの気配に気付いた。
 肌に突き刺すような気。焼け付くような気配。そういった物を纏いながら現れたのはイェガー・ローエンフランム(いぇがー・ろーえんふらんむ)だった。
「貴様達が探している物はこれかな?」
「その札……貴公達も破壊の為に動いているという訳では無さそうだな」
「その通りだ。私はこれを探す者の前に立ち塞がる……『悪』だ」
 札を手に取り、アンデッドと共に悠然と立つイェガー。そんな彼女に対し、綾耶が問いかける。
「病気で死んじゃった人達を道具みたいに無理矢理操るような人に、どうして協力できるんですか! この人達は『人形』じゃないんですよ!?」
 自らの意思に反して肉体を操られる。それは綾耶にとって許せるものでは無かった。
 その理由は義憤か、はたまた自身の過去に照らし合わせているのか――それは分からない。
 だが、村人達を安らかに眠らせる事、それだけは紛れも無い自分の意思、望みだった。
「理由か……単純な事だ。私は『正義』との戦いを渇望しているのだ」
「正義?」
「そうだ。既に死した者の身体を利用する……それは世間一般的に言う所の死者への冒涜に他ならない。なんとも分かり易い悪だ。ならばそれに対する者は正義。そして正義と対峙出来るのならば――私は喜んで『悪』として立とう」
 イェガーが火術を使い、炎を纏う。それに対し、巽が静かに前に出た。
「戦いを求める、か……。そのような者は数いれど、貴公のその信念……村の為に許すわけにはいかない!」
「そうだよ! タツミ、はいマスク! 正義の力、見せ付けちゃえ!」
「おう! 変っっっっ身!!」
 巽が大きく跳びながら制服を脱ぎ去り、ティアから受け取ったマスクを被る。そして着地を決めると、高らかに名乗りを上げた。
「蒼い空からやって来て、彷徨える魂を救う者! 仮面ツァンダーソークー1! 村の平穏を取り戻す為……今、ここで『悪』を討つ!!」
「……素晴らしい。貴様の心に燃える炎、まさしく『正義』。さあ、死合おうではないか……尊く、眩い、熱き心を持つ益荒男達よ」
 両者が同時に動き出す。先手を取ったソーク−1が轟雷閃を纏った拳を繰り出した。
「チェンジ! 轟雷ハンド! こいつを……受けろっ!!」
「フ……甘いっ……!」
「何っ!?」
 ウィザードが本来取るべきスタンスは遠距離からの魔法攻撃。だが、イェガーはそのセオリーを無視し、接近戦を挑んできた。
 自身の高い炎熱耐性に物を言わせて至近距離から炎を放つ。いや――爆炎波も加えたその攻撃は、最早炎の拳だ。
「くっ! 貴公の戦い方……ウィザードと見ていたが、それが本道か」
「その通りだ。やはりこの魂を焦がすような心の猛り……直に感じねばな」
「猛りか……だがそれを感じられるのは、貴公が生きているからだろう。……貴公に分かるか!? 最早喜びを感じる事も、恐れを感じる事も出来ない村人達の心が! どんなに生きたいと願っても、明日を迎える事が出来ない彼らの無念が!」
 ソークー1の激昂。その心の炎に応えるが如く、イェガーの熱気が力を増した。
「心にせよ、無念にせよ、それを救うも踏みにじるも行うは生ある者。彼らの生に意味を持たせたいのであれば……『正義』の者達よ、私を打ち倒してみるが良い!」
 指を弾く。その動作と共にソークー1だけでなく、周囲の者達へも炎が襲い掛かった。イェガーのファイアストームだ。
「クレア様!」
 ハンスが素早くクレアを庇う。彼の行為で炎がパートナーに及ぶ事は避けられた。
 その反対側にいる綾耶達はフェイが庇う。だが――
「綾耶、怪我は無い?」
「う、うん。ありがとう、フェイちゃん」
「もう〜、髪が少し焦げちゃったよ〜」
 自身の後ろ髪を掴み、少し涙目になっているティア。その焦げた部分にフェイの視線が止まった。
「…………傷をつけた」
 ゆらりと振り向く。その顔は無表情のままだが、背後に炎が立ち上っている。
「結った髪は至高……。結った髪の女の子は宝物……。それを傷付けるお前は――許さない」
 次の瞬間、二発の光の弾丸がイェガーへと襲い掛かった。それを回避する彼女に対し、次々と狙いを合わせて発砲する。
「ふむ、強い信念……それもまた、一つの『正義』か」
「だまれ。結った髪こそ正義……異論は死んでから語れ」
 光の弾丸を時に回避し、時に炎で打ち落とす。個人的な動機であっても、フェイの参戦はこちらにとって有利となっていた。その機を逃すまいと、ハンスが槍を構える。
「クレア様、今こそ好機。しばし護衛を離れる事をお許し下さい」
「いいだろう。風森、ハンスなら必ず相手の隙を作り出してくれる。それを逃さず、勝負を決めてやってくれ」
「了解だ。ハンスさん、貴公の力……お借りする!」
 二人が同時に飛び出す。ソークー1がスカイウイングを展開し、大空へと飛び立った。そして地上ではハンスがフェイ達の戦いへと介入する。
「ハンス・ティーレマン……参ります!」
 高速の一突き。フェイの銃撃を受け流していたイェガーは寸前の所でそれに気付き、咄嗟にかわす。
「力を合わせ、悪に立ち向かうか。良いぞ。それでこそ私の心も燃えるというもの」
「そうですか。申し訳ありませんがその心……ここで燃え尽きて頂きます」
 槍と銃弾を避け続ける。王道たる正義と対峙する喜びを得たイェガーは戦いに幕を引く為に炎を強く纏った。
「これで決めてくれよう。聖騎士よ、この炎を打ち破れるか……!?」
 火術を使いながら迫り来る。対するハンスの槍先に光が集まり始めた。
「例え炎であろうと、先の見えぬ闇であろうと……この光で貫きます!」
 ライトブリンガー。実体の無い物すら貫くその一撃は、炎を切り裂きイェガーへと辿り着いた。槍はそのままマントへと突き刺さり、一時的にとはいえ彼女を拘束する。
「今だよ! やっちゃえ、タツミ!」
「行くぞ! 流星ィッ! イナヅマァッ! キィィック!!」
 作り出してくれた隙を逃さず、空中からソークー1が雷を纏った蹴りを放つ。イェガーは硬質化させた手袋の拳で迎撃するが、全ての衝撃を受け流しきる事は出来ず、大きく弾き飛ばされた。
「くっ……! 予想以上の力で私を打ち破るか……見事だ」
 立ち上がったイェガーが懐に入れていた札を取り出す。そしてその手に炎を宿らせると、跡形も無く燃やし尽くした。当然の事ながらクレアが訝しげな目で見る。
「自ら札を燃やすとは……何を考えている?」
「何……勝者への餞別だ」
「退くつもりか? だが、そう易々と逃げさせるとは――」
「思っちまうんだなぁ、これが。――紅煉道!」
 クレア達がイェガーを取り囲もうとした瞬間、どこからか男の声が聞こえて来た。それと時を同じくして、イェガーに召喚された那迦柱悪火 紅煉道(なかちゅうあっか・ぐれんどう)が現れる。
「…………」
 紅煉道が無言のまま刀を抜き、炎を纏わせながら地面へと叩きつける。炎を爆音が辺りに響き、その隙を突いてイェガーと共に包囲から飛び出した。屋根の上で二人を待っていた火天 アグニ(かてん・あぐに)はイェガーの服を見て感心した目をクレア達へと向ける。
「手ひどくやられたなぁ。あいつら、中々やるじゃねーの」
「だが実に熱き戦いだった。機会があればまた死合いたいものだな」
「そうかい。そいつぁ次が楽しみだな。――んじゃあな、正義さん達よ!」
「ちっ、逃がすか!」
 素早く立ち去る三人をソークー1が飛んで追いかけようとする。だが、それをクレアが呼び止めた。
「待て、撤退したのであれば深追いをする必要は無い。それよりも私達は他の場所にあるであろう札を破壊しに行くべきだ」
「む……そうか、確かにその通りだ。よし、他にも妨害者がいる可能性がある。注意して探すとしよう」
「うん! 今度こそ見つけ出そうね、綾耶ちゃん」
「はい、頑張ります!」
 戦いを終え、再び走り出す巽達。彼らが懸念していた別の妨害者は今、他の者達と刃を交えようとしていた――