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人形師と、チャリティイベント。

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人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

リアクション



10.ぬいぐるみ時々男の娘。


 チャリティイベント前日。
「チャリティ、ですか」
 オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は、街角で配られていたちらしを見て呟いた。
 養護施設でのチャリティイベント。お手伝いさん、お店屋さん大募集。お客様も募集。
 そう銘打たれたちらしを見て、オルフェリアはきゅぴーんと来た。
「それなら皆で一緒にぬいぐるみを作って売りましょう!」
 ひらめきをそのまま、これから一緒に遊ぼうと集まっていた面々に提案した。
「それは面白そうだね〜。いいよ、私頑張る!」
 リース・アルフィン(りーす・あるふぃん)が笑顔で頷き。
「うん。じゃあ俺もぬいぐるみを作ろうかな。売り子でもいいけど」
 セルマ・アリス(せるま・ありす)も微笑んだ。
「やった! みなさん賛同ありがとうなのですよ〜♪ オルフェも頑張って可愛いぬいぐるみを作るのですよ♪」
 前向きな意見をもらって喜ぶオルフェリア。
「ボクも頑張っちゃうよー。……ふふ」
 そして、無邪気に笑う三人の陰で鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が含みのある笑みを浮かべていたのだけれど、誰も気付かなかった。


 そして、チャリティ当日。
 氷雨は、バロ・カザリ(ばろ・かざり)に手伝ってもらってたくさんのぬいぐるみを作った。
「手伝ってくれてありがとね、バロ!」
「手伝いって言うか殆どオレに作らせただろ」
 バロからの辛辣なツッコミも持ち前のスルースキルで聞き流して、バロを抱っこする。ぬいぐるみの他にも持ち物があるため、やや動きづらい。
「ていうかなんでこんな大荷物なんだよ」
「うん? セルマ君が売り子をやるから可愛い服を持ってきたんだー」
 フリルやレースがふんだんに使われた、白を基調としたゴスロリ服。てっぺんからつま先までがロリの基本だと教わったので、ヘッドドレスにエナメルの靴、またボディラインにメリハリをつけるためのコルセットや、スカートをふんわりさせるためのパニエまで持ち込んでいる。そのため、衣装だけで大変な量になってしまったのだ。
「売り子なんだからやっぱり可愛くないとね。あー楽しみー♪」
「って、おい。セルマ『君』ってことは、そいつ男なんじゃ……」
「ええ? 男の娘だよ?」
「いややめてやれよ」
「絶対似合うだろうなー♪」
「話聞けぇ!」
 取り付く島もなく氷雨は歩を進めた。バロは所詮、抱っこされている身。何か言われても関係無い。


「それにしてもいっぱい集まったねー」
 リースは、みんなで作って持ち寄ったぬいぐるみを見て驚嘆の声を上げた。
「これだけあれば子供たちも喜んでくれるだろうな」
 そうだといいなと期待を込めて、口元を綻ばせる。
 リースが持ってきたのは、うさぎやかえるのあみぐるみだ。
 最初は慣れないということもあって、上手く出来なかったけど。
 何事も経験で、回数を重ねるうちに充分売り物として通用するレベルのものができた。
「頑張って作り続けた甲斐があるってものだよね」
 自分でも満足な出来栄えなので、うんうんと頷く。
 頷いたところで、ちらりちらり、あみぐるみを見ては視線を逸らし……を繰り返している子供に気付く。
 ポケットに手を入れて、中で指をもぞもぞさせて。
 また、あみぐるみを見て……残念そうな顔になる。
 その行動を見て、もしかしたらと思った。
 ――お金……足りないのかな?
「ねえ、きみ」
「!」
 声をかけると心底驚いたような顔をされた。
「ぬいぐるみ。私が作ったものでよければ、持って行って?」
「え……いいの? おれ、お金……」
「いいのいいの。私、別にお金稼ぎがしたいんじゃないからさ」
 リースが見たいのは、子供たちが喜ぶ笑顔だ。
 どれがいい? とあみぐるみを指差すと、少年はかえるのあみぐるみを手に取った。
「おねえちゃん、ありがとう!」
 その顔が嬉しそうだったから、リースも嬉しくなる。
 ばいばい、と手を振って見送った頃に。
「皆ーボク参上だよー」
 氷雨がやってきた。
「ぬいぐるみと、セルマ君のお洋服持ってきたよー」
 言いながら、ぬいぐるみを陳列していく。手作りらしい、可愛いものが並んだ。
「え、あの。セルマ君のお洋服、って……」
 一方、嫌な予感を感じたらしいセルマが一歩退く。勿論逃げるなんてこと、氷雨が許すはずもなく。
 ガシッと腕を掴んだ。離さない。
「じゃあ、セルマ君。お着替えしようねー」
 にこにこ笑顔の氷雨に、セルマがずるずる、裏へと引きずられて行った。


 裏にて。
「ほら、これっ♪」
 氷雨が取り出した服を見て、セルマは一歩も二歩も三歩も退いた。が、それ以上は下がれなかった。壁にぶつかったのだ。
「いやいやいや。何その服」
「セルマくん専用売り子衣装だけど?」
「俺に着ろと!?」
「そう言ってるじゃん」
 氷雨はきょとんとしているが、どうしてきょとんとするんだ。
「俺は男ですよ!?」
 そしてその服は、どう見ても女物ですよ!?
「え、セルマ君は男の娘じゃない」
「違いますよ! ていうか嫌ですよ!」
「問答無用〜♪」
 そしてあっという間に服を剥ぎ取られていく。本当にあっという間だった。抵抗する余裕すら与えない手際の良さ。いっそ褒めたくなるくらいだ。
「ほら、セルマ君じっとして! コルセット締めれないでしょ?」
「コルセットまでやるんですか!?」
「当り前だよ。やるなら完璧に女の子に見えるようにしないと。体型くらい変えられなくてどうするの!」
「どうもしませんよ! っい!? いだだだだ……っ! な、中身! 中身、出、る……っ!!」
 苦しそうな声を出しても、コルセットを締める氷雨の力は緩まなかった。涙がにじんできたけれど、苦しいからだろうか。それとも別の何かが原因だろうか。
 その後も着々と服を着せられ、靴も履かされ、最後にヘッドドレスを着けたら、「完成☆」だそうだ。
「わぁーセルマ君可愛い。流石男の娘☆」
 めちゃめちゃイイ笑顔でそう言われた。
「腹が……きつい……んですけど……」
 涙目でそう訴えてもスルーされた。
 ――売り子するからって女装はいらないだろ……。
 切実にそう思う。
 しくしくと泣き濡れていると、また手を引かれた。青ざめる。
「ちょ、まさか本当にこの恰好で売り子を」
「だからそのために持ってきたんだってー」
「いやあぁぁ!?」
 抵抗してもどうにもならず。
 はた、とリースと目が合った。みるみるうちに、彼女の顔が幸せそうな表情に変わる。
「セルマさん……噂には聞いていたけれど、さすがの男の娘っぷりですねー」
「男の娘じゃありません!!」
「私の知ってる中じゃ、一番可愛いかも」
「だから、」
「え? 氷雨ちゃんはどうなのかって? 氷雨ちゃんは女の子に決まってるじゃない。あんなに可愛い子が男の子のはずがない! ぱっちりとした大きな目、くっきり二重で睫毛も長くて……さらさらの髪は絹糸のようだよね! スカート姿なんてもう悶えちゃうくらいだし! タイツも生足も素敵すぎるし! こんな完璧のバランスの子が男の子のはずが――」
 ――だめだ、話が通じない……。
 すっかり自分の世界に入っていってしまったリースに、もう何も言えまいと諦め視線を逸らし――
「…………」
「…………」
 たら、今度はオルフェリアと目が合った。
 ――み……見られ……た……。
 ざあぁぁぁっと血の気が引いていく。
 どうしよう見られたどうしようどうしようどうしようもないっていうか本当どうしようもないから救いようもないよどうしよう。
 混乱するセルマとは裏腹に。
「セルマさん可愛いです……っ!!!!」
 ぷるぷると小刻みに震え、心の底から、といった様子で半ば叫ぶようにオルフェリアが言った。
「可愛いのです! 可愛いのですよセルマさん!!!」
 頬を染めてハグをされたら、ああなんて愛しい恋人……と思えなくはないけれど。
 ――可愛いって、言われても、なあ……。
 正直涙目である。
 ハグが落ち着いたかと思えば、目を閉じ指を組み床に膝を付き、敬虔なクリスチャンさながらの様子で、
「ああ、主よ。
 オルフェはどうやらお嫁に行くのではなく、お婿に行くさだめのようです……!」
 告白。告白を終えて開かれた目は、きらっきらしていた。目のきらきらなら、セルマだって負けていない。ただし、涙をぼろぼろ流したせいなのだけれど。
「こんな可愛らしいお嫁さんを貰えて、オルフェはとても幸せなのですよ♪」
「嫁じゃない……嫁じゃない……です……」
 るんたるんたと浮かれるオルフェも聞き耳持たずで。
 ただえぐえぐと、セルマは泣くのだった。


 それでも人間の順応力といったら驚くべきもので。
「いらっしゃいませー」
 しばらく経ったら、セルマは普通に売り子をやっていた。開き直っただけかもしれないが。
 一方、氷雨はぬいぐるみの陳列や補充をメインに行う。最中、
「このクマさんはここで、パンダさんはこっち。リースさんのうさぎさんとかえるさんはここでー、セルマさんの羊さんはこっち、オルフェさんの猫さんはここ。それからえーと、このトラさんはー」
「おい、オレはぬいぐるみじゃないぞ」
 バロも一緒に陳列しようとしてつっこまれていた。
「ふぇ! ぬいぐるみが喋った!」
「おいコラ氷雨! オレはぬいぐるみじゃねぇ!」
 そして、キレていた。
「全く紛らわしいなー」
「紛らわしいってお前が間違えたんだろがっ」
「バロはセルマ君に抱っこされてなさいー」
 ぎゅむ、とセルマにバロを押し付け補充を続ける氷雨。
「また間違えられないようにしっかり預かってますね」
 バロを抱っこしセルマが言うと、
「セルマだっけ。……そんな格好させて悪かったな。まぁ、これに懲りず仲良くしてやってくれ」
 バロは氷雨のフォローをした。実に大人である。
「何というか……初めて味方ができた気がする。氷雨さんともども、仲良くさせてくださいね」
 セルマは感激してバロをぎゅっと抱き締める。無理もない。
 そしてまた一方の売り子、リースはぬいぐるみを買いに来た子供を見て、
「子供は可愛いなぁ……」
 ほぅっと息を吐いていた。
「私も自分の娘が欲しくなってきたよ」
 だけど、どうやったら子供はできるのか。
 いちゃいちゃすればできると聞いたことはあるが。
 ……いや、そうか。いちゃいちゃすれば、出来るのだ。
「よしっ」
 リースはてきぱきと手荷物をまとめると。
「ごめん皆! 私これから旦那といちゃいちゃしてくるから早退します! あとはよろしく!」
 すちゃりと宣言し、誰かが止める暇さえ与えずに退室して行った。
「はいです! お任せくださいなのです!」
 任されたこともあり、オルフェリアは気合を入れ直す。
 商品を見ると、
「御影ちゃん……店頭に並んでいると、ぬいぐるみさんみたいですね♪」
「にゃ?」
 オルエリアが作った白や黒の猫と並んで座る夕夜 御影(ゆうや・みかげ)は、まるでぬいぐるみのようだった。頑張って作った大きな猫のぬいぐるみ。それは御影と同じくらいの背丈があり、並ぶとうり二つなのだ。
「買われちゃわないように注意しないとなのです!」
 目印、ということで、黒猫さんには青いリボンを着けて。
 それにしても、と御影とバロを見た。
「二人とも、お人形さんみたいで凄く可愛いです〜♪」
 顔を綻ばせた。
 のも、束の間。
「わ、すっげェ人形いっぱいっスねー」
 紺侍の声を聞いて、脊髄反射で殴りにいった。しかし相変わらずひらり、かわされてしまう。腹立たしいことこの上ない。
「相変わらずっスね、怖ェなーもォ」
「このっ、宿敵! 仇敵!! 何をしに来たですかー!!?」
 しかしその叫びにも紺侍は大して動じることなく、
「あ、この猫可愛い。よく出来たぬいぐるみっスねー」
 御影を見て、そんな感想。
「ん? にゃーはぬいぐるみじゃないにゃー」
「ホントだ。こりゃ失礼しました」
「でも毛は凄いにゃ!」
「毛?」
「人形師ちゃんにもお墨付きの毛並みなんだよー! 触る? 触る? むしろ触って触ってー」
 御影は御影でごろごろすりすりと擦り寄っているし。
「ヤベェ。マジ超毛触り良い。これは尋常じゃないっスね」
 紺侍が撫で撫でさわさわと撫でているし。
 心地良いらしくごろごろ喉を鳴らして懐く御影。
 それがまた悔しいというか、ムカつくというか。オルフェリアの心中は穏やかではない。
「オルフェの話を聞くのです!! また何か企んでいるですか!? 御影ちゃんを買うつもりですか! 許しませんよ、きしゃー!!!」
 後ろに回って、ぽこぽこと腰の辺りを叩いてみた。御影を撫でているし、さすがに避けられはしなかったけれども効いている様子もない。
「オ、オルフェ! 何があったのかはわからないけど、人を叩いたら駄目だよ!」
 セルマが止めに入ったが、
「これは良い男の娘。写真撮ってもいいっスか?」
 その発言で臨界突破。
「 出 禁 な の で す ー ! 」
 あらん限りの大声で、叫んだ。


「な、なんかお隣さん、すごいなあ……」
 オルフェリアたちが開くぬいぐるみショップの横で、蒼澄 雪香(あおすみ・せつか)もぬいぐるみを売っていた。
 昔作った物や、その場で注文をもらって作るなどの趣向を凝らしたぬいぐるみショップだ。子供たちのために何かしたいと思って、そういえば昔作ったぬいぐるみがあるな、ぬいぐるみで子供を喜ばせられるかも? と思ってのことだ。
 この場で作り始めたのは、数が足りないようならなんとかしないとという配慮と、作っている過程を見るのが楽しいと言う子供が居てくれたから。
 それはそれでとても楽しんで売っていたけれど。
 途中から、お隣さんが何やらいろいろな意味で放置できない存在になった。
 男の娘?
 旦那といちゃいちゃ?
 尋常じゃない毛並み?
 何が何やら、わからない。
 でも、楽しそうなことはわかる。
 そして、同じくぬいぐるみを売っているということも、わかっていた。
 ただ、声をかけるきっかけが上手くつかめなくて。
 でも、今なら何やらごたごたしていて話しかけるためのハードルはかなり低そうだし。
「……あのっ!」
 雪香は、勇気を出して声をかけてみた。
「はい?」
 と、男の娘と呼ばれていた白ゴスロリの子が声に気付いてくれた。……男の娘、というからには性別は男性なのだろうが、やたらと可愛い。少し気後れしそうになりつつも、
「私も人形を売っているんです。よければ、その……一緒に売らせてくれませんか?」
 チャリティイベントなんだし、誰かと協力したいな、と。
 思っていたのだ。
 どきどきしながら返事を待つと、
「もちろん!」
 明るい声と、素敵な笑顔で応えられた。
「ありがとう!」
 だから雪香も笑顔で応えて。
 輪に混ぜてもらって、いらっしゃいませの言葉と笑顔を振りまいた。